本編プリンスガチャ
◆ 恋の予感
『半分だけの賭け』
◇ 恋の芽生え
『プリンセスキス』
◆ 恋の行方 ~夢見るプリンセス~
『流れ星が降る夜』
◇ 恋の行方 ~恋するプリンセス~
『100日の続き』
◆ 恋の秘密
『香水の甘い秘密』
◆ 恋の予感
『半分だけの賭け』
――それは逃げ出さないと言い返す吉琳に、
気まぐれに口にした言葉だった。
アラン 「へえ……じゃあ賭けてやるよ」
アラン 「お前が、逃げ出すほうに」
***
そして時は経ち…――
吉琳は慣れない城での生活に疲れ、ソファに腰かけたまま眠っていた。
アラン 「……バーカ」
(女が座ったまま寝たりするなよ)
その身体を横抱きにしてベッドに寝かせると、
アランはドレスから見える足首をそっと掴む。
アラン 「…………」
(無防備すぎるんだよな、こいつ)
ため息をつきながらも起こさないように自分の膝の上に足を乗せ、
アランは靴ずれで傷ついたその踵に絆創膏を貼った。
(選ばれたはずのガラスの靴で、なんでこんなに傷だらけになってんだ)
(……我慢しすぎだろ)
静かにため息をつくと足を降ろし、アランがベッドから立ち上がる。
吉琳 「ん……」
わずかな寝息と共に、吉琳が寝がえりをうった。
ちらりと見下ろすと、横を向いた吉琳の寝顔が見える。
アラン 「…………」
(ついこの間まで、何の関係もない一般人だったはずだろ)
(頑張る必要はどこにも……)
そのときふと、アランは吉琳と交わした賭けを思い出す。
*****
吉琳 「わかった。でも、私は絶対に逃げ出さないから!」
*****
アラン 「……あ」
(まさか、あれのせいじゃねえだろうな)
アランの鼓動は低く、わずかだけ跳ねた。
***
そんな、ある日のこと…――
休みのはずの吉琳の姿を探し、アランは城を歩き回っていた。
アラン 「…………」
(なにしてんだ?あいつ)
初めて失敗をしたスピーチの翌日だったこともあり、気持ちが焦る。
(なんで、どこにもいねえんだよ)
そのうちに廊下でばったりと会ったユーリが、
吉琳を探すアランの様子に、小さく首を傾げた。
ユーリ 「吉琳様なら、城の中を散歩でもしてるんじゃないかな?」
そしてアランの顔を覗き込み、言う。
ユーリ 「迷子の子猫じゃないんだし」
ユーリ 「休みの日くらいそんなに心配しなくてもいいと思うけど」
その言葉に、アランが首の後ろに手を当て息をつく。
アラン 「何かあれば、迷惑かけられるのは俺だからな」
(俺はプリンセスの騎士だ。心配するのは仕事だろ)
ユーリ 「へえ」
ユーリはなぜか何かを含むような笑みでアランを見つめていた。
***
ようやくその姿を見つけたのは、温室だった。
(久しぶりに来たな、ここ)
足を踏み入れると、途端に草花の青い香りが鼻をつく。
同時に耳には、ロベールの声が聞こえてきた。
ロベール 「頑張りすぎないことも、大切なんだよ」
アラン 「…………」
思わず足を止めると、アランの姿にロベールが気がつく。
ロベール 「お迎えが来たようだね」
***
それから部屋に戻ると、アランはドアノブを握ったまま黙りこんでいた。
吉琳 「……アラン?」
アラン 「お前、賭けのこと覚えてるか?」
首を傾げる吉琳を見下ろし、やがて口を開く。
(賭けがこいつにとってプレッシャーじゃなく、)
(守る盾になればいい)
頷く吉琳を見つめたまま、
アランが低いけれどはっきりとした声で告げた。
アラン 「半分、ここで過ごせたら……なんでも言うこと聞いてやるよ」
その瞬間よぎったのは、先程聞いたロベールの言葉だった。
*****
ロベール 「頑張りすぎないことも、大切なんだよ」
*****
(……プリンセスを守ることが、俺の役目だからな)
疲れて眠る吉琳の寝顔を思い出し、アランが息をつく。
(こいつが逃げ出したくなったら、その時は全力で逃がしてやる)
(そのために)
吉琳 「…………」
目を瞬かせる吉琳が、
やがて何かに気づいたようにアランの顔を見上げた。
アラン 「どうするんだよ。賭け、のるのか?」
その顔を見下ろしもう一度問いかけると、吉琳が小さく頷く。
吉琳 「うん」
そしてすっと、小指を差し出した。
吉琳 「約束」
吉琳の小指をじっと見下ろしながら、アランが目を細める。
(とりあえず、半分だ)
小指を絡めると、笑みを浮かべ吉琳がアランに告げた。
吉琳 「ありがとう、アラン。頑張るね」
アラン 「……別に礼言われるようなこと、何もしてねえだろ」
その言葉になぜか胸の奥がきゅっと音をたて、
その不思議な感覚に、アランはただ眉を寄せた。
(何をしたって俺は騎士で、プリンセスを守る役割を担っているだけだ)
(……そうだよな?)
やがて小指は、ゆっくりと離れていく。
アラン 「…………」
(まあ50日後、どうなるかなんてわかんねえか)
◇ 恋の芽生え
『プリンセスキス』
それはデートを終え、お城から戻ってきた後のこと…――
アラン 「なんだよ、あれだけで」
吉琳 「っ……あれだけって」
キスで立っていられなくなった吉琳は、あの場に座りこんでしまっていた。
(続けりゃよかった)
最後は吉琳がプリンセスだと言うことを思い出し、自重していた。
(でもまあ、見られても困るしな)
思い出し笑うアランを見上げると、吉琳が微かに眉を寄せる。
吉琳 「好きな人とキスしてるんだから」
吉琳 「ドキドキしておかしくなりそうになるのは普通だよ」
アラン 「…………」
(好きな人……)
吉琳の言葉に、アランの鎖骨辺りの鼓動がぎゅっと音をたてる。
(おかしくなりそうなのは、こっちだ)
微かに眉を寄せると、アランは先程のキスを思い出した。
(プリンセスのキスは、こんなに力があるものなのかよ)
(それとも……)
目を細め足を踏み出しながら、アランは小さく息を呑む。
(こいつのせい?)
吉琳が腰かける背もたれに、片手をかけると、
アランは覗き込むように顔を寄せ、唇を重ねた。
吉琳 「…っ……ん…」
アラン 「……は…」
(どうしてこんなに)
再び唇に舌を這わせると、背筋がぞくりと甘く震える。
(もっと……触れたくなるんだ?)
やがて唇が離れると、吉琳の手が力なくアランの胸を押した。
吉琳 「っ……待って、アラン」
アラン 「……なに」
体をかがめたまま、アランがはあと熱い息をつく。
(なんで止めるんだよ。嫌だとか言うんじゃねえだろうな)
言葉の続きを待っていると、やがて吉琳が呟いた。
吉琳 「アランは私のこと……好きなの?」
アラン 「は?」
吉琳の言葉に驚き、アランは思わず声をあげる。
アラン 「お前、今さら何言って……」
(こんなことまでしてるのに、わからねえのかよ)
(……信じられねえ)
アランは思わず吉琳をじっと見下ろした。
(好きじゃねえやつ相手に、こんなことするかよ)
すると吉琳が、ためらうように目を伏せた。
吉琳 「はっきりとは、聞いてなかったから」
吉琳 「ちゃんと聞かないと、不安で」
視線だけ重なり合い、部屋にしんと沈黙が落ちる。
吉琳 「…………」
アラン 「…………」
(不安?)
ふいに脳裏によぎったのは、
まだ吉琳と出逢う前の、いつかのレオの言葉だった。
*****
レオ 「アラン。きちんと言わないと、伝わらないこともあるよ」
アラン 「……面倒くせえよ」
レオ 「そのうちアランも、どうしても伝えたいことが出来ると思うからさ」
*****
(どうしても伝えたいこと……か)
確かに今のアランにはたった一つだけ、伝えたい言葉がある。
アラン 「…………」
(上手く伝える方法は、知らねえけど)
(……一回だけなら)
椅子の背もたれから手を離し、アランが体を起こした。
吉琳 「……アラン?」
腰かけたままの吉琳の目の前で膝を折り、片膝をつく。
それは騎士が何かを誓う時の、姿勢だった。
アラン 「…………」
(俺は、騎士としてのやり方しか知らねえんだよな)
そうして吉琳を真っ直ぐに見上げたまま、口を開く。
アラン 「吉琳」
途端にどくんと、胸が騒ぐ。
名前を口にしただけで、キスと同じ程に体が甘く痺れるのがわかった。
そして…――
アラン 「……好きだ」
吉琳 「あ……」
低く呟くような声音で、アランが告げる。
それはアランが、生まれて初めて口にした言葉だった。
(好きだ)
(こんなこと、他の誰にも言えねえよ)
頬が熱くなるのを感じていると、
吉琳は息を吸いこみ、やがて掠れた声で尋ねる。
吉琳 「あの」
吉琳 「どこが……好きなの?」
アラン 「…………」
(は?どこがって……)
吉琳の問いかけに、アランは思わず目を瞬かせた。
アラン 「お前……」
(どこまで俺を振りまわすつもりなんだよ)
わざとらしくため息をつくと、アランが顔を背ける。
アラン 「言わない」
(これ以上、安売りしねえからな)
吉琳 「なんで、ずるいよアラン」
その言葉に、アランの眉がぴくりと上がる。
アラン 「…………」
(こいつ、人の気も知らねえで)
顔を正面に戻すと、アランは吉琳の手を取り指先にちゅっとキスをする。
(言葉で通じねえなら、体で教えるしかねえよな)
吉琳 「っ……」
アラン 「ずるい?」
(ずるいのはお前だろ)
上目づかいで見るアランの口元には、意地悪な笑みが浮かんでいた。
アラン 「じゃあ」
片手で首元を緩めながら、アランがふっと息をついた。
アラン 「これから、全部教えてやるよ」
(……ばーか)
(俺に言わせた責任、とってもらうからな)
◆ 恋の行方 ~夢見るプリンセス~
『流れ星が降る夜』
それは、99日目の夜…――
アランは吉琳と共に、星が瞬く夜のバルコニーを訪れていた。
吉琳 「わあ、綺麗だね」
アラン 「…………」
数えきれないほどの星を見上げていると、自然と唇からは息がこぼれる。
(たしかに)
城下の灯りの上でも、手が届きそうなほどに近く感じられた。
アラン 「ちょうど流星群が通るらしいな」
それは昨日、たまたま訪れた談話室でルイから聞いた話だった。
*****
ソファで本を読むルイが、ふと呟くように言う。
ルイ 「流星群の日、らしいよ」
アラン 「は?」
(なんだ、突然)
本を閉じると、腕時計を確認したルイがゆっくりと立ち上がる。
それからちらりとアランを見やり、告げた。
ルイ 「明日の夜」
アラン 「ふうん」
(99日目の夜か)
本を手に去って行こうとするルイに、アランは思わず声をかける。
アラン 「ルイ」
ルイ 「…………」
足を止めるルイを見上げるものの、アランは口を閉ざした。
(……まあ。俺から言わなくても、全部知ってるか)
すると沈黙に全てを察したように目を細め、ルイがふっと息をつく。
ルイ 「……またね、アラン」
*****
柵に背を預けたまま、アランが目を細めた。
(昔からああいう奴だったっけ)
(何にも言わなくても何でも知ってるんだよな……あいつ)
ルイのことを思い出すと、隣に立つ吉琳をちらりと見下ろす。
吉琳は柵に手を乗せ、嬉しそうに夜空を眺めていた。
アラン 「…………」
夜風がその髪を優しく揺らすと、アランは考える。
(……こいつは昔、どんなだったのかな)
するとまるでその思いが通じたかのように、吉琳が口を開く。
吉琳 「私ね……」
アラン 「ん」
その目はどこか、遠くを見つめていた。
吉琳 「ここに来る前、何か夢中になれることが必ずあるって信じて探していたの」
吉琳 「仕事も辞めて、飛行機に飛び乗って……」
それは初めて聞く、吉琳の99日前の話だった。
アラン 「…………」
(夢中になれること、か)
アランは目を細めると、静かに尋ねる。
アラン 「で、見つかったのかよ」
すると顔を向けた吉琳の唇に、笑みが浮かんで見えた。
その笑みに胸の奥がじわりと震えるのがわかる。
(俺もずっと、信じてたのかもしれない)
夢中で追い求める相手、
それは初めて自分の手だけで守りたいと思える存在だった。
(こいつに出逢ってから知った)
手を伸ばすと、アランは夜風に冷えた吉琳の頬に触れる。
そして黙ったまま顔を寄せ、唇を重ねた。
吉琳 「ん……」
ゆっくりとぎこちなくキスに応える吉琳が、まつ毛を揺らす。
その時…――
吉琳 「アラン……っあれ、流れ星!」
アラン 「…………」
耳に響く吉琳の声に、アランはむっと眉を寄せた。
(今そっち見るのかよ)
アランは思わず吉琳の口元を、ぎゅっとつかむ。
すると手の中で唇をとがらせる吉琳が、目を瞬かせた。
吉琳 「っ……」
アラン 「ちょっとこっち見てろよ」
(目離すとすぐにまたどっかに行きそうだな、こいつ)
(……部屋抜け出すのも、上手いし)
99日間の出来ごとを思い出し手を離すと、アランは再び顔を寄せる。
(捕まえておきたいけど)
キスをすると、柔らかな唇から熱と吐息が伝わる。
アラン 「……ん…」
アランは夢中で何度も唇をついばんだ。
吉琳 「は……ぁ…」
やがてよろめくその体をぎゅっと抱きしめると、
アランの瞳には、吉琳越しに流れ星が映る。
(あ)
アランは思わず、唇に笑みを滲ませた。
(願い事ってのも、似合わねえけど)
やがて吉琳が、掠れた声でアランを呼ぶ。
吉琳 「アラン……」
アラン 「ん」
その声音に低く答えると、吉琳の指がアランの服の裾を掴んだ。
その仕草だけで、鼓動が音をたてる。
吉琳 「今夜はずっと、一緒にいてくれる?」
アラン 「…………」
(なんだよ、それ)
わずかに目を瞬かせると、アランはくすっと笑った。
(同じこと、考えてたのか)
アラン 「言われなくても」
***
そして…――
吉琳 「ん……っ…待って、電気」
ベッドで飽きることなくキスを落とすと、息を乱したまま吉琳がいう。
スタンドライトに伸びたその手を、アランは絡めとった。
アラン 「消すなよ」
明かりの下で見る吉琳の肌は白く、アランの目にまぶしく映る。
わずかに上気した肌に触れると、吉琳の目には涙が滲んだ。
(たとえ捕まえておけなくても)
アランは絡めた指にぎゅっと力を込めると、ベッドに留める。
(今夜だけでいいから、俺のものになって)
吉琳 「……んん…」
舌でたどる吉琳の唇は、甘く熱を持っていた。
(もっと、限界まで近づかせろよ)
◇ 恋の行方 ~恋するプリンセス~
『100日の続き』
それはセレモニーが終わった、その夜の出来事…――
アラン 「今、何て言った」
体の下で横になる吉琳を見下ろし、アランが尋ねる。
すると眠たそうにまつ毛を揺らし、吉琳が掠れた声で答えた。
吉琳 「ん……アランが、王様になったら素敵だなって…」
その言葉に、アランが小さく首を傾げる。
(素敵……ってなんだよ)
(最後までちゃんと説明しろよな)
アランはぐっと顔を寄せると、吉琳の顔にかかる髪を撫で落とした。
アラン 「なんで」
吉琳 「…だって……」
すでに吉琳の瞼は、半分閉じかけている。
吉琳 「…格好いいから……」
アラン 「おい」
続きを促すように頬に触れるものの、吉琳は完全に目を閉じてしまった。
(ここで寝るのかよ)
思うものの手を離し、アランはごろんとベッドに背中を預ける。
そして吉琳の隣で息をつき、天井を見上げた。
アラン 「…………」
*截圖 04/12 00:13
(なんだ、今の)
吉琳の微かな寝息だけが、静寂の部屋に響いている。
アランの脳裏には低く鳴る鼓動と共に、
先程の吉琳の言葉が繰り返し響いていた。
アラン 「格好いい……それだけかよ」
それだけの言葉にも関わらず、アランの唇にはなぜか笑みが滲んでいる。
ずっと悩み感じていた心のもやが、はれたような気がした。
(俺も単純だよな)
体を吉琳へと向けると、眠るその顔を見つめる。
そして優しく頭を引き寄せ、キスをした。
(こいつのこんなバカみたいな一言だけで、人生決めるんだから)
(でも……)
もやが晴れた胸の奥に、同時に微かに熱が灯るのを感じた。
(それも悪くねえか)
***
そして、数日後…――
アランは吉琳を誘い、城の敷地内にある馬の練習場を訪れていた。
(ここに誰かを連れてくる日が来るなんて、思ってもなかった)
人気がほとんどなく風が気持良いその場所は、アランのお気に入りだった。
吉琳 「わあ……」
アーサーが駆けていくと、吉琳が目の前の柵に手をかける。
吉琳 「こんな場所、初めて来た」
吉琳 「もうずっといるのに、お城の中でもきっと知らない場所はたくさんあるんだよね」
呟く吉琳を見下ろすと、その目はどこか寂しそうに遠くを見つめていた。
やがてアーサーが鳴き声をあげると、吉琳が唇を開く。
吉琳 「アラン。王位継承権の……」
アラン 「ん」
言いかけるものの、途中で言葉を呑みこんでしまった。
(最後まで聞けよ。何遠慮してんだ……バーカ)
そう思うものの、アランは揺れる吉琳の髪に目を細める。
(あと少しで、100日か)
限定のプリンセス期間も、後少しで終わりを迎えてしまう。
沈黙の後でやがて吉琳がぽつりと呟いた。
吉琳 「100日間なんて、あっという間だね」
アラン 「……そうかもな」
アランにとってもこれまでの日々は、あっという間だった。
(でも、もうずっと前からこいつのこと知ってた気もするんだよな)
(この感覚は、なんだ?)
今までに感じたことのない不思議な感覚に、アランは息をつく。
草は滑らかに揺れ、アランの目に鮮やかに映った。
(今一つだけ言えることは……)
アランはゆっくりと視線を向け、唇を開く。
アラン 「なあ……賭けるか?」
アラン 「俺が王子になるか、それとも逃げ出すか」
囁くような声音で告げると、
吉琳の目がわずかに驚いたように開かれる。
吉琳のその表情に、アランは始まりの時を思い出す。
*****
アラン 「へえ……じゃあ、賭けてやるよ」
アラン 「お前が逃げ出すほうに」
*****
(これで終わりなんかじゃねえってこと、教えてやるよ)
短い沈黙の後で、吉琳が笑みを浮かべ頷いた。
吉琳 「いいよ。逃げ出すほうに……賭ける」
アラン 「ふうん」
面白そうに笑うと、アランが小さく首を傾げた。
アラン 「じゃあ俺が王子になったら、何でも一つ言うこと聞けよ」
(これから先どうなるかなんて、誰にもわからねえけど)
吉琳 「わかった、いいよ」
やがて頷く吉琳が、小指を差し出す。
吉琳 「約束」
アラン 「…………」
(約束する)
アランは黙ったまま小指を絡めると、ぐっと力を込め引き寄せた。
吉琳 「……っ」
前のめりになった吉琳に、約束のキスをする。
アラン 「約束、だからな」
(まあ。面と向かっては言わねえけど)
吉琳 「……うん」
アランは再び顔を寄せると、吉琳の甘い唇を噛む。
(そんな寂しそうな顔、させない)
そして吐息ごと奪うように舌を這わせ、深いキスをした。
(100日の続きは……)
(俺がお前を、幸せなプリンセスにしてやるよ)
◆ 恋の秘密
『香水の甘い秘密』
それはまだ、吉琳がプリンセスだった頃の話…――
吉琳 「ん……っ…」
夜の明かりの中で、ベッドが軋む。
背中にくいこむ吉琳の指に、わずかな痛みを感じていた。
吉琳 「…っ……アラン」
アラン 「…………」
名前を呼ばれるだけで、アランの鼓動はどくんと大きく震えた。
(あー……やばい)
引き寄せられるようにゆっくり身体を寄せると、
アランは微かに汗をかいた、吉琳の髪をかき上げた。
唇を寄せるとふわりと香ったのは、甘いバラの香りだった。
(ん……これ)
息を吸い込むと、アランは目を伏せ小さく呟く。
アラン 「またつけてんのかよ」
それは以前アランがプレゼントした、香水の香りだった。
吉琳 「……うん、毎日つけてるよ。すごく気に入ってるから」
アランの背中に手を回したまま、吉琳が答える。
耳元にかかるその吐息に、アランは思い出していった。
………
……
それは気まぐれに、談話室を訪れた時のこと。
その日はスピーチを成功させた吉琳と、
城下を訪れる約束の日だった。
(げ)
アランは一番会いたくなかった人物と出くわしていた。
レオ 「ここに来るなんて珍しいね、アラン」
アラン 「……用があったんだよ」
(何でこういう時に限っているんだ、こいつ)
アランの心を察したのか、レオがふっと笑みを浮かべる。
レオ 「吉琳ちゃんとは仲良くやってる?」
アラン 「関係ねえだろ」
むっと眉をよせ答えると、レオが持っていた本を自分の肩に乗せた。
レオ 「いつもお世話になってるんだし、たまにはプレゼントでもあげたらどうかな?」
アラン 「は?世話してるのは、俺のほう……」
言いかけると、視線を重ねたままレオが首を傾げる。
レオ 「弟が女の子にプレゼント一つあげられないなんて、悲しいよ」
レオ 「アランがあげないなら、俺からプレゼントを贈ろうかな」
(こいつ……)
顔を背けると、アランは不機嫌な低い声のまま告げた。
アラン 「お前は何もするなよ」
***
その後城下をまわっていると、途中吉琳が足を止めて言った。
吉琳 「ごめん、アラン」
吉琳 「買いたいものを思い出したから、ここで待っていてくれる?」
すぐ近くだから一人で行くという吉琳に、アランがため息をつく。
(まあ、危険なこともねえか)
アラン 「……5分しか待たねえからな」
吉琳 「っ……ありがとう」
嬉しそうに駆けていく吉琳を見送り、アランは目を細めた。
(あいつ、はりきって何買いにいくつもりだ?)
考えていた、その時…―
(ん)
ふいに漂ってきた香りに、アランは振り返る。
(なんだ?)
視線の先には、綺麗な香水瓶を並べる店があった。
店 「女の子への贈り物にいかがですか?」
アラン 「贈り物……」
店主の呼び声に思い出すのは、レオのあの言葉だった。
*****
レオ 「弟が女の子にプレゼント一つあげられないなんて、悲しいよ」
*****
(お前と違って、俺は女にプレゼントなんてしたことねえんだよ)
眉を寄せ考えていると、
何かを勘違いした店主が包装された香水瓶の一つをアランに手渡した。
店 「悩んだ時が買い時だよ、ほら」
アラン 「おい、ちょ……」
言いかけた時、道の先から急ぎ吉琳が戻ってくるのが見えた。
(っ……仕方ねえな)
アランは香水瓶を受け取ると、急いで支払を済ませた。
………
……
香水瓶を買った時のことを思い出し、アランが目を細める。
(あの時は、くだらねえと思ってたけど)
静かに体を起こし吉琳の顔を覗き込むと、そっと尋ねた。
アラン 「そんなに嬉しいの?」
吉琳 「当たり前だよ」
(ふうん)
アランはその言葉にふっと息をつき、強く香る耳の後ろに唇を寄せる。
吉琳 「っ……アラン」
身をよじらせる吉琳の体を抱きすくめ、アランは舌を滑らせた。
アラン 「甘い」
(心を掴まれるのは、男のほうだと思うけどな)
くんくんと匂いを嗅いでいると、
やがて吉琳が、静かに笑みをこぼすのがわかった。
吉琳 「……ふふ」
アラン 「……なに笑ってんだよ」
むっと眉を寄せ見ると、吉琳が微笑み答える。
吉琳 「だって、くすぐったくて」
アラン 「…………」
見下ろすその頬は、暗がりでもバラ色に染まって見えた。
(そんなこと言って、いいのかよ)
アラン 「そんな余裕でいられるのも、今のうちだからな」
吉琳 「え……っ…」
唇を重ねると、アランはキスを深くする。
次第に熱を上げる舌を絡ませると、アランも息を乱した。
アラン 「は……」
唇を離し見下ろすと、吉琳の瞳が涙に滲んでいる。
(確かに、こいつへのプレゼントだったけど)
バラの香りだけではなく、
吉琳からはアランを惹きつける香りがする。
アラン 「っ……」
(一番喜んでるは……俺かもな)
その香りは夜の間に何度も、アランの体を甘く震わせた…。