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逆転大奥~上様と恋の秘めごと~(ルイ)

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この国の城の奥には、上様のための秘密の園『大奥』があって…?
??? 「上様、今宵は誰を指名なさいますか…?」
あなたが寵愛する彼は誰…――?
………
ルイ 「…俺がそばにいることを、許して」
ルイ 「大切な幼馴染は、正室にはなれない…?」
……
??? 「上様にふさわしい相手は、俺しかいねえだろ?」
華やかな男たちが集う大奥を舞台に、
今、恋の秘めごとが花開く…――

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プロローグ:

――…ここは、上様と呼ばれる女将軍が治める国
この国の城の奥には、上様のために作られた秘密の園『大奥』があった。


(今日も、気が進まないな…)

毎朝の日課である総触れのために、大奥へと繋がる廊下を歩いていく。
総触れは、朝の挨拶とともに夜の相手を選ぶ場でもあるため、
これから向かう先にいるのは、私のために集められた男の人たちだ。

(大奥に集められた人の中から正室を決めることになってるけど…)
(いくらお世継ぎのためとはいえ、好きでもない人を夫にするなんて…)

こっそりと息をつくと、
後ろを歩いていた大奥総取締役のレオが、顔を覗き込んでくる。
レオ:上様、何か考えごとしてるでしょ?
吉琳:え…?
レオ:顔に出てるよ

(…っ、いけない)

表情を引き締めると、同じく後ろにいた教育係のジルがふっと微笑む。
ジル:何を考えているのかは大体わかりますが…
ジル:上様、これも将軍としてのお務めです
ジル:お世継ぎができることは、国の安泰にも繋がりますから…
吉琳:…わかってる
ジル:でしたら、そろそろどなたかをご指名いただきたいものですね
吉琳:それは…もうちょっと待って

(わがままが許されるような立場じゃない)
(それでも…ずっと一緒にいることになるなら、愛する人を選びたい)

そんな会話を交わしているうちに、御鈴廊下の前に辿り着いた。
レオ:上様、準備はいい?
吉琳:うん
頷くと、辺りに鈴の音が響き、目の前の襖が開かれる。

***

御鈴廊下に足を踏み入れ、両側にずらりと並ぶ男の人たちの間を進んだ。

(…あ)

奥に進むと、一際目立つ存在を視界に捉える。

(第一正室候補のルイに…第二正室候補のカイン)
(第三正室候補のノアは…今日もいないみたい)

ちらりと視線を巡らすと、ふいに着物の裾に足を引っ掛けてしまう。
吉琳:…っ
転びそうになったその時、ちょうど近くにいたルイが体を支えてくれた。
ルイ:上様…お怪我はありませんか?
吉琳:大丈夫…ありがとう
カイン:どんくせえやつ
小さな呟きが聞こえてきたような気がして、カインの方を振り向く。
吉琳:…何か?
カイン:いえ、何も。上様

(何かあるとすぐ突っかかってきて…カインっていつもこうだな)
(ルイは優しいけど、正室を望んでるわけじゃないし…)
(ノアもさぼってばっかりだから、興味がないんだと思う)

やっぱり、この中から誰かを選ぶことなんてできそうにないと、
心の中で深く息をついた。

***

総触れを終えた後、政務が始まるまで縁側で休んでいると…――
???:上様

 

どの彼と過ごす…?
>>>ルイを選ぶ

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第1話:

――…どこまでも続く青い空が城を覆う朝
ユーリ:上様
名前を呼ばれて振り返ると、そこには世話役のユーリがいた。
吉琳:ユーリ、どうしたの?
ユーリ:ジル様が呼んでるよ
ユーリ:政務の前に、話したいことがあるんだって
吉琳:わかった、すぐ行くね

***

ジルの部屋の前に来ると、中から話し声が聞こえた。
ジル:お二人は、上様が正室を選ばれない理由を知っていますか…?

(何の話をしてるんだろう…?)

不思議に思いながら後ろを振り向くと、ユーリが唇に人差し指を立てる。
そして、ユーリの手がわずかに襖を開き、一緒に中を覗き込むと……

(あれは、ルイとカイン…?)

ジルに向き合うように立つ二人の姿に、目を瞬かせる。
ルイ:…正室を選ばない理由は、知ってる
ルイ:好きでもない相手を選べないから…でしょ
ジル:その通りです
ジル:上様はお優しい方ですから、心にもない方を正室に迎えたくはないのでしょう
カイン:それと俺たちを呼び出した理由と、何の関係があんだよ?
カインの問いかけに、ジルが浅く息をつく。
ジル:私には、上様と正室候補である貴方たちの関係が悪いようには思えません
ジル:ですが、そんな貴方がたでも、上様は正室にはお選びにならない
ジル:なぜだと思いますか…?
カイン:んなの、本人以外わかんねえよ
ジル:それもそうですね…では、聞いてみましょうか?

(え…)

立ち上がったジルが襖を開け、逃げる間もなく見つかってしまう。
ユーリ:あーあ、ばれちゃった…
ルイ:吉琳と、ユーリ…?
カイン:お前ら、いたのかよ
吉琳:うん。…ジル、気づいてたんだね
ジル:私の位置からだと、見えますので
ジルがにこりと微笑み、私たちを手招きする。
ジル:どうぞ廊下に立っていないで、部屋にお入りください
吉琳:それじゃ…お邪魔します

***

ジルに促され、ユーリと一緒に部屋に入った。

(何だか、気まずい…)

後ろ手に襖を閉めたジルが、私と向き合う。
ジル:さて、そこで聞かれていたのなら話は早いですね
ジル:この機会に、上様のお気持ちをお聞かせくださいませんか?
吉琳:気持ちって…
ジル:ルイ様とカイン様をどう思われているのか…ということです
吉琳:それは…
迫るように問いかけられ、ルイとカインに視線を向ける。

(ルイは幼馴染で、昔から仲がいいけど…)
(自分の意思で大奥に入ったわけじゃないから、正室に選んで縛りたくない)
(カインは家のために正室になりたいみたいだけど…逢えばいっつも喧嘩ばかり)
(仲が悪いわけじゃないけど…ずっと一緒にいる姿は想像できないな)

ルイもカインも、正室にする考えはなかった。
ルイ:ジル…上様が困ってる
言葉を紡げずにいると、ルイが助け船を出してくれる。
カイン:大体、何で今さらんなこと聞くんだよ?
ジル:実は…明日から数日、ユーリに遠方への遣いをお願いしようと考えていまして
ジル:その間、上様の世話役を代理で務める者が必要でしょう…?
吉琳:…! まさか…

(ルイとカインがここにいる理由って…)

ジル:そのまさかですよ
ジルが何かを企むようにすっと目を細めて…――
ジル:上様は、ルイ様とカイン様、どちらがよろしいですか…?
告げられた言葉に、目を見張った。
吉琳:ちょ…ちょっと待って
吉琳:わざわざルイとカインじゃなくても、他に人はいるでしょ…?
ジル:ええ、ですが今回は正室候補のお二人にお任せしようと思います
ルイ:何か、理由があるの…?
ジル:お二人には、この機会に上様との距離を縮めていただきたいのです
カイン:は? どういうことだよ
ジル:上様は、心から寄り添い合える方を正室としてお認めになるのでしょう…?
ジル:それなら、互いのことを知る機会も必要かと思いまして
吉琳:理由はわかるけど、ルイとカインは嫌でしょ…?

(世話役の仕事は大変だから…)

ルイ:ううん…俺は別に構わない
カイン:お前がどうしてもって言うなら、仕方ねえからやってやるよ
吉琳:えっ?

(あれ? 二人とも、意外に乗り気なの…?)

ジル:お二人の合意も得られたことですし、問題ありませんね
ジルが仕切り直すように手を叩いて、私を見据える。
ジル:上様、どちらをご指名なさいますか…?
吉琳:えっと…

(ジルは一度言い出したら、譲らないからな…)
(断る理由も思いつかないし…やってもらうしかない)

ルイとカインと、交互に視線を交わす。

(正室を望んでいないのに、ルイに頼むのは申し訳ないな)
(カインとは絶対喧嘩するけど…正室を望んでいるなら…)

吉琳:それじゃ…カインにお願いしてもいいかな?
名前を告げたその瞬間……
カイン:は? 俺…?
ジル:カイン様、ですか…?
ユーリ:え、カイン様?
その場にいた全員が驚いたような顔をした。
吉琳:どうしてみんな驚くの…?
ルイ:少し、意外だったから…
ユーリ:だって吉琳様は、カイン様といつも喧嘩してるでしょ?
ユーリ:その点、ルイ様の方が親しくて世話役にしやすいのかなって…
吉琳:それは…その通りだけど…
吉琳:ルイは正室を望んでないでしょ?
吉琳:だったら、カインがいいかなって…
ルイ:吉琳…
ルイが一瞬だけ、物憂げに目を伏せる。
カイン:…ま、そういうことなら引き受けてやるよ
ジル:では、明日からよろしくお願いしますね…?
カイン:ああ。ユーリ、後で仕事内容教えろ
ユーリ:俺、厳しいですよ?
カイン:望むところだ
ルイ:…………

(ルイ…?)

ユーリとカインが賑やかに話し出したその傍らで、
ルイはどこか考え込むような顔をしていた。

***

――…その日の夜
政務を終えて部屋に向かっていると……
ルイ:吉琳
吉琳:え…?
廊下の途中で、ルイに声をかけられた。
吉琳:どうしたの?
ルイ:少し、話をしたいんだけど…いい?
吉琳:うん、構わないけど…
ルイ:それじゃ、こっちに来て
吉琳:あ…
ルイが背中を向けて歩き出し、慌ててその後を追いかける。

(様子がおかしい気がするけど…どうしたんだろう?)

***

――…その頃、ちょうど廊下を歩いていたカインは
遠目にルイと吉琳が並んで歩く姿を見かけた。
カイン:あいつら…こんな時間にどこ行くんだ?

***

庭園の見える縁側に座って、ルイと一緒に月を見上げる。
ルイ:吉琳、今朝のことだけど…
ルイ:世話役にカインを選んだのは、カインのことが好きだから…?

(え…っ)

吉琳:ち、違うよ…

(好きって気持ちで選ぶなら…私はルイを選んだ)

心を針で刺されたように、胸が小さく痛む。
吉琳:朝も言ったでしょ? ルイが正室を望んでないからだって…
ルイ:…そんなこと、気にしなくてもいいのに
月明かりの中で、ルイが微かに目を伏せる。
ルイ:君は優しいから、今も俺に罪悪感があるんでしょ…?
吉琳:…っ
静かに紡がれた内容に、息を呑む。
吉琳:その通り、だよ…
吉琳:ルイから自由を奪ったのは、私だから…――
???:それ、どういうことだよ?

(……え?)

突然聞こえた声に顔を上げると、縁側の端にカインの姿があった。
ルイ:カイン…いたんだ
カイン:まあな
カインがそばに歩み寄り、私の隣に腰を下ろす。
カイン:で、さっきのはどういう意味だ?

(話しても大丈夫かな…?)

ルイに軽く目配せすると、頷きが返ってくる。
吉琳:カインも、私とルイが昔からつき合いがあるのは知ってるでしょ…?
カイン:ああ。子どもの頃から仲よかったんだろ?
吉琳:うん。…そのせいで、私が即位した時にルイは大奥に入れられた
カイン:…は?
ルイ:俺の立ち位置は、上様のお気に入り…
ルイ:…そういうことになってる

(ルイは…望んで大奥に入ったわけじゃない)

狭い場所に閉じ込めてしまったのは私なのだと、今も心が苦しくなる。
ルイ:でも、君のせいじゃない
ルイ:…だから、気にしないで
吉琳:ルイ…
ルイ:俺が言いたかったのは、それだけ
吉琳:ありがとう。…でも、気にしないのは無理だよ

(ずっと、気がかりに思ってた)

吉琳:…正室を選ぶまでは、ルイも大奥から解放されない
吉琳:でも決めてしまえば、ルイを解雇できるってジルに言われてるから…

(早く、正室を決めないと…)

ぎゅっと手を握り込むと、ふいにカインが口角を上げる。
カイン:それじゃ、俺を選べばいいだろ

 

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第2話:

カイン:それじゃ、俺を選べばいいだろ
カイン:正室になりてえって前から言ってんだからな
吉琳:それは……
手っ取り早い解決方法ではあるけれど、
どうしても頷くことができず、近くの池に視線を投げる。
吉琳:カインを正室にすると大変そうだから…嫌だ

(他に好きな人がいるのに…選べないよ)

カイン:じゃ、誰ならいいんだよ?
カイン:どのみち、正室はいつか絶対決めねえとだろ

(そう、だけど…)

カインの指摘に、何も言い返せずにいると……
ルイ:吉琳

(…あ)

ルイが私の顔を覗き込み、安心させるように軽く頭を撫でた。
ルイ:本当に好きな人ができるまでは、選ばなくてもいいと思う
ルイ:…そうじゃないと、いつかきっと後悔するから
吉琳:ルイ…
手を離したルイが、物憂げな顔をする。

(大奥に入ってから、ルイはこういう顔をすることが多くなった…)

何かを憂いているような表情の原因に、心当たりは一つしかない。

(本人は言わないけど…きっと、大奥が嫌なんだと思う)
(早く、ルイをここから出してあげたいのに…)

吉琳:…ごめん
ルイ:どうして謝るの…?
ルイ:そんな顔しないで

ルイの優しい笑

吉琳:……っ
ルイの優しい笑みに、息を呑む。

(この笑顔が…昔から好きだった)

冷たい夜風を心地よく感じるほど頬が熱を持ち、慌てて顔を逸らした。
ルイ:……吉琳?
吉琳:ごめん、今ちょっとこっち見ないで…

(たぶん…ルイが好きって顔してると思うから)

ルイ:…?
不思議そうな顔をするルイの反対側で、カインが呆れたように息をつく。
カイン:…ルイ、やっぱ世話役の代理はお前がやれ
ルイ:え…
吉琳:カイン、何言って…
カイン:どう考えても、ルイの方が適任だろ
大げさに肩をすくめたカインが、伸びをしながら立ち上がる。
カイン:俺とこいつじゃ、気が合わねえ
カイン:大体、こき使われんのは柄じゃねえんだよ
そう言い残し、カインは足早に縁側を去っていった。

(急にどうしたんだろう…? 気が変わったのかな)

後ろ姿を呆然と見送っていると、ルイが軽く袖を引く。
ルイ:吉琳は、俺が代理でいいの…?
吉琳:うん…でも、ルイが…
ルイ:俺は、今朝もいいって言ったでしょ…?
ルイ:君が嫌じゃないから…俺にやらせて
短い言葉の中に優しさが滲んで見えて、胸が震える。
吉琳:…ごめん、ありがとう

(ルイの優しさに触れるたびに…心が軋むみたい)

温かいのに苦しくて、高鳴る胸に罪悪感すら抱いてしまう。

(ルイが好き…)
(…だから、こんなにも苦しい)

大奥に閉じ込めたくないという想いと、
そばにいてほしいと願う心がぶつかり合う。
ルイ:吉琳…ごめんはいらない
ルイ:ありがとう、だけでいいよ
吉琳:……っ、うん

(ほんとに、優しすぎるよ…)

ルイに気づかれないよう、こっそりと暗闇の中で視界を滲ませた。

***

――…翌日の午後
政務に使う書物を探すため、ルイと一緒に書庫を訪れた。
吉琳:手伝わせてごめんね
ルイ:いいよ、俺は君の世話役だから

(結局、ほんとにルイが世話役をしてくれることになったけど…)
(……何だか、落ち着かない)

狭い空間の中で二人きりという状況が、鼓動の音を速くする。

(…っ、意識しちゃだめ。書物を探すことに集中しないと…)

頭を振って、棚の上段にある書物に手を伸ばす。
吉琳:……んー
ルイ:もしかして、届かない?
背伸びをしていると、後ろからルイが書物を取ってくれた。
吉琳:あり、がとう…
ルイ:どういたしまして
ルイ:俺は君より背が高いから、役に立てそう
吉琳:昔は私の方が高かったのに…
ルイ:そうだったね
ふいにルイが目元を和らげ、私の頭に手を乗せる。
吉琳:…?
ルイ:いつの間にか、君は…――小さくなった
吉琳:…っ、ルイが大きくなったんだよ
ルイ:うん…小さい吉琳も可愛い
吉琳:…………っ

(さらっとそういうこと、言わないでほしい…)

髪を撫でる優しい手つきに、次第に顔が熱くなっていく。

(昔は、同じことをされても全然どきどきしなかったのに…)
(今は…すごくどきどきする)

心臓の音をごまかすように言葉を探し、口を開いた。
吉琳:そういえば…ここは、いつも静かだね

(私とルイ以外誰もいないし、外の音もあまり聞こえない…)

ルイ:限られた人しか使えない書庫だから…
ルイ:君は、何か考えごとする時ここに来るんでしょ?
吉琳:うん、よく知ってるね
ルイ:前に、君が話してくれたから
吉琳:…覚えてたんだ

(小さい頃、ルイに話したことがあったっけ…)

ここは考えごとをしたい時に来る、子どもの頃からの秘密の場所だった。
ルイ:君が俺に秘密を打ち明けてくれたのが嬉しくて…覚えてた
ルイが私から手を離し、微かに目を伏せる。
ルイ:昔の君は、俺に色々なことを話してくれたのに…
ルイ:いつの間にか、そんなこともなくなったね
吉琳:…そうかな?
ルイ:うん。ちょっとだけ、寂しい

(たぶん話す機会が減ったのは、ルイが大奥に入った時からだ)

好きだという気持ちを抑えるようになってから、
無意識にルイと距離を取るようになった。

(そんな悲しそうな顔をさせたいわけじゃないのに…)

吉琳:……ごめんね
小さく呟くと、ルイが困ったような顔をする。
ルイ:君は、いつも謝ってばっかり
ルイ:俺じゃ…笑顔にできないのかな
吉琳:え…?
ルイ:ううん、何でもない
悲しそうな声音が聞こえたような気がしたけれど、
聞き返す前に、ルイが私の手から書物を取り上げた。
ルイ:…本、持つよ
吉琳:ありがとう…

(……ルイ)

どことなく漂う切なさに、胸の奥が熱く疼いた。

***

――…数日後
総触れが始まる前の御鈴廊下で、
吉琳の訪れを待っていたルイにカインが声をかけた。
カイン:お前、世話役の仕事は順調か?
ルイ:たぶん…順調
カイン:たぶんって何だよ
ルイ:…吉琳が、浮かない顔をしてるから
カイン:は?
悩ましげに息をついたルイが、ふと思い出したように口を開く。
ルイ:そういえば…
ルイ:カインはどうして、世話役を俺に譲ったの?
カイン:お前、わかってなかったのかよ
カイン:…あいつ、お前に惚れてんだろ
ルイ:え…
カインの言葉に、ルイが大きく目を見開く。
ルイ:それは…ないと思う
カイン:あ? なんで…
ルイ:…上様は俺が大奥に来てから、昔より笑顔を見せなくなったから
ルイの瞳に宿る憂いげな色が、段々濃くなっていく。
ルイ:俺への罪悪感もあるんだろうけど、それ以上に…
ルイ:俺が第一正室候補ってことが、複雑なんだと思う
カイン:複雑…?
眉を寄せるカインに、ルイは淡々と言葉を紡いでいく。
ルイ:俺は、吉琳にとって幼馴染だけど…
ルイ:想いを寄せる対象じゃないから
カイン:そうか…? あいつのあの態度見てると、そんな風には思えねえけどな
俯いたルイの頭に手を乗せて、カインがくしゃくしゃと髪をかき乱す。
ルイ:……っ
カイン:安心しろ、上様にはお前しか見えてねえよ
カイン:他の奴らがつけ入る隙もねえくらいな
ルイ:……ぐしゃぐしゃなんだけど
カイン:お前が暗い顔してるからだろ
髪から手を離したカインが、ルイの背中をとんと叩く。
カイン:笑ってた方が、きっとあいつも喜ぶ
ルイ:……ありがとう
小さくお礼を告げたその時、鈴の音が響く。
頭を下げると襖が開き、いつものように吉琳が現れた。

***

――…その日の夜
湯殿から戻ってきた私の髪を、ルイが丁寧に梳かしてくれる。

(いつもユーリがやってくれてることなのに…)
(ルイにされると、緊張する)

ルイ:あ…
吉琳:……っ
ふいに首筋に指先が触れて、びくりと肩が跳ねた。
ルイ:ごめん、大丈夫…?
吉琳:うん、ちょっとびっくりしただけ…
鏡越しに笑みを向けると、ルイも小さく微笑む。
吉琳:それにしても、子どもの時以来だね
ルイ:何が…?
吉琳:こうしてルイに髪を梳かしてもらうの。昔は何度かあったよね
ルイ:うん…覚えてるよ
ルイ:でも今は、あの時と違って緊張する
吉琳:え…

(緊張してるのは、私だけじゃないの…?)

ルイが櫛を置くと、私の髪に指を絡める。
ルイ:髪を梳かす時だけじゃなくて…
ルイ:君といると、いつも胸が苦しい
吉琳:……っ
ルイ:こんなこと、小さい頃にはなかったのにね

(それって、どういう意味…?)

息を呑んで振り返ると、ルイが私の頬に手を添えて…――
ルイ:君は…――

 

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第3話-プレミア(Premier)END:

ルイ:君といると、いつも胸が苦しい
吉琳:……っ
ルイ:こんなこと、小さい頃にはなかったのにね

(それって、どういう意味…?)

息を呑んで振り返ると、ルイが私の頬に手を添えて……
ルイ:君は…――
吉琳:……ル、イ?
吐息が触れるほど近づいた顔が、何かを言いかけて唇を結ぶ。
ルイ:…やっぱり、何でもない
吉琳:え…
ルイが瞳を揺らして、すっと手を離す。
吉琳:待って、気になるよ
ルイ:気にしないで
吉琳:でも、何でもないって顔じゃない

ルイの手

ルイ:……っ
ルイの手を掴んで引き止めると、勢い余って鼻先が軽く触れ合う。
吉琳:…っ、ごめん……
ルイ:……ううん

(…話したくないなら、無理に聞かない方がいいかな)

そっと手を離すと、引き止めるようにルイが手を掴んだ。
吉琳:ルイ…?
ルイ:……君は
ルイ:俺のこと、どう思ってるの…?
吉琳:どうって…?
ルイ:この間、ジルに聞かれてたでしょ…?

(あ……)

〝ジル:この機会に、上様のお気持ちをお聞かせくださいませんか?〞
〝吉琳:気持ちって…〞
〝ジル:ルイ様とカイン様をどう思われているのか…ということです〞

(…あの時のことかな?)

ルイ:あの答え…聞きたいと思って
吉琳:そ、れは…
考えるまでもなく、忙しなく高鳴る鼓動が答えを示している。

(でも…)
(ルイを大奥に縛りつけたくないから…ほんとのことは言えない)

吉琳:ルイのことは……大切な幼馴染だって思ってるよ

(大好きだから…嘘をつかせて)

ルイ:…そう
嘘を見抜かれないようはっきりと告げると、ルイの手に力がこもる。
ルイ:…変なこと聞いて、ごめんね
吉琳:ルイ…?

(どうしてそんな…傷ついたような顔するの?)

ルイが私の手を離し、ゆっくりと立ち上がる。
ルイ:おやすみ、上様
吉琳:あ…うん……おやすみ
向けられた背中が私を拒んでいるようにも見えて、
それ以上、何も言うことができなかった。

***

――…翌日の朝
休みの日にジルに呼び出され、ルイと一緒に部屋を訪れる。
吉琳:話って、なに?
ジル:ここ数日、ルイ様とともに過ごしていただきましたが…
ジル:貴女は、ルイ様を正室としてお選びになるご意向はありますか?
気持ちを伺うように向けられた眼差しを、逸らすことなく見つめ返す。
吉琳:その考えはないよ
吉琳:…ジルだって、私とルイの事情は知ってるでしょ?
ジル:ええ、もちろん存じていますが…
ジル:時に感情は、理屈では抑えられなくなることがありますからね
吉琳:…っ

(もしかしてジルは、私の気持ちに気づいてるのかな…?)

ジル:ですが上様がそう決断なさったのなら、私は従うだけです
ジルが深く息をついて、ちらりとルイの方に視線を投げる。
ジル:ルイ様をお選びにならないのでしたら…
ジル:明日から、世話役の代理はカイン様にお願いします
吉琳:え…っ
ルイ:…このまま俺と上様が距離を縮めても、無駄ってこと?
ジル:その通りです
突然の宣言に、唇を噛みしめる。
ジル:第三正室候補のノア様でも構いませんが…いかがなさいますか?

(…ルイを正室に選ばないっていうのは、こういうことなんだ)

ルイとは距離を置き、他の男性と仲を深めるように薦められる。

(子どもの頃みたいに、理由もなく一緒にはいられない)
(……わかってた、はずなんだけどな)

想いを押さえ込もうとすればするほど、目の奥が熱くなる。

(…っ、いけない……)

堪えるように、袖の下で手を握り込むと……
ルイ:…ジル、少しだけ時間がほしい
私より先に、ルイが口を開いた。
ジル:構いませんよ…? お返事は明日、いただきますね
ルイ:わかった
私に視線を移したルイが、感情の読めない眼差しを向ける。
ルイ:行こう、吉琳
吉琳:…うん

***

ルイに連れられ、人けのない庭園に辿り着く。
吉琳:あの、ルイ…
声をかけると、前を歩いていたルイはゆっくり振り向いた。
ルイ:…………
吉琳:さっきの、ことだけど…
言いかけた瞬間、ルイが一歩私に近づいて……
ルイ:…ごめん、吉琳
吉琳:…!
ぐっと腕を引かれ、体がルイの温もりに包まれて…――
吉琳:ル、ルイ…?
ルイ:俺のわがままにつき合わせて…ごめん
吉琳:……っ…
耳に触れた唇が、切なげな吐息をこぼす。
吉琳:わがままって…?
ルイ:君が、迷ってるみたいだったから…
ルイ:もう少し、俺に世話役をさせてほしいと思った

(どう…して……)

ルイの額が肩に乗せられ、柔らかな感触が首筋に触れる。
ルイ:君に、好きな人がいないなら…
ルイ:…俺がそばにいることを、許して
吉琳:……!
ルイ:大切な幼馴染は、正室にはなれない…?

(なんで…そんなこと言うの…)

胸の高鳴りと、それを必死に抑えようとする感情がせめぎ合い、
いつも以上に心が痛みを訴える。

(このままだと、気持ちが抑えきれなくなりそう…っ)

吉琳:…………ごめん、ルイ
ルイ:吉琳…?
ルイの体をそっと押しのけ、
こみ上げてくる想いを振り切るように、その場から駆け出した。

***

(…もう、どれくらい時間が経ったかな?)

薄暗い書庫の中で、何回目になるかわからない深呼吸をする。

(気持ちを落ち着かせようと思っても…全然、だめだ)
(ルイを大奥に閉じ込めたくなくて…)
(だから絶対、正室に選んじゃいけないって思ってるのに…)
(あんなこと言われたら…勘違いする)

ぎゅっと目をつむった、その時……
???:吉琳…いつまでここにいるの
吉琳:…!

(この声……)

外から声をかけられ戸を開くと、ルイが顔を覗かせた。
ルイ:ごめん…帰りが遅かったから、迎えに来た
吉琳:どうして、ここがわかったの…?
ルイが戸を閉めながら、笑みをこぼす。
ルイ:…この間も言ったでしょ?
ルイ:吉琳は何か考えごとをする時、いつもここに来るから…
吉琳:あ…

〝ルイ:…君は、何か考えごとする時ここに来るんでしょ?〞
〝吉琳:うん…よく知ってるね〞
〝ルイ:前に、君が話してくれたから〞

(そっか…ルイは知ってるんだった)

どうしていいかわからず目を伏せると、ルイが小さく息をつく。
ルイ:俺が困らせるようなこと言ったから…
ルイ:君はここに来たんだよね?
吉琳:…っ、それは……
ルイ:ごめん、もうあんなことは言わない
ルイ:俺は…――世話役を辞退するよ
吉琳:……!
ルイの言葉に、熱いものがこみ上げる。

(それが、ルイを自由にする方法だってわかってる)
(私も、ルイと同じ判断をしようと思ってたのに…)

ルイ:…そんな泣きそうな顔しないで
ルイが私の頭に手を添えて、肩に引き寄せる。
吉琳:…っ……
たったそれだけのことで、
今まで堪えて来たものが、溢れてしまいそうになった。

(ルイ以外の人を選ぶことなんて、ほんとはできないくせに…)
(……もう、無理だ)
(自分の気持ちに…嘘つけない)

ルイ:――…っ、吉琳?
ルイの体に手を回し、しがみつくように胸に顔を埋める。
吉琳:ごめんね、ルイ……
吉琳:…私、好きになっちゃった
ルイ:吉琳…?
吉琳:ルイが好き
ルイ:……え
吉琳:だから…今まで、正室を選べなくて……っ…
吉琳:自由にしてあげられなくて……ごめ…っ……
溜まっていた涙が、次から次へとこぼれ落ちていく。

(好きになって……ごめん)

指先に力を込めると、ルイがなだめるように背中を撫でてくれた。
ルイ:どうして、謝るの…?
吉琳:…っ……だって、ルイは…大奥が嫌なんでしょ…?
吉琳:ここに来てから、悲しそうな顔をすることが多くなったから…
吉琳:私のせいだって…ずっと思ってた
押し込めていた想いを、ゆっくりと言葉にしていく。
吉琳:好きって伝えたら…ルイを大奥に縛りつけちゃうんじゃないかと思って……
吉琳:それが、怖くて…
吉琳:ルイの前で…上手に笑えなくなって……っ…
そう告げると、ルイの手がぴたりと止まる。
ルイ:……俺は…勘違い、してたみたい
ルイ:…君の笑顔が減ったのは、そういう理由だったんだね
吉琳:…?
ルイ:吉琳、顔上げて…?
いつも以上に柔らかな声に、首を横に振る。
吉琳:……っ、今、ひどい顔してるから…
ルイ:…お願い
ルイ:俺に、涙を拭わせて…?
吉琳:……っ
優しい言葉に誘われるように顔を上げると、
涙で濡れた目元に、ルイが唇を寄せて…――
吉琳:……っ…あ…
浮かんだ涙をすくい取るように、柔らかな熱が触れる。

(…ルイ……)

ルイ:俺は、大奥を嫌だって思ったことはないよ
吉琳:…え
涙の跡を辿るように、ルイが目元から頬へと唇を滑らせる。
ルイ:ただ…君が俺を選んでくれないことが、辛かった
ルイ:…悲しそうに見えてたとすれば、たぶんそれが原因

(うそ…)

顔を上げると、澄んだ瞳と真っ直ぐに視線が重なる。
ルイ:君が、俺を選んでくれればいいのにって
ルイ:…ずっと思ってた
吉琳:そう…なの……?
ルイ:うん
ルイが綺麗な微笑みを浮かべて、わずかに顔を離す。
ルイ:でも君は、好きな人以外を正室に選ぶ気はないって言ってたから…
ルイ:選ばれない俺じゃ上様の相手にはなれないんだって…諦めてた

(それじゃ…)

吉琳:私……勘違い、してたの?
ルイ:勘違いしてたのは、お互い様
ルイが愛おしげな表情で、私の髪を撫でる。
ルイ:君が俺を好きなら…
ルイ:遠慮は…しなくていい?
吉琳:……っ…うん
小さく頷くと、唇をそっと塞がれる。
想いを繋げるように甘い熱を交わすと、閉じた目からまた涙がこぼれた。
ルイ:吉琳…悲しいの?
吉琳:……っ…違うよ。悲しいんじゃなくて…嬉しくて……

(一度泣いちゃうと、なかなか止まらない…)

意思と反して流れる涙に、ルイが唇を押し当てる。

(心配…させたくないのに……)

吉琳:ごめ…っ……
ルイ:ごめんはもう、言わせない
吉琳:……っ、ん
謝罪の言葉は、甘い口づけに絡め取られてしまう。
ルイ:俺は、ごめん以外の言葉が聞きたい

(それなら……)

吉琳:ありがとう、ルイ…
吉琳:――…大好きだよ
ルイ:…………

…大好きだよ

ルイ:…君は、ずるい
ルイが目元を赤らめて、困ったような笑みをこぼす。

(昔から一緒にいるけど…ルイのこの顔は初めて見るかもしれない)

幸せそうなその笑顔が、
ただの幼馴染ではなくなったことを告げていた…――


fin.

 

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エピローグEpilogue:

路易後

――…想いを交わした後に待っていたのは、寵愛する彼との甘い日々
今宵の秘めごとが、彼目線で描かれていく……
…………
………
ルイ:…君に選ばれるのは、いつも嬉しい
ルイ:だから…
ルイ:俺以外…選べないようにしてあげる

(これから先も、ずっと…俺だけを、選んでほしい)
………
…………
肩から着物をはだけさせ、こぼれた胸を唇で包み込んで…――
夜の帳が下りる頃、艶やかな愛の証が刻まれていく…――

 

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