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新版王宮 本篇(序章 Prologue)

 

 

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序 Prologue:

 

1

穏やかな陽ざしが降り注ぐ部屋で、私は携帯を片手に雑誌をめくっていく。
私:旅行先?今、色々と探してるところだよ
ページを彩る鮮やかな景色を見つめていると、携帯越しに声が聞こえてきた。
友人:そっか。でも、本当に良かったの?あんなに頑張ってた仕事、辞めちゃって
私:うん、自分ができることはやり尽くしたから

(それに、もっと違う景色も見てみたい)

きっぱりと言い切ると、ため息まじりの笑い声が聞こえてくる。
友人:そうだね。まあ、ずっと働きづめだったんだし旅行先で楽しんできてよ
私:ありがとう、行ってくるね
友人の声が途切れると、私はまた雑誌に視線を落とす。

(どこに行こうかな…今回の旅行は、何でも挑戦してみよ)
(せっかくだし、次の仕事の刺激になるようなことがしたいけど)

その時、ページをめくる手がふいに止まる。
私:『ウィスタリア』…?

2

―……大国、ウィスタリア
大勢の王侯貴族が住む、独自の文化を残す世界中の人々の憧れの国。
あなたが『プリンセス』になれる場所……―

(プリンセスになれる場所って、凄いキャッチコピー…)
(噂には聞いたことはあるけど、私には縁がない場所だな)

気にも留めずにページをめくり行き先を決めて雑誌を閉じると、
なぜか『プリンセス』の文字だけが頭に残った……

***

―……そして数日後
私は飛行機に乗り込み、さっそく計画通り一人旅に出ていた。

3

(行き先まではもう少し時間がかかりそうだし)
(なんだか、眠くなってきちゃった……)

***

(ん…?機内の揺れが止まってる……)

浅いまどろみから覚めて、目を開けると機内のアナウンスが耳に飛び込んできた。
機長:機内トラブルの為、近隣の空港に緊急着陸しました
機長:また振り替え便はすぐの出発となります
『嘘……!』

(別のところに来ちゃったってことだよね…)
(こんなことって実際にあるの?)

乗客が慌てて我先にと降りようとする姿を見て立ち上がると……
私:あれ…?
人ごみに紛れて、小さな子どもが泣きだしそうな顔で立ち尽くしている姿に気づく。

(…っ…はぐれちゃったんだ、早く親御さんを見つけないと)

私:あの…!すみません…!
小さな子どもを抱き上げて、
機内中に聞こえるように声をあげながら歩いたその時……

4

???:…………ちっ

5

私:ん?
盛大な舌打ちがしたほうに視線を向けると、口元を歪めた男の人がいた。

(どうしてこの人、この騒ぎでこんなに落ち着いてるんだろ)
(……って、今この人舌打ちした?)

私:ちょっと、なに今の…!
我に返って思わず声を上げると、その人はサングラスに手を掛けた。
私:……っ…
端正な顔立ちが露わになり、切れ長の瞳が真っ直ぐに見つめている。

6

???:さっきからうるせえな…それに、言い返してくるなんて
???:お前、俺を誰だと思ってる
私:………はい?
耳を疑う言葉に聞き返すと、こっちをちらりと見てシートに体を深く埋めてしまう。

(わけわかんない…何なのあの偉そうな人)
(…っ…それより早くしないと見つからなくなる)

私:すみません、この子の親御さんはいませんか…!
何度声に出しても、混乱する人ごみの中では誰も足を止めてはくれない。

(ダメだ、こういう時ってどうすればいいの?)

???:…もっとマシな方法を考えろ
私:え?

(さっきの……)

肩を手で押しのけられて、子どもがふわっと抱きあげられた。
???:貸せ、このグズ。おい、ノア

(ノア……?)

ノア:また喧嘩でもした?

7

どこか気の抜けた声が聞こえ、背の大きな人が気だるく歩いてくる。
???:してねえ。このちっこいの担げ
ノア:ふーん
その人は全く興味がなさそうに私の方に両手を差し出してきた。

8

私:あの…私じゃなくて!
???:こっちの子どもの親、捜してやれってことだろうが。……ったく
ノア:あーもっとちっこいほうか、ちゃんと聞いてなかった
その人が軽々と子どもを肩車して立ち去っていくと、
遠くからお礼を言う声が聞こえて、あっという間に戻ってきた。
私:親御さんは見つかったんですか?
ノア:うん、あっちもあっちで探してたから。これで解決
まるで子どもをあやすように頭をぽんぽんと撫でられて、
思わず目を見開くと穏やかな笑顔が見下ろしていた。

(…すごく優しく笑う人だな)

???:おい、グズグズしてないで行くぞ
ノア:はいはい
立ち去っていくどこかちぐはぐな高さの背中を見つめてはっとする。

(そうだ、私ちゃんとお礼を伝えてない)

私:ノアさんと、…えっと
ノア:こっちはねー、カイン

(……カイン)

私:ノアさん、カインさん、ありがとうございました
ノア:ありがとーか、あんたって変な人だね
私:え…?
カイン:もう逢うこともねえヤツに何、名乗ってんだ
私をちらりと見ると、そのまま二人は機内から颯爽と降りていってしまう。

(何だか変わった人たちだったな…)
(それより、私も早く降りないと…!)

***

慌てて駆け出すと、その後ろ姿を遠くから眺める姿があった。

9

???:……いい子、見つけた

***

10

(……こんなはずじゃ)

空港内に急いで降りると、すでに振り替え便が飛び立ってしまった後だった。

(……確認くらい取って欲しかったな)
(けど文句を言ってても仕方ない。次のフライトは……―)

掲示板を見上げて思わず息を呑む。
私:…あ…明日!?

(泊まる場所もないし……)

私:それに、ここどこなの?
???:へえ、振り替え便がなくなったのか
私:……?
低い声に視線を上げると、
そこには独特の空気を身に纏った男の人が私を見下ろしていた。

11

私:あなたも乗り遅れたんですか?
純粋な気持ちで尋ねると、その人は目を細める。

12

???:まさか、俺はこの国の者だ
私:ここの国の人?
すると、腰を屈めて顔を覗き込まれ香水の匂いがふわっと香った。
???:ついておいで、明日までここにいるわけにはいかないだろ
私:確かにそれはそうなんですけど

(こんな行きずりの人についていっていいもの?)
(いや、ダメでしょ。いくら何でも…)

じっと確かめるようにその人の顔を見つめていると、颯爽と歩き出してしまう。
???:一番良い選択肢は、俺についてくることだ
???:けど、まあ好きにすればいい。空港で一晩、夜を明かすことになってもいいならな

(……っ…空港に泊るか、この人についていくか)

遠くなる背中を見つめて、私は意を決して鞄を掴んで走り出す。

(今回の旅行では何でも挑戦してみようって決めたんだった)
(危険だと思ったら、すぐに引き返せばいいよね)

私:…あの…待ってください!

***

(こんな景色見たことない)

13

少し前を歩く男の人の背中を追いかけながら見慣れない景色に目を奪われていると、
少しだけ歩調を緩めて尋ねられた。
???:そう言えば、君は旅行者?
私:はい、仕事を辞めたので少し景色を変えてみようと思って
???:景色を変える…?
私:いつも自分が見ていた景色とは違ったものを見て
私:もっと輝ける場所を見つけられたらなって
???:へえ、いいね…そういう考えは嫌いじゃない
人を魅了するような笑顔を向けられ、息を呑むと目がすっと細められた。
???:それじゃ、この国の景色を見て行くのも悪くないだろ
私:この景色?
目の前には立派な城門の扉がそびえ立ち、衛兵らしき人たちが並んでいる。

14

私:なんだか、すごい国ですね。それに賑やかだし
???:ああ、今日はこの国で10年に一度のセレモニーが行われてるから賑やかなんだ
私:セレモ二ーってお祭りみたいなものですか?
尋ねると、そんなところ、とでもいうような笑みを向けられた。
???:せっかく来たんだ、セレモニーを覗いていけばいい

(どうせ明日までここにいないといけないんだし…)
(それに10年に一度なんて、なかなか見ることができないよね)

私:それじゃ、お言葉に甘えます
???:よし、決まりだ
その人は重厚な城門に手を掛けると、思い出したように呟いた……―
???:…そう言えば、まだ名前を聞いていなかったな。君の名は?
吉琳:吉琳、です。あなたは?
クロード:俺はクロード.ブラック。
クロード:クロードでいい、ついでにその堅くるしい敬語もなし
クロードが、門に掛けた手で扉をぐっと押し開けると……

15

(こ……ここ…!!)

    2
〝―……大国、ウィスタリア。〞
〝大勢の王侯貴族が住む、独自の文化を残す世界中の人々の憧れの国。〞

(バタバタしてて、ここがどこか気がつかなかったけど)
(もしかして私が今いる国って…)

クロード:ようこそ、『ウィスタリア』へ

(まさか、降り立った場所がウィスタリアだなんて……――)

16

吉琳:…ちょっと待って、クロード!こんなに簡単にお城に出入りできるものなの?
クロードはなんなくお城の中に入ると、
ハットを取って少し前を颯爽と歩いて行く。
クロード:今日はな。……けど
吉琳:……っ…!
クロードは振り返ると、私に近づいて髪をすくい上げた。
クロード:ひとつだけ準備しないとダメだな……

(準備……?)

クロード:ここだ、入って

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吉琳:すごい……っ…!

(こんなに綺麗なドレスがたくさん並んでるの初めて見た)

足を踏み入れた部屋には鮮やかなドレスや靴がずらっと並んでいて、
思わず目移りしてしまう。
クロード:セレモ二ーには正装じゃないと入れないからな
吉琳:あ……
鏡に映る自分の普段着を見つめていると、肩に手を添えられた…――
クロード:さあ、……変身の時間だ、吉琳

***

クロード:なかなかいい女になったな
鏡の中には普段着を脱ぎ捨てて、ドレスを身に纏った自分が映る。

(こんなドレス初めて着た…シンプルだけど高いってことだけはわかる)

仕立ての良いドレスに見惚れていると、
クロードの指先が伸びて背中の紐を結びながら鏡越しに視線が重なった。
クロード:………素材はいいんだ、俺の目に狂いはない
吉琳:え…?
クロード:いや、そう言えばこのドレスに似合う靴がないな。取りあえずこれで
クロードは軽い身のこなしで足元に一足の靴を置くと、すたすたと歩いて行く。
吉琳:どこに行くの?
クロード 「吉琳に合う靴を探しに」
クロード:この先のホールにいるから、後から追いかけてこい」
吉琳:ちょっと…クロード…!?
バタンと扉が閉まり、私は足元に差し出された靴に足を通す。

(………ぶかぶかだ)

履いた靴は自分の足のサイズに合わず、つま先が余ってしまう。

(まあいっか。……でも、なんだか魔法にかけられた気分)

白いドレスが窓から入ってきた風に揺れると胸が高鳴ってくる。
そのまま私はドレスの裾をつまんで、衣裳部屋を飛び出した。

***

静かな廊下に、私の靴の音だけが響く。

(噂には聞いていたけど、本当におとぎ話みたいな国)

どこか時が止まっているかのような世界を眺めながら、
一番大きな扉の前で足をとめた。

(ホールってここかな…?)

重い扉に手を掛けて押し開けると、眩しい光に視界が包まれた……

(…っ…何、この光景)

18

扉を開けると、そこには煌びやかな螺旋階段が流れるように続いている。
階段の下ではシャンデリアの光に包まれて、たくさんの人たちが笑い声を上げていた。

(ここじゃなくて、あの下の入り口から入るのかも)

引き返そうと、靴の音を鳴らして一歩踏み出したその時……
???:……誰だ

19

吉琳:……え?
ぎゅっと手首を掴まれて振り返ると、スーツ姿の男の人と視線が重なった。

(この人は……)

???:お前、何でこんなとこから入ってきたんだ
あまりに真っ直ぐな視線に、思わず目を逸らす。
吉琳:……っ…
???:…………顔、あげろよ
端正な顔が近くに迫り、一歩分だけ距離が縮まって鼓動が跳ねる。
???:この国のやつじゃねえだろ
吉琳:え?どうして一目で…
???:見たことねえからな。それに…
その人はじっと私の顔を見つめると、ふっと意地悪な笑みを浮かべた。

20

???:挙動不審
吉琳:違うんです、私は…っ
確かめるような視線に戸惑っていると、階下で大きな声があがった。
衛兵:アラン様!隊長がお呼びです!

(アラン……?)

アラン:…………
ふっと視線が逸らされて、すれ違い様に囁かれた。
アラン:行けよ
手首を一度だけきゅっと握られて、離れていく。
吉琳:……っ…
アラン:ただし、妙な真似はするなよ
アランと呼ばれた男の人は、インカムを取り出してカチリとつける。
アラン:…下に向かう。衛兵を数人こっちによこせ

21

真剣な表情を浮かべると、そのまま颯爽と立ち去ってしまった。

(妙な真似も何も……どうしてあんなに警戒されたんだろ)

どこか釈然としない気持ちのまま、赤い絨毯が敷かれた階段を下りていく。
階段の真ん中まで下りたその時、賑やかな笑い声に紛れて怒気を含んだ声が響いた。
カイン:お前、俺を誰だと思ってる!
官僚:女性のお相手をするのも、王位継承者のお役目ですので…
カイン:そんなのわかってんだよ、けどなベタベタ触ってこさせるな

(……この声と、この言葉どこかで)

思わず身を乗り出して階下を見下ろしたその瞬間……
吉琳:あ…!
カイン:……あ?

22

〝カイン:お前、俺を誰だと思ってる〞
〝吉琳:………はい?〞

(機内のえらそうな人!…どうしてここに…っ…)

思わず身を乗り出すとぶかぶかの靴のせいで絨毯に足を取られて、
そのまま体がふわりと浮いた。
吉琳:……っ…―!
カイン:……!

(……っ……!)
(……あ…れ?)

吉琳:痛………くない
ぎゅっと閉じていた目をゆっくり開けるとそこには……
カイン:…………
身体を受け止められる感覚を覚え、目を開けると吐息が頬に触れ、
その人を押し倒してしまっていた。

(……っ…どうしよう)

カイン:…………ざけんな

23

吉琳:……え?
カイン:ふざけるな!それに誰だ、お前
私を膝の上に乗せたまま、大きな声が響き渡る。

(さっき機内で逢ったばっかりなのにもう忘れたの?)
(でも、受け止めてくれたんだしまずは謝らないと)

吉琳:ごめ…っ…
カイン:…ったく、名乗りもしねえ、謝りもしねえ
言いかけた言葉を文句で遮られて、思わずむっとしてしまう。
吉琳:…っ…だから、今言おうと!
???:こんなとこに転がってたら、ドレスが汚れるよ
声を上げたその瞬間、脇の下に手が差し込まれふわっと体が浮きあがる。

(だ…誰?)

振り向くと白いスーツに身を包んだ綺麗な顔立ちの男の人と視線があう。
ノア:はい、大丈夫?

24

吉琳:…あ、ありがとうございます
すとんと降ろされて、思わず見上げるとやたらと目線が高い位置にある。

(ん……?この顔の角度、さっき…)

〝ノア:ありがとーか、……あんたって変な人だね〞

(もしかして…さっきと違う服装をしてるから気づかなかったけど…)

吉琳:ノアさん……!?
ノア:ノアでいーよ。それとそんな丁寧な言葉はいらない、疲れるし
ノアは優しく笑うと、大きな身体を傾けて首を傾げた。
ノア:カイン、いつまで転がってんのー自分で起きられる?
カイン:…っ…起きられるに決まってるだろうが
カイン:またすっとぼけたこと言いやがって
ノア:そう、それなら手間が省けた。ね?

(なんだかノアって、独特の空気感だな)

だらっとした佇まいに見入っていたその時、周囲が黄色い声に包まれた。
吉琳:何……?
黄色い声と同時に、報道陣のカメラのフラッシュが一斉にたかれる。
女性:見て!ルイ様よ!
報道記者:滅多に見られない、ちゃんと撮っておけ!

(……ルイ、様?)

ルイ:…………

25

(綺麗な男の人だな。ウィスタリアの有名人……とか?)
(けど、なんだろう)

瞬く光の中、周囲の視線には目もくれないで、
ただ何の感情もないような表情で歩いている姿にどこか違和感を覚える。

(凄く冷たい目をしてる…)

ノア:ルイだ。珍しいね、こーいう場所苦手なのに
カイン:やっと役者は出揃ったってことか

26

体を起こすと、どこか楽しげにルイと呼ばれる人に視線を向ける。
カイン:おい、ルイ!遅せえんだよ
ルイ:…………あいかわらず、うるさい
ノア:だってさ、カイン
カイン:…………あいかわらず、愛想がないヤツ
三人が並ぶとよりフラッシュの光が強くなる。
あまりの眩しさに目を細めると、姿勢を正した男の人が凛とした声を上げた。
官僚:お三方はこちらに
三人はそれぞれバラバラの速度で示された場所に移動していく。

(あの三人は特別な人たちなのかな?)
(みんな王子様みたいな格好してるけど、ウィスタリアの風習とか?)

一人、首を捻っていると、冷たい視線が注がれた。
カイン:おい、お前…!そういやまだ話は終わって…

(……っ…)

吉琳:失礼します…!
背後からまだ聞こえてくる声を背に、私は女性たちの間を縫って走り出す。

(…また怒鳴られるところだった)
(それより、クロードはどこに行ったんだろう…)

27

バルコニーに出て視線をさまよわせていると、耳元で声がした。
???:プリンセス志望の子…?

28

囲うように背後からバルコニーに手をついて顔を覗き込まれ、思わず目を見開く。

(…っ…距離が近い…)

そこには赤い瞳をした男の人が、鼻先が触れる距離で見つめていた。
吉琳:プリンセス志望ってなんのことですか?
???:ああ、そのこと知らないんだ
軽い口調と距離の近さに戸惑っていると、見透かしたような笑みが向けられる。
???:ごめんごめん、挨拶もなしなんて失礼だよね
レオ:俺はレオ.クロフォード。レオって呼んでよ
吉琳:…レオ?
私が尋ねると、さっきホールで見た官僚の人がこちらに向かって歩いて来る。
官僚:レオ様、このセレモニーの後の官僚会議の出席をお忘れにならないよう
レオ:はいはい、大丈夫。ちゃんと行くから

(え……こんなチャラチャラしてるのに、官僚?)

レオ:よろしくね、えっと…
吉琳:吉琳です
レオ:吉琳ちゃんか
レオは目を細めると、私から距離を取ってじっと見つめた。

(何だろう…)

レオ:誰かにつれて来られたの?胸元に花もつけていないんだね
吉琳:すみません、何のことかわからないんですけど…

(プリンセスだとか…胸元に花だとか、何が何だかさっぱりだよ)

すると、レオはすっとホールの人ごみを指差して笑う。
レオ:ほら、ここにいる女性はみんな白い花をつけてる

(…確かに言われてみれば)

綺麗に着飾った女性たちの胸元には一様に白い花がつけられていた。
吉琳:あれには何の意味があるんですか?
レオ:………知りたい?
吉琳:……っ…
距離がまた近くなり息を呑むと、どこからか音楽が流れ始めた。
レオ:セレモ二ーに出席する女性は、あの花を胸につけてないといけないんだ
レオ:あれがないとダンスにも参加できないしね
レオはすっと手のひらに白い花を乗せた。

(これ……)

レオ:とりあえず、つけてみる?

***

レオ:うん、よく似合ってる。可愛い
胸元に白い花をつけると、純白のドレスと重なって鮮やかに咲いているように見える。

(この花の意味は、いまいちわからないままだけど…)

吉琳:ありがとうございます
レオ:それじゃ、吉琳ちゃんも踊っておいでよ
吉琳:………え
レオ:俺はここで見てるからさ
とんっと背中を押されて、よろめくようにホールへとまた足を踏み入れると……

***

29

音楽の音がよりいっそう大きくなって、ドレス姿の女性たちの中に飛び込んでしまう。

(踊っておいで、って言われても…こんなのやったこともないし)

所在なく視線をさまよわせた、その瞬間……
カイン:…クソ、やっと見つけた

(…っ…この人、また?)

手首をぎゅっと掴んでいたのは、カインと呼ばれていた人だった。
吉琳:…っ…離して!
カイン:断る。まずは謝れ、………それと名前
吉琳:…………は?
声を上げると、まじまじと顔を見つめられる。
カイン:謝るのと、名乗るのは常識だろうが。お前…何なんだ

(……何なんだ、はこっちの台詞だよ)
(けど、ぶつかったのは私だし…)

離してくれそうにない手首を見つめて、私はため息まじりに口を開いた。
吉琳:さっきはぶつかってごめんなさい
吉琳:……それと、私の名前は吉琳です
カイン:吉琳……か
確かめるように端正な顔が近づくと、周りの女性たちから黄色い悲鳴があがる。

(な………何?)

カイン:うるせえ!俺は今、この女に説教してるとこだ
手首を引かれぐらっと体がよろめくと、肩を大きな手が包んだ。
ノア:また怒ってるー、今は説教の時間じゃないよ

(ノア……)

ノア:吉琳…だっけ。相手がいないなら、俺と踊ろーか
吉琳:私と…?
ノア:そ、あんた以外の子選ぶとなんかめんどーなことになりそうだし
手首をすっと優しく取られ、両手が大きな手に包まれる。
ノア:いーでしょ、カイン
カイン:お前、ホント物好きだな…好きにしろ
カインと呼ばれる人は、押し寄せる女性たちを黙殺して立ち去ってしまう。

(どうして、女の人はこの人たちにこんなに必死になるんだろ…)

ノア:……何か考えごと?
吉琳:あ…ううん
ノアは首を傾げると、そのまま私の手を引いてホールの真ん中まで踊り出る。
吉琳:あの、私ダンスなんてしたことなくて…
ノア:大丈夫、俺もダンスは下手だし興味ない
安心させてくれるような笑顔に、思わずつられて笑ってしまう。
ノア:やっと笑った
吉琳:え…?
ノア:あんた、ずっと身の置き場がないみたいな顔してたから

(…っ…なんだかぼんやりしてるのに鋭い人だな)

視線を上げると柔らかな笑みが向けられる。

(だけど、なんだろう…不思議と安心する)

ゆっくり音楽に身を委ねていると、ノアはすっと視線を上げて顔を綻ばせた。
ノア:ルイー、吉琳、あっちに行こ

(ルイって……)

ルイ:…………
女の人たちを避けながら、ノアに促されるままその人の前で立ち止まる。
ルイ:…………
ノア:ん、それじゃ交代しよっか。この子は大丈夫だよ

(大丈夫……?)

大きな手のひらから、繊細な手の上に誘導されて向かい合わせになった。
吉琳:あの…ルイさん
ルイ:…ルイでいい
ホールの中央に移動しても、ただ黙って黙々とステップを踏むだけで会話のひとつもない。

(…視線も合わせてくれないけど)

吉琳:あの、このパーティーって一体なんですか?
ルイ:………っ…
視線が重なりその瞳がわずかに見開かれ、冷静な声が聞こえてきた。
ルイ:…知らなくていいこともあるから

(え……?)

耳元に声だけを残し、繋がれていた手がすっと離れていく。
吉琳:ルイさん…あの待ってください
ルイ:ルイでいいって言った。それと……敬語はいらない
ルイはその場に足を留めると、私に一瞬だけ視線を向けて呟いた。
ルイ:君は、ここから立ち去ったほうがいい
ルイ:できるだけ早く

(どういうこと?)

遠くなる背中を見つめながら、壁際に寄ると……
アラン:…お前、またかよ
吉琳:あ!さっきの
声のするほうを向くと、ホールに足を踏み入れた時に出逢った人が前を見据えたまま立っていた。
アラン:お前もあいつらに取り入るために来たってことか
吉琳:取り入るって、何のことですか?
アラン:…………
その人は視線を私の足元に移すと、ふっと笑った。
アラン:まあ、その靴じゃ何も出来ねえか
吉琳:靴?
アラン:ダンスもまともに出来ねえしな

(……っ…あのダンス見られてたんだ)

吉琳:この靴が、ぶかぶかなのが悪いんです
アラン:じゃあ、さっさと脱げよ。ついでに…
言葉を切ると壁に背を預け、興味がなさそうに言い放った。
アラン:国に帰ったほうが、いいんじゃねえの

(さっきも、似たようなことを言われた)

〝ルイ:君は、ここから立ち去ったほうがいい〞
〝ルイ:できるだけ早く〞

二人の言葉にひっかかりを覚えていると、ふっと流れていた音楽が鳴りやんだ。
吉琳:ダンスは終わりですか?
アラン:こっちがセレモニーの本命だ
吉琳:本命……
壁から背を離しその男の人が立ち去ってしまうと、
女の人たちがざわつきを見せ始め、その視線は一点に注がれている。

(何かあるのかな?)

ぶかぶかの靴で背伸びすると……

(あれは……――)

豪華な壇上に赤いベルベットが見えて、その上できらりと何かが光ってみせた。
吉琳:ガラスの靴……?
赤いベルベットが敷かれた上で光っているのは、ガラスでできた繊細な靴だった。
そこに胸に白い飾りをつけた女の人たちが列をなして、次々と足を入れては肩を落としていく。

(ガラスの靴を履いて何がしたいんだろ)
(つくづく変なセレモ二ー…)

その光景を眺めていると、子供の頃に読んだ『シンデレラ』を思い出してしまう。

(ほんと、何から何までおとぎ話だな)
(だけど、あんな綺麗な靴見たことない)

まるで人を惹きつけるように光るガラスの靴を見つめていると、肩に手が乗せられた。
クロード:そんなにあの光景が珍しい?
吉琳:クロード!探してたんだよ?急にいなくなるから
クロード:いや、人に捕まっててね。それより…『あれ』吉琳も参加してこいよ
吉琳:あれに…?
クロード:ああ、物は試しっていうだろ。女性はみんな履く権利があるんだし

(…少しだけ履いてみたい)
(それにあのガラスの靴をもう少し近くで見てみたいな)

背伸びすると、クロードがとんっと背中を押して囁いた。
クロード:……もしかしたら、運命が変わるかもしれないしな
吉琳:何それ
見上げると、クロードが遠くにあるガラスの靴を真剣な表情で見つめている。
クロード:知ってるか、良い靴は履き主を良い場所まで連れていってくれるんだ

(クロード…?)

すると、また鮮やかな笑顔を向けられて私は背を押され壇上に登っていく。
壇上に登ると、官僚の人が足元にガラスの靴を差し出してくれた。
官僚:どうぞ
吉琳:あ…はい
足元に置かれたガラスの靴が光り、導かれるようにそっとつま先を入れると、

(あ……ぴったり)

するっとガラスの靴がはまり、思わず顔を綻ばせたその瞬間……
吉琳:あ…れ?
周囲が突然しんとした空気に包まれて、視線をさまよわせる。

(何これ……どうかした?)

声を出そうとすると、突如ホールがわっと歓声に包まれた。
クロード:…やっぱり、思った通りだ

(…っ…どうしてこんなに注目されてるの…?)

歓声の中、立ち尽くしているともう片方のガラスの靴が差し出された。
???:もう片方をきちんと履いてください、プリンセス

30

吉琳:プ…、プリンセス…?

(……そういえば、雑誌に書いてあった)

〝―……大国、ウィスタリア〞
〝大勢の王侯貴族が住む、独自の文化を残す世界中の人々の憧れの国。〞
〝あなたが『プリンセス』になれる場所……―〞

(でも、私がプリンセスってどういうこと!?)

すると、繊細な指先が足の甲に触れてガラスの靴をその男の人が履かせてくれる。
???:貴女がこの国のプリンセスです

31

私を見上げて妖艶に微笑む姿と発せられた言葉に息を呑むと、
少し離れた場所でガタンと椅子が引かれる音が響いた。
カイン:……はあ?そいつがプリンセス?……ありえねえ
ノア:いーんじゃない、吉琳なら
ノアが少し離れたところでぶらぶらと手を振っているのとは対照的に、
ルイと呼ばれていた男の人は視線を伏せる。
ルイ:…………

(ただガラスの靴を履いただけでプリンセスって…)
(おとぎ話じゃないんだから)

吉琳:あの、プリンセスって言えば普通王子の恋人のことですよね?
???:貴女はそんなことも知らないでここの場に…?

32

腕を組みながらその男の人がため息をつくと、壇上にクロードが登ってくる。
???:……クロード
クロード:ジル、そんなに堅い言い方したらプリンセスも混乱する
クロ―ドは私の足元を見つめると、満足そうに目を細めた。
クロード:ここでいうプリンセスは、この国における期間限定のプリンセスのことなんだ
吉琳:期間限定…?
クロード:そう、やることとしてはそうだな…
クロード:各国の王と謁見したり、パーティーに参加して華を添えるのがお役目だ
吉琳:そんな夢みたいな話があるの?
クロード:それがこのガラスの靴がぴったりはまった女性だけに与えられた特権だから
視線を落とすと足元ではガラスの靴が、キラキラと光っている。
クロード:プリンセスはみんなの憧れで羨望の的。夢みたいなひとときだろ?
クロード:それに、吉琳が言っていた景色を変える…にはうってつけだと思うけど

(……景色を、変える)
(それならやってみたいかも、どうせほんの少しの間だけだし)

その時、壇上の端から声が聞こえてきた。
???:要は、このウィスタリアのシンボルってとこかな
吉琳:レオ!
レオは私に近づくと、手の甲にキスを落とした。

(………っ…)

レオ:よろしくね、可愛いプリンセス
ジル:レオ、公の場ですよ

33

ジル:そして、貴女には追ってプリンセスとしての在り方をお教えしましょう
吉琳:あの、ジルさん
ジル:言ったはずですよ、今日から貴女はこの国のプリンセスです
ジル:私のことは、『ジル』と呼んでください。それに敬語は不要です
吉琳:ジル、私はまだジルのことを何も知らないよ
ジル:今は貴女の教育係…とだけお伝えしておきましょう

(教育係……?)

すると、ジルが声を上げた。
ジル:アラン
アラン:…………

(……またこの人だ)

壇上にいる私を、アランは少し下から見上げている。
ジル:プリンセスを部屋までお連れしてください
アラン:こちらです、プリンセス
さっきとは明らかに違う態度と口調に戸惑いながら、私はアランの背中を追いかけた。

***

―……時を同じくして、少し離れた場所から吉琳を見つめる姿があった

34

???:へえ、あんな普通の女がプリンセスか
???:おもしれえことになってきたな

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???:……嵐にならなければいいけどね

***

(プリンセスか…突然のことで驚いたけど)

豪華なお城、それにあのドレスが飾られた部屋を思い出して足取りは軽くなっていく。

(あんなドレスを着て少しの間、過ごせるんだよね)
(どうせ期間限定だし、やってみようかな)
(クロードが言ってたみたいに、色んな景色が見えるかもしれないし)

アラン:…………

(…さっきから一言も話してくれないな)

前を淡々と歩くアランと呼ばれる人に私は声をかけた。
吉琳:アランさん
アラン:アランでいい
アラン:ジルも言ってただろ、もう少しプリンセスらしく振る舞えよ
吉琳:プリンセスらしくってどういうこと?
歩きながら尋ねると、ちらりと視線が投げられる。
アラン:…バーカ、自分で考えろ

(自分で考えろっていわれても…)
(あれ、そういえば…案内してくれてるけど)

アランの隣に駆け寄って声をかけた。
吉琳:アランは何のお役目についてるの?
すると、アランは足を止めて私の顔をじっと見据えた。
アラン:俺はこの国の騎士だ

(騎士……ボディガードみたいなことかな)
(守ってくれるってことだよね)

吉琳:そっか。よろしくね、アラン
アランは私をまたちらりと見ると、歩きながら言い放った。
アラン:どーせすぐ逃げ出すだろ

(…っ…そんな言い方されると)

そっけない言い方に、思わずむっとして言い返してしまう。
吉琳:逃げ出さないよ、だって期間限定のプリンセスでしょ?
吉琳:こんな経験なかなかできないし

(それに、逃げだすほどのことが起こるとも思えない)

アラン:へえ…じゃあ、賭けてやるよ
アランは一瞬だけ足を止めると、ふっと笑みを浮かべた。
アラン:お前が逃げ出すほうに
吉琳:わかった。でも、私は絶対に逃げ出さないから!
また歩き出すアランを追いかけていると、扉から見たことがない男の人が顔を見せた。
???:あ、待ってたよ!

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(この人は……)

???:はじめまして、プリンセス
アラン:こいつはユーリ、お前の執事だ
アラン:ここまで案内するのが、ジルから言われた役目だからな
吉琳 「執事とか騎士とか、本当に自分とはかけ離れた世界…
ぽつりと呟くと、ユーリは笑顔を見せた。
ユーリ:そうだよね、でもこれがウィスタリアって国なんだよ
アラン:それじゃ、こいつのお守りは任せたからな
吉琳:お守りって…
アラン:じゃあな、プリンセス
アランは私の声に一瞬だけ目を細めると、そのまま立ち去ってしまう。
ユーリ:それじゃ、入って。ここが吉琳様の部屋だよ

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(ここが、私の部屋…)

ユーリはベッドに座るように促すと、隣に座って私の顔を覗き込んだ。
ユーリ:でもさ、いきなりプリンセスだなんて言われて驚いたでしょ?
吉琳:うん、でも何も知らないからこそ楽しみの方が勝ってるかも
ユーリ:知らないから…か

(ん……?)

ユーリ:それじゃ、もしかしてあの三人の王子候補のことも知らない?
吉琳:三人の王子候補…?
ユーリ:そ、壇上にいたでしょ。三人並んで

(……あ!もしかして…)

吉琳:あの人たちは…王子だったの?
目を丸くしていると、ユーリがくすりと笑った。
ユーリ:そう。よし、それじゃ俺が簡単に説明するよ。あ、ちょうどいいのがあった!
ユーリは机の上にあった雑誌に手を伸ばして、びりっとページを破った……
ユーリ:今、このウィスタリアには三人の王子候補がいるんだよ

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吉琳:どうして一つの国に三人も?
ユーリ:家柄は違うんだけど、三人はそれぞれ王位継承権を持ってる

(王位継承権ってことは、次にこの国の国王になれるってことかな)

ユーリ:だけど今の国王陛下が決めかねてるから、簡単に言うと今三つ巴状態ってこと

(……なんとなく、わかったけど)
(すごくざっくりとした説明だな)

ユーリ:いずれこの三人の誰かがウィスタリアの本当の王子になるんじゃないかな
ユーリはページから視線を上げると、楽しそうに目を細めた。
ユーリ:吉琳様が、本物のプリンセスになるのも夢じゃないかもね
吉琳:本物のプリンセス?
ユーリ:だって、今はあくまで期間限定のプリンセスでしょ?
ユーリ:王位を継承する王子と、恋に落ちたら本物になるってわけ

(あの三人の誰かと恋に落ちる……)

吉琳:ないない
ユーリ:そう?何も王子だけじゃない、ここにはたくさんの王侯貴族がいる。それに…
吉琳:……ユーリ…?
顔が近づいて、ベッドがぎしっと音をたてる。

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ユーリ:この国以外にも王子はいるし…ね

(え……?)

ユーリはすくっと立ち上がると、満面の笑みで微笑んだ。
ユーリ:それじゃ、ここに吉琳様の荷物を置いておいたから
ユーリ:あ、そうそう。『これ』は預かっておくね
吉琳:それ、私の携帯…っ…!
ユーリ:プリンセスは原則、国の機密を守るために携帯は禁止
吉琳:嘘でしょ…
ユーリ:ご家族にはちゃんと連絡しておくから。何かあったら呼んで、プリンセス

(何かあったらって、聞きたいことばっかりなんだけど…)

ベッドから腰を上げたその時、ぱっと部屋の中が淡い光に包まれる。
吉琳:え…
カーテンを開いて、窓の外に目を向けると……

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吉琳:……すごい
突然色とりどりの花火が打ち上げられて見入っていると、
窓の外中に何かがひらひら舞っていることに気づく。
吉琳:何だろう……あれ

(紙……みたいに見えるけど)

ガラスの靴を鳴らしながら、大きな窓を開けると少しだけ強い風に乗って顔に紙が貼りついた。
吉琳:……っ…
顔から紙を引き剥がし、視線を落とすとそこには……

41

号外!プリンセスは、吉琳様に決定いたしました
これをもって、国中の者はプリンセスを承認し…―

(……えっとつまり)
(国中の人にお触れが出されてるってこと…!?)

私は慌ててその続きの文字を視線で追っていく。
吉琳:……プリンセスを承認し、100日間このウィスタリアのシンボルを果たしてもらい…

(え……?)

吉琳:…ひゃ…100日!?

(期間限定だって言ってたけど、まさかそんなに長いなんて聞いてない!)

吉琳:…っ…ユーリ、これって
振り返ってもそこにユーリの姿はなくて、
紙をくしゃりと握り廊下に飛び出す。

***

視線をさまよわせると、視界の端に人影が見えた。

43

クロード:…………
吉琳:クロード!
呼びかけてもクロードには聞こえていないのか姿を消してしまう。

(とりあえず、クロードに話を聞こう)
(考えるのはそれからだ)

***

44

城門まで駆けだすと、クロードが颯爽と車に乗り込む姿が見えた。
その時、目の前が眩しい光に照らされて一台のタクシーが通りすぎる。

(追いかけないと…っ…)
(このまま、じっとしていられない)

私は思わず手を上げて、思いっきり声を発した。
吉琳:すみません!…止まってください!

***

―……吉琳が車に飛び乗った瞬間、時を同じくして城内から走る一台の車があった
車は城門からどんどんと遠ざかっていく。

45

???:なんとも馬鹿げたセレモニーでした

46

???:…あれが、ウィスタリアの新しいプリンセスということか
???:ええ、あんな小娘では先が思いやられますが
???:…………

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視線を伏せて、何かを思い出すように端正な顔をした人は目を細める。
???:ゼノ様が関わる必要はないかと
どこか興味深そうな横顔を諭すように、眼鏡のつるがくいっと上げられた……

***

47

飛び乗ったタクシーでようやく息をついて、
流れる窓の外の華やかな光景をぼんやりと見つめる。

(……この景色といい、あのお城といい)
(なんだか夢を見てたみたいだな)

目を閉じると、お城で出逢った人達の顔が浮かんできた……

〝カイン:ふざけるな!それに誰だ、お前〞

(…カイン、あんな俺様な人が王位継承者候補なんだな)

〝ノア:やっと笑った〞

(王位継承者っぽくはないけど、ノアには助けられた)

〝ルイ:ここから立ち去ったほうがいい〞

(……もしかしてルイは、心配してくれてたのかもしれない)
(それに……)

〝クロード:さあ、……変身の時間だ、吉琳〞

(…クロードは、初めからこうなることを知ってたのかな)

〝レオ:よろしくね、可愛いプリンセス〞

(レオは、すんなりと受け入れてくれたけど)

〝ジル:言ったはずですよ、今日から貴女はこの国のプリンセスです〞

(ジルは、突然プリンセスになった私のことをどう思っていたんだろう)

〝ユーリ:俺はユーリ。吉琳様の執事だよ〞

(ユーリに一言、外に出てくるって言ったほうが良かったのかな)

〝アラン:俺はこの国の騎士だ〞

(アランは、……私を守る役目なんだよね)

思い返してみても、やっぱりどうしてもこれが現実とは思えない。

(だけど、もしこれが全部夢じゃなかったら)
(私はあの人たちと100日間、一緒にいて…期間限定のプリンセスになる)

夢の中に放りこまれたような気持ちでどうにか現実に帰ろうと、
窓の外を眺めるために身を乗り出したその瞬間……
吉琳:……っ…!
車が急に勢いよく止まり、大きく体が揺れて息を呑む。
吉琳:な、何…?

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その瞬間、ドアが開き眩しい光が差し込む中、手首を掴まれる。
吉琳:……え…ちょっと…!
手首を引かれた弾みで体勢を崩し、車内から転がり落ちると、
履いたままだったガラスの靴まで脱げてしまう。
視線を上げると逆光の中、私をじっと見下ろす姿があった。

49

(……この人!)

突然の出来事に呆気に取られていると、足の甲に指先がかかり……
つま先にガラスの靴がそっと触れた……――
???:……何してるんだ、『プリンセス』

 

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    小澤亞緣(吉琳) 發表在 痞客邦 留言(0) 人氣()