Precious Memories~真夜中の鐘がなる時~(ジル)
時を越えて伝える想い…―
今回のシナリオイベントは、なんと全編彼目線☆
プリンセス記念日の前夜…
真夜中の鐘が、彼を『あの時』へと誘い、記念日の魔法をかける…―
………
ジル:…今夜は、私と過ごしてください
(この瞳には、私だけを映していてほしい)
(…そう、願わずにはいられませんね)
……
解けない魔法にかけられて、
彼があなたへ贈る最高の夜が始まる…―
プロローグ:
優しい風が庭の木々を静かに揺らす、ある夜のこと…―
私がプリンセスになって四周年の記念セレモニーを明日に控え、
ウィスタリア城内の慌ただしさは夜まで続いていた。
そんな中…―
私は噴水の縁に腰かけ、何度目かのため息をついていた。
(明日はセレモニーなのに…)
(こんな気持ちのまま、ちゃんとプリンセスとして振る舞えるかな)
数日前、些細なきっかけで彼と想いがすれ違ってしまい、
仲直りが出来ないまま、今日を迎えてしまっていた。
(あの時に戻れたら…)
心の中でぽつりと呟いたその時、
小さく笑う声が聞こえ、ふいに声をかけられた。
ロベール:大きなため息だね。どうしたの?
吉琳:ロベールさん…
ロベール:隣、いい?
吉琳:はい
頷くと、ロベールさんは私の隣にかけて心配そうに視線を向ける。
ロベール:悩んでいるのは、明日のことかな?
吉琳:それも、あるんですが…
彼とすれ違ってしまったことを話すと、
ロベールさんはにこやかに答えた。
ロベール:そう。だから暗い表情をしていたんだね
吉琳:はい…
吉琳:過去に戻れたら、もっと違う言い方をしたのに、なんて思ってしまって…
ロベール:過去に戻る、か。それが出来たら確かに悩むこともなかったかもね
ロベールさんは元気づけてくれるように、優しく微笑んで続けた。
ロベール:でも、きっと彼も吉琳ちゃんと同じ気持ちのはずだから、
ロベール:すぐに仲直りできると思うよ
(同じ気持ち…)
ロベール:だから、元気出して
(そうだよね。きっと、すぐに仲直りできるはず)
ロベールさんに励ましてもらい、心が温かいもので包まれる。
吉琳:…ありがとうございます
ロベール:うん。それじゃあ、もうこんな時間だから、部屋に戻った方がいいよ
ロベール:明日は大事な日だしね
にこっと笑って時計塔を見上げるロベールさんにつられて見上げると、
もうすぐ真夜中になりそうな時間だった。
吉琳:はい。本当にありがとうございます
ロベールさんにお辞儀をして立ち上がり、庭に面した廊下へと向かう。
私は、ふと夜空を見上げて、心の中で呟いた。
(あの人は今、何を思っているのかな…)
その時、真夜中の鐘がウィスタリア中に鳴り響いて…
???:時間が巻き戻せたら…―
ぽつりと呟いた彼に、記念日の魔法をかける…―
どの彼と物語を過ごす?
>>>ジル
第1話:
まばゆい月の光が優しく城を照らす、セレモニー前日の夜…
ジルは、吉琳と明日のスケジュールを確認していた。
ジル:それでは、本日の公務は以上です
ジル:明日は大切な日ですから、今夜は早めにお休みになってください
吉琳:…わかりました。おやすみなさい、ジル
吉琳がどこか元気なく席を立って、ドアに向かう。
(浮かない顔をしていますね)
ジル:吉琳。少し…―
吉琳を引きとめかけて、ジルが口をつぐむ。
(セレモニー前日に、夜更かしをさせるわけにはいきません)
ジル:…いえ、何でもありません。おやすみなさい
執務室を出ていく吉琳を見送り、ジルは小さく息をついた。
(あの様子では、まだ気にしていらっしゃるようですね)
ドアの向こう側を見つめて、
このぎこちないやりとりの原因になった出来事を思い返す。
〝数日前のこと…―〞
〝ジルが執務室を訪ねると、吉琳が浮かない表情で口を開いた。〞
〝吉琳:ジル、少し聞きたいことがあります〞
〝ジル:何でしょう?〞
〝吉琳:昨日まで、地方の視察に行っていたと聞きましたが…〞
〝(……そういうことに、していましたね)〞
〝ジル:はい。急な仕事があり、そちらに専念させていただいていました〞
〝吉琳に微笑み、言葉を続ける。〞
〝ジル:今日から、また貴女の公務を補佐させていただきます〞
〝ジル:セレモニーも近くなってまいりましたし、段取りを確認しなければなりませんね〞
〝手元の書類に視線を落とすと、〞
〝机の前に座っていた吉琳が表情を曇らせる。〞
〝吉琳:…何か、隠し事をしていませんか?〞
〝吉琳は思いきったようにジルを見上げた。〞
〝吉琳:本当は、地方の視察に行ってたんじゃなくて…〞
〝吉琳:風邪で、寝込んでいたんですよね?〞
〝その問いかけにジルは小さく息をついた。〞
〝ジル:……気づいてらっしゃったんですか〞
〝(大切なセレモニーを前に、吉琳を心配させるわけにはいきません)〞
〝(城の者たちにも、黙っておくよう言っておいたはずですが…)〞
〝ジル:どなたから聞いたのですか?〞
〝吉琳:誰からも聞いていません。ただ、最近ジルの顔色が良くないように見えたので…〞
〝澄んだ瞳で見つめられ、ジルははっとする。〞
〝(気づいていたのですか)〞
〝(私も、注意が足りませんでしたね)〞
〝吉琳:どうして言ってくださらなかったんですか?〞
〝ジル:…貴女が気にかけるようなことではありません〞
〝ジル:もうすっかり治りましたから、ご安心ください〞
〝(…私が風邪を引いたと知れば、吉琳はきっと見舞いに来てくれるでしょう)〞
〝(大切な式典の前に、吉琳に風邪をうつすわけにはいきません)〞
〝ジル:私の体調などより、今はセレモニーの準備に集中して頂かなくては〞
〝すると、吉琳は唇をきつく結んだ後、ぱっと目をそらした。〞
〝吉琳:っ……そう、ですか〞
***
(私の判断が間違っていたとは思いませんが…)
(あれ以来、吉琳はどこか元気がありませんね)
吉琳の様子が気になってはいたが、
日々の公務に追われ、ちゃんと話ができていなかった。
(…最近多忙な吉琳を執務の後に引きとめるよりは、)
(セレモニーが終わってから、折りを見て話をするべきでしょう)
分かってはいるものの、吉琳の悲しそうな顔を思い出してはもどかしくなる。
ジル:時間が巻き戻せたら…―
(…そんなことは、思うだけ無駄ですね)
ジルは瞳を伏せると、執務室のドアに手をかけた。
***
そうして書類を持ち、廊下に出た瞬間、
真夜中の鐘の音が城内に響き渡った。
(もうこんな時間ですか)
一歩踏み出した時…―
(…!)
一瞬めまいに襲われて、視界がかすんだ。
めまいが治まり、目を開くと…―
(っ…これは……)
ジルは、たった今出てきたばかりの執務室にいた。
窓の外は明るく、まるで昼間のように見える。
(今は真夜中のはずですが…)
眩しさに目を細め、考えを巡らせていると、
後ろから声をかけられる。
???:…どうかした?
はっとして振り向くと、そこにはレオの姿があった。
ジル:レオ、何故あなたがここにいるのですか
レオ:嫌だな
レオ:ハワード公爵邸に向かった吉琳ちゃんを追いかけるんじゃなかったの?
ジル:ハワード公爵邸…?
(…一体、何の話をしているのでしょう)
いぶかしげに見つめると、レオは普段と変わらない顔で頷く。
レオ:うん。ジルが手配したんでしょ?
レオ:『次期国王候補は、ハワード公爵がかたい』って言ってたし
レオの言葉に、吉琳がプリンセスになって間もない頃、
国王と交わした言葉が頭によみがえる。
〝ジル:…『プリンセス』は、問題ありません〞
〝ジル:…次期国王候補は、やはりハワード公爵がかたいかと〞
〝ジル:公爵との相性を考え…彼女を『プリンセス』に選んだくらいですから〞
扉の前で吉琳が聞いているとは知らず、そんな会話をした。
(その後、彼女は1人でハワード公爵邸に…)
そこまで考えて、ジルははっとした。
(あの時、確かこうしてレオと執務室で話をしたはずです)
目の前のレオは、ジルの様子をどこか心配そうにしている。
(これは、過去の夢でしょうか?)
(だとすれば、この先に起こる出来事は…)
あることに思い当りジルは、はっと顔を上げた。
レオ:ジル、どうかしたの?
ジル:吉琳が危険です
それだけ言うと、ジルはレオを残して執務室を飛び出した。
***
太陽が雲に覆われて暗くなった森を、
1人急いで馬を駆りながら、ジルはこの状況を頭の中で整理する。
(私は、真夜中に城の廊下を歩いていたはずです)
(なのに、急にめまいに襲われ、過去の出来事の中にいました)
ぽつぽつと降り始めた雨が次第に強くなり、ジルの頬を濡らした。
(…夢と考えるには、少々感覚が現実的すぎますね)
(とにかく、今は一刻も早く吉琳の元へ急がなければ)
***
記憶を頼りに森を抜け、街道に出る。
(例え夢だとしても、吉琳の身を危険に晒すわけにはいきません)
激しい雨に遮られてしまいそな視界の先では、
吉琳が乗っているはずの馬車が予定の道を逸れて走っていた。
(やはり、あの時と同じ)
背中を冷ややかな感覚が伝い、手綱を握る手に力がこもる。
馬を操って、猛スピードで走る馬車の前に出ると、
馬車を走らせていた男が血相を変えて叫ぶ。
男:てめぇ、死にてえのか…!
(…思い出しました。この男が、吉琳をさらおうとした犯人でしたね)
ジルが鋭くにらむと、男はひるんで馬車を止める。
ジルが馬を降りて近づいた次の瞬間、馬車のドアが開いた。
吉琳:っ…
第2話:
吉琳:っ…
停まった馬車から飛び出してきた吉琳に、ほっとする。
(よかった…今回も無事のようですね)
男:…お前は…まさか、国王側近の……
男は、険しい表情で腰から剣を引きぬく。
それに動じることもなく、ジルは冷ややかな眼差しで男を見つめ返した。
ジル:もうすぐここへ、王室直属の護衛団が到着します
ジル:捕まれば、二度と牢の外に出ることは叶わない
ジル:今回の場合ですと、即処刑…ということも十分にあり得ますね
男:っ…くそっ!
男は忌々しそうに悪態をつくと、そのまま森の中へ逃げ込んでいった。
ジル:吉琳、無事ですか
茫然と立っている吉琳に近づき、その身体を抱きしめる。
吉琳:っ、ジル…?
吉琳が驚いたように声を上げるのも構わずに、
ジルは腕に力をこめる。
(また、貴女を守ることができて良かった)
(まったく…この思いは、何度味わっても慣れませんね)
ジルは深い安堵に息をついた。
***
ジルは吉琳の身体を後ろから抱き抱えるように支え、馬を走らせた。
雨に打たれたせいか、身体が熱く、重くなっていく。
(……また、これですか)
自分の身体を苛立たしく思ったその時、
吉琳が、手綱を握るジルの手にそっと自分の手を重ねた。
ジル:吉琳?
吉琳:ジル、熱があります…
心配そうな吉琳の声に、ジルは苦笑する。
ジル:貴女は本当に…こういうところだけは、すぐに気づくのですね
ジル:…この頃から、全く変わらない
吉琳:え?
小さく呟くと、吉琳が不思議そうに首をかしげる。
ジル:なんでもありません。ハワード公爵邸へ急ぎましょう
吉琳を安心させるように微笑み、
ジルは雨の中、馬を走らせていった。
***
ハワード公爵邸へ到着し、合流したユーリやルイと会話をした後、
ジルは用意されたベッドに重い身体を横たえた。
(この感覚が夢だとは思えません)
(だとすると…時が過去に巻き戻ってしまったということでしょうか)
あの時と同じく、高熱が下がる気配はない。
ジルは浅い呼吸を繰り返しながら、思考をまとめるために目を閉じた。
(非現実的な話ですが、否定する要素が見つかりません)
(……元に戻る方法を考えなければ)
想いを巡らせていると、そっとドアが開く気配がする。
物音を立てないよう気遣うゆっくりとした足音に、
ジルはかつての同じ場面のことを思い出した。
(…そうでした。この夜、吉琳がこっそり部屋を訪ねてきたのでしたね)
(あんなに怖い目に遭った直後だというのに、熱を出した私を心配して…)
吉琳の足音が充分に近づいたのを見計らい、その腕を引き寄せると、
吉琳:っ…!
起きたことに驚いたのか、吉琳の肩がびくりとする。
吉琳:お…起こしちゃいましたか?
吉琳:…その…熱が心配で……
か細い声で呟く吉琳に、胸の奥が締めつけられる。
(この時、確か私は…『貴女といると調子が狂う』と答えたのでしたね)
(ですが、今はそれよりも伝えたいことがあります)
ジルはふっと笑みを浮かべて吉琳の腕をさらに強く引き寄せ…―
吉琳:きゃっ…
バランスを崩してジルの上に倒れこんだ吉琳の身体を、
抱きしめるようにして受け止めた。
吉琳:っ、あの…、ジルっ?
ジルは、慌てる吉琳の耳元に唇を寄せた。
ジル:この通り、たいしたことはありません
ジル:貴女は何も、心配することはありませんよ
そうして、吉琳を抱きしめる腕に、そっと力を込める。
(今も過去も、私は吉琳を心配させてばかりですね)
すると、吉琳が赤くなった顔を上げ、ジルの顔を覗き込んだ。
吉琳:っ……そんな風に無理をして、平気なふりをしないといけないと思うくらい、
吉琳:私は頼りないですか?
(っ……)
瞳を潤ませてこちらを見つめる悲しそうな顔が、
一瞬、『今』の吉琳と重なり…
ジルは、吉琳が悲しそうにしていた本当の理由に思い当たった。
(…信頼していないと、思わせてしまっていたのですね)
〝ジル:私の体調などより、今はセレモニーの準備に集中して頂かなくては〞
〝吉琳:っ……そう、ですか〞
吉琳の、傷ついたような表情が頭をよぎる。
(私は……心配させたくない一心で、)
(吉琳の気持ちを無視していたのかもしれませんね)
ジルは眉を寄せると、
吉琳のほのかに赤く染まったままの頬に、手を滑らせた。
ジル:貴女にそんな顔をさせて、すみません
吉琳:ジル…
泣きそうな顔になった吉琳の目元を指先で拭い、苦笑を浮かべる。
ジル:困りましたね。未来の貴女に、会いたくなります
吉琳:え…? 未来の私に?
唐突な言葉に、吉琳が目を瞬かせる。
ジル:ええ。未来の貴女に、謝らなくてはいけないことがあるので
(理由はどうあれ、私は吉琳を傷つけてしまった)
そうして、不思議そうにしている吉琳を、またぎゅっと抱きしめた。
伝わってくる確かなぬくもりが、ジルの胸を満たしていく。
(おかしな話です。吉琳を安心させなければと思ったのに…―)
(こうして吉琳の体温を感じることで、私が安心している)
吉琳:っ、あの、ジル…?
恥ずかしそうに顔を赤らめる吉琳に、
ジルはもう一度、低く囁く。
ジル:お願いですから、もう少しだけこうさせてください
(この時は、まだ想いを通わせる前のはず)
(それなのにこうして抱きしめるなど、吉琳を困らせるだけだと分かってはいますが…)
(……今は、離したくない)
温もりを確かめるように吉琳の肩口に顔を埋める。
(現在に戻る方法を探さなくては)
改めて、そう決意を固めた。
(…私が吉琳と恋人同士になれたのは、奇跡のようなものです)
(こうして過去を繰り返して、また同じ関係に戻れるとも限らない)
ジルの胸が切なく締め付けられたその時…
どこからか鐘の音が聞こえてきた。
(…っ…この感覚は……)
時間が過去に戻った時と同じように、
鐘の音が鳴る中、視界が揺れる。
やがてめまいが治まり、ゆっくりと目を開けると……
いつの間にか、城の廊下に立っていた。
(…この状況は過去に戻る前と同じ…)
はっとして廊下を見渡すものの吉琳の姿はなく、
真夜中の鐘の音があたりに響いているだけだった。
(これは…戻ってきたのでしょうか)
(それとも、やはり夢…?)
そこまで考えてから、ジルは思いなおした。
(…今、その問題は置いておきましょう。それよりも……)
両腕に残る吉琳の温もりに、さっきまでの出来事を思い返す。
〝吉琳:っ……そんな風に無理をして、平気なふりをしないといけないと思うくらい、〞
〝吉琳:私は頼りないですか?〞
(…彼女のことを信頼しているのなら、きちんと話をするべきでした)
吉琳の気持ちを考えると、ぎゅっと胸が苦しくなる。
(今からでも、遅くないと良いのですが)
吉琳の気持ちを確かめるため、
ジルは自室ではなく吉琳の部屋に向かって、一歩踏み出した…―
◆分岐選択◆
[プレミアENDに進む]
第3話-プレミア(Premier)END:
キャンドルの灯りが廊下を柔らかく照らす中、
ジルは吉琳の部屋へと向かっていた。
(もっと早くに気付くべきでした)
歩きながらも、吉琳の顔が何度も頭をよぎる。
〝吉琳:誰からも聞いていません。ただ、最近ジルの顔色が良くないように見えたので…〞
〝吉琳:ジル、熱があります…〞
(いつも吉琳のことを見守っているつもりでしたが、)
(吉琳の方が何倍も、私のことを気遣ってくれていた)
吉琳の部屋の前で足を止め、ドアをノックすると…
ゆっくりとドアが開き、吉琳が驚いたように目を瞬かせた。
吉琳:ジル…? どうかしたんですか?
ジル:遅くにすみません。少し、話をさせていただけませんか
真剣な表情のジルに吉琳は黙って頷き、部屋へと招き入れた。
部屋へ入ると、吉琳は扉を閉めてこちらを振り向く。
吉琳:話というのは…
(…やはり沈んだ様子のままですね)
瞳を伏せる吉琳をジルはそっと抱き寄せ…―
驚いたようなその瞳と、真っ直ぐに視線を合わせた。
ジル:貴女に、一言謝るために来ました
吉琳:っ……ジルが謝ることなど、なにも…
頬をかすかに染めて、吉琳が戸惑ったように瞳を揺らす。
ジル:いえ。先日の件ですが…
ジル:貴女に私の体調を隠すのは、間違っていました
吉琳:ジル…
はっとした様子の吉琳に、小さく微笑む。
ジル:…貴女を心配させたくなくてしたことですが、
ジル:かえって貴女の気がかりを増やしてしまいましたね
(さきほどの出来事は、夢か現実か分からずじまいですが…)
(そのおかげで、気付くことができました)
吉琳の身体を抱きしめたまま、その髪を梳くように撫でる。
吉琳:私も…すみませんでした
吉琳:私ではジルの力になれないと思い知らされたようで、勝手に落ち込んでいました
ジルの胸に頬を寄せて、吉琳は胸の内を言葉に紡いでいく。
吉琳:ジルにきちんと気持ちを伝えるべきだとは思っていましたが…
吉琳:その前に、まずはセレモニーに向けて集中しなくてはと思ったんです
ジル:なぜですか?
吉琳の頭を優しく撫でながら、柔らかく問いかける。
吉琳:ジルにとって私は頼りない存在かもしれませんけど、
吉琳:そうすれば、少しはジルが安心できるかと思ったので…
(吉琳…)
ジル:…そんな風に考えてくださっていたのですね
一途な想いに胸が甘く締めつけられる。
ジルは思わず両手を吉琳の背中にまわし…―
吉琳:っ……
吉琳の頭に、触れるだけのキスを落とした。
ジル:セレモニーの前に貴女と話が出来て良かった
(悲しい顔をさせたまま、晴れの日を迎えさせるところでした)
吉琳:ジル…
嬉しそうに頬を綻ばせて吉琳が微笑む。
(やはり吉琳の微笑みは私を安心させる)
吉琳との間に漂っていたぎこちない雰囲気がとけ、
ジルは胸の奥が温かくなるのを感じた。
(…今これ以上吉琳に触れてしまうと、)
(離して差し上げられなくなってしまいそうですね)
吉琳の温もりに触れたことで身体に熱が宿るのを感じ、
ジルは静かに苦笑する。
(離したくないというのは私のわがままですね)
ジル:それでは、私は部屋に帰ります
ジル:今夜はゆっくりと身体を休めてください
抱きしめていた腕を解き、そっと身体を離すと、
吉琳が頬を赤くそめたままジルを見上げた。
吉琳:もう帰ってしまうんですか?
(っ……)
澄んだ瞳に見つめられ、ジルの鼓動が大きく高鳴る。
すると直後に、吉琳がはっとした表情を浮かべて口をつぐんだ。
吉琳:っ、すみません、明日はセレモニーだというのに、わがままを…
そう言って、恥ずかしそうにまつ毛を伏せる姿に愛しさが込み上げる。
(立派にプリンセスを務める姿も素敵ですが、)
(このように時折見せる愛らしい表情が、私の心を掴んで離さない)
顔を赤らめて恥じらう姿が見れるのも自分だけかと思うと、
それだけで胸が甘く跳ねるのを感じた。
ジル:構いません
吉琳:え…?
ジル:明日は大事な日なので、気持ちを抑えようと思っていたのですが
そこまで言って、ジルが吉琳に顔を寄せる。
ジル:私も、わがままを言いたくなりました
盗むように一瞬、唇を触れ合わせた後、
赤くなる吉琳のひざ裏を支えて、横向きに抱き上げた。
ジル:…今夜は、私と過ごしてください
妖艶な微笑みを見せて、ジルが吉琳の瞳を見つめる。
(話だけしてすぐに部屋へ帰るつもりでしたが…)
(吉琳が望んでいるのなら、その必要はありませんね)
吉琳:っ、はい…
こちらを見つめ返し、恥ずかしそうに頷くその様子に、愛しさが増していく。
(この瞳には、私だけを映していてほしい)
(…そう、願わずにはいられませんね)
吉琳をベッドまで運び、そっとシーツの上に下ろす。
ジル:こうして貴女に触れるのは、久しぶりですね
ベッドに腰かけ、吉琳の頬を優しく撫でる。
吉琳:あの…身体は、もう大丈夫なんですか?
ジル:ええ、すっかり。触れて確かめてみますか?
吉琳の手を取って、自分の首筋へと導く。
吉琳:…少し、熱いような気がします
恥ずかしそうに言う吉琳に、ジルがふっと微笑む。
ジル:そうだとしたら…これは風邪ではなく、貴女のせいですよ
(風邪などよりも、よほどたちの悪い熱です)
(この先いつまで経っても、冷める気がしない)
身体の熱を伝えるように、吉琳の横に手をついて、唇を重ねる。
吉琳:んっ…
顔を傾けてゆっくりとキスを深めていく。
(こうして吉琳に触れられることは奇跡だと、改めて思い知りました)
(私は貴女なしではいられない)
唇を離して見つめ合うと、吉琳の瞳が熱に浮かされたように潤んでいた。
(…もう、つまらないすれ違いで吉琳を悲しませるようなことはしません)
ジルは自分自身に誓うように、
透明なしずくが輝く吉琳の目元に、優しくキスを落とした…―
fin.
[スウィートENDに進む]
第3話-スウィート(Sweet)END:
(今からでも、遅くないといいのですが)
吉琳の部屋へ向かおうと一歩踏み出した、その時…
吉琳:ジル…!
廊下の向こうから、吉琳が足早に歩いてきた。
ジル:っ、吉琳…?
ジル:そんなに急いで、どうかなさいましたか?
なにかを決意したような吉琳の表情に、心配になる。
ジルの目の前まで来ると、吉琳は視線を上げてジルを見つめた。
吉琳:少し…私に、時間をくれませんか?
吉琳:もう夜も遅いことは分かっていますが、先日の件について話をさせてください
(吉琳も、私と話そうと…?)
(…まさか先を越されるとは…)
ジルは苦笑を浮かべると、そっと吉琳の手を取った。
ジル:それでしたら、中庭にまいりませんか?
吉琳:え…?
戸惑った様子の吉琳に、微笑む。
ジル:…久しぶりに、貴女と二人きりでゆっくりと過ごしたいのですが
すると、吉琳はどこかほっとしたような表情をして、かすかに頬を染めた。
吉琳:分かりました
(さきほどまで吉琳と過ごしていたというのに…)
(まるで、長い時間吉琳と離れていたような気がします)
(…私はまた、この温もりに安心させられていますね)
繋いだ手を離さないまま、ジルは中庭へと向かった。
***
夜風が優しく草花を揺らす中庭で、二人は噴水の縁に並んで腰かけた。
ジル:実は、私も貴女に話したいことがあります
吉琳:っ、ジルも、ですか…?
ジル:ええ。先によろしいですか?
吉琳が頷くのを待ってから、ジルが唇を開く。
ジル:先日、不思議な夢を見ました
(…本当はついさきほどなのですが、それは言わない方が良いでしょうね)
吉琳:夢…?
ジル:ええ。その夢の中で…
ジル:私は、貴女に『もっと信頼してほしい』というようなことを言われました
すると、吉琳がはっと顔を上げる。
(…やはり、同じような思いをさせていたようですね)
胸が痛むのを感じながら、
ジルは重ねた吉琳の手をぎゅっと握り…―
真っ直ぐに吉琳の瞳を見つめる。
ジル:その言葉を聞いて、気付いたのです
(貴女のためにと思っていたことが、逆に貴女を傷つけていた)
ジル:私が体調を隠していたのは、心配をかけたくないがためでしたが…
ジル:結果的に、貴女の気持ちを無視していました
後悔を感じながら、慈しむように吉琳の頬をそっと撫でる。
ジル:悲しい思いをさせて、すみません
吉琳:ジル…
夜風がそっと吹き、吉琳の前髪を優しく揺らす。
(吉琳と恋人同士になれたのは奇跡だと思っていましたが、)
(そもそも、吉琳と出逢えたことが一番の奇跡です)
ジルはプリンセス選定式のことを思い出す。
(そういえば、初めて声をかけたのもここでしたね)
懐かしさにふっと瞳を細めると、吉琳が思い切ったように唇を開く。
吉琳:っ、私の方こそ、謝らないとと思っていました
ジル:何故、吉琳が…?
思わず聞き返すと、吉琳はぽつりと言葉を紡いでいく。
吉琳:ジルにもっと信頼して欲しいというのは、私の一方的な気持ちです
吉琳:それなのに、落ち込んだりして…
(…そんなことを考えていたのですか)
吉琳:本当は、セレモニーをきちんとやり遂げて、
吉琳:ジルを安心させてから話をするつもりでした
吉琳:でも…どうしても、ジルと話がしたくなって…
吉琳は胸に秘めていた想いを伝えるように、ぽつりぽつりと言葉を紡いだ。
ジル:それで、部屋に帰らず引き返してくれたのですね
(吉琳をこんなにも悩ませてしまっていることに気付けなかったとは)
(教育係としても、恋人としても…私はまだまだですね)
座ったまま吉琳の身体をそっと抱き寄せ…―
ジルは吉琳の頭に優しくキスを落とした。
ジル:気持ちを教えてくださって、ありがとうございます
(セレモニー前に夜更かしをさせるわけにはいかないと思っていましたが、)
(今話せて、本当によかったです)
吉琳:いつも通りに振る舞えなかったこと、許してくれますか…?
ジル:許しを請うのは、私の方ですよ
ジル:それほどまでに、貴女を悩ませていたのですから
吉琳の頬を片手で包んで、視線を合わせる。
吉琳:ジルは悪くありません。でも…
吉琳:…ひとつだけ、お願いをしてもいいですか?
吉琳が、かすかに頬を染めてジルを見上げる。
ジル:なんでしょうか?
吉琳:もう少し、一緒にこうしていてください
(全く、無欲な方ですね)
ジル:…そんなことでよろしければ、いくらでも叶えて差し上げます
吉琳の身体を抱き寄せて、涼しくなり始めた夜風から守る。
ジル:貴女ともう少し一緒に過ごしたいというのは、
ジル:私の望みでもありますから
すると、吉琳がこちらを見上げて頬を綻ばせた。
吉琳:なんだか…久しぶりに公務以外でジルと過ごすことが出来て、嬉しいです
恥じらいながらも幸せそうに微笑む無防備な笑顔に、
鼓動がとくんと跳ねる。
(誰かに想われることがこんなにも嬉しいなんて、)
(吉琳に出逢うまでは知りませんでした)
胸の奥に熱が灯り、甘く疼く感覚にジルは眉を寄せた。
(…まずいですね。離れがたくなってしまいます)
吉琳:ジル…?
熱が込み上げるまま、吉琳の顎を指で支え、唇を寄せる。
しかし、ジルは唇に触れる直前でぴたりと止めた。
(喜びは後に取っておくべきですね)
自制心を働かせると、吉琳の唇のすぐ横にそっとキスをする。
吉琳:っ……
ジル:この続きは、セレモニーの後にいたしましょう
甘く囁くと、吉琳の頬が綺麗に染まる。
(セレモニーが終わった後、また改めて伝えることにしましょう)
(吉琳のことを、私は誰よりも信頼し、愛していると)
見つめ合う2人を照らすように、
夜空には大きな月が眩く輝いていた…―
fin.
Epilogue:
仲直りをしたジルと、更に愛を深めたあなたに贈るのは…
とろけるような、記念日前夜…―
………
(理性を保つなんて、吉琳の前では無意味ですね)
ジルが、あなたの首筋に唇を推しあてる。
ジル:貴女の全てをもらうまで離しませんから
ジル:覚悟してくださいね
素肌を滑る指先に、甘い声がこぼれていき…
ジルと忘れられない夜を、過ごしてみませんか…?