彼目線シナリオイベント
Wedding Engagement~キミと巡るあの日の思い出~(ジル)
プロローグ:
夜風が心地よく肌を撫でる、ある夜のこと…―
私は馬車に揺られ、月明かりが照らす道を進んでいた。
ユーリ:素敵な式だったね
吉琳:うん
この日は、他国のプリンセスと王子の婚姻式に呼ばれていて、
執事としてついてきてくれたユーリと共に、出席していたのだった。
ユーリ:式の後のパーティーも、すごく盛りあがってたよね
ユーリ:特にあの絵が飾られた時なんてすごかったなー
吉琳:そうだね
パーティーの終盤、新郎新婦それぞれの思い出の地が描かれた絵が飾られ、
その絵を見ながらスピーチをする二人の姿は、深く印象に残っている。
(お二人とも嬉しそうで…私まで幸せな気分になれたな)
改めて式を振り返っていると、
ふと何かを思い出したように、ユーリが小さな声を上げた。
ユーリ:あ、そういえばウィスタリアの城下でも似たことが流行ってるの知ってる?
吉琳:似たようなこと?
ユーリ:結婚を約束したい人と一緒に、自分の思い出の場所に行くんだって
ユーリ:その場所で式を挙げたり、思い出にちなんだものを贈ったり、
ユーリ:結婚式で何をするかは人によって違うみたい
(結婚式…)
(プリンセスだから、式をすぐに挙げるのは難しいけれど…)
吉琳:結婚前に思い出を辿るって、素敵だね
大切な思い出を共有することは、
今まで以上に互いの想いを深められるように思える。
(あの人にも、思い出の場所があるのかな)
まだ知らない彼の思い出と、永遠を誓いあうその日に想いを馳せた…―
どの彼と物語を過ごす?
>>>ジルを選ぶ
第1話:
丸い月が夜空に浮かぶ、ある明るい夜のこと…―
一日の公務を終えたジルは、
吉琳と共に他国の婚姻式から戻ったばかりのユーリから、報告を受けていた。
ジル:では、プリンセスはもう部屋に?
訊ねると、机を挟んで向かいに立つユーリは少し心配そうに眉を下げる。
ユーリ:はい。長旅でちょっと疲れてるみたいでした
ジル:…そうですか。報告、ありがとうございます
ジルが礼を言うと、ユーリは小さな笑みを浮かべ一礼して部屋を出た。
その姿を見送ってから、ジルは立ち上がる。
(やはり心配ですね)
(安眠に効果のあるものは…)
吉琳の部屋で紅茶を淹れることを決め、棚から茶葉の入った箱を取り出す。
そうして、ジルは部屋を後にした。
***
茶葉を手に歩いていると、静かな廊下の先でこぼれる灯りが見える。
(あれは…)
灯りをこぼしているのは吉琳の執務室のようだった。
(…まさか)
ふとよぎった予感を胸に、執務室へ足を進め扉を開けると…―
吉琳が羽根ペンを片手に机へ向かっていた。
吉琳:ジルっ…
入ってきたジルを見て、吉琳は目を瞬かせる。
(ユーリは、部屋に戻ったと言っていたはずですが…)
ジル:どうされたんですか、こんな時間に
訊ねると、吉琳は軽くまつ毛を伏せた。
吉琳:三日後の祭典のスピーチを練習していて…
(…ああ。『花の祭典』の)
『花の祭典』は、ウィスタリアの街中に花を飾りつける恒例の祭りだった。
この時期は結婚式が多く、フラワーシャワーが舞うことにちなんだもので、
吉琳は、城下でスピーチをする予定になっていた。
吉琳:今日の婚姻式で、新婦のプリンセスがとても堂々とスピーチをしていて
吉琳:私も、ジルに支えてもらうばかりではいけないと思ったんです
ジル:それで、お一人で練習を?
吉琳:…はい
(そういうことでしたか)
普段、吉琳のスピーチの練習はジルが付き添って行うことが多い。
こんな夜中から一人で取り組んでいるところを見ると、
吉琳は他国のプリンセスの姿に、よほど感銘を受けたようだった。
(婚姻式に出席して、自分を見つめ直す女性は…吉琳ぐらいかもしれませんね)
健気な恋人に愛しさを覚え、口元が綻ぶ。
(褒めてあげたいところですが、)
(頑張りすぎてしまう吉琳をたしなめるのも、教育係の役割でしょう)
ジルはふっと唇を引き結ぶと、吉琳の元へ近付き…―
ジル:そのお気持ちは立派です。しかし、プリンセス
ジル:貴女の代わりはいないのですよ?
静かな声で、たしなめるように告げた。
あえて名前ではなく『プリンセス』と呼んだことで、
吉琳は、はっとした顔をする。
ジル:頑張ることと、無理をすることは別物です
ジル:よく身体を休めてください。それが今、貴女がすべきことですよ
疲れが感じられる目元に優しく触れ、少し声を和らげてそう言った。
すると、吉琳は切なげに眉を寄せ、こくりと頷く。
吉琳:はい…
(…分かって頂けたようですね)
ジル:部屋までお送りしましょう
ジルは吉琳の手にしていた羊皮紙を受け取り、
空いた手で、そっと促すように吉琳の背中に触れる。
(こんな顔を見ると、吉琳の望む通りにしたくなります)
そんな想いが胸をかすめるものの、ジルがそれを言葉にすることはなかった。
***
やがて、吉琳を部屋まで送り届けたジルが、
自室へ向かって歩いていると…―
レオ:あれ、ジル
向かいから廊下を歩いてきたレオに声をかけられる。
ジル:こんな時間まで公務ですか?
レオ:うん、まあね。ジルは…
レオはそう言いながら、ジルが背にしている部屋へ視線を投げ、
言葉の途中で、からかうような笑みを浮かべる。
レオ:この先って吉琳ちゃんの部屋だよね
レオ:こんな夜遅くに部屋から出てくるなんて、何してたの?
楽しげに訊ねられ、ジルはため息をついた。
ジル:まったく…あなたの考えているようなことではないのは確かですよ
簡単にいきさつを説明すると、レオは苦笑をこぼす。
レオ:相変わらずだな、吉琳ちゃん
レオ:…まあ、それはジルもだけど
ジル:どういうことですか?
思いもよらない言葉に訊ね返すと…―
レオはふっと口元を綻ばせた。
レオ:俺がジルの立場だったら、同じように厳しくは出来ないかもってこと
レオ:何て言うか…ジルって我慢強すぎだよね
(我慢強い…確かに、そう見えるのかもしれません)
教育係として接していても、吉琳への愛しさは常に感じている。
それでも厳しく接するのは、
立派なプリンセスになるため努力する吉琳の気持ちを、尊重したいからだった。
ジル:プリンセスを想ってのことです
(…あのような顔をさせたくないのが、本音ではありますが)
静かな声でレオに答えながら、先ほど執務室で見た吉琳の表情がよぎる。
(少し暗い顔をしていましたね)
こういったことは初めてではないが、心が痛まないわけではない。
思わず口をつぐむジルに、レオが微笑んだ。
レオ:でも、たまには甘やかしてもいいんじゃない?
レオ:吉琳ちゃんも自分のこともさ。例えば…
第2話:
レオ:でも、たまには甘やかしてもいいんじゃない?
レオ:吉琳ちゃんも自分のこともさ。例えば…
レオは一旦言葉を切ると、ふっと楽しそうに目を細める。
レオ:思い出の場所に連れて行く、とか
その意味ありげな物言いに、一つ思い当たることがあった。
ジル:それは、今城下で流行っているという結婚式のことですか?
レオ:あ、ジルも知ってる?
ジル:メイドたちがよく噂をしていますから
今城下では、自分の思い出の場所に、
結婚を約束したい相手を連れて行くことが、流行しているのだという。
レオ:吉琳ちゃんも、どこかでこの話聞いてるかもしれないしね
レオ:期待してるかもよ
からかい交じりの言葉を受け、ジルはわずかに視線を伏せる。
(…思い出の場所、ですか)
そう言われても、すぐに思い浮かぶ場所はジルにはなかった。
しかし、ある過去の出来事が頭をよぎる。
(あの時の話をするのも、良いのかもしれません)
(ちょうど時期もいいですし)
ふいの思いつきだったものの、
胸にある思い出を、吉琳に話した時の表情を想像すると、心が和む。
ジル:助言はありがたく受け取っておきます
ジルは笑みを浮かべてレオに答え、その場を後にした。
***
翌日、ジルは式典のために仕立てた吉琳のドレスの試着に立ち会っていた。
(やはり、よく似合っていますね)
淡い紫色のドレスはスカートにたっぷりとチュールが重ねられていて、
動くたびに風を含み、優雅に揺れる。
それが、吉琳のしなやかな身体を一層上品に見せていた。
ジル:このドレスでしたら、こちらが合うかと
細かな出来を確認しつつ、
テーブルの上に広げたいくつかの宝石箱の中から、ネックレス を取りだす。
吉琳:素敵ですね
ドレスと同じく淡い紫のパールを使い、花をかたどったネックレスを眺め、
吉琳は瞳を和ませた。
その表情には、昨日の疲れも、わずかに見せた切なげな陰もないように見える。
(ですが…いつもより少しだけ、元気がないかもしれません)
誰より吉琳の近くにいるジルだからこそ、気にかかった。
(昨日のことを気にしているのなら…私にも責任があります)
ジルは吉琳へ歩み寄り後ろに立つと、そっと手を伸ばして…―
肩に落ちる髪を指先ですくい、片側に寄せた。
吉琳:っ…ジル…?
指先が首筋を掠めると、鏡の中の吉琳が頬を染め、ジルを見つめる。
その反応に、自然と笑みがこぼれた。
(少し表情が和らぎましたね)
ジル:そのまま、動いてはいけませんよ
内緒話をするように囁くと、吉琳はこくりと頷く。
(…可愛らしいですね)
ジルは目を細めながら、ネックレスを吉琳の首に下げる。
パールの柔らかな艶が吉琳の胸元を想像以上に美しく飾り、
ジルは一瞬、鏡に映る光景に見惚れた。
ジル:…綺麗ですよ。言葉では足りないほどに
ため息と共に告げると、吉琳の頬がますます赤く染まる。
吉琳:褒めすぎです……
ジル:これでも一応、抑えたつもりなのですが
吉琳に微笑んだその時、ふと、昨日のレオの言葉が頭をよぎる。
〝レオ:思い出の場所に連れて行く、とか〞
〝レオ:期待してるかもよ〞
***
(…今なら少し時間がありますし、)
(思い出話をするのにちょうどいいかもしれません)
ジル:試着はこれで済みましたが…次の公務まで時間がありますね
ジル:少し、話をしても?
ジルが切り出すと、吉琳はわずかに驚いたようにしながら頷く。
そんな吉琳に、ジルは近くの椅子を勧めた。
(この話を誰かにするのは、吉琳が初めてですね)
ジルもその向かいの椅子に腰かけながら、過去の思い出を口にする。
ジル:…この時期になると、思い出すことがあるんです
ジル:もうずっと幼い頃のことですが、
ジル:初めて花の祭典に行った時、両親とはぐれてしまったことがありまして
吉琳:ジルが…?
意外そうに声をこぼす吉琳に微笑し、ジルは言葉を続ける。
ジル:ええ。賑やかな様子に夢中になっているうちに、はぐれてしまったんです
ジル:あっという間に夜になって、両親が見つからないことに焦っていた時、
ジル:祭典の最後を飾る花火が始まって周りが明るくなり、両親が迎えに来てくれました
懐かしさに目を細めると、吉琳の頬に柔らかな笑みが浮かんだ。
吉琳:ジルにもそんな頃があったんですね…
ジル:私も子供でしたから
吉琳:ジルが迷子だなんて、何だか想像出来ないです
ジルの答えを聞いて、今度は声をこぼして吉琳は嬉しそうに笑った。
(…そんなに、面白い話だったでしょうか)
ジル:笑いすぎですよ、吉琳
吉琳の笑顔が見られて悪い気はしないものの、
幼い頃の失態に微かに照れた気持ちになり、わざと咎めるような目をして見せる。
すると、吉琳は慌てて首を横に振って…―
吉琳:…っいえ、そういうつもりでは……
吉琳はそう否定すると、わずかに頬を赤らめて付け足す。
吉琳:今、城下でも恋人と思い出を辿る方が多いみたいなんです
吉琳:だから…ジルの話が聞けて嬉しくて
(やはり、知っていましたか)
向けられる吉琳のはにかんだ笑顔を見て、胸に甘い喜びが広がった。
(…話して良かったですね)
そう感じるのと同時に、今度は吉琳の思い出が気になってしまう。
ジル:貴女にはありますか? 思い出の場所が
ジルの問いかけに、吉琳はふっと口元を緩めると、迷うことなく答えた。
吉琳:私は、城下の広場です
吉琳:いつも大勢の人たちで賑わっていて、活気がある…そんな様子が、胸に残っていて
(吉琳らしいですね)
言葉を続ける吉琳の瞳は明るく輝いていて、
その生きいきとした表情に、ジルの胸はくすぐられる。
(もっと吉琳を見ていたくなってしまいます)
教育係らしからぬ想いを抱く自分に気付き、
ジルが小さく苦笑したその時…―
第3話-プレミア(Premier)END:
(もっと、こんな吉琳の笑顔を、見ていたくなってしまいます)
教育係らしからぬ想いを抱く自分に気付き、
ジルが小さく苦笑したその時…
(…もう、こんな時間でしたか)
壁掛け時計が、正午を指して短く鳴った。
ジル:話しこんでしまいましたね。すみません
吉琳:いえ、私こそ…
ジルの言葉に、吉琳は微笑んで首を振る。
しかし、その瞳にはわずかな寂しさが浮かんでいた。
(吉琳も、名残惜しいと感じてくれているのかもしれませんね)
そう思うと、ふとある考えが浮かぶ。
(祭典までは気を抜けませんが…その後なら)
ジル:祭典の後、私の部屋へ来て頂けますか?
吉琳:部屋…ですか?
少し不思議そうに問い返す吉琳へ、
ジルは意味ありげに微笑み、頷いた。
***
その二日後、いよいよ迎えた花の祭典当日…―
吉琳のスピーチは集まった聴衆たちを喜ばせ、大成功に終わった。
そうして日も暮れた頃、吉琳より先に城下から戻ったジルは、
ある支度を済ませてから、約束通り吉琳を部屋に招き…―
吉琳:ジル…その服装は……
(『結婚を約束したい相手』をお誘いするのですから、)
(それなりの格好をするべきですからね)
目を瞬かせる吉琳に、小さく笑いかける。
ジルが密かに済ませた『支度』は、予想通り吉琳を驚かせたようだった。
ジル:こちらへ
礼服姿のまま、ジルは恭しく吉琳の手を取り、バルコニーへとエスコートする。
バルコニーからは、祭典の空気に華やいだ城下の様子が遠く望めた。
ジルは、そんな景色から吉琳へと視線を移し、
そっと腰に手を回す。
ジル:…城下の方々は、思い出の場所で式を挙げているのでしょう?
ジル:私たちの関係は秘密ですから、城下の広場でというわけにはいきませんが、
ジル:広場の見えるここから、二人だけで誓い合うことは出来ると思いまして
吉琳:っ…だから、ここに呼んでくれたんですね…
ジルを見上げる吉琳の頬に、嬉しそうな笑みが広がっていく。
風に乗り、遠くから響いてくる城下の人々の声を聞きながら、
ジルは改めて吉琳へ向き直り…―
(ここで愛を誓い合う前に…吉琳に言っておくべきでしょう)
ジルは正面から吉琳を見つめ、口を開く。
ジル:城下でもお伝えしましたが、今日の祭典でのスピーチ、とても素晴らしかったです
(本当に、頼もしいほどでした)
集まった人々に堂々と語りかける吉琳の姿が、胸に浮かぶ。
ジル:きっとこれからも、大勢の前に立つ場はあると思いますが、必ず成功するでしょう
ジル:それは、貴女の努力を見ている私が保証します
ジル:ですから、焦らなくていいのですよ
吉琳:…ジル…
ジルを見上げる吉琳の瞳が、大きく揺れる。
ジルは、その目元にそっと指を触れ優しく続けた。
ジル:そして…三日前のあの夜、強く言いすぎてしまい、申し訳ありませんでした
吉琳:そんな…こと……
吉琳は声を震わせ、首を緩く横に振る。
その瞳からは、涙が溢れ出していた。
ジル:…泣かせてしまいましたね
(やはり、気にしていたのでしょうか)
わずかな胸の痛みを覚えながら顔を覗き込むと、
吉琳は掠れた声で続ける。
吉琳:違うんです。これは…ジルに焦らなくていいと言ってもらえて…ほっとして……
吉琳は指先で涙を拭い、にこっとジルに微笑んで見せた。
吉琳:ドレスを試着した時も…
吉琳:ジルに心配をかけないぐらいにならないと、と思っていたんです
(…傷つけたわけではなかったのですね)
(それどころか、私に心配かけないようにと考えていたとは…)
健気な想いを知って、胸の奥が熱くなっていく。
(どこまで、愛らしい人なんでしょう)
ジルは目を細めると、吉琳へ腕を伸ばし…―
温かな身体を、しっかり胸に抱き締めた。
すると吉琳がそっと顔を上げ、柔らかな声で言う。
吉琳:…優しいだけが愛じゃないと、ジルが教えてくれました
吉琳:ジルが厳しく…温かくいつも側にいてくれるから、
吉琳:私はプリンセスでいられるんです
向けられる吉琳の朗らかな笑顔が、
ジルの胸に芽生えた、罪悪感に似た想いを溶かしていく。
(…吉琳こそ、温かい方ですよ)
プリンセスと教育係として、恋人同士として、
共に過ごす時間の中で、ジルは何度も吉琳の愛情深さや健気さに触れてきた。
(その度、いつも心が癒やされていました)
(私に支えられていると、吉琳は言っていましたが)
(…支えられているのは私の方です)
改めてそう感じた、その時…
吉琳:あっ…
城下から上げられた花火が、二人の前に広がる夜空を彩る。
閃いては消える一瞬の華に目を輝かせる吉琳の姿が、
美しく照らされていた。
(この先、祭典の花火で思い出すのは、今日のことになりそうですね)
子どもの頃の記憶以上に、鮮やかな光景を目に焼き付ける。
そうしてジルは、吉琳の頬にかかる髪を耳にかけ…―
はっとしたようにこちらを見る吉琳の瞳を覗き込んだ。
そうして、伝えたかった想いを口にする。
ジル:この想いを胸に…一生貴女を愛し続けると誓います
花火の上がる音が響く中、囁くようにそう告げた。
吉琳が深く頷くのを見届け、そっと唇を重ねる。
吉琳:…ん……
吉琳も、おずおずとそれに応え、ジルの背中へ腕を回す。
口づけは繰り返すうちに深まっていき、いつしか花火も終わっていた。
バルコニーには、遠ざかる街の喧騒と、二人の甘い息遣いだけが響く。
ジル:吉琳…
吉琳:……はっ、ぁ…ジル…
キスの合間に名前を呼ぶと、吉琳も目を潤ませ、呼びかけに答える。
熱を帯び始めた身体は、力なくジルにもたれかかっていた。
(そろそろ、限界かもしれませんね)
ジルはふっと口元を綻ばせると、吉琳の身体を抱き上げ…
吉琳:あっ…
吉琳の驚いたような声を聞きながら、部屋の中へと戻った。
ベッドにゆっくりと下ろすと、吉琳が赤い顔でジルを見上げる。
(そんな顔をされると、少し困らせたくなってしまいます)
ジルは笑みをこぼしたまま、
ドレスに指を滑らせ、吉琳の足先を持ち上げる。
すると、スカートの裾がめくれ上がり、しなやかな脚が露わになった。
吉琳:っ……ジル
ますます頬を染め、戸惑いを滲ませた声を上げる吉琳に、
ジルは優しく応える。
ジル:誓いのキスも、これも、式の『お決まり』でしょう
吉琳:…『お決まり』…ですか?
頷いて、キスを足先に落とす。
ジル:ガータートス、ですよ
次第に唇を上へと滑らせていき、
ジルは、吉琳の太腿を飾るガーターにそっと噛み付いた。
吉琳:んぁ……
甘い声を聞きながら、ゆっくりとそれを引き下ろし…―
ジル:二人だけとはいえ、本当の式のように愛を誓い合ったのですから、
ジル:こういった習わしも行うべきでしょう?
fin.
第3話-スウィート(Sweet)END:
(もっと、こんな吉琳の笑顔を、見ていたくなってしまいます)
教育係らしからぬ想いを抱く自分に気付き、
ジルが小さく苦笑したその時、
吉琳:あ…
扉をノックする音が、部屋に響いた。
吉琳:はい
くつろいでいた吉琳の表情が、わずかに引き締まる。
すると扉の向こうから、メイドの声が聞こえてきた。
メイド:ドレスのご試着が終わる頃かと思い、伺いました
メイド:入っても宜しいでしょうか
(…もう、そんな時間でしたか)
時計に視線を向けると、既に次の公務の時間が迫っていた。
(つい、話しすぎてしまいました)
(名残惜しいですが、仕方ありませんね)
ジル:ええ。今、向かいます
メイドに返事をし、扉を開くために歩き出す。
吉琳:…あの、ジルっ…
その直後、小さな声がジルを呼んだ。
振り返ると、吉琳の手がジルの服の裾をぎゅっと握っていて…―
ジル:吉琳…?
目を瞬かせるジルに向かい、吉琳は意を決したように口を開いた。
吉琳:……祭典の後、ジルと一緒に行きたい場所があるんです
吉琳:少しだけ…時間を頂いてもいいでしょうか?
頬を染める吉琳の姿に、ジルの口元は自然と綻ぶ。
(…もしかすると、今話したことを意識しているのかもしれませんね)
吉琳の思い出の場所に誘われているのかもしれないと思うと、
恥ずかしそうにこちらを見つめる吉琳を、一層愛おしく感じた。
ジル:分かりました
にこやかに頷くと、吉琳はほっとしたように微笑む。
(本当に、素直で…可愛い人ですね)
ジルは目を細め、綻ぶ吉琳の頬を一度だけ優しく撫でた。
***
そうして迎えた、花の祭典当日…―
ジルは、壇上でスピーチをする吉琳の姿を、
広場を埋め尽くす聴衆に混ざり、見守っていた。
(やはり吉琳は本番に強いですね)
(…三日前、執務室で会った時とは別人のようです)
『ジルに支えてもらうばかりではいけない』と、
羊皮紙に向かっていた不安げな面影は、どこにもない。
(プリンセスになったばかりの頃は、心配になることもありましたが…)
(今では、心強いほどですね)
吉琳:…最後に。華やかな今日この日が、皆様にとって思い出深い一日となりますように
晴れやかな笑顔で話を終えると、吉琳は深く一礼をする。
すると、大きく温かな拍手が広場を包み込んだ。
ジル:吉琳
壇上を降りる吉琳へ歩み寄り、手を貸しながら、
ジルは目の前の愛しい人に向かい、そっと微笑みかけて…―
ジル:お疲れさまでした。素晴らしいスピーチでしたよ
そう、温かく声をかけた。
吉琳は目元を和らげ、嬉しそうに答える。
吉琳:ありがとうございます。…ジルにそう言ってもらえると安心します
(可愛いことを言いますね)
先ほどまでの堂々とした様子とはまた違う、
素顔の吉琳らしい言葉に胸がくすぐられ、ジルは口元を綻ばせた。
ジル:広場の催しを視察して、本日の公務は終了となります
ジル:…その後、案内して頂ける場所があるのですよね?
吉琳の耳元に口を寄せ、優しく訊ねると、
吉琳は赤らんだ頬を緩め、こくりと頷いた。
やがて、大道芸や子どもたちの合唱など、祭典の視察をひと通り終えた頃…―
ジルと吉琳は、広場からほど近い路地裏を歩いていた。
(…静かですね)
(広場に人が集まっているからでしょうか)
ジル:二人で歩くのにちょうどいい場所ですね
吉琳:はい
吉琳は微笑んで答えると、少し懐かしそうに路地裏を見渡す。
吉琳:実は、ジルの話を聞いて思い出したんですが…
吉琳:私も子どもの頃に一度、お祭りの時に迷子になったことがあるんです
ジル:貴女も?
意外な共通点に驚いていると、
吉琳は歩みを止め、どこか楽しそうに言葉を続ける。
吉琳:はい。その時、ここをしばらく一人で歩いて…
吉琳:知らない道に迷い込んで心細かったはずなのに、
吉琳:何故か少しだけワクワクしていました
(…想像出来ますね)
何事にも興味を持ち、積極的に関わっていく一面は、今も変わっていない。
吉琳:広場のような華やかな場所ではないのですが、
吉琳:…ここを、ジルと一緒に歩いてみたかったんです
ジル:そうだったのですね
その言葉に笑みをこぼすと、
ふと吉琳が歩みを止め、真っ直ぐにジルを見上げる。
吉琳:それから……ジルにお礼を言いたくて
ジル:お礼、ですか?
吉琳:三日前、婚姻式から帰ってきたばかりの時、
吉琳:頑張ることと、無理をすることは別だと言ってくださったので
はっとして、吉琳の瞳を見つめ返す。
それは、ジルの胸にもわずかに引っかかっていた出来事だった。
吉琳:無理をすればかえって迷惑をかけてしまうと、改めて気付きました
吉琳:だから翌日も、出来るだけジルに心配かけないようにしなければと思って…
(…そんなことを想っていたのですか)
言葉をかけた時や、試着の時のわずかに硬かった表情は、
それが原因だったのだと、やっと分かった。
(もっと、早く気付いてあげられれば)
口惜しさと同時に、健気な吉琳の想いを知って、愛しさが増す。
吉琳:…ジルがああ言ってくれたお陰で、今日無事にスピーチが出来ました
吉琳:ありがとうございます
清々しく微笑む吉琳へ向けて、ジルはそっと首を横に振る。
ジル:いえ。今日の成功は、貴女の努力の成果ですよ
ジル:それに…あの時は厳しくしすぎてしまったと思っていました
ジル:ですから、お礼を言われるようなことではありません
ジルが、小さく苦笑して言葉を返すと、
吉琳の表情に、ふっと真剣な色が浮かんだ。
吉琳:…厳しすぎるなんて、思いません
ジル:え…?
吉琳:厳しくても…それが優しさだと思っているので
吉琳:私はそんなジルを…
吉琳は言葉を口にしながら、真っ直ぐな眼差しでジルを見つめる。
吉琳:ジルを、愛しています
ジル:……吉琳
吉琳の告げる言葉一つひとつに、鼓動が甘く乱れ、
思わず腕の中に引き寄せた。
(厳しく教育することだけでなく、)
(吉琳にこうして触れるのも…私だけでありたい)
そんな願いが、胸を満たしていく。
想いが溢れるまま、ジルは身を屈め吉琳の額に額を寄せた。
ジル:私も心から貴女を愛しています
ジル:それを、貴女の思い出が詰まったこの場所で誓わせて下さい
吐息の触れそうな距離のまま、吉琳を見つめる。
そうして、はっきりと言葉を続けた。
ジル:私たちの行く先に険しい道が待っていたとしても、
ジル:必ず貴女を隣で支え、大切にしていくと誓います
吉琳:っ……
ジルを見つめ返す吉琳の顔が、みるみる赤く染まっていく。
(本当に、愛おしい)
ジルは一度吉琳の頬を撫でると、わずかに身体を離した。
ジル:…誓いのキスをしても?
吉琳:はいっ…
吉琳は、心から幸せそうに目を細め、頷く。
(こんなに愛しいと思える存在は…)
(きっと、後にも先にも、吉琳だけでしょうね)
ジルはくすりと笑みをこぼすと、吉琳の顎先をすくい上げ、
二人の心にいつまでも刻まれるような、甘く優しい口づけを贈った…―
fin.
エピローグEpilogue:
誓い合った永遠の愛が、二人きりの夜を甘く彩り…―
………
……
(今日は一段と熱く感じますね)
互いの熱を高めるように、ジルの指先が身体を辿って…
ジル:ご褒美ですから、今日は思い切り甘やかして差し上げますよ?
吉琳:…んぅ……っ
(さて…これから、どのように愛して差し上げましょうか)
……
………
肌に灯った熱が、さらに愛しさを膨らませ、
一生変わることのない想いを、交わしていく…―