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Magic of love~恋する魔法使い~(ジル)

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プロローグ:

――…ここは、魔法の国ウィスタリア
誰もが魔法を使えるこの国のお城で、私は宮廷魔法使いとして働いている。

***

(この本は、確かあの棚に返せばよかったかな…)

腕に抱えていた数冊の本を、魔法で宙に浮かべて棚の中に収めていく。
お城の図書館を飛び交う本は、私にとっては見慣れた光景だけれど……
アルバート:…………

(アルバートさんにとっては、珍しいのかも)

隣国シュタインから来ているアルバートさんは、
私の隣で物珍しげに空飛ぶ本を眺めていた。

(たまたま図書館ではち合わせたけど、もしかして、ここに来るのは初めてなのかな)

アルバート:さすが、ウィスタリアですね。
アルバート:本の返却まで魔法で行うとは…
吉琳:手で返すより、この方が早いんですよ
アルバート:利便性があるのはわかってますが、
アルバート:シュタインではこうした魔法が使える人間は限られています
アルバート:あまり見ない光景ですので、興味深いですね
感慨深く呟いたアルバートさんが、ふと、私の方に目を向けた。
アルバート:そういえば、前から聞きたかったのですが…
アルバート:宮廷魔法使いであるあなたは、
アルバート:普段どのような仕事をしているのですか?
吉琳:私は主に、魔法の研究をしています
アルバート:研究ですか…。きっと熱心に取り組んでいるのでしょうね
吉琳:え…?
アルバート:あなたの魔法は素晴らしいと、ゼノ様も褒めていましたから

(シュタインの国王陛下に褒めていただけるなんて、嬉しいな)

吉琳:ありがとうございます
お礼を告げたその時、図書館の重厚な扉が音を立てて開いた。
???:吉琳
吉琳:あ…

(もう約束の時間?)

入り口から差し込む光の中に、彼の姿が見える。

(急がないと)

吉琳:すみません、私はこれで失礼しますね
アルバートさんと別れて、彼の元へと向かう。
光が差し込む扉の前で、私を待っていたのは…――

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どの彼と過ごす…?

052

>>>ジルxクロードと過ごす…?

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共通第1話:

――…淡い青空に白い雲が流れてゆく午後
クロード:吉琳
吉琳:あ…

(もう約束の時間?)
(急がないと)

アルバートさんと別れ、呼びに来てくれたクロードと廊下に出ると……
吉琳:あれ、ジルも呼びに来てくれたの? 二人が一緒なんて珍しいね
ジル:お互い貴女を探していたら、ばったり逢ってしまっただけですよ
ジルは苦笑すると、私に真っすぐ視線を向けた。
ジル:今日は私の仕事の手伝いをしてくださる予定でしょう?
クロード:いや、俺のショーの準備を手伝う約束だ。なあ、吉琳?
競うように告げながらも、二人はどこか楽しそうな表情だ。

(もう…二人とも私をからかおうとしてる)
(いつものことだけど、気が合うのか合わないのか、わからない二人だな)

吉琳:どっちも違います
吉琳:今日は他国から来る短期留学の人たちの、授業の計画を立てるんだよね?
腰に手を当てて、きっぱりと告げると二人は肩を揺らして笑った。
クロード:なんだ、ちゃんと覚えてたか
吉琳:楽しみにしてたんだから、忘れるわけないよ
この城は宮殿魔法使いが多く在籍しているため、
他国の留学生を受け入れて魔法を教えることがある。

(今日からそのための準備が始まるんだよね)

二人は笑いを収めると、私の顔を覗き込んだ。
ジル:私たちも貴女と過ごせる時間を楽しみにしていましたよ
クロード:ああ。こうして迎えに来るくらいにな

(もう…どこまで本気なんだろう)

吉琳:…私と過ごす時間じゃなくて、授業の準備でしょ?
考えの読めない表情をする二人から視線を外し、廊下の先を見つめる。
吉琳:よし、そろそろ執務室に行こう
クロード:なんだ、吉琳。ずいぶん張り切ってるな?
吉琳:だって、わざわざ他国から来てくれるから、絶対いい授業にしなきゃと思って…
ジル:吉琳が授業を手伝うのは、今回が初めてでしたか?
吉琳:うん、見学をさせてもらったことはあるんだけど…
ジル:では、お手並み拝見というところですね
クロード:おい、ジル。プレッシャーをかけるなよ
前を歩く二人は、お城の中でも優秀な魔法使いだ。

(この二人についていくのは大変だけど…)
(憧れの人と一緒に仕事ができるのは嬉しいな)

私は緊張と期待で胸をいっぱいにしながら、執務室へと向かった。

***

レオ:…じゃあ、授業で教える魔法はこれで決まりだね
レオが書類を片手に、私たちの顔を見回す。
吉琳:灯りをつける魔法と…
ジル:動物と一時的に話せるようになる魔法
クロード:あとは、物を引き寄せる魔法か

(うん、どれも初心者には親しみやすくて楽しい魔法だよね)

レオ:吉琳ちゃんは授業を手伝うのが初めてだから、誰かと一緒の方がいいと思うんだけど…
レオ:吉琳ちゃんはジルとクロード、どっちの助手になりたい?
吉琳:え…?
その瞬間、三人の視線が私に集まって…――
ジル:私に決まってますよね? 吉琳
クロード:男を選ぶセンスはあるよな? 吉琳
どこか艶めいた眼差しを向けられて、かすかに胸が騒ぐ。
吉琳:…ちょ…ちょっと待って。いきなりは選べないよ
レオ:当日までの準備もあるから、一緒にいて楽しい方を選べばいいよ
レオが煽るように、にっこりと笑みを浮かべる。

(楽しい方って…授業の内容じゃなくて?)

困惑する私に、ジルとクロードがさらに言葉を重ねる。
ジル:私の手伝いをしてくださるなら、休憩中に毎日甘いものを用意しますよ
クロード:俺の手伝いをしてくれるなら、歓迎パーティーでお前が着るためのドレスを用意するよ
鮮やかな笑みを見せるクロードに、ジルは呆れた声をこぼす。
ジル:それは少しずるいのではありませんか…?
クロード:使える手札は最大限に使う主義でな
二人がまた挑戦的に言葉を交わし始めると、隣で苦笑が聞こえた。
レオ:この二人、吉琳ちゃんが絡むとムキになるんだよね
吉琳:え、いつもこうじゃないの…?

(他の人も二人がこうして言い合うのをよく見るって言ってたけど…)

レオ:吉琳ちゃんが関わると、いつも以上になるってこと
レオ:でも、こうするとね…
レオの指先が顎にかかり、顔が近づいて……
吉琳:…っ…レオ?
慌てたその瞬間、私たちの間を静電気のようなものが走り抜けた。
そして、体がレオから遠ざかるようにわずかに後ろに引っ張られる。

(今、椅子が勝手に動いた…?)
(それに、さっきの電気みたいなものも魔法だよね…?)

レオ:っ…ジル、ちょっとバチっときたんだけど
ジル:それは、いつもお願いしているのに貴方が女性と距離を保たなかったからでしょう…?
笑顔のジルの指先には、バチリと電気が走っている。
クロード:吉琳、もう少し俺の方に椅子を寄せた方がいい
クロードが手招きすると、椅子がまたぐっと動く。
レオ:二人とも、俺が悪かったから魔法使うのは勘弁してよ…
執務室に悲しげなため息が落ちて、私は思わず笑ってしまった。

***

話し合いを終えて、ジルとクロードと執務室を後にする。
吉琳:授業について決まって良かったね
吉琳:でも、やならなきゃいけないことはいっぱいあるし…当日まで頑張らないと
廊下を歩きながら、改めて決意を固めていると、
励ますように肩に手が置かれる。
クロード:張り切るのは構わないが…
クロード:お前はすぐ無理をするからな、頑張りすぎるなよ
ジル:困ったことがあればすぐに相談に来てくださいね
見守るような二人の眼差しに、温かな気持ちが広がっていく。
吉琳:うん、ありがとう二人とも
吉琳:しばらく忙しくなりそうだけど、よろしくね
ジル:ええ
それぞれの部屋に向かって歩いていると、思い出したようにクロードが口を開く。
クロード:そういえば、吉琳は結局誰の手伝いをするつもりなんだ?
ジル:ああ…さっきは話の途中で流れてしまいましたからね
吉琳:レオには一晩考えたら伝えに来てって言われたけど
吉琳:どの授業の手伝いもしてみたいから、悩んでるんだよね…
目を伏せて考え込むと、ジルの落ち着いた声が耳に届く。
ジル:先ほどの言葉は冗談ですから、どちらを手伝って頂いても構いませんよ
ジル:まあ、正直に言えば…
ジルとクロードが唇に笑みを乗せて、お互いの視線を重ねる。
クロード:…やっぱりお前が手伝ってくれたら嬉しいけどな
吉琳:でも、二人を手伝いたい優秀な方はたくさんいると思うけど、いいの…?
不安を言葉にすると、二人の安心させるような眼差しが返ってくる。
ジル:あなたは自分が思っているよりも優秀ですよ
クロード:それに、こういうのは気心の知れた奴と組む方がいいからな
クロード:お前が手伝ってくれた方が、俺たちは助かるよ

(そう言ってもらえると嬉しいな…)

吉琳:…わかった。明日まで少し考えさせて
心に広がる温かさを感じていると、ジルがふっと真剣な瞳をした。
ジル:そういえば、一つだけ忠告しておくことがあります
吉琳:忠告?
ジル:ええ。
ジル:最近、他国に魔法を教えられる人間をスカウトしようとする動きがあるそうです
クロード:一般市民まで魔法が浸透している国はまだ少ないからな
クロード:他国の人間は魔法を学びに来るだけじゃなくて
クロード:自国で教えられる人間が欲しいってことだろ
クロードの言葉に頷き、ジルが眉をひそめる。
ジル:さらって軟禁し、無理やり教えさせる者もいるとか…
吉琳:え…そうなの?
ジル:あくまで噂にすぎませんが、
ジル:留学生が来る時期は、貴女も充分注意してくださいね
吉琳:わかった、気をつけるね

***

その翌日、私はひとつの答えを胸にレオのいる執務室を訪れた。
レオ:それじゃ、答えを聞かせて
レオ:吉琳ちゃんは、ジルとクロード、どっちの手伝いをする?

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第2話:

レオ:吉琳ちゃんは、ジルとクロード、どっちの手伝いをする?

(私が宮廷魔法使いを目指したきっかけは、ジルだから…)

吉琳:私はジルを手伝いたい
レオ:わかった。それじゃ、動物と話せるようになる魔法の手伝いだね

***

――…その日の午後
陽差しの降り注ぐ温室で、ジルと薬草の入った瓶を並べていく。
吉琳:動物と話せるようになるには、魔法の薬が必要なんだよね
ジル:ええ、今回はその魔法の薬の作り方を教える授業です
ジルは種類ごとに分けた薬草を魔法で束ねながら、一つの薬草を手にした。
ジル:吉琳、この薬草が足りないのですが、そちらの花壇から摘んでいただけますか?
吉琳:うん、待ってて
花壇に屈み込むと、ジルは後ろから思い出したように呟く。
ジル:それにしても、貴女が私を選ぶとは意外でした
吉琳:え、どうして?
薬草の泥が周りに飛ばないよう風の魔法で払いながら振り向くと、
ジルは苦笑いを見せた。
ジル:私よりクロードの方が教え方が甘そうですから
ジル:どうして私を選んでくださったのですか?
吉琳:それは…学生の頃から尊敬しているジルのそばで魔法を学びたかったからだよ
吉琳:私が宮廷魔法使いを目指したのも、ジルに憧れたことがきっかけだったしね
ジルは作業の手を止めると、目を見開いた。
ジル:そうだったのですか?
吉琳:うん
ジル:初めて知りました…ですが、そう思ってくださっていたとは、嬉しいですね

(それも嘘じゃないけど…)

もう一つの理由は、ジルのことが好きだからだ。

(最近ジルのそばにいると、想いが溢れそうになる…)

考えこんでいると、ふいにジルに顔を覗き込まれた。
ジル:吉琳
吉琳:え…?
ジル:手が止まっていますよ
その瞬間、ジルの指が私の顎をそっとすくい上げて…――
ジル:ぼうっとしていたら、お仕置きに雷を落としますよ…?
吉琳:…っ…ごめん、ちゃんと集中する
顔が火照るのを感じながら、慌てて作業に戻る。

(そういえばジルは教育実習で魔法学校に来てた時)
(怒らせると雷を落とすって言われてたっけ…)

そっと気づかれないように、横目でジルの顔を窺う。

(あくまでも噂だけど、髪の先を少し焦がす程度の雷を落とすって聞いたことがある)

でも実際に落とされたという話は聞かなかったから、
きっと事実ではないのだと思う。
ジルは私の視線に気づくと、どこか試すような顔で片眉を上げた。
ジル:もしかして、私が本気で雷を落とすと思っているのですか?
吉琳:あ…えっと……
ジル:冗談です。そんなに慌てなくても、貴女には落としませんよ
ジル:勉強熱心な貴女には、お仕置きが必要な不真面目さもありませんし…
言いながら、ジルは私の髪をすくうように持ち上げて……
ジル:この綺麗な髪を焦がすのは、気が引けますので

(…っジル?)

間近に熱のこもった瞳が迫り、胸が焦れるように高鳴る。
息を呑んで見つめていると、ジルはふっと微笑んで手を離した。
ジル:雑談はこのくらいにして、準備の続きをしましょう
吉琳:う、うん…

(一瞬、ジルが知らない男の人みたいな顔をした気がしたけど…)

ジルは何事もなかったかのように、てきぱきと作業を終えていく。

(でも、今はいつも通りだし…)
(さっきの言葉に深い意味はない…よね?)

鼓動の速くなった胸に手を置き、私は詰めていた息をそっとはき出した。

***

――…数日後の午後
人数分のたくさんの材料を揃えた私とジルは、今日も授業の準備をしている。

(動物と話せるようになる魔法の薬って、調合が難しいんだよね)

魔法で戸棚から道具を取り出して並べていると、
隣からふっと小さな笑い声が聞こえた。
ジル:そういえば、貴女は学生の時、この魔法が苦手でしたよね
吉琳:うん、すごく苦手だった…
吉琳:それで補習になっちゃって、教育実習生だったジルに遅くまで教えてもらったよね
ジル:ええ、よく覚えていますよ
ジルが懐かしむように目を細める。
ジル:この魔法は、もう使えるようになりましたか?
吉琳:それはもちろん。ジル先生にきっちり指導してもらったから
自信を持って頷くと、ジルの瞳に少し意地悪な色が浮かんだ。
ジル:では、今から私の前で薬を作っていただけますか?
吉琳:え…今ここで?
ジル:ええ。さっきできると言ったでしょう?
ジルは私の後ろに椅子を置いて座ると、優雅な笑顔を向ける。
ジル:さあ、どうぞ。私はここから見学させていただきます

(なんだか学生の頃を思い出して緊張する…)

吉琳:もし魔法に失敗したら…?
ジル:…そうですね、私の考えた新しい魔法を試させてもらいましょうか
笑みを深めるジルに、感じる緊張感が増す。

(新しい魔法がどんなものかわからないけど…失敗しない方が良さそう)

吉琳:…わかった、ちゃんと作るから見てて

(ジルに成長したところを見せたい)

私は息をつくと、前を向いて指先をそっと持ち上げる。
小皿がふわりと浮いて、薬草の粉末が水の入った小鍋へさらさらと流れていく。

(次に魔法で火をつけて…)

オイルランプに火をつけ、手をかざして鍋の中に魔法の力を注ぎ込む。

(魔法で温度を保ったまま、同じ速さで中身をかき混ぜる…)
(学生の頃は、この魔法での調整がうまくできなかったんだよね)

ジル:…………
手を動かす間もジルの視線を感じて、集中が揺らぎそうになる。

(…っ…だめ、集中しないと)

けれど集中しようとするほど背中に意識が向き、
別の薬草を小鍋に落としてしまった。
その瞬間、薬が赤く変色して……
吉琳:…っあ!
ジル:吉琳!
ガラスの小鍋が破裂すると同時に引き寄せられ、ジルが私をかばって床に倒れる。
顔を上げると、ジルが抱きしめるように覆いかぶさっていた。
吉琳:…っ…ジル! 大丈夫?
ジル:ええ、私は平気ですよ
ジル:貴女があまりに素直な反応をするので…ついからかいすぎましたね
顔のそばに腕をついて、ジルが少し体を起こす。
吐息の触れる距離にある顔に、胸の奥が小さな音を立てた。
ジル:怪我はありませんか…?
吉琳:う…うん。ジルがかばってくれたから何ともないよ

(…早く離れないとドキドキしすぎて顔が赤くなりそう)

ジルの体が離れ、慌てて起き上がろうとすると……
吉琳:…っ…いた……
ジル:吉琳?
手のひらに視線を落とすと、落ちていたガラスの破片で少しだけ指が切れていた。
ジル:切ったのですか?
吉琳:…うん。でもこのくらいなら…
ジル:傷を甘く見てはいけないと、昔教えたでしょう?
いたわるようにジルが私の指先を持ち上げて……
吉琳:…っ…ジル
傷口に唇を寄せられ、目を見開く。
ジル:傷はこうした方が治るのが早い…これも、お教えしましたね?
吉琳:覚えてる、けど…
唇の触れた部分から癒しの魔法が流れ込んでくる。

(…痛みは消えていくのに)

目を伏せるジルの姿に、胸の奥がどうしようもなく熱くなっていく。
吉琳:ジル、もういいよ…大丈夫だから
ジル:不快でしたか…?
吉琳:そうじゃ、なくて…

(ジルの触れ方がすごく優しいから、大切に想われてるんじゃないかって…)
(ただ傷を治してくれただけなのに、違う期待をしてしまいそう)

目を背けると、熱を帯びた頬にジルの手が触れて…――
吉琳:ジル…?
ジル:吉琳、私は…――

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第3話:

(ジルの触れ方がすごく優しいから、大切に想われてるんじゃないかって…)
(ただ傷を治してくれただけなのに、違う期待をしてしまいそう)

目を背けると、熱を帯びた頬にジルの手が触れて……
吉琳:ジル…?
ジル:吉琳、私は…
真剣な瞳に、魅せられたように動けなくなる。
じっと視線を重ねていると、ジルが目を逸らした。
ジル:いえ…今はまだやめておきましょう

(え……)

言葉を呑むように呟くと、ジルはガラスの破片を片づけ始める。
吉琳:あの、ジル…っ
ジル:吉琳は、散らばった薬草の粉末を集めて頂けますか?

(…続きを言う気はないみたい)

吉琳:…うん、わかった
魔法を使おうとすると、傷の塞がった指が視界に入る。

(さっきのジルの眼差しが頭を離れない)

指先には、まだジルの温もりが残っている気がした。

(ジルが何を言いかけたのか…知りたい)

けれど今はそれを考えるより、授業に集中しなければならない。

(……決めた)
(ずっと伝えられずにいたけど、この仕事を終えたら私も伝えよう)

その時にジルが何を言おうとしていたのか聞けたらいい、
そう思いながら私は胸の奥でひそかに決意を固めた。

***

――…数週間が経ち、留学生の授業が始まって数日
吉琳:――では、今日はここまで。復習は忘れないでくださいね
授業が終わり、部屋を出ていく留学生を見送りながらほっと息をつく。

(少しずつ慣れてきたけど、まだ緊張するな)

授業の片づけを始めると、後ろから大きな手が肩に触れた。
ジル:授業がわかりやすいと評判ですよ、吉琳先生
吉琳:あ、ジル。見ててくれたの?
ジル:ええ、教え方が丁寧で関心しました
ジルは微笑むと、ふいに私の顎を指先で持ち上げた。
唇を開かせるように、そっと顎を押さえられる。
吉琳:…っ…ジル?
ジル:ご褒美を差し上げますから、目を閉じてください
吉琳:え……?
ジル:早く閉じないと、差し上げませんよ…?
優しく促されて、思わず目を閉じる。
ドキドキしながら待っていると、ふいに口の中に甘い味が転がり込んだ。
ジル:もう目を開けていいですよ
吉琳:…チョコレート?
ジル:他の人には秘密ですよ…?
口元に指を当てて微笑むジルに、懐かしい記憶が蘇る。

(そういえば…)

吉琳:昔補習を見てくれた時も、同じことしてくれたよね
ジル:よく覚えていますね
吉琳:大切な思い出だから、忘れないよ

(あの時食べたチョコレートも、同じように甘かった…――)

〝吉琳:やった! できました、ジル先生〞
〝ジル:ええ、よく頑張りましたね〞
〝柔らかな笑顔に、胸が大きく音を立てる。〞

〝(…っ…ジル先生のこんな笑顔、初めて見た…)〞

〝ジル:こんなに早くできるようになったのは、〞
〝ジル:貴女がたくさん努力したからだと思いますよ〞
〝ジル:特別にご褒美をあげましょうか〞
〝吉琳:え…本当ですか?〞
〝ジル:ええ。ですが、他の生徒には秘密ですよ…?〞
〝ご褒美と一緒に見せてくれた笑顔が嬉しくて、さらに勉強を頑張れた。〞

(そんな気持ちになったのは初めてで)
(ジルが教育実習を終える日も、すごく寂しくて…)

その時になって、ジルのことが好きだと気がついた。
ジル:…それでは、明日の授業の準備がありますので、私はこれで失礼しますね
吉琳:あ…待って、ジル
ジル:どうしました?
立ち去ろうとするジルの服を掴み、まっすぐその瞳を見上げる。
吉琳:…あの、この仕事が終わったら…――
吉琳:…あの、この仕事が終わったらジルに伝えたいことがあるの
視線が重なると、ジルは優しく目を細めた。
ジル:奇遇ですね、私もですよ
吉琳:え、ほんと…?
ジル:ええ。…では、その日を楽しみにしていますね
微笑むジルを見送ると、窓の向こうで落ちる夕日が目に映る。

(仕事が終わって想いを伝えたら…、私たちの関係はどうなってるんだろう)

ジルを想うだけで温かくなる胸に、そっと手をあて、
想いを告げることを決めたその日に、ひそかに思いを馳せた。

***

(結構遅くなちゃったな…)

授業の片づけを終えて、廊下に出ると……
???:吉琳さん
振り返ると留学生の生徒の一人が、暗闇に立っている。
吉琳:どうかした? 何かわからないことでも…
言いかけた私を遮るように、留学生の指先から薄い煙が放たれる。
その瞬間、瞼が鉛のように重くなって……

(…っ…何…これ…? いきなり眠気が…)
(…もしかして、この人……)

〝ジル:最近、他国に魔法を教えられる人間をスカウトしようとする動きがあるそうです〞
〝クロード:一般市民まで魔法が浸透している国はまだ少ないからな〞
〝クロード:他国の人間は魔法を学びに来るだけじゃなくて〞
〝クロード:自国で教えられる人間が欲しいってことだろ〞
〝ジル:さらって軟禁し、無理やり教えさせる者もいるとか…〞
〝ジル:あくまで噂にすぎませんが、〞
〝ジル:留学生が来る時期は、貴女も充分注意してくださいね〞

(ジルに言われたのに…、油断した)
(……ごめん…ジル…)

耐えがたい睡魔に、ゆっくりと意識が落ちる。

***

倒れた体を抱き上げようとする男の姿を、
廊下の奥から小さな姿が見つめていた。

***

ジルが部屋で明日の授業の準備をしていると……
???:にゃあ
ジル:ミケランジェロ?
薄く開いた扉から入ってきたミケランジェロが、いつになく鳴き声をあげる。
ジル:…何か伝えたいことがあるのですね?
ジルはテーブルに置いた小瓶を手に取る。
蓋を開けると、授業で作った魔法の薬を飲み干した。
ジル:…ミケランジェロ、何かあったのですか?
視線を合わせるように屈んだジルに、ミケランジェロが口を開く。
ミケランジェロ:吉琳が誰かに眠る魔法をかけられて、連れて行かれた
ジル:…! まさか、他国の人間に…
ミケランジェロ:たぶんね。けど、後をつけたからどこにいるかはわかってる
ミケランジェロ:でも僕じゃどうにもできないから、ジルを呼びに来たんだ
困ったようにしっぽを振るミケランジェロの頭を、ジルが優しく撫でる。
ジル:吉琳は今どこに…?
ミケランジェロ:案内するよ、ついて来て

***

???:…、……吉琳

(…ん、…っ…)

天井から降り注ぐ月明りを感じながら瞼を開くと、
ジルの心配そうな顔が覗く。
吉琳:あれ…? ジル…?
ジル:…よかった、目を覚ましましたね

(確か私…留学生に眠らされて……)

寝ぼけたまま起き上がると、優しくジルに抱きしめられる。
吉琳:ジル…?
ジル:…連れていかれたと聞いた時は、心臓が止まるかと思いました
ジル:ですが、もう大丈夫ですよ

(もしかして、助けにきてくれたの…?)

抱きしめる腕の感触に、胸に安心感が広がっていく。
その時、耳のそばでかすかな呟きが聞こえた。
ジル:…私は貴女が関わると、思ったより冷静になれないようです
吉琳:え…

(どういう意味…?)

ジルの掠れた声が耳をくすぐって…――
ジル:吉琳がいないと、私は…――
抱きしめる腕に力がこもった瞬間、遠くで扉の開く音がした。
クロード:おい、誰かいるのか?

(……っ)

ジル:…思わぬところで、邪魔が入りましたね
苦笑をこぼして、ジルがそっと体を離す。
足音が近づいて、花壇の影からクロードが現れた。
吉琳:クロード…
クロード:やっぱりな。室内で雷の音がするなんて、お前だと思ったよ
クロード:今回はまた、特大の雷を落としたな
苦笑いを浮かべるクロードの視線を追うと、
気を失った留学生が倒れていることに気づいた。
吉琳:この人、さっきの…

(あれ、この焦げた地面ってもしかして…)

視線を向けると、ジルは少し照れたように咳払いをした。
ジル:…相手の足を止めるのに夢中で、加減を忘れました

***

それから留学生は城の騎士団に捕らえられ、
翌日、自分の国に強制的に戻されることになった。

***

――…それから数日が過ぎ、他国に帰る留学生たちを見送った後
ジル:数日間の授業、お疲れ様でした
吉琳:ジルも、準備の時からずっと面倒を見てくれてありがとう
ジル:大したことはしていませんよ。それより…
ジル:ご褒美に貴女をとっておきの場所に案内したいのですが…よろしいですか?
吉琳:とっておきの場所…?

***

(わあ…!)

吉琳:お城の敷地にこんな場所があったなんて知らなかったよ
ジル:一人で考えごとをしたい時によく来るんですよ
ジル:普段は誰も入れないように、魔法で入り口を隠しているのですがね
吉琳:え…そんな秘密の場所を私に教えていいの?
ジル:ええ、貴女なら構いません
驚いて見上げた先で、柔らかな笑みが広がる。
ジル:貴女は私が唯一…大切にしたいと思う女性なので
吉琳:え……
ジルは私に一歩近づくと、私の瞳を覗き込んだ。
ジル:特別な相手だからこそ、秘密を共有したいと思うのですよ

(私が…特別な女性……?)
(それじゃ…ジルも同じ気持ちだったってこと?)

甘く音を立てる胸をそっと押さえ、
ずっと抱え続けた想いを紡いでいく。
吉琳:…ジル、私もね。ずっと言えなかった秘密があるの
ジル:秘密ですか…?
吉琳:うん。私……
吉琳:学生の頃からずっと、ジルのことが好きだよ
ジル:…っ…
目を見開くジルに、恥ずかしい気持ちを堪えて言葉を重ねる。
吉琳:でも、この想いは秘密にしようとしてた
吉琳:ジルが優しくしてくれるのは、私が生徒の一人だからだって思ってたから
ジル:…私が特別扱いするのは貴女だけですよ
ジルの手が頬に触れて、そっと顔を上げさせられる。
ジル:貴女が私の想いに応えてくださるのなら…
ジル:それをこれから…ゆっくり教えて差し上げます
こそばゆい思いで頷くと、唇に柔らかな感触が落ちる。
ジルのキスはいつもくれるチョコレートのように甘くて、
私たちは想いが融け合うまで何度も唇を重ねた…――


fin.

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Epilogue:

――…魔法の国ウィスタリアで、魔法使いの彼らと過ごす日々は、
まだまだ終わらない…――

ある日、ジルとクロードからご褒美をもらうことになったあなた…
けれど、なぜか二人の魔法勝負が始まってしまって…?
ジル:貴女が振り向いてくださらないと、私でも寂しく思うのですよ…?
クロード:お前に惹かれる男はたくさんいるだろうけど…お前を一番愛しているのは俺だよ
赤面必至の甘い囁きに心を乱される…!?
彼らとの愛しい時間を、もう少し覗いてみる…――?

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    小澤亞緣(吉琳) 發表在 痞客邦 留言(0) 人氣()