First Valentine Day(ジル)
もしも、プリンセスであるあなたが、
彼と恋人になる前に、バレンタインデーを迎えていたら?
言いたくて言いだせなかった一途な想いを、
甘いチョコレートと一緒に包んで…―
………
ジル:きっと普通の恋人同士のように振る舞うことは出来ません
ジル:そのせいで辛い想いもするでしょう。
ジル:それでも、貴女は私を選ぶというのですか?
………
これは、淡い恋心を実らせる、彼とあなたの物語…―
プロローグ:
プリンセスに選ばれて、初めてのバレンタインデーが、
一週間後に迫った、ある日のこと…―
公務の合間の休憩時間、
私は政治についての本をレオに何冊か選んでもらい、書庫で借りてきていた。
吉琳:忙しいのにありがとう
レオ:ううん。役に立てたみたいでよかった
レオ:熱心だね、吉琳ちゃん
吉琳:色んな本を読んで勉強したいの
(少しずつお城での暮らしも慣れてきたし、)
(自分でも出来ることをしていかないと)
そんな想いで手にしていた本を持ち直した時、
二人のメイドさんとすれ違った。
(あれ)
メイドさんたちは、レオを見て嬉しそうに頬を染め、
小さくこちらに会釈をして歩いていく。
レオ:みんな、そわそわしてるね
レオ:まあ当然か。そろそろバレンタインデーだから
(そっか。だから今のメイドさんたちも…)
レオ:吉琳ちゃんは、この城に来て初めてのバレンタインデーだよね
レオ:本命チョコをあげたい人、いるの?
吉琳:っ……
頭には、ある人の顔が浮かぶ。
けれど、ほんの少し胸に引っかかっていることがあり、まだ渡そうか迷っていた。
吉琳:ううん…
つい誤魔化して首を横に振ると、
レオは私の瞳を見つめて、いたずらっぽく笑った。
レオ:本当?
レオ:あげたい人がいるけど迷ってますって、顔に書いてあるのに
吉琳:えっ
レオの見透かすような言葉に、鼓動が大きく跳ねる。
思わず足を止めて、慌てて持っていた本で口元を隠すと、
同じように足を止めたレオが、楽しげに言葉を続けた。
レオ:当たり? 本当は冗談のつもりだったんだけど
吉琳:レ、レオ……
レオ:ごめん、ごめん
レオ:でも、そんなに迷うぐらい本気な相手ってことか
レオ:ちょっと気になるな
(…一人で悩むより、誰かに話した方がいいのかもしれない)
私は、チョコレートを渡したい相手のことをレオに相談しようと、口を開いた。
吉琳:実は…―
どの彼と物語を過ごす?
>>>ジルを選ぶ
第1話:
私は、チョコレートを渡したい相手のことをレオに相談しようと、口を開いた。
吉琳:実は…
そう言いかけた時、廊下にある声が響く。
ジル:こんなところで立ち話ですか?
(っ…ジル)
渡したいその人が現れ、鼓動が大きく跳ねてしまう。
話が聞こえていたかもしれないと慌てていると、
レオが隣から告げた。
レオ:吉琳ちゃんの相談にのってたんだよ
レオ:本命チョコをあげたいのに、迷ってるみたいだから
レオ:気楽に渡せないぐらい、本気の相手なんだよね?
ジル:……
吉琳:あの、それは…
(どうしよう…困ったな)
(心の準備も出来ていないのに、)
(ずっとジルに片想いしているなんて、今言えないよ…)
視線を泳がせる私に、ジルがにこやかに告げる。
ジル:それを聞いて安心しました
吉琳:えっ
思わず首を傾げると、ジルは当たり前のように続けた。
ジル:つまり、『次期国王候補』を選ばれたということでしょう
=====
ジル:つまり、『次期国王候補』を選ばれたということでしょう
その言葉に、小さく胸が痛む。
(やっぱり…プリンセスとしてしか見てもらえていないんだな)
ジル:貴女は、お相手を自由に選べる立場にあります
ジル:それでも迷われるというのは、相応の理由があるのではありませんか?
吉琳:相手の方に、迷惑になるのではと…
ジル:…次期国王候補に指名されて迷惑がかかる方、ですか
いつも気遣って支えてくれるジルに自然と惹かれ、
恋をしていると気づいたのは、出逢ってしばらく経った頃のことだった。
(…プリンセスと教育係は、恋愛禁止だって分かってる)
(でも…この気持ちは止められそうにない)
その時、ジルが手元の懐中時計を見て告げる。
ジル:この場でお相手を伺いたいところですが、そろそろ次の公務の時間では?
レオ:残念。吉琳ちゃんの本命が聞けると思ったのに
レオ:また改めて話、聞かせてよ
吉琳:うん…
(…当日、ジルに言えるかな)
迷いは拭いきれないまま、私は二人に会釈をしてその場を後にした。
***
その夜…―
=====
その夜…―
最後の公務として、ロベールさんに肖像画を描いてもらっていたところ、
バレンタインの話になり、私は胸の内にある悩みを告げていた。
ロベール:本当は気持ちを伝えてはいけない人、か
吉琳:はい…
ジルが相手ということは伏せたまま話す内容を、
ロべールさんは真摯に聞いてくれる。
(やっぱり…諦めないといけないのかな)
わずかな沈黙に視線を下げた時、意外な言葉を返された。
ロベール:悩むのも分かるよ。でも、
ロベール:それは、吉琳ちゃんが気持ちを諦める理由にはならないんじゃないかな
吉琳:えっ
驚いて顔を上げると、ロベールさんは穏やかな笑みを浮かべる。
ロベール:その人を嫌いになったわけじゃないなら、諦めない方がいい
ロベール:後悔をしないようにね
吉琳:ロベールさん…
優しい言葉が、背中を押してくれたように思えた。
(やっぱり、ジルにチョコレートを渡したい)
吉琳:はい…!
私は、笑顔でロベールさんに頷いた。
***
その後、きりのいいところで終え、
ロベールさんにお礼を告げて、アトリエの扉をパタリと閉じる。
(チョコレートと一緒に、この気持ちを伝えよう。…後悔しないように)
晴れやかな気持ちで顔を上げた時、ふと足元に柔らかい毛が触れた。
吉琳:っ……
その時、聞き覚えのある声が響いて…―
ジル:突然走りだしたかと思えば…
ジル:ミケランジェロ。プリンセスを驚かせないで下さい
=====
ジル:ミケランジェロ。プリンセスを驚かせないで下さい
(ジル…)
想いを伝える決意をした矢先の出来事に、胸の音が速くなる。
ジルがこちらに向かってくると、
私の足元にいたミケランジェロは、返事をするように尻尾を振った。
吉琳:もしかして…ミケランジェロのお散歩ですか?
一緒に歩いてきた様子にそう訊ねると、ふっと笑みを向けられる。
ジル:まさか。たまたま歩いているのを見かけて声をかけただけですよ
ジルとそんな話をしているうちに、
ミケランジェロはジルの足元をすり抜け、廊下の向こうへ歩いていった。
吉琳:行ってしまいましたね
ジル:ええ。お仕置きをされるとでも思ったのでしょう
ジル:貴女は…この時間は肖像画を描いてもらっていたのでしたね
ジルはロベールさんのアトリエの方を見て、もう一度私へ視線を戻す。
ジル:順調ですか?
吉琳:はい。あとは色をのせていくだけと言っていました
ロベールさんの言葉を伝えると、ジルは優しく瞳を細めて…―
=====
ジル:順調ですか?
吉琳:はい。あとは色をのせていくだけと言っていました
ロベールさんの言葉を伝えると、ジルは優しく瞳を細めて…
ジル:きっと…美しいのでしょうね
囁かれた甘い言葉に、ぽっと顔が熱くなった。
(ジルは絵のことを言っているのに…)
意識してしまった恥ずかしさを誤魔化すように、口を開く。
吉琳:そ、そうですね…
吉琳:城下にいた時、ロベールさんの絵を沢山見せてもらいましたが、
吉琳:どれも綺麗だったので、素敵な絵にしてくれると思います
笑顔で告げると、ジルの表情がわずかに曇った。
ジル:…そうですか
(どうしたのかな…)
少し低められた声に首を傾げるものの、
ジルはすぐにいつもの顔に戻り、一歩距離を詰めた。
ジル:肖像画は完成を待つとして…
ジル:そういえば、聞きそびれたままでしたね
吉琳:え…?
胸の内を探るような眼差しを向けられ、鼓動が速くなっていく。
急に変わった話題に戸惑う中、すっと顎をすくい上げられて…―
ジル:貴女が本命のチョコレートを渡すのは、どなたですか?
第2話:
ジル:貴女が本命のチョコレートを渡すのは、どなたですか?
吉琳:っ……
吐息が触れそうな距離で告げられた言葉に、大きく鼓動が跳ねる。
驚きで言葉に詰まってしまう私に、ジルはそのまま続けた。
ジル:…もしかして、ロベール殿でしょうか
吉琳:ロベールさん…?
思いも寄らない相手を告げられ、瞳を瞬かせてしまう。
ジル:随分と信頼されているようですから
吉琳:それは、昔から知っている方なので…
いつの間にか背中が壁に触れていて、追いつめられるような体勢にも、
笑顔でいながら、いつもより強引に迫る様子にも心がざわめく。
吉琳:あの…もしかして怒っていますか…?
(ジルが、理由もなくこんなことするはずない)
そっと問いかけると、
ジルは私から手を離し、苦笑をこぼしながら告げた。
ジル:いえ、そういうわけではありません。気のせいですよ
(えっ)
ジル:貴女の選んだ方は私も知っておくべきですから、訊ねたまでです
言葉通り受け止めることは出来ず問い返そうとすると…―
=====
言葉通り受け止めることは出来ず問い返そうとすると…
ジル:ですが、強引に聞き出すのはよくありませんね
ジル:引きとめてしまい失礼しました。お相手は別の機会に伺いましょう
ジル:もう遅いですから、部屋にお戻りください
吉琳:…はい
有無を言わせない口ぶりに、私は戸惑いつつも頷いた。
***
廊下を歩いていく吉琳を見送りながら、ジルは深いため息をつく。
ジル:この気持ちは…厄介ですね
ジル:…あの方を大切にしたいというのに
ぽつりと呟かれた言葉は、夜の静けさに溶けていった。
***
その翌日…―
私はジルとのマナーレッスンで、立ち方やお辞儀の仕方を習っていた。
ジル:それでは、今の所をもう一度おさらいしましょう
(昨日は、様子が違って見えたけれど…今日はいつも通りみたい)
(ジルの言う通り、私の気のせいだったのかな)
ジル:…プリンセス
吉琳:あっ…はい…
ジル:集中出来ていないようですね
吉琳:っ…すみません
(いけない、ずっと考え事をしていたから…)
小さく息をつくと、ジルは私の顔を覗きこみ…―
=====
ジル:集中出来ていないようですね
吉琳:っ…すみません
(いけない、ずっと考え事をしていたから…)
小さく息をつくと、ジルは私の顔を覗きこみ…
ジル:もし具合が悪いのでしたら、今日のレッスンは早めに切り上げましょう
心配そうに告げられ、慌てて首を横に振る。
吉琳:いえ…大丈夫です。もう一度お願いします
(ひとまず今はレッスンに集中しないと)
ジル:……
ぴんと背筋を伸ばした私に微笑んだジルは、
近くに置いてあったグラスにフラワーシードルを注ぎ入れ、手渡してくれる。
ジル:やはり、一息入れましょう
ジル:貴女は平気でない時でも『大丈夫』と言いますからね
吉琳:そうでしょうか…
ジル:ええ。教育係ですから、それぐらい分かりますよ
穏やかな口調で告げられた言葉に、胸が甘く震えた。
(本当に、ジルはいつも側で見ていてくれる…。)
(このフラワーシードルも、そう)
(長い時間レッスンをする時はいつも用意してくれて…優しいな)
受け取ったシードルに、ジルの思いやりを感じる。
私は心をくすぐられながら、そっとグラスに口をつけた。
***
その後、少しの間休憩をしてから、レッスンが再開された。
吉琳:こう、ですか?
ジル:腰が引けています。背筋が真っ直ぐ伸びていることを意識して下さい
吉琳:はい…
(お辞儀の練習は、もう何度もしているのに…)
焦る気持ちを何とか切り替えようとした時、
ふいにジルが後ろに回り、抱きしめるようにして私の腰に手を添えて…―
=====
焦る気持ちを何とか切り替えようとした時、
ふいにジルが後ろに回り、抱きしめるようにして私の腰に手を添えて…
吉琳:っ……
ジル:こうして一緒に動いた方が、分かりやすいかもしれませんね
吉琳:は、はい…
(でもこれじゃ…集中出来ないかもしれない)
背中に触れる温もりに、鼓動が早鐘を打ち、
腰を抱かれたまま動けずにいると、ジルの落ち着いた声が響く。
ジル:バレンタインデーが近いので、
ジル:この時期は、急にパーティーのお誘いを受けることもあります
ジル:いつ招待状を頂いてもいいように、しっかり身につけてください
照れる気持ちはあるものの、
ジルが私を思ってレッスンしていることが伝わってきた。
(私が困らないように、丁寧に教えてくれてるんだろうな…)
(ドキドキしてしまうのは、すぐに止められないけれど…レッスンは集中しよう)
吉琳:はい
しっかりと返事をして姿勢を正そうとした時…
吉琳:あっ…
足元がふらつき、わずかによろめくと、
腰に添えられた手が、しっかりと支えてくれた。
吉琳:…すみません、ありがとうございます
ジル:貴女は隙があるので、心配ですね
吉琳:そんなに隙があるでしょうか…
ジルに訊ね返すと、耳元に吐息が触れて…―
=====
吉琳:そんなに隙があるでしょうか…
ジルに訊ね返すと、耳元に吐息が触れて…
ジル:ええ。片時も目が離せないほどに
響く声もどこか優しく甘く感じて、ますます胸の音が速くなってしまう。
(ジルは私を心配してくれてるだけだって、分かってはいるけれど)
(こんなことを言われたら…期待してしまいそうになる)
ジル:自覚されていないのでしたら、ひとつずつ教えて差し上げましょうか
ジル:朝までかかるかもしれませんが
吉琳:えっ
ジル:冗談ですよ
ふっと笑みを向けられ、私の頬も綻ぶ。
(…やっぱりジルが好き)
バレンタインを待ち遠しく思いながら、ジルのレッスンを受けた。
***
そうして迎えたバレンタインデー
当日…―
私は噴水の縁に腰かけ、
手にしたチョコレートの箱を見ながら、深いため息をつく。
(急なこともあるとは言われていたけれど、)
(今日は…バレンタインデーなのに…)
すると、庭に面した廊下からある人に声をかけられ…―
第3話-プレミア(Premier)END:
すると、庭に面した廊下からある人に声をかけられ…
ジル:プリンセス
吉琳:ジル
思わず立ち上がると、ジルがこちらへ歩み寄る。
ジル:もう出発の準備は整ったのですか?
吉琳:…はい
この後、私は親しい侯爵夫人が開くパーティーに出席することになっている。
しかし同行するはずだったジルが、急な予定で行けなくなってしまったのだった。
(本当は、パーティーが無事に終わった後に渡そうと思ったけれど、)
(せっかく逢えたんだから…今ここで渡そう)
吉琳:あの、少しいいですか?
ジル:ええ
吉琳:ジルに、渡したいものがあって…
私は、周りに誰もいないことを確認し、
深呼吸をしてから、チョコレートの箱を差し出した。
吉琳:バレンタインデーなので、これを
ジル:……
(受け取ってもらえるかな…)
期待と不安に鼓動が速くなるのを感じていると、
ジルはわずかに息をのみ、私を真剣な眼差しで見据えた。
そして…
ジル:ありがとうございます
ジル:感謝の気持ちを、形にして頂くのは嬉しいですが、
ジル:誤解を生むようなことは、避けた方が宜しいですよ
吉琳:えっ
(誤解なんかじゃないのに…)
思わず伝えようとすると、私の言葉を遮るようにジルは淡々と告げる。
ジル:今日はチョコレートを渡して愛を伝える日
ジル:誰かがこの場面を見たら、きっと誤解してしまうでしょう
ジル:プリンセスは教育係に想いを寄せている、と
=====
ジル:誰かがこの場面を見たら、きっと誤解してしまうでしょう
ジル:プリンセスは教育係に想いを寄せている、と
吉琳:っ…
それが、お互いの立場を考えての言葉だということは、痛いほどよく分かった。
(それでも…想いを伝えたかった)
ジル:これは心に決めた本命の方にだけ、お渡しください
吉琳:……はい
ジル:……
私を見つめる瞳が微かに揺れたような気がしたものの、
ジルはすぐにいつも通りの笑顔を見せて、その場を去っていく。
(……この気持ちは、届かなかったんだ)
ジルへの大きな想いは、
渡せないままのチョコレートと一緒に、胸に残ってしまった。
***
その夜…―
私は予定通りパーティーに出席していた。
数曲ダンスを終えると、
ジルの代わりに、お付きとして来てくれたユーリが歩み寄る。
ユーリ:吉琳様、ちょっと顔色悪いけど…大丈夫?
ユーリ:俺、飲みもの持ってきてあげる
吉琳:ありがとう…
ユーリにお礼を告げて、何気なく周りを見回すと、
今日がバレンタインのせいか、女性たちはどこかそわそわとした様子だった。
(もしここにジルがいたら…)
そんな想いが一瞬胸に湧き、はっとして小さく頭を振る。
(いけない。パーティーが終わるまでしっかりしないと)
そう思っていると、ユーリがグラスを手に戻って来て…―
ユーリ:はい、これ。吉琳様の好きなフラワーシードルだよ
=====
(いけない。パーティーが終わるまでしっかりしないと)
そう思っていると、ユーリがグラスを手に戻って来て…
ユーリ:はい、これ。吉琳様の好きなフラワーシードルだよ
吉琳:ありがとう…
差し出されたグラスを受け取ろうとして、ふと疑問を抱く。
(あれ…でもフラワーシードルなんて用意されていたかな…)
吉琳:ねえ、ユーリ。これってパーティーが始まる時からあったもの…?
不思議に思って訊ねると、ユーリが楽しげに目を細めた。
ユーリ:吉琳様なら気づくと思った
吉琳:え?
瞳を丸くする私に、ユーリがこそっと耳元で囁く。
ユーリ:バルコニーにいる人からプレゼント。行ってみて
吉琳:う、うん…
戸惑いながらもバルコニーへと向かうと…
吉琳:ジル……!
そこには何故かジルの姿があった。
吉琳:どうして…
ジル:用事が早く終わりましたので、たった今こちらへ
吉琳:そうだったんですね…
(昼間のことがあって…うまく顔が見られない)
気まずさから、わずかに視線を逸らしてしまう。
けれど、その先にジルの影が映りこんで…―
=====
(昼間のことがあって…うまく顔が見られない)
気まずさから、わずかに視線を逸らしてしまう。
けれど、その先にジルの影が映りこんで…
ジル:立派に公務をされているようですね
ジル:貴女は自慢のプリンセスですよ
吉琳:っ……
にこやかに告げられた言葉に、心が軋むような音を立てる。
(いつもはこう言ってもらえて嬉しいのに…今日はこんなにも胸が痛い)
吉琳:それだけじゃ、ダメなんです
ジル:え?
顔を上げ真っ直ぐにジルを見つめると、
抑えていた想いが、言葉になってこぼれ出した。
吉琳:立場は関係なく、一人の女性としても私を見てほしいんです
吉琳:私が本命チョコレートを渡したいのは…ジルなので
ジル:……
ジルはぐっと眉を寄せ、私の言葉を受け止めるようにわずかに視線を伏せる。
そして、再びこちらを見つめて告げた。
ジル:私以外の方なら、どなたでも選べるのですよ
吉琳:…はい
ジル:きっと普通の恋人同士のように振る舞うことは出来ません
ジル:そのせいで辛い想いもするでしょう
切々と訴えかけるような言葉が、胸の奥まで響く。
ジルはゆっくりと手を伸ばし、私の頬を包み込んで…―
ジル:それでも、貴女は私を選ぶというのですか?
=====
切々と訴えかけるような言葉が、胸の奥まで響く。
ジルはゆっくりと手を伸ばし、私の頬を包み込んで…
ジル:それでも、貴女は私を選ぶというのですか?
吉琳:はい。ジル以外は…考えられません
迷いのない心を伝えた瞬間、強く抱きしめられた。
(あっ)
ジル:昼間、あんな顔をさせたまま貴女を送りだしたことが気がかりで、
ジル:様子を見に、ここまで追いかけてきてしまいました
ジルは私を強く抱きしめたまま、柔らかい笑みで告げた。
ジル:もうずっと前から、プリンセスとしてでなく一人の女性として…
ジル:貴女を愛しています、吉琳
吉琳:……!
囁かれる言葉に心がぎゅっと掴まれて、ジルの背中に腕を回す。
(本当はずっと前から、気持ちが繋がっていたんだ)
吉琳:私も愛しています…
優しい温もりをもっと感じたくて、背中に回した腕に力をこめた。
すると、ジルがからかうように訊ねる。
ジル:それで、チョコレートはいつ頂けるのでしょうか
(あっ)
吉琳:…ごめんなさい。城に置いて来てしまって…
ジル:そうですか。では…
ジル:もっと甘いものを頂くことにしましょう
吉琳:はい…
ジルの言葉の意味が分かって、頬を火照らせながら頷いた。
(ジルも私のことを想ってくれていたなんて思わなかった…)
(夢みたいなこの幸せを、いつまでも大切にしていこう)
乗り越えた壁の向こう側から、喜びが満ちてくる。
そっと瞼を伏せると、
あふれる愛しさを伝えられるように、優しく唇が重ねられた…―
fin.
第3話-スウィート(Sweet)END:
すると、庭に面した廊下からある人に声をかけられ…
ロベール:どうしたの吉琳ちゃん
吉琳:ロベールさん…
ロベール:……何かあったのかな?
優しい眼差しに促され、私はためらいつつも口を開く。
吉琳:今日…想いを伝えようとした方に、急用が入ってしまったんです
昨日、ジルの元に貴族のご令嬢からパーティーの誘いがあったのだという。
ロベール:そう…。今日逢えなくなってしまったんだね
吉琳:…はい
(戻りは、日付が変わる頃と言っていたな…)
公務だから仕方ないと思いつつ、それでも残念な気持ちは抱いてしまう。
ロベール:でも、今日だけが想いを告げる日ではないから、あまり落ち込まないで
吉琳:…ありがとうございます
ロベールさんに心配をかけないように、私は笑顔で頷いた。
***
その夜…―
私はチョコレートの入った箱を手に、自分の部屋まで戻っていた。
(もしかしたら帰っているかもと思ったけれど…)
=====
(もしかしたら、帰っているかもと思ったけれど…)
ジルの部屋に渡しに行ったものの、中から返事はなかった。
(やっぱり…今日はチョコレートを渡せそうもないな)
思わずため息をついた時、ふわりと揺れる尻尾が見える。
吉琳:ミケランジェロ
しゃがんで手を伸ばすと、ミケランジェロはするりと私の手の平にすり寄った。
吉琳:またお散歩…? それとも…ジルを探してるの?
ふわふわの毛並みを撫でながら声をかけると、ミケランジェロが喉を鳴らす。
吉琳:…まだ、帰ってきていないみたいだよ
そう告げた瞬間、ミケランジェロは私の手を離れて廊下を駆けていき、
曲がり角の手前で、ちらりとこちらを振り返った。
(ついておいでって言われているような…?)
吉琳:あっ…待って
私はチョコレートの箱を抱えたまま、ミケランジェロの後を追いかけた。
***
そうして、辿りついた時計塔を上がりきると…―
(えっ)
ジル:プリンセス
=====
そうして辿りついた時計塔を上がりきると…
(えっ)
ジル:プリンセス
そこには、月明かりを背にしたジルの姿があった。
(…今夜はもう逢えないままだと思ってた)
諦めかけていた矢先の出来事に、鼓動が速くなっていく。
吉琳:帰って来ていたんですね
ジル:ええ。つい先ほど
ジル:それよりも、どうしてここに…
その時、返事をするようにミケランジェロが鳴いて、ジルは小さく息をついた。
ジル:あなたですかミケランジェロ。後でお仕置きですよ
吉琳:っ…あの、お仕置きはしないでください
尻尾を揺らし、階段へ向かうミケランジェロを横目に、私は慌てて続ける。
吉琳:ここまで連れて来てくれて嬉しかったんです
ジル:嬉しい?
吉琳:あっ
つい本心を言葉にしていたことに気づき、頬が熱くなる。
(せっかくこうして逢えたんだから…今、言おう)
私は気持ちを固め、手にしたままだった箱をジルへ差し出した。
吉琳:はい。嬉しかったです。今日、どうしてもこれを…
吉琳:バレンタインデーのチョコレートを、ジルに渡したかったので
ジル:……
=====
吉琳:バレンタインデーのチョコレートを、ジルに渡したかったので
ジル:……
吉琳:好きです。…ジルが大好きなんです
(こんなことを言っても、ジルを困らせるだけかもしれない)
(それでも伝えられずに後悔するより、一歩前に進みたい)
ジルは私の言葉を聞いて、考えるように一瞬間をおく。
息が詰まるような心地になりながら、答えをじっと待っていると、
ジルは、ふっと苦笑をこぼした。
ジル:まったく…
ジル:愛しい女性にそう言われたら、拒むことなど出来ないではありませんか
吉琳:っ…それって……
甘い予感に胸が高鳴る中、ジルの指先が私の髪をさらりと梳いていく。
ジル:この関係が、許されないものだと分かっていても…
ジル:貴女を心から愛しています
吉琳:ジル…
温もりに身を任せるようにジルの胸元へ顔を寄せると、
頬に優しく手が添えられた。
(どうしよう…信じられないぐらい、幸せ)
ジル:顔を見せて下さい
吉琳:い、今は…多分、真っ赤なので見せられません
声が上擦るのを堪えながらそう答えると、
ジルは、ゆっくりと私の顔を上げさせて…―
=====
ジル:顔を見せて下さい
吉琳:い、今は…多分、真っ赤なので見せられません
声が上擦るのを堪えながらそう答えると、
ジルは、ゆっくりと私の顔を上げさせて…
ジル:だから見たいのですよ
ジル:どんな貴女も独り占めしたくなってしまいます
吉琳:っ……
(ジルが、こんなことを言ってくれるなんて…)
いつもと違った甘すぎる囁きに、身体中が溶かされていく。
想いが叶った幸せから、ほうっと息をつくと、
ふと思い出すことがあった。
(いつもと違うといえば…)
〝吉琳:あの…もしかして怒っていますか…?〞
〝ジル:いえ、そういうわけではありません。気のせいですよ〞
(もしかして、あの時…やきもちを…?)
ジルの気持ちが、くすぐったくも嬉しく感じる。
ジル:そういうことですから、もっと私に見せて下さい
吉琳:は、はい…
胸を高鳴らせたまま頷いた時、ふと手にしたままのものに気づく。
(そうだ、これ…)
私は、ジルからそっと身体を離して箱を差し出した。
吉琳:チョコレート、受け取ってもらえますか?
ジル:ええ、もちろん頂きます
ジル:貴女もチョコレートも
ぐっと顔が寄せられると、
愛おしげに細められた瞳に、幸せで満たされた私の笑顔が映る。
ジル:改めて、愛していますよ吉琳
吉琳:ジル…
淡い恋が実を結ぶのを感じた瞬間、唇に甘いキスが落とされる。
(ジルは独り占めしたいと言ってくれたけれど…)
(この心は、もうずっと前からジルのものです)
私は心で呟いた気持ちを伝えるように、瞳を閉じてキスに応えていった…―
fin.
エピローグEpilogue:
掠れた吐息を交わし、熱で心まで溶かされて…
これは、バレンタインデーに恋を実らせた、彼とあなたの物語の続き…―
ジル:焦れて私を求める貴女は、一段と魅力的ですよ
ジル:どこまでも乱したくなるほどに
首の後ろを優しく引き寄せられ、ぴたりと隙間なく唇が重なって…
ジル:愛していますよ、吉琳
触れる指先はチョコレートよりも甘く、あなたを包み込んでいく…―
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