Midnight Kiss~禁じられた秘密の恋~(ジル)
彼とは結ばれてはいけない運命だった…―
これはとある街に住む女性の、切なくも甘い恋の物語。
………
……
家庭教師で幼馴染の、ジル=クリストフと…
ジル:その手紙と、この星が記念日のプレゼントです
ジル:…いつか出来るお相手と、もっと素敵な思い出を作ってください
家庭教師とお嬢様の期間限定の恋。
………
……
これは禁断の恋に揺れる、真実の愛の物語…―
プロローグ:
これは、とある街に暮らす女性の、切なくも甘い禁断の恋の物語…―
(街の人々の親交を深めるためって聞いたけれど、凄く豪華…)
煌びやかなパーティー会場に、心が弾むのを感じる。
この日、私の住む街では、
身分が関係なく誰でも楽しめる小さなパーティーが開かれていた。
(でも、こんなに沢山の人の中から見つけられるかな…)
私は恋人である彼と、このパーティー会場で待ち合わせをしていた。
わずかに不安に思いながら、そわそわと辺りを見回していると…
???:どうしたの?
(えっ)
ふいにかけられた声に振り返ると、
そこには隣町を治めている貴族のゼノ様と、
同じく隣町の貴族のユーリ様が立っていた。
吉琳:お二人ともいらしていたんですね
ゼノ:ああ
ユーリ:招待状貰ったから、ちょっとだけ顔出そうと思って
(お会いするのは久しぶりだな)
以前、野盗に囲まれ困っていたところを助けて頂いた縁で、
こうしてお知り合いになっていた。
ユーリ:吉琳さんは誰か探してたところ?
ゼノ:会場内を見回していただろう
(気付かれていたんだ…)
他の人からも分かるほど見回していたことに恥ずかしくなる。
吉琳:…いえ、思ったより人が沢山来ていることに驚いてしまって
(この場で彼を探しているって言わない方がいいよね)
ユーリ:そっかー。確かにこんな人がいっぱいだとびっくりするよね
私の言葉に、にこやかにそう返したユーリ様は、
何かを思いついたように続けた。
ユーリ:そういえば、外に静かな庭もあるみたいだよ
吉琳:えっ?
ゼノ:もし疲れたら、そこで休むのも良いだろう
(人が多くて驚いたって言ったから、気にしてくださったんだ)
吉琳:ありがとうございます
私は優しい気遣いに笑顔で頷き、頭を下げた。
***
それから少しして…
(もしかしたら、庭にいるのかもしれない)
会場を見渡しても彼の姿は見つけられず、
お二人に教えて頂いた庭へ向かっていると…
(あれ…)
会場の隣の部屋に入る人影が見えた。
(今のって…)
***
彼らしき人影が見えて、静かな部屋へ入ると、
テーブルの上に一通の手紙が置いてあるのが見えた。
近付いて手に取ってみると…
(私宛て……?)
宛名に自分の名前が書いてあることに驚いていると、
ふいに手を引かれ…―
(あ…)
どの彼と物語を過ごす?
>>>ジル
第1話:
ふいに手を引かれ…―
(あ…)
落ち着く手の温もりに振り返ると、
そこにいたのは家庭教師をしてくれているジルだった。
吉琳:ジルっ
ジル:準備が出来たら呼びに行くつもりでしたが、
ジル:見つかってしまいましたね
優しい笑みを向けるジルに、私の胸が甘く高鳴る。
吉琳:こちらに入っていくのを見かけて…
頬の火照りを感じながら口を開くと、ジルがふっと笑みをこぼす。
ジル:パーティーは楽しめませんでしたか?
吉琳:そうではないのですが、
吉琳:パーティーにはパートナーが必要だとジルが教えてくれたので…
おずおずと視線を上げると、ジルが楽しそうに目を細める。
ジル:確かにそのようにお教えしましたね
貴族としてのマナーから座学までを教えてもらっているジルとは、
幼馴染であり恋人同士でもあった。
ジル:貴女のドレス姿を見るのは久しぶりですね
ジル:とてもお似合いですよ
吉琳:あ、ありがとうございます…
さりげなくかけられる言葉にさえ、嬉しさで胸が弾む。
吉琳:あの、さっき言っていた準備って…
気恥ずかしさを誤魔化すように疑問を口にすると、
ジルに愛しげな視線を向けられた。
ジル:貴女と2人きりになるための準備です
そう言ってジルの腕がそっと腰に回り…―
吉琳:えっ
寄り添うように腰に回された腕に鼓動が大きく跳ねる。
驚いて見上げるとジルが口元をふっと綻ばせた。
ジル:こちらへ
そのままエスコートされるように、
私は手紙を持ったままバルコニーへと誘われた。
***
バルコニーへ出ると、
パーティー会場の音楽が、夜風に乗って微かに聞こえてくる。
吉琳:どうして外へ?
ジル:会場にいては、この夜空を眺める暇もありませんから
そう言って夜空を見上げるジルにつられ、視線を上へ向けると…
吉琳:綺麗…
夜空を埋め尽くすほどの星が輝いていた。
ジル:今夜、貴女とゆっくりこの星空を見たかったので
ジルの優しい声が耳元に落ち、そっと抱き寄せられる。
ジル:気に入っていただけましたか?
夜空を見つめていた眼差しが、静かに私に向けられ、
その優しい瞳に胸の奥が淡く音を立てる。
吉琳:はいっ…
嬉しさを表すように、ふわりと微笑むと、
そっと頬にジルの指先が触れて…―
ジル:その手紙と、この星が記念日のプレゼントです
ジルの瞳に星空が映り優しく輝く。
この日は私とジルが恋人になった記念日だった。
(プレゼント、用意してくれたんだ…)
ジルの気持ちに嬉しさが広がり、私はきゅっと手紙を胸に抱きしめた。
吉琳:ありがとうございます…素敵な思い出になりました
すると、ジルが私の頬から手を離してふっと笑う。
ジル:…いつか出来るお相手と、もっと素敵な思い出を作ってください
大切にそっと抱き寄せる腕とは逆に、
突き放すような言葉に寂しさが湧く。
(ジルが言ってることは正しい。……私たちは仮の恋人なんだから)
胸の苦しさを感じながら私は自分で言ったことを思い出す。
〝ジル:恋人の練習、ですか?〞
〝吉琳:…はい。私にはわからないことばかりなので…〞
〝吉琳:ジルに、恋人としての振る舞いを教えてもらいたいんです〞
〝ジル:…分かりました〞
大きくなるにつれ、両親からは婚約者の話が出るようになった。
その話に、ジルとは恋人同士になれないのだと思い、
せめて仮の恋人であっても側にいたいと思い、提案したことだった。
(…でも、やっぱり改めて言われると悲しいな)
ふいに視界が潤み慌てて俯くと…
ジル:どうしました、吉琳様?
ジルに覗き込むように顔を寄せられて…―
私は思わず目を逸らした。
吉琳:…いえ、何でもないです
(この呼び方も……もう昔とは違う)
幼い頃から一緒にいるうちに、いつの間にかお互いに惹かれていたものの、
ジルは自分の立場をわきまえ、私と一定の距離を引いていた。
(それが悲しくて…)
恋人の練習という理由をつけて、
両親には内緒で、仮の恋人の話をしたのだった。
(でも自分で言い出したことなんだから、仕方ないよね)
私は気持ちを切り替えるように、
心配そうにこちらを見るジルへ笑顔を向けた。
吉琳:…すみません、嬉しくて上手く言葉が出てこなくて
吉琳:ありがとうございました
ジル:…っ
胸の痛みを抑えてお礼を言うと、
なぜかジルは苦しそうに眉を寄せる。
吉琳:ジル…?
首を傾げていると、
ジルは何か言いたそうに私を真っ直ぐに見据え…―
ジル:吉琳様、私は…
そう言いかけた口を閉じ、すぐに言葉を飲み込むように微笑んだ。
ジル:……いえ。貴女が喜んでくださったなら、良かったです
ジル:もう少し、ここで星を見ていきましょうか
吉琳:…はい
(…今、何て言おうとしたんだろう)
けれどジルの微笑みに何も聞けず、私はただ小さく頷いた。
(ジルとの思い出以上に素敵なものなんて作れない)
(そう、言えたら…)
切ない気持ちを抱きながらも、
ジルと一緒に見る夜空はとても綺麗だった。
***
そうして、パーティーを終え…
屋敷まで送ってくれたジルと別れ、
私は部屋でジルから貰った手紙を読んでいた。
吉琳:『いつか』なんて来なければいいのに…
手紙を読んで、ジルへの想いは更に募り、
叶わぬ願いを祈る声が、静かな部屋にぽつりと落ちた。
***
同じ頃…
吉琳を部屋まで送ったジルは、玄関へと向かっていた。
すると…
??:ジル、少しいいかい
ジル:ご当主様
ふいに声をかけられ、ジルが振り向くと、
そこには吉琳の父親である、この家の当主がいて…
第2話:
??:ジル、少しいいかい
ジル:ご当主様
ふいに声をかけられ、ジルが振り向くと、
そこには吉琳の父である、この家の当主が立っていた。
ジル:はい。構いませんが、どうかされましたか?
父:家庭教師の君には、一応伝えておこうと思ってね
父:娘のことなんだが…
ジル:吉琳様の…?
そうして伝えられた話に、ジルは驚きの表情をした後、
真剣な面持ちの当主に向かって静かに頷いた。
父:より一層、娘の指導を頼むよ
ジル:…はい
***
その翌日。
ジルは教師同士の勉強会に出席していた。
席につくと、隣に眼鏡をかけた男性が腰かける。
ジル:お久しぶりです、アルバート殿
ジル:遠方で開催していた研究発表会、素晴らしかったですよ
アルバート:あなたも来ていたんですか。ありがとうございます
隣町で教師をしているアルバートは、
そう言って眼鏡を手で押し上げると、眉を寄せて言葉を続けた。
アルバート:しかしあの街は今、色々複雑なようですね
ジル:何かあったんですか?
眉を寄せるアルバートにジルが静かに尋ねると…―
アルバート:実は…
アルバートが話すには、家庭教師と恋愛をした街の大貴族の娘が、
交際を反対されたのを理由に家を出たのだという。
アルバート:全く、私には理解できませんね
ジル:…ええ、そうですね
そう答えながらもジルの表情はどこか固く、いつもの笑みはなかった。
***
それからしばらくしたある日のこと。
私はいつものようにジルから勉強を教わっていた。
ジル:よく出来ていますね。それでは今日はここまでにしましょう
吉琳:ありがとうございました
教材を仕舞い、帰り支度をするジルに心寂しさを感じる。
(もう少しだけ、一緒にいたいな…)
ジルに貰った手紙を読んでから、
今まで以上にジルへの想いが強くなっていた。
ジル:それでは、また明日いつもの時間に参りますので…
寂しさが大きくなるのを感じ、
私は立ち上がろうとするジルの服の裾を、思わず掴んでしまった。
吉琳:あっ…す、すみません…
(寂しいからって、こんな風に引き留めて…)
(ジルを困らせてしまうよね)
慌てて手を離そうとすると、
ジルの手が私の手を引き留めるようにさらう。
ジル:どうされました?
吉琳:いえ、そのっ…
触れられた手に、無意識に鼓動が跳ねる。
返す言葉を探していると、ふいに耳元に低い囁きが落ちた。
ジル:お教えしたはずですよ。恋人には素直に想いを伝えるようにと
ジル:まだ教え足りていないようですね
ジルが妖艶な微笑みを浮かべて、私の手を引き…-
再びソファへと腰かけた。
吉琳:そ、そんなことは…
ジル:せっかくですから、
ジル:今日は恋人としての振る舞いを、復習しておきましょうか
ジルはすっと私の顎をすくいあげ、吐息の触れそうな距離で囁く。
ジル:貴女の気持ちを聞かせてください、吉琳様
吉琳:わ、私は…
低い声が頭に直接響くようで、頬が一気に火照っていく。
吉琳:ただ…ジルと一緒にいたくて
ジル:それだけで、宜しいのですか?
楽しむようなジルの声が耳元をくすぐる。
(それだけって…)
ジルのどこか艶めいた声色に鼓動が速くなっていくのを感じていると、
ドレスのリボンに手をかけられ、するりと解けていく。
吉琳:ジルっ…
その時、扉がノックされる音が部屋に響いた。
吉琳:…っ……!
メイド:吉琳お嬢様、お荷物が届いております
(どうしよう…)
扉の向こうにメイドさんがいる状況に、鼓動が更に早鐘を打つ。
けれどジルは触れる手を止めず、
ドレスをわずかに緩め、そっと首筋に唇を寄せた。
吉琳:ジルっ…
小声で少し抗議するように名前を呼ぶと、
ジルは意地悪な瞳で微笑んだ。
ジル:早く返事をしないと、メイドが入ってくるかもしれませんよ
そう言いながらも、ジルの唇は鎖骨へと滑り…―
吉琳:……ぁっ…
メイド:吉琳お嬢様、大丈夫ですか…?
(このままじゃ、本当にメイドさんが入ってきてしまうかもしれない)
心配そうなメイドさんに、私は慌てて声をかけた。
吉琳:は、はいっ
吉琳:…ですが、今は手が離せないので……後で取りに行きます
メイド:かしこまりました
その言葉と共にメイドさんの足音は去っていき、ほっと胸を撫でおろす。
吉琳:もう……
(今日のジルは…何だか意地悪に見える)
まだ収まらない鼓動を聞きながら、拗ねたようにそう言うと、
ジルがどこか悲しげに微笑んだ。
(ジル…?)
ジル:少し強引でしたね。すみません
そうして小さく苦笑をして、胸元のリボンを結び直してくれる。
ジル:荷物は私が受け取ってきましょう
有無を言わせずそう言うと、ジルはすぐに部屋を出ていった。
(いつものジルと違った気がする…何であんな顔を)
扉を見つめながらも、ジルの悲しげな瞳が頭から離れなかった。
***
吉琳の部屋を出たジルは、小さくため息をついた。
ジル:…もうこうして触れることも出来なくなるのですね
ジル:いつかこの日が来ると分かっていたというのに
ジルはぐっと眉を寄せてから、廊下を歩み始める。
すると、廊下の先にいたメイドに呼び止められた。
メイド:ジル様。ご当主様がお呼びです
ジル:私をですか?
メイド:はい。吉琳お嬢様と一緒にいらっしゃるようにと
ジル:…分かりました
その言葉に呼び出しの理由を察したジルは、
わずかに覚悟するようにメイドへ頷いた。
***
あの後、私はジルと共に父に呼び出され客間を訪れていた。
(お父様、急に何の話だろう…)
不思議に思いながら父の前に座ると、父は静かに口を開き…―
父:急に呼び出してすまなかったな。ジルも
ジル:いえ
隣にかけるジルがそれだけ言って頷く。
ここに来るまでの間も言葉数の少なかったジルに、
なぜか胸の奥がざわついた。
(どうしたんだろう…)
(さっき部屋にいた時も、様子がいつもと違った気がしたけれど…)
ジルの様子を気にしながらも、私は父へと向き直る。
吉琳:それで、お話というのは…
うかがうように尋ねると、父は真面目な表情で私を見つめた。
父:ああ。ジルには先に伝えていたんだが、お前に良い話があってね
吉琳:良い話…?
ジル:……
ちらりと隣を見るも、ジルは黙ったまま真っ直ぐに前を見つめていた。
(私にとって良いことで、家庭教師のジルも一緒に聞く話って……)
不思議に思っていると、父はにこやかに話を続けた。
父:縁談だよ。良い家柄の方でね。正式に進めようと思っている
吉琳:えっ
(私に…縁談…―?)
第3話-プレミア(Premier)END:
(私に…縁談…―?)
父:話は以上だ
(…こんな急に縁談を進めるだなんて)
突然の話に何も言えないでいると、ジルにそっと肩を抱かれた。
ジル:それでは、失礼いたします
呆然とする私を気遣うようにしながら、
ジルは代わりに父へ返事をして、一緒に部屋を後にした。
私の肩を抱いて歩きながら、ジルが顔を覗き込む。
ジル:大丈夫ですか?
吉琳:…はい
ジルと廊下を歩いているうちに、少しずつ動揺が治まってきた。
吉琳:いつ、父から聞いていたんですか…?
ジル:パーティーに行ったあの夜に
(もしかして今日、いつもと様子が違ったのは…)
強引に触れられたことも、悲しい顔も、
全てを知っていたからだと気付いた。
(ジルはこの話をちゃんと受け入れているんだ)
(でも、私は…)
状況をすぐに受け入れることは出来ず、思わず足を止めてしまう。
すると、ふっと優しく微笑んだジルに手を取られ…―
ジル:こちらに
ジルは空き部屋の扉を開け、中へ入るように促した。
***
私が部屋へ入ると、ジルはそっと扉を閉める。
(どうしてここに…)
戸惑い、ジルを見上げた瞬間、
ジルに腰を抱き寄せられなだめるような口づけが落ちた。
吉琳:…ん……
しかし、唇はすぐに離れていき、
代わりにそっと頬に手が添えられる。
ジル:吉琳様、貴女が悩む必要はありません
ジル:やっと、正式なお相手が出来たのですから
吉琳:っそれは…
(だけど、ジル以外の人を選ぶなんて私には…)
思わず押し込めていた言葉を言おうとすると、
ジルは優しく微笑んで、私の言葉を遮った。
ジル:今日まで、私の恋人として側にいてくださってありがとうございました
ジルの言葉に、切なさで胸が締め付けられる。
(…まるで別れを告げられているみたい)
吉琳:明日もまた、会えますよね?
不安が湧き上がり思わず尋ねると、
ジルはにっこりと笑って、何も言わずにまた唇を重ねた。
(このキスは…また会えるって答えのキス?)
(それとも…別れのキス?)
悲しげなジルの表情を思い出すと、答えを聞くのが怖くなり、
ついに気持ちを尋ねることは出来なかった。
***
その翌日のこと…
(そろそろジルが来る時間だ…)
壁にかかった時計をそわそわとした気持ちで見つめてしまう。
(とにかく、ジルに会ったら気持ちを伝えなきゃ)
その時、ふいに扉がノックされた。
吉琳:どうぞ
わずかな不安を抱きながらそう答えると、扉が開き…―
アルバート:今日から、あなたの家庭教師を務めるアルバート=ブルクハルトです
(えっ)
部屋へ入ってきたのは、ジルではなくアルバートと名乗った男性だった。
吉琳:あの…ジルは……
思わず尋ねると、アルバートさんはわずかに眉を寄せて答えてくれた。
アルバート:あの方は、昨日のうちに街を出たようです
アルバートさんによると、ジルは私の家庭教師を辞め、
別の街で教師をするため、昨日のうちに街を出たのだという。
(そんな…)
〝ジル:今日まで、私の恋人として側にいてくださってありがとうございました〞
(やっぱりあれは、別れの言葉だったんだ…)
ジルが私のためを想って離れたことは頭では分かっている。
それでも、何も言わず行ってしまったことが悲しかった。
吉琳:どこに行ったのか、ご存知ですか?
アルバート:…知っていますが、教えられません。そういう規則なので
アルバートさんにきっぱりとそう言われてしまう。
(ジルに、何も言わずに別れるなんて出来ない)
(好きだという気持ちも、)
(側にいてほしいという気持ちも、ちゃんと伝えたい)
私は、すがる想いでアルバートさんを見つめた。
吉琳:まだ、ジルに伝えていない想いがあるんです
吉琳:どうしても、伝えたい想いが……ですから、お願いします
そう告げて、深々と頭を下げると…―
アルバートさんの深いため息が聞こえた。
アルバート:生徒と恋人になるなど理解できない
アルバート:…だが、このまま規則を押し通すわけにもいかなそうですね
吉琳:えっ
驚きに顔を上げると、アルバートさんが眼鏡をぐっと押し上げた。
アルバート:行き先を教えると言っているんです
吉琳:…っ! ありがとうございます
私はお礼を込めてもう一度深く頭を下げた。
***
その翌日の早朝。
(お父様、お母様、ごめんなさい)
私は自分の机の上に手紙を一通置いた。
それは両親に宛てた、家を出ることへの謝罪を書いた手紙だった。
(でも…私は、ジルと離れて幸せになることは出来ません)
心の中で覚悟を決めると、
まだ日の昇らない中、私は屋敷を後にした。
***
それから、アルバートさんに教えてもらった街へ向かい…
日の傾いた見慣れない街を歩いていく。
(確か、この辺りにいるはず)
メモにとった場所を探していると、
アルバートさんの言っていた、ジルの住んでいる家が見えた。
(…もしかしたら、ジルは会ってくれないかもしれない)
(それでも…想いは伝えたい)
私はわずかに震える手を握り絞め、扉をノックした。
すると…
ジル:はい
ジルの声と共に、扉が開かれて…―
ジル:何故ここへ…
驚いたように目を見開くジルと視線が交わる。
吉琳:アルバートさんにお願いをして教えてもらいました
ジル:…そうだったんですね
ジルは悩むように瞳を伏せた後、扉を大きく開けた。
ジル:中へどうぞ
***
部屋の中に入れてもらい、勧められたソファにかける。
ジル:…来てしまったんですね
穏やかにそう話すジルに、抑えていた気持ちを伝える。
吉琳:どうして、あんな急にいなくなって……
ジル:離れることが、一番貴女の幸せに繋がるからですよ
そう言いつつも悲しげに揺れるジルの瞳を、
私は正面からじっと見つめた。
吉琳:…あの屋敷のお嬢様だったら、そうかもしれません
緊張で冷たくなった手にぎゅっと力を込める。
吉琳:ですが、私はもうお嬢様ではありません
私は、家を出てきたことや、
もう戻らないと両親へ手紙を書いたことを告げた。
ジル:吉琳様…
吉琳:私は…後悔していません
吉琳:ただの吉琳として、ジルの側にいることが、幸せなんです
伝えていなかった心からの想いを口にすると、
ジルはわずかに眉を寄せる。
ジル:…辛い選択をさせてしまいましたね
その言葉を否定するように私は、はっきりと想いを言葉にした。
吉琳:いいえ。ジルといられない方が…ずっと辛いです
すると、厳しい表情だったジルがふっと優しく微笑んだ。
ジル:まったく、貴女は私の喜ぶ言葉をよくご存知ですね
そうしてジルの影が近づき、触れるだけの口づけが落ちた。
ジル:私を選んでくださって、ありがとうございます
優しく囁かれ、再び唇が重なる。
(これは…あの時みたいな、別れのキスじゃない)
心の通った口づけに、胸がいっぱいになる。
吉琳:…ん…っ……
徐々に深まる口づけを受けとめると、
そのままソファへと押し倒されてしまった。
吉琳:…はぁ……
唇を離したジルは、愛しげな眼差しを向ける。
ジル:今度こそ、本当の恋人になりましょう、吉琳
(やっと呼んでくれた…)
昔のような呼び方に嬉しさが心に広がっていく。
頷くとジルがゆっくりとドレスの裾を乱し…
吉琳:…っぁ……
熱い想いに身体が少しずつ翻弄される。
(きっと、これは私にとって最初で最後の恋…)
(ジルさえ側にいてくれるなら…他には何もいらない)
もう決して離れないようにと願いを込めて、
私はジルの背中にぎゅっと腕を回した…―
fin.
第3話-スウィート(Sweet)END:
(私に…縁談…―?)
父:これから準備で忙しくなる
父:お前はジルに、今のうちに色んなことを教わっておきなさい
吉琳:ま、待ってくださいお父様っ
父:私は次の予定があるから、話は後で聞くよ
そう言って、父は部屋を後にした。
(…こんな急に縁談を進めるだなんて)
突然のことに話が呑み込めず、
先に聞かされていたというジルを見つめる。
吉琳:ジルはご存知だったんですね…
ジル:ええ。パーティーに行ったあの夜、お父様からお聞きしました
(もしかして今日のあの様子は…)
強引に触れられたことや、ジルの悲しそうな顔を思い出す。
(全てを知っていたから…いつもと違ったのかな)
ジル:確かに急ではありますが、これも分かっていたことです
動揺する私にジルは冷静に語りかける。
ジル:私との関係は、正式なお相手が出来るまで
ジル:…そういう約束でしたから
(ジルの言う通り…全部決まっていたことだけれど…)
すぐには受け入れられなくて、膝に置いた手をきゅっと握る。
ジル:ですから吉琳様…
吉琳:吉琳です
ジル:えっ
私はジルの言葉を遮り、小さな声で続けた。
吉琳:昔みたいに…吉琳と呼んでください
(こんなわがまま、ジルを困らせるだけなのに…)
分かっていても、今までずっと飲み込んできた想いが次々と溢れていく。
吉琳:最初は限られた時間でも、ジルと恋人になれるのなら幸せだと思っていました
吉琳:…ですが、間違っていたのかもしれません
声の震えを感じながらも、ジルへの想いは止められなかった。
吉琳:一緒にいればいるほど…終わりが来なければいいと思ってしまって
ジル:……
吉琳:許されなくても…私はジルが好きです
一気に想いを告げると、部屋に沈黙が落ちる。
(…この気持ちを、もう無いものになんか出来ない)
その時、そっと私の頬にジルの指先が滑り、
いつの間にか流れていた涙をひと筋拭った。
ジル:いくら幼馴染とはいえ、私は貴女とは身分が違います
ジル:きっと一緒になれば、苦労をさせることが多いでしょう
ジル:それでも、宜しいのですか?
(どんなに辛い道のりでも…ジルとなら乗り越えられる)
(それぐらい、ジルを想っているから)
吉琳:はい。…側にいてください
わずかに揺らぐ視界でそう告げると、
ジルが優しく私を抱きしめて…―
ジル:まったく。貴女には敵いませんね吉琳
ふっと口元を綻ばせたジルの温かい腕に包まれた。
(あ、名前…)
気持ちが伝わったことに嬉しくなり、ジルの胸元に頬を寄せると、
ジルがそっと頭を撫でてくれる。
ジル:お父様に話しにいきましょう
ジル:…すぐには分かって頂けなかったとしても
吉琳:…はい
(私たちのこと、ちゃんと伝えよう)
ジルの温もりに包まれて、私は静かに頷いた。
***
その夜。
私は、ジルを見送るため玄関ホールに来ていた。
吉琳:…やっぱり、分かってもらえませんでしたね
あの後、両親にジルとのことを認めてもらおうと話したものの、
結局頷いてくれることはなかった。
肩を落とす私の隣に座り、ジルは柔らかい笑みを向ける。
ジル:きっと分かってくださいます
ジル:ですから、諦めずにまた話しましょう
そう言ってジルは、落ち込む私の手をぎゅっと握ってくれた。
ジル:何度でも説得に来ます。貴女のためですから
(ジル…)
優しい手の温もりに、沈んだ気持ちが少し和らいだ気がした。
吉琳:はい
(今はたとえ喜ばれない恋だとしても…)
(お父様にもお母様にも、分かってほしい)
***
それから数日が過ぎ…
ジルは吉琳の両親を説得するため、毎日屋敷を訪れていた。
ジル:あれは…
角を曲がると、廊下の先からメイドたちの話し声が聞こえてくる。
メイド1:お嬢様、最近元気がないわね
メイド2:ええ、一体何があったのかしら
ジル:……
わずかに息をつくと、
ジルは迷いのない足取りで、吉琳の元へと向かった。
***
(今のままでは、お父様にもお母様にも分かって頂けないと思う)
不安な気持ちは日に日に大きくなっていくだけだった。
そんな私の肩をジルは優しく抱き寄せてくれる。
ジル:焦っても仕方ありません
ジル:私たちなりの方法で認めていただけるよう頑張りましょう
(それなら…)
私は、ずっとジルに反対されていた案をもう一度口にする。
吉琳:…私がこの家の当主になると約束したら、
吉琳:きっと少しは話を聞いてもらえると思います
ジル:ですが、それでは貴女が…
吉琳:私は平気です。……ジルがいるから
吉琳:だから、お願いします
切実な私の言葉にジルは悩むように目を伏せ、
やがて静かに頷いた。
ジル:ご両親に、話しに行きましょう
***
そうして空に星が瞬き始めた頃。
私は、ジルと一緒に再び両親と話をしていた。
父:女が当主になることが、どれほど厳しいか分かっているのか
(…大変なことは分かってる)
(それでもジルと何度も考えて、決めたことだから)
イスにかける両親の前に立ち、真っ直ぐに見つめる。
吉琳:…はい。それでも、ジルとなら出来ると、そう思っています
すると、隣に立つジルが私の手をぎゅっと握り…―
ジル:私からも誓わせていただきます
ジル:これからは今まで以上に、吉琳様を…いえ、
ジル:吉琳を愛し、支えていきます。私の一生をかけて
ジルが真っ直ぐ両親を見つめてそう告げると、
母が優しい表情で、父の手に手を重ねる。
母:あなた…
すると、ずっと難しい顔をしていた父は、
深くため息をついてから口を開いた。
父:お前には楽な道を歩ませてやりたかったが……
父:ジル、娘を頼むよ
(…分かってもらえたんだ)
ジル:もちろんです
ぱっとジルを見上げると、優しい眼差しとぶつかる。
ジル:…やっと、伝わりましたね
吉琳:はい…
喜びを分かち合うように微笑み合い、私たちは両親へと向き直った。
ジル:認めて頂き、ありがとうございます
溢れるほどの想いと感謝を込めて、私はジルと共に両親へ頭を下げた。
***
それから瞬く間に日々は過ぎていき…
眩い光が射し込むある日のこと。
私はジルと、当主として必要な教養の勉強をしていた。
ジル:次の問題は前回の復習になります。もし間違えたら…
そう言ってジルはくすっと笑みをこぼすと、私の耳元に顔を寄せ…
ジル:今夜、お仕置きですよ吉琳
吉琳:ジ、ジルっ…
ジル:それでは頑張ってください
吉琳:もう…
冗談のような言い合いにさえ、幸せを感じてしまう。
(本当の恋人になった今でもジルには翻弄されてばかりだけど…)
(これからもこんな風に、ずっとジルと過ごしていきたい)
熱くなった頬を隠しながら、
私は胸いっぱいの幸福感に顔を綻ばせた…―
fin.
Epilogue:
ジルと歩んでいく道を選んだあなたに贈るのは…
目眩のするような、大人の夜…―
………
ジル:貴女は酔っているのですから、そのままじっとしていてください
恥ずかしさから身をよじると、ジルは艶やかな瞳を向けて微笑む。
ジル:分かっていませんね
ジル:恋人の服を脱がせるのも楽しみの一つなのですよ
ジルの腕の中、身体は次第に火照っていき…
あなたの胸は、甘いときめきで満たされるはず…―