SchoolDiary~彼との恋のはじめかた~(ジル)
彼との出会いは校舎の廊下でした…―
王立ウィスタリア学院。
名門校へ通い始めたあなたの周りには、
胸をくすぐるトキメキがいっぱいで…?
年上の先輩、ジル=クリストフと胸が高鳴る初恋…
ジル:言ったでしょう。誰にでもするわけではない、と
ジル:私も、貴女のことを特別に思っていますよ
きらめく思い出と一途な想い…
甘酸っぱい彼との恋が、紡がれていく…―
プロローグ:
これは、王立ウィスタリア学院へ通う、
彼と私の胸をくすぐる恋の物語…―
(噂には聞いていたけれど、校内も凄く豪華…)
真っ直ぐに伸びる廊下を見回しながら歩いていると、
前を歩いていたロベール先生が、にこっと笑って立ち止まる。
ロベール:何か気になるもの、見つけた?
吉琳:えっと…そういうわけではないのですが、
吉琳:広い校舎に驚いてしまって…
ついきょろきょろと見回していたことに、気恥ずかしさを覚えると、
ロベール先生は優しく微笑んだ。
ロベール:明日から通う場所だから早く慣れないとね
吉琳:…はい
(ずっと憧れだった学校へ通えるなんて、)
(何だかまだ実感が湧かないな)
私は、先生になりたいという夢を抱いて勉強に励み、
名門の王立ウィスタリア学院へ特待生として編入することができた。
そして今日は、校内の案内をしてもらっていたのだった。
ロベール:元々は貴族の子どもたちが通う学院だったから、
ロベール:確かに豪華な校内に驚く気持ちも分かるよ
ロベール先生の言う通り、この学院が誰でも通えるようになったのは
つい最近のことだった。
すると、ロベール先生は窓の外に広がる校庭を見つめる。
ロベール:新しい環境で学ぶのは、最初は戸惑うこともあるけれど、
ロベール:ここで広い視野を持って、沢山楽しい経験をしてもらいたいな
その言葉に、胸が期待で満ちていく。
(これから、ここでの学園生活が始まるんだ…)
吉琳:はい…!
ロベール:それじゃあ、次に案内する場所だけど…
そう言って歩き出すロベール先生に続こうとしたその時、
真横にあった扉が開いて、
中から出てきた人とぶつかりそうになってしまい…
(あっ)
これが、彼との最初の出会いだった…―
どの彼と物語を過ごす?
>>>ジルと過ごす
第1話:
扉が開き、中から出てきた人とぶつかりそうになって…―
(あっ)
慌てて身体を引くと、凛とした声が廊下に響いた。
???:すみません、大丈夫ですか?
吉琳:は、はい…
部屋から出てきたのは、
紫色の髪をした落ち着いた雰囲気の男子生徒だった。
???:見慣れない方だと思いましたが、
男子生徒はロベール先生と私を交互に見てから、
納得したように小さく微笑む。
???:ロベール先生と一緒ということは、
???:編入生の吉琳さんですね
(えっ)
吉琳:どうして名前を…
???:この学院の生徒代表ですから
ジル:3年の監督生で、ジル=クリストフといいます
にこっと笑みを向けて、ジルさんは丁寧にお辞儀をする。
吉琳:よ、宜しくお願いします
慌ててお辞儀をすると、
隣にいたロベール先生が改めて紹介をしてくれた。
ロベール:監督生というのは、各学年の代表となる生徒なんだけど、
ロベール:そのうち3年生の中から、学院の代表が選ばれるんだ
(そうなんだ…)
ロベール先生から説明を受けていると、
ふとジルさんが不思議そうに首を傾げる。
ジル:ですが、登校は明日からの予定では?
ロベール:そうなんだけど、先に校内案内をしてる最中でね
ジル:そうでしたか
吉琳:はい! 早く学校に慣れるために色んな場所を見ておきたくて
ロベール先生の言葉に大きく頷いてそう答えると、
ふいにジルさんが真剣な瞳で私を見つめ…
ジル:その気持ちは大事なことですが、1つ忠告しておきましょう
(え?)
ジル:滅多なことがなければ近付かないと思いますが、
ジル:特別棟の1番奥にある部屋には入らないようにして下さい
吉琳:特別棟…ですか?
(そういえば校舎とは別にいくつか建物があったような)
校舎に入るまでの道で見た光景を思い返した。
すると、ジルさんは再びにこやかな笑みを向ける。
ジル:それでは、何か学園生活で困った時はいつでも力になりますよ
優しい声でそう言って、ジルさんは廊下を歩いていった。
(優しそうな方だったけれど…)
どことなく生徒代表としての気品もあり、つい圧倒されてしまう。
吉琳:でも…1番奥の部屋にいったい何が…
思わず疑問をぽつりと呟くと、ロベール先生が答えてくれた。
ロベール:監督生室だよ
ロベール:あそこは監督生に選ばれた生徒以外立ち入り禁止なんだ
ロベール:各学年の寮生の名簿を管理していたりするからね
(それは確かに、勝手に入ってしまってはいけないよね)
忠告に納得していると、ロベール先生は、優しく微笑んで続ける。
ロベール:でも、用が無ければ入らない場所だから大丈夫だよ
(そっか…それなら安心かも。念のため、頭にだけおいておこう)
吉琳:はい
ロベール:それじゃあ続き、案内するよ
吉琳:お願いします
そうして、私はロベール先生の後をついて、
再び校内を見学して回った。
***
その翌日の放課後…―
初めての授業を終えた私は、
寮で暮らす友人たちと別れ帰路につきながら、
お昼休みに授業の質問を終えた時のことを思い返していた。
〝ロベール:もう友達も出来たみたいだし、〞
〝ロベール:こうして熱心に授業も聞いていて、〞
〝ロベール:すっかりこの学院の生徒らしくなっているね〞
(ロベール先生にもああ言ってもらえたし、)
(素敵な学園生活が送れそうだな)
嬉しさで心が弾むのを感じていると…―
(あれ、こんなところに…)
大きな木の下にあるベンチに、
毛並みのいい猫が座っているのを見かけた。
(迷子かな…)
そう思って近づくと…
(えっ)
猫が鞄についていたリボンをくわえて、走っていってしまう。
吉琳:待って…!
私は一瞬呆然としてしまった後、慌てて猫の後を追って…―
***
慌てて猫の後を追って、校舎から少し離れた建物に入り、
廊下を歩いていると、奥から鳴き声が聞こえた。
(あ、あんなところに)
近付くと、猫は1番奥の扉を引っかいている。
扉を開けてあげると、
猫はリボンを返すように置いてするりと部屋へ入っていった。
(もしかして、開けてほしかったのかな)
くすっと笑って、改めて廊下を見回すと…
(あれ…ここってもしかして……)
〝ジル:1つ忠告しておきましょう〞
〝ジル:特別棟の1番奥にある部屋には入らないようにして下さい〞
(ここ、特別棟なんじゃ…)
はっと息をのんで、開けたままの扉の先を見つめる。
(しかも…1番奥の部屋)
ひやりと冷たい汗が背筋に落ちるのを感じた、その時…―
(えっ)
遠くからこちらへ向かってくる足音が聞こえた。
(と、とにかく隠れないとっ)
私は猫が置いていったリボンを拾い上げ、
慌てて目の前の部屋へと入る。
***
(隠れられる場所は…)
部屋を見回し、カーテンの後ろにそっと身体を隠す。
(ここなら大丈夫…かな)
鼓動が早鐘を打つのを聞いていると、ふいに扉を開ける音がして…
???:誰かいるのですか?
(この声っ…)
カーテンの隙間からそっと覗くと、ジルさんが部屋を見回していた。
(どうしよう…昨日言われたばかりなのに)
高鳴る鼓動を鎮めるように、きゅっと手を握ると…―
(あ…)
ふいにリボンを落としてしまい、カーテンが揺れてしまう。
ジル:そこにいるのは…
そうしてジルさんの足音がカーテン越しに止まり…
吉琳:…っ……
ジル:……
さっとカーテンが引かれジルさんと目が合ってしまった。
ジル:貴女は…
少し驚いたようにしていたジルさんは、
リボンを拾い上げてわずかに眉を寄せた。
ジル:昨日入らないようにと忠告したはずですが
吉琳:…すみません
ジル:理由を聞かせて頂けますか?
そう言うジルさんが差し出すリボンを受け取り、
私は何故ここまで来てしまったのかを説明する。
するとジルさんは納得したように、小さく息をついた。
ジル:興味本位でここに立ち寄った訳ではないことは分かりました
ジル:まったく、ミケランジェロにも困ったものですね
そう言ったジルさんは部屋の端で丸くなっている、
ミケランジェロと呼ばれた猫をちらりと見つめる。
(確かに興味本位ではないけれど…)
吉琳:勝手に入ってしまって申し訳ありません
改めて謝り、気まずさから俯いていると…
(えっ)
くすっとジルさんの笑い声が聞こえて、
その指先でそっとあごをすくい上げられた。
ふいにジルさんの澄んだ瞳が間近に迫り、鼓動が大きく跳ねる。
ジル:勝手に入ったことは許します
(…良かった)
ほっと胸を撫でおろすと、ジルさんはそのまま言葉を続けて…―
ジル:ですが、1つ条件があります
第2話:
ジル:ですが、1つ条件があります
吉琳:条件…ですか?
思いがけない言葉に瞳を瞬かせていると、
ジルさんは私から手を離し棚へと向かっていく。
(いったい何だろう…)
するとジルさんは、
棚から沢山の書類の束を取り出し、近くの机へ置いた。
ジル:こちらへ
おずおずと机に近付くと、
書類の束は、細かく書かれた何かの資料のように見える。
吉琳:これは…
ジル:過去の監督生たちが残した資料です
ジル:貴女には、この資料のまとめを手伝って頂きたいと思います
それは、過去の監督生たちが記した、行事の失敗や成功例で、
作ったままになっていたものを、
全学年の監督生でまとめているのだという。
ジル:正直、猫の手も借りたいぐらいなんです
(これだけあれば、確かにいくらやっても終わらなそう…)
1番上の資料には事細かに、行事について記されている。
ジル:貴女は特待生だと聞きました
ジル:その優秀さは先生方も認めていますし、力を貸して頂けませんか?
(私で役に立てるかは分からないけれど…)
勝手に部屋に入ってしまった後ろめたさも感じる。
(それに人手は多い方がいいよね)
吉琳:分かりました。お手伝いします
私はジルさんを真っ直ぐ見つめて頷いた。
***
その翌朝…―
教室に入り席に着くと、
先に登校していた隣の席のレオから声をかけられた。
レオ:おはよう吉琳ちゃん
吉琳:おはよう
レオ:今日から例の資料まとめ、手伝ってくれるんだよね。ありがとう
吉琳:えっ何で知ってるの?
思いがけずそう言われて驚いていると、
レオはふっと笑って言葉を続けた。
レオ:だって俺も監督生だから。昨日寮でジルに聞いたんだよ
(あれ…ジルって呼んでる)
学年が違う先輩のことも親しげに呼ぶレオに、
わずかに目を丸くしてしまう。
(仲が良いのかな)
そう思っていると、レオはふっといたずらっぽい笑みを向けた。
レオ:あ、でも気を付けてね。ジルはああ見えて結構厳しいから
吉琳:そうなんだ…でも、頑張るよ。ありがとう
(厳しい…確かにそんな雰囲気はあったかもしれない)
昨日、監督生室で話したジルさんの様子を思い浮かべていると、
鐘の音と共に男性教師が入ってきて、授業が始まった。
***
その日の放課後。
私は早速レオと共に監督生室へ向かい、
他の学年の監督生たち数名に交ざって、資料のまとめを始めていた。
(こんな感じでいいのかな…1度見てもらおう)
まとめた資料を手に、少し離れた席に座るジルさんへ差し出す。
吉琳:見て頂いてもいいですか?
ジル:お預かりします
すると、すぐに目を通したジルさんに書類を返されてしまった。
(えっ)
ジル:いいですか、まとめるというのはただ書き写すだけではありません
そうしてジルさんは、
提出した資料の分かりにくい点を丁寧に説明してくれる。
(最初から上手くいくとは思っていなかったけれど…)
沢山入る指摘に、少し肩を落としてしまう。
すると、最後にジルさんはにこりと微笑んで…―
ジル:ですが、この部分はよく出来ていますよ
ジル:もう一度宜しくお願いしますね
吉琳:…っは、はい!
(ちゃんと褒めてもくれるんだ…)
まさか褒められるとは思わず驚きながら自分の机に戻ると、
隣に座るレオが私の手元を覗きこんだ。
レオ:ね、厳しかったでしょ?
吉琳:うん…そうだね
レオに小さく苦笑をしてから、私は言葉を続ける。
吉琳:でも…指摘する理由もきちんと教えてくれるし、
吉琳:出来ている部分は褒めてもくれるから、ありがたいね
レオ:そうなんだよね
レオ:指摘するのも今後の監督生を想ってのことだと思うし
レオがそう言うと…
ジル:お喋りはそのぐらいにしてください
ぴしゃりと言うジルさんに、
レオは肩をすくめて書類へと視線を戻した。
(そうだよね。ジルさんは厳しくしたくてしている訳じゃない…)
(厳しいのは、みんなのことを思っているから)
改めてジルさんの想いに感心しながら、
気を引き締め直して私も資料のまとめを続けた。
***
そうして監督生の仕事を手伝うようになり
数日経った、ある日の放課後…―
この日、まとめに取り組む予定はなかったものの、
少しでも進めたいと思い、1人で資料のまとめを行なっていた。
(少しでも力になれたら…)
その時、ふとジルさんの顔を思い浮かべてしまい、
ぽっと頬が赤く染まる。
(私、何でジルさんのことを…)
この数日でだいぶ褒められることも増え、
以前よりもジルさんと親しくなっていた。
(でも、だからってどうして…)
(皆さんの力になりたいって思ったはずなのに)
不思議に思いながらも恥ずかしくなって、小さく首を横に振る。
気持ちを切り替えるように、
目の前の資料から、1枚手にすると…
(あれ、これって…)
手にした書類は、
ウィスタリア学院の生徒の募集要項を変える提案書だった。
書類はジルさんの字で書かれていて、責任者にも名前が書いてある。
(もしかしてここが誰でも学べる学校になったのは…)
その時、ふいに扉が開き…―
ジル:吉琳さん
少し驚いたような顔をしてジルさんが入ってきた。
たった今、ジルさんのことを思い浮かべてしまっていたために、
鼓動が小さく音を立てて跳ねてしまう。
ジル:今日は休みにしたはずですが…
そう言いながらこちらに近付くジルさんは、
机に置かれた資料に目を見開く。
ジル:もしかして、1人で取り組んでいたんですか?
そう尋ねられて、わずかに跳ねる胸の音を聞きながら、
ジルさんは、はにかんで答える。
吉琳:っはい。私1人の力は小さなものではありますが、
吉琳:それでも少しでも進めておけば、その分早く終わりますし、
吉琳:引き受けたことはしっかり取り組みたいんです
そう言って、ジルさんを真っ直ぐ見つめるとにこりと微笑まれた。
ジル:そうですか
(そうだ…この提案書のこと、聞いてみてもいいかな)
そう思い、私は手にしていた提案書をジルさんに見せた。
吉琳:あの…もしかして、これはジルさんが提案したんですか?
ジルさんは提案書を受け取り目を通すと、納得したように頷く。
ジル:ええ。学問は本来、自由なものです
ジル:学校側が学びたい意欲のある人を拒む制度には、
ジル:入学当初から疑問があったので
(それで今のような制度に変えるなんて、凄い)
吉琳:それじゃあ、私がここで勉強できるのはジルさんのお陰なんですね
吉琳:ありがとうございます
嬉しさに、思わず熱のこもった言葉でそう言い、
ジルさんに、にっこりと微笑むと…―
ジル:……
(ジルさん…?)
どこか驚いたように見えるジルさんの様子に、
私もわずかに瞳を瞬かせてしまう。
(こんなジルさんの表情、初めて見た…)
そう思うと、鼓動が甘く波打つのを感じる。
(どうしてこんなドキドキして…)
不思議に思っていると、ジルさんがふいに壁の時計に目を向けた。
ジル:お礼を言われるようなことではありません
ジル:それより、そろそろ下校時刻ですから、
ジル:今日はここまでにしてはどうですか?
ジルさんの言葉に、私も同じように時計を見つめる。
(本当だ…もう帰らないと)
吉琳:そうですね…
(でも…もう少しジルさんと話していたかったな…)
そう思った瞬間、はっと息をのんだ。
(私、何でこんなことを…)
ぽっと赤くなる頬を誤魔化すように、
急いで目の前の書類をまとめると…
吉琳:…っ……
ジル:どうしました?
吉琳:紙で切ってしまったみたいで
人差し指を見ると、鋭い痛みと共に指先が少しずつ赤くなっていく。
(血を止めないと)
そう思った瞬間、ジルさんに手を取られて…―
(えっ)
第3話:
(血を止めないと)
そう思った瞬間、ジルさんに手を取られて…―
(えっ)
人差し指を口にふくまれ、鼓動が大きな音を立てて跳ねる。
(っジルさん…)
傷のためだと分かっていても、頬が火照ってしまう。
鳴り止みそうもない鼓動を聞いていると、
ジルさんがそっと手を離した。
ジル:そのままでいてください
そう言って、奥のチェストから薬箱を持ってきてくれる。
手際良く包帯を取り出すジルさんに、
やっと少しずつ冷静になって、やっと小さく口を開いた。
吉琳:こ、これぐらい大丈夫ですよ
けれど、ジルさんは私の言葉を気にしていないように、
優しい手つきでそのまま包帯を巻いていく。
ジル:そんなことを言って、傷が残るかもしれませんよ
ジル:女性なのですから、もっと自分を大事にしてください
そう言って微笑むジルさんの優しさに、胸の奥が甘くくすぐられる。
吉琳:…ありがとうございます
小さくそうお礼を言いながらも、
何故かジルさんの顔が見られなかった。
***
その翌日…―
授業の合間の休憩時間に、ふとレオから声をかけられた。
レオ:吉琳ちゃん、そのケガどうしたの?
吉琳:紙で切っちゃって
吉琳:たまたま一緒にいたジルさんが手当てしてくれたの
そう言いながら、そっと指先に巻かれた包帯に触れる。
(…どうしよう、また思い出してしまう)
指先を口にふくまれたことを思い出し、
頬が赤くなるのを感じていると、
レオがいたずらっぽく笑った。
レオ:あれ、どうしたの赤くなっちゃって
吉琳:こ、これは別にっ
誤魔化すようにまつ毛を伏せると、
レオはからかうような声で言葉を続ける。
レオ:もしかして…手当てしてもらってる間にジルに何かされたの?
吉琳:な、何かって……!
慌ててぱっと顔を上げレオを見つめると、噴き出すように笑われた。
レオ:やだな、冗談だって
(もう…心臓に悪いよ)
心の中でそう思いながら、小さく胸を撫で下ろしていると…
レオ:でもそうだな、あと考えられるのは…
レオ:ジルのこと好きになっちゃったとか
(えっ)
レオの言葉に、一気に顔が熱くなる。
(私がジルさんのことを…?)
吉琳:そ、そんなこと…
レオ:本当かな?
楽しそうに笑うレオに、頷きながらも、
頭からはジルさんのことが離れない。
(少し前から、ジルさんのことを考えることが多くなった気がして…)
(この気持ちは…好きということなのかな)
心の中でそう呟いた時、授業の始まりを告げる鐘が鳴った。
***
その日の放課後。
いつも通り監督生室で資料をまとめていると、
ひと区切りついたところで休憩となった。
レオ:あともうちょっとってとこかな
吉琳:そうだね
目の前の資料は始める前に比べ格段に減っていて、
今日にも終わりそうだった。
(今日で終わったら…ジルさんともあまり会わなくなるのかな)
そんなことをふと思い、ジルさんを見ると…
(あっ)
ジルさんはまとめがあまり上手くいっていない1年生の女子生徒に、
熱心に指導をしていた。
ジル:ということで、
ジル:この部分の言葉を換えれば十分読みやすくなるんですよ
女子生徒:ありがとうございます…!
嬉しそうに微笑む女子生徒に、ジルさんはにこやかに微笑んでいる。
(ジルさんは、みんなに優しいんだ…)
そう思うと、何故か胸がズキっと痛んで、
自分でもよく分からない気持ちに、小さくため息をついてしまう。
(このままだと、集中出来なさそう…)
(ちょうど休憩時間だし、少し気分転換してこようかな)
私は、気持ちを切り替えるためにそっと席を立った。
***
指導を終えたジルが顔を上げると、
どこか晴れない顔で小さくため息をついた吉琳が、
1人で部屋を出ていく姿が見えた。
すると、近くでその様子を見ていたレオがニヤっと笑う。
レオ:珍しいねジルが1人の子をそんな気にかけるなんて
レオ:行ってあげたら?
ジル:…あなたに言われなくても、そうするつもりですよ
ジルはレオの言葉にわずかに眉を寄せてから、
静かに監督生室を後にした。
***
爽やかな風がそよぐ庭に出て歩いていると、
後ろからふいに声をかけられた。
???:疲れてしまいましたか?
(え?)
振り返ると、ジルさんがこちらへ歩み寄る。
吉琳:いえ、ずっと座っていたので少し外の空気が吸いたくて
ジル:…そうですか
(変だな…何だか、ジルさんのこと上手く見られない)
そっとまつ毛を伏せると、ジルさんは言葉を続けた。
ジル:昨日の傷は、もう平気ですか?
その言葉に、昨日の光景がまた頭に浮かんでくる。
(あれも…きっとジルさんが優しいからしてくれたんだよね)
吉琳:はい。ありがとうございます
吉琳:でもジルさんにあんな丁寧にして頂いたら、
吉琳:勘違いしてしまいますよ
そう言いながら、わずかに寂しい気持ちが湧き、
目線を合わせられないまま曖昧な笑みをこぼした。
(そう。この気持ちは、かんちが…)
その時、ジルさんにそっと包帯を巻いた指先を取られ…―
吉琳:…っ……
ジル:あんなこと、誰にでもするわけではありませんよ
吉琳:えっ
その真剣な表情に、胸が甘く締め付けられた、その時…―
レオ:ジル、吉琳ちゃん、そろそろ再開するよ?
こちらに近付くレオに声をかけられた。
(あ…)
ジル:今、行きます
そう言いながら離された手を、ぎゅっと握る。
(誰にでもしないって…?)
その言葉の意味を考えながら、鼓動が速くなっていくのを感じた。
***
それからジルさんとレオと一緒に部屋へと戻り、
複雑な気持ちを抱えたまま、資料のまとめを進めていき…―
ジル:今日で、無事に全てをまとめ終えることができました
ジル:皆さん、お疲れさまでした
ジルさんのその言葉に、部屋の中は拍手で包まれた。
(とうとう、終わってしまったな…)
わずかに湧く寂しい気持ちを胸に帰り支度を終え、
監督生たちと一緒に外へ出て…―
***
日が傾いた校庭を、晴れやかな顔の監督生たちと歩いていく。
(全て終わって嬉しい気持ちはあるけれど…)
私は、心から喜べないでいた。
(さっきのあの言葉はどういう…)
ジルさんから言われた言葉を思い返し、
小さく息をついたその時…―
第4話-Sweet:
(さっきのあの言葉はどういう…)
ジルさんから言われた言葉を思い返し、
小さく息をついたその時…―
レオ:吉琳ちゃん、何かあった?
隣を歩いていたレオに、声をかけられた。
吉琳:えっ
レオ:せっかく全部終わったのに、あんまり嬉しそうじゃないから
(悩んでること、顔に出てしまっていたんだ…)
吉琳:…っううん、そんなことないよ
レオに、にこっと微笑んでから、
私は前を歩くジルさんの背中を見つめる。
〝ジル:あんなこと、誰にでもするわけではありませんよ〞
(じゃあ、何で私にはあんな風にしてくれたんだろう…)
そう思いながらも、結局ジルさんに声をかけることはできなかった。
***
その翌日の放課後…―
(…ここに来ても仕方ないのに)
私は、つい監督生室の前に来てしまっていた。
(昨日まで普通にジルさんとも話していたけれど、)
(これからはもう会わなくなってしまうのかな)
胸に寂しさがすっと湧いた、その時…―
???:こんなところでどうされたんですか?
吉琳:…っ!
その声にぱっと顔を上げて振り返ると、
ジルさんがこちらへ歩いて来ていた。
(監督生じゃない私が、用事もないのに、ここにいたら変だよね…)
私は視線を逸らしながら、慌てて口を開く。
吉琳:その…忘れ物をしてしまって
ジル:そうでしたか。それならどうぞ
そうして戸惑いながら、
扉を開けるジルさんの後について部屋に入った。
(とっさに嘘をついてしまったけれど…どうしよう)
気まずい想いを感じながら棚に近付き物を探すようにしていると、
ふとジルさんが小さく笑う。
ジル:ここで初めて会った時と同じ顔をしていますね
吉琳:え?
ジル:不安そうな顔、です
ジル:あの時と違って、勝手に入った訳ではないですから、
ジル:咎めたりはしませんよ
吉琳:そ、そうですよね…
そう答えながら、あの時隠れたカーテンを見つめる。
ジルさんと目が合った瞬間は、今でもはっきり覚えていて、
思い出すと、胸がきゅっと甘く締め付けられた。
(また、こんな気持ちに…)
(ジルへの想いは、勘違いなはずなのに)
その時、ふいに耳元に低い声が落ち…―
ジル:それとも、何か後ろめたいことでもあるんですか?
吉琳:…っ……
驚いて振り返ると、思ったよりも近くにジルさんの顔があって、
一気に頬が火照るのを感じた。
(こんなに近くにいたら…自分の気持ちが余計分からなくなる)
ドキドキと早鐘を打つ鼓動を聞き、慌てて距離を取ろうと足を引くと、
後ろの棚にかかとがついてしまう。
ジル:吉琳さん?
そうして名前を呼ばれるだけで、全てを見透かされているようで、
私は正直な想いを口にした。
吉琳:すみません…本当は忘れ物ではないんです
吉琳:悩みごとがあって、ついここへ来てしまって…
ジル:悩みごと、ですか
するとジルさんは少し考えるようにしてから、優しく微笑む。
ジル:私で力になれるなら、言ってみて下さい
(何て言ったらいいんだろう…)
戸惑いながらもジルさんを見つめると、
先を促すようにゆっくりと頷かれた。
(上手く言えるか分からないけれど、思いきって話してみよう)
吉琳:ある人のことを考えると、よく分からない気持ちになって…
吉琳:自分の想いに整理がつかないんです
(ジルさんへの気持ちは…本当に勘違い?)
すると、ジルさんは私の言葉に静かに答えた。
ジル:それでしたら、想いを声に出してみてはいかがですか?
(えっ)
思いがけない提案に瞳を瞬かせると、ジルさんはにこやかに続ける。
ジル:話しているうちに整理できることもありますよ
ジル:それに、その方に伝えたい気持ちがあるのなら、
ジル:その練習にもなりますから
(練習…)
(まだ自分の気持ちは、はっきりしていないけれど、)
(練習だと思えば…)
その言葉に背中を押されるようにして、私はそっと口を開いた。
吉琳:その人は、少し厳しくて…でもとても優しい人で、
吉琳:きちんと認めてくれて…
〝ジル:いいですか、まとめるというのはただ書き写すだけではありません〞
〝ジル:ですが、この部分はよく出来ていますよ〞
〝ジル:もう一度宜しくお願いしますね〞
〝ジル:女性なのですから、もっと自分を大事にしてください〞
〝ジル:あんなこと、誰にでもするわけではありませんよ〞
(こうして思い返すとやっぱり…)
気持ちがどんどん募っていくのを感じる。
吉琳:いつの間にか、好きになっていて…
(本当はずっと気付いてた…)
(この気持ちは勘違いなんかじゃないって)
私は、ジルさんを真っ直ぐ見つめて…―
吉琳:好きです…私はジルさんのことが好きなんです
そう伝えた瞬間、はっと小さく息をのむ。
(練習のつもりだったのに、これじゃあ…)
勢い余って告白してしまったことに慌てていると、
ジルさんがくすっと笑みをこぼした。
ジル:やっと言ってくださいましたね
吉琳:え?
(やっと…?)
ジルさんの言葉に首を傾げていると、
そっと指先に包帯の巻かれた方の手を取られる。
ジル:言ったでしょう。誰にでもするわけではない、と
ジル:私も、貴女のことを特別に思っていますよ
優しい眼差しでそう言われ、ドキっとひと際大きく鼓動が跳ねた。
(勘違いじゃなかったんだ……)
ジル:規則を破った罰にも関わらず、
ジル:あんなに一生懸命取り組む貴女の姿に、
ジル:私もいつの間にか惹かれていたようです
そうして取られていた手をそっと引かれて…―
(あ…)
ふわりと優しく抱きしめられた。
初めて感じるジルさんの温もりに、
一気に身体の熱が上がるのが分かる。
ジル:改めて、私からも言わせて下さい
ジル:好きですよ、吉琳さん
その優しい声と共に、ぎゅっと抱きしめる腕が強くなる。
(誰かに特別だなんて言われるの、初めて…)
(こんなにくすぐったくて…胸がいっぱいになるんだ)
(ジルさんと出会わなかったら、知らなかった気持ちかもしれない)
少しずつ傾いてきた日差しが、窓から差し込む静かな部屋の中で、
私は嬉しさを感じながらジルさんの胸元に頬を寄せた…―
第4話-Premiere:
(さっきのあの言葉はどういう…)
ジルさんから言われた言葉を思い返し、
小さく息をついたその時…―
(あれ…)
前を歩くジルさんが、女子生徒に話しかけられていた。
(同じクラスの人、なのかな…)
気になりつつ2人を見つめていると、
校庭の隅へと移動していく。
すると、隣を歩いているレオがふっと笑った。
レオ:あれは告白だね
吉琳:えっ
レオ:見たところ、1年生みたいだし、
レオ:女の子の方は、なんかそわそわしてたから
レオの言葉に驚いて、またちらりとジルさんたちを見てしまう。
レオ:あれでジルも結構モテるからな
吉琳:そう…なんだ……
そう答えながらも、上手く笑顔が作れずまつ毛を伏せる。
(最後に挨拶をしようと思ったけれど…)
女子生徒と歩いていくジルさんを見て、私はそのまま歩みを進めた。
***
そうして寮へと帰る皆と別れ…―
1人で家路につきながらも、先ほどの告白の様子が頭から離れず、
胸の痛みを感じていた。
(こんなに苦しくなるなんて…)
(私やっぱり、ジルさんのこと…好きなんだ)
ジルさんへの気持ちは勘違いではないと、改めてそう気付いた。
(でも…)
つい歩く足を止めてしまう。
吉琳:気付くのが遅かったな…
静かな風に乗って、誰もいない道に小さな呟きが響いた。
***
それから数日が過ぎていき…―
ある日の放課後。
私は校門までの道を歩きながら、ついため息をついてしまう。
(やっぱりジルさんと話すこともなくなってしまったな)
あの日から、ジルさんとは話すどころか、
顔を見かけることもなかった。
(あの時の言葉…)
〝ジル:あんなこと、誰にでもするわけではありませんよ〞
(結局どういう意味だったのかも聞けなかったけれど…)
(もしかしたら、このまま会わない方がいいのかも)
会ってしまえば自分の想いを伝えてしまいそうで、
ついそんなことを思ってしまう。
小さく肩を落としながら歩いていると…
(あれ)
校庭の隅のベンチに、鞄のリボンを取ったあの猫が座っていた。
(ミケランジェロ)
監督生室に通うようになって、すっかり見慣れた姿に近付いて、
隣に腰かけそっとあごの下を撫でる。
(何だかあの時のことが、もうずっと前のことのように思える)
〝ジル:貴女は…〞
〝ジル:昨日入らないようにと忠告したはずですが〞
〝吉琳:…すみません〞
(ミケランジェロのお陰で、)
(ジルさんと話すきっかけが持てたんだな)
吉琳:ありがとう
にこっと笑ってお礼を言うと、
ミケランジェロが手からすり抜けて歩いて行ってしまう。
その姿を目で追うと…
(あ…)
ジル:ここにいたんですか、ミケランジェロ
(ジルさん…)
久しぶりに見たジルさんに、鼓動が大きく跳ねた。
ジル:吉琳さんが一緒だったんですね
吉琳:たまたま通りかかったら、ミケランジェロがいて
吉琳:ジルさんはミケランジェロを探して…?
ジル:ええ。食事をとっていなかったのが気になったので
そう言いながらこちらへ近付き、ジルさんは隣へと腰かけた。
すると、ジルさんの足元にすり寄っていたミケランジェロが、
特別棟の方へと駆けていってしまう。
吉琳:あ…
ジル:食事を出されていたことに気付かなかったのかもしれませんね
ジル:多分、食べに行ったのでしょう
ふっと優しく笑うジルさんに鼓動が甘く乱れる。
(こうして一緒にいると…)
ジルさんへの気持ちを改めて自覚した。
吉琳:あの…きちんとご挨拶していなくてすみませんでした
吉琳:…最後の日、先に帰ってしまって
そう言いながら、
ジルさんが告白されていた光景が頭に浮かんでくる。
ジル:いえ、こちらこそ
ジル:改めて手伝って頂いてありがとうございました
にこりと笑うジルさんに、溢れるほどの想いを感じてしまう。
私は気持ちを誤魔化すように言葉を続けた。
吉琳:この後は寮へ帰られるんですか?
ジル:ええ。ミケランジェロの様子を確認したら、そうするつもりです
ジル:これといった用事もありませんから
(用事がないって…)
ジルさんの言葉に私はつい、ぽつりとこぼしてしまった。
吉琳:…あの時の方とデートしたりは……
そう言ってからすぐにはっとする。
(私、何を言って…)
吉琳:あ、その詮索するつもりではなくて……
慌てて言葉を続けると、
ジルさんはふっと笑みをこぼした。
吉琳:ジルさん…?
ふいに笑みをこぼすジルさんに、首を傾げていると…
ジル:ご存知でしたか
ジル:ですが、あの方の気持ちには応えられないとお伝えしました
吉琳:えっ
思いがけないジルさんの言葉に、瞳を大きく瞬かせてしまう。
吉琳:…どうしてですか?
すると、ジルさんは苦笑をこぼして答えた。
ジル:気持ちはありがたく思いますが、
ジル:好きな人に想われていなければ、意味がないですから
ジルさんの言葉に、チクリと胸が痛んだ。
(そっか…ジルさんにも)
吉琳:好きな人…いるんですね
(あ…)
その時、ジルさんがわずかに瞳を見開くのを見て、
ぽつりと声に出してしまったことに気付く。
吉琳:す、すみません。私つい…
すると、ジルさんが大きくため息をついた。
そして、私を真っ直ぐ見つめて…―
ジル:まだ気付きませんか?
ジル:我ながら分かりやすくしていたと思いますが
吉琳:……?
ジル:貴女ですよ
吉琳:えっ
ジル:私が好きなのは、貴女です
(本当に…?)
信じられない気持ちで何も言えないでいると、
ジルさんは言葉を続けた。
ジル:監督生室で、1人で頑張る健気な姿に惹かれたんです
(1人でって……もしかしてあの時の…)
〝吉琳:引き受けたことはしっかり取り組みたいんです〞
〝ジル:…そうですか〞
あの時のジルさんの表情を改めて思い出して、
胸が甘く締め付けられる。
ジル:どんなことでも、ひたむきに取り組む、
ジル:そんな貴女が好きですよ吉琳
初めての呼び方に、一気に頬に熱が灯っていく。
(この気持ちを…伝えても良いんだ)
吉琳:私も…ジルさんのことが好きです
吉琳:両想い…だったんですね
ドキドキと高鳴る鼓動を聞きながら呟くようにそう言うと、
ジルさんがにこりと微笑み、そっと頬に指先を滑らせた。
ジル:ええ。嬉しいことに
そうしてジルさんに顔を引き寄せられ、
ゆっくりと近付く距離に思わず声を上げる。
吉琳:こ、こんなところでっ
すると、くすっと笑ったジルさんにふわりと抱き上げられて…
(わっ)
膝の上に座らされてしまった。
ジル:これなら校庭から顔は見えませんね
いたずらっぽくそう言ってから、そっと唇が重なる。
吉琳:…んっ……
(気付くのが遅くなってしまったけれど、)
(それでも…この気持ちを勘違いのままにしなくて良かった)
側にいられる嬉しさが胸に広がっていく。
(厳しくて、でもとても優しい、)
(そんなジルさんが…私も大好きです)
雲1つない夕焼け空の下、
ジルさんからの口づけに応えるように、そっと首に腕を回した…―
ジルと恋人となったあなたに贈るのは…
『卒業後』の甘い夜…―
ジル:今この時間はジルと、そう呼んでください
胸を高鳴らせながら名前を呼ぶと、鎖骨にそっと口づけられ…
ジル:思ったよりも余裕のないことに、自分でも驚いているんです
ジル:貴女に名前を呼ばれて、こんなにも嬉しいとは思いませんでした
次第にこぼれる切ない声が、2人きりの部屋に響き…―
ジルに心から深く愛されてみませんか…?
留言列表