Fall’in Love Again~君が想い出を忘れても~(ジル)
2018/12/31~2019/01/12
事故により、彼を愛した記憶を失ってしまったあなた。
それでも彼は、あなたのそばに寄り添ってくれて…―
………
ジル 「もし貴女が私との事を思い出せなかったとしても」
ジル 「何度でも、恋をして頂けるように努力しますよ」
………
心から結ばれた二人は、何度でも惹かれあう。
全編彼目線で贈る、彼からの深い愛を知る甘い恋物語…―
プロローグ:
(ここは…?)
…
(あっ、私と彼が並んで歩いている…)
(…私、彼と居る時はこんなに幸せそうな顔をしていたんだ…)
…
(ここ…彼と初めて会った場所……)
(…あれ?)
(……彼って、一体……)
……
…
??? 「……様」
??? 「…吉琳様」
ユーリ 「吉琳様…っ!」
吉琳 「えっ……ユー…リ?」
瞼を開けると、目の前には、
必死に私の名前を呼ぶユーリの顔があった。
ユーリ 「良かった…目が覚めたみたいだね」
吉琳 「私、どうして…」
ユーリ 「馬車を引いていた馬が暴れて、馬車から落ちたんだよ」
ユーリ 「幸い、外傷はないってお医者様は言っていたんだけど」
ユーリ 「なかなか目を覚まさないから、心配しちゃった」
吉琳 「そうだったんだ…」
ユーリの話を聞きながら、おぼろげな記憶を辿る。
ユーリ 「どこかへ行こうとしてたみたいだけど…」
ユーリ 「どこへ向かっていたの?」
(あっ、そうだ…私、誰かの為に…)
そこまで思い出して、ふと、
自分が誰のために出かけようとしていたのかが分からず、疑問に思う。
(何で思い出せないんだろう…)
思い出せない『誰か』のことが気にかかり、胸の奥がひどくざわめく。
ユーリ 「痛いところはない?」
吉琳 「大丈夫。…少しだけ、頭が痛むけれど」
吉琳 「血が出てしまっているわけではないから…」
ユーリ 「念のため、もう一度お医者様に診てもらった方が良いかもね」
ユーリ 「…ジル様からも、今日はゆっくり休んで良いって言われてるから」
ユーリ 「安心して休んで良いよ、吉琳様」
吉琳 「ありがとう、ユーリ…」
ユーリやジルの優しさに、じんわりと胸が温かくなる。
(みんなには心配かけてしまったな…)
ユーリ 「……『彼』も、吉琳様のこと、すごく心配してたよ」
吉琳 「え? 彼…?」
ユーリ 「あ、二人が付き合ってるって事は、」
ユーリ 「まだ他の人には内緒にしてるから」
そう言って、ユーリは悪戯な笑みを零す。
(私がお付き合いしている彼…)
その言葉に、頭の中で記憶を辿ってみるけれど、
どうしてもその『彼』のことが思い出せない。
吉琳 「ねえ、ユーリ。私…誰とお付き合いしていたの?」
ユーリ 「え……?」
吉琳 「確かに…誰かとお付き合いしていた気はするんだけれど」
吉琳 「相手の方の事が、なぜか思い出せなくて……」
ユーリ 「吉琳様…」
私の言葉に、ユーリはわずかに目を見開いたまま、その場に立ちつくす。
(何で私…大切に想っていたはずの人のことが、思い出せないんだろう…)
眉を寄せて考えていた私に、ユーリは悲しげに目を細めながらそっと口を開いた。
ユーリ 「それって、彼を『忘れちゃった』ってこと…なのかな」
吉琳 「えっ……私…」
(本当に、大切な人のことを忘れてしまったの……?)
ユーリの口にした事実に言葉を失う。
そして、ふと先ほどまで見ていた夢のことを思い返していた。
(愛しい人と、幸せな時間を過ごしている夢だったのに…)
(一緒に過ごしていた『彼』のことだけが、分からない)
失われた大切な人との思い出に、チクリと痛む胸を押さえていると、
部屋の扉がノックされて…―
どの彼と物語を過ごす?
>>>ジルを選ぶ
第1話:
ユーリから事情を聞いたジルは、
逸る想いを抑えながら、吉琳の部屋の扉を開いた。
ジル 「失礼します」
吉琳 「…ジル」
吉琳はベッドに腰掛けたまま、少し驚いたような表情でジルを振り返る。
(ユーリの報告通り、目に見える怪我は無さそうですね)
ジル 「体調はいかがですか?」
吉琳 「はい、大丈夫です。心配をかけてしまったようで…すみません」
ジル 「ご無事な様子が見られて、安心しました」
ジルが安堵の息をつき、吉琳の隣へ腰を下ろすと、
吉琳は、少し戸惑ったように口を開く。
吉琳 「あの…ひとつだけ教えて欲しいのですが…」
ジル 「…ええ。何でしょう?」
続けられるであろう言葉に、微かな不安が胸をよぎる。
それを吉琳に感じさせないよう、ジルは努めて優しい笑みを浮かべた。
吉琳 「ジルが部屋へ来る少し前に、ユーリから聞いたのですが…」
吉琳 「私たちが恋人同士、というのは…本当でしょうか?」
=====
吉琳 「私たちが恋人同士、というのは…本当でしょうか?」
(…やはり、吉琳は覚えていないようですね)
普段とは明らかに違う、よそよそしい態度を目の当たりにして、
ジルは、少し前に交わしたユーリとの会話を思い出す。
*****
ユーリ 「ジル様! 大変です、吉琳様が…!」
吉琳の乗った馬車が、事故に遭ったとの報告に、
ジルの鼓動が嫌な音を立て、無意識に椅子から立ち上がっていた。
ジル 「詳しい状況を説明してください」
ユーリ 「怪我はなかったんですけど、少し頭を打ったせいか、記憶が混乱してて…」
吉琳はプリンセスであることや、日常生活に関することは覚えているものの、
ひとつだけ思い出せないことがあるという。
ジル 「…吉琳は、何を忘れているんですか?」
ユーリは言いづらそうに、ぽつりと声をこぼした。
ユーリ 「それは…」
*****
(私と恋人同士ということだけが、抜け落ちているようですが)
(医者の見立てでは、数日で元に戻りそうだということですし…)
=====
(医者の見立てでは、数日で元に戻りそうだということですし…)
ジル 「確かに私と貴女は恋人同士ですが、すぐに思い出す必要はありませんよ」
吉琳 「でも、それでは…」
ジルは吉琳が記憶を無理に呼び戻そうとして、
心身ともに負担をかけてしまう方が、気がかりだと続ける。
ジル 「普段通りに過ごしながら、少しずつ思い出して頂けたらと思います」
ジル 「お疲れでしょうから、今夜は早めにお休み下さい」
吉琳 「…はい。ありがとうございます」
ほっとしたような表情で、素直に頷いた吉琳に、
ジルは穏やかな笑みを向けて、部屋を後にした。
***
翌日…―
ジル 「本日は、今までレッスンしてきた内容を復習しましょう」
ジル 「他にも抜け落ちた記憶がないか、念のため確認させて下さい」
吉琳 「はい。よろしくお願いします」
小さく頷いた吉琳が、緊張した面持ちでジルの手を取る。
それだけのことで顔を赤くする姿に、思わず笑みがこぼれた。
ジル 「この程度で恥じらわれているのですか?」
=====
ジル 「この程度で恥じらわれているのですか?」
吉琳 「っ…いえ、大丈夫です。よろしくお願いします」
からかうように言うと、吉琳はすっと姿勢を正し、ジルの顔を見る。
レッスンを始めたばかりの頃のような反応とは対照的に、
吉琳はドレスをひるがえらせながら、しっかりとステップを踏んでいた。
(問題なさそうですね)
吉琳 「あの、ジル…」
ジル 「何でしょう」
吉琳 「…恋人に教えてもらっていると思うと、少し緊張してしまって…」
吉琳 「私、ちゃんと踊れていますか?」
(そのように可愛いことを言われると、つい意地悪をしたくなります)
ジル 「もう少し、練習が必要かもしれません」
ジル 「…ですから、この後も私とのレッスンの時間を取って頂けますか?」
ジルの言葉に、吉琳は柔らかく微笑み、お礼を言った。
吉琳 「はい。…ジルはいつもこうして、私を支えてくれていたんですね」
(いつもなら嬉しく感じるその言葉が、少し他人行儀に感じるのは…)
(思い過ごしではないのでしょう)
ジルは胸を掠める微かな焦燥感から、吉琳の腰を引き寄せ、
吐息がかかりそうな距離に、顔を近づけ…―
=====
(いつもなら嬉しく感じるその言葉が、少し他人行儀に感じるのは…)
(思い過ごしではないのでしょう)
ジルは胸を掠める微かな焦燥感から、吉琳の腰を引き寄せ、
吐息がかかりそうな距離に、顔を近づけ…
ジル 「…貴女にお仕えするのは、当然のことですよ」
ジル 「次は、マナーのレッスンを致しましょう」
吉琳 「…は、はい」
(恋人として接してもらうことは、難しいとしても)
(一緒に過ごす時間を、少しでも多く取りたいですね)
その想いまでは伝えずに、普段通りレッスンを続けた。
***
ジル 「お疲れ様でした。この調子なら、公務に支障が出るような事もないでしょう」
吉琳 「それなら…この後は、いつも通り公務をしても構いませんか?」
(真面目な吉琳らしいですね)
(恋人としては、ゆっくり休ませてあげたいところですが…)
ジルはこの後の公務の予定を考え、気がかりに感じつつも、薄く頷きを返した。
ジル 「…とはいえ、事故に遭われたばかりなので、無理は禁物ですよ」
吉琳 「はい、分かりました。ありがとうございます」
吉琳は丁寧にお辞儀をして、扉へ向かっていく。
その表情はプリンセスとしてのもので、恋人同士という雰囲気は微塵も感じられない。
(吉琳に、無理をさせるつもりはありませんが)
(記憶を取り戻すための、糸口ぐらいは見つけられないでしょうか)
ジルは扉を開きながら、ふと思いついた事を伝えるために口を開いた。
ジル 「この後の公務に、同行は出来ませんが…」
ジル 「今日のレッスンを頑張られた、ご褒美を考えておきますよ」
第2話:
ジル 「今日のレッスンを頑張られた、ご褒美を考えておきますよ」
吉琳 「本当ですか? それなら…」
吉琳は嬉しそうに頬を綻ばせた後で、少しだけ言いにくそうに口を開いた。
吉琳 「…近いうちに、お忍びで城下へ行くことは出来ませんか?」
ジル 「護衛を付けずに、ですか…」
(吉琳にも、何か目的があってのことなのでしょうが)
(立場を考えると、簡単に受け入れる事は難しいですね)
考えを巡らせていると、吉琳は、慌てたように言葉を続ける。
吉琳 「忙しいジルに、わがままを言ってしまって、すみません」
吉琳 「ただの思いつきなので、気にしないで下さい」
明るく言ってこちらを見上げる吉琳に、ジルはわずかに苦笑をこぼす。
(私が、貴女のわがままに弱いということも…気づいていないのでしょうね)
ジル 「教育係としては、却下すべきなのでしょうが…」
ジル 「恋人として、貴女の望みを叶えて差し上げたいと思っています」
吉琳 「それじゃあ…」
=====
吉琳 「それじゃあ…」
ジルは期待を込めて自分を見上げる愛らしい瞳に、ふっと笑みを返した。
ジル 「公務の予定を調整して、行けるようにしましょう」
吉琳 「ありがとうございます…!」
(吉琳はプリンセスであると共に、大切な恋人ですから)
(どんな些細な望みでも、叶えてあげたいと思っているんですよ)
嬉しそうな笑顔に目を細めると、ふいにある記憶がよぎった。
*****
ジル 「…教育係としては、却下すべきなのでしょうが」
ジル 「恋人として、吉琳のわがままを聞きたいと思っています」
吉琳 「わぁ…嬉しいです。ありがとうございます…!」
ジル 「お礼なら結構ですよ。これは、貴女へのご褒美ですから」
*****
(あれは、まだ吉琳と恋人になったばかりの頃でしたね)
同じような会話を交わして、城下に向かった事を懐かしく思っていると、
吉琳が、不思議そうな表情でぽつりと呟く。
吉琳 「…前にも、同じようなことがあったような気が…」
ジル 「何か思い出されたのですか?」
ジルがわずかな期待を込めて、吉琳の顔を覗き込むと…―
=====
吉琳が、不思議そうな表情でぽつりと呟く。
吉琳 「…前にも、同じようなことがあったような気が…」
ジル 「何か思い出されたのですか?」
ジルがわずかな期待を込めて、吉琳の顔を覗き込むと…
吉琳 「あ…」
吉琳はしばらく考えるような仕草を見せ、小さく首を振った。
吉琳 「…いえ、すみません」
ジル 「謝るような事ではありませんよ」
(こうして過ごしていれば、すぐもとに戻るはずですから)
微かではあるものの、記憶を取り戻す兆しを見せた吉琳に、
ジルは穏やかな気持ちで、笑みを向けた。
***
それから数日が過ぎた、ある日の午後…―
ジルは医者の診察を受けている吉琳の様子を思い出し、小さく息をついた。
(当初の診断では、記憶はすぐに戻るだろうと言われてましたが…)
(まだ時間がかかるというのが、結論ですね)
もしこのまま、記憶が戻らないようなことがあればという焦りを振り払いつつ、
公務の予定変更を伝えに、吉琳を探して廊下を歩いていると…
(あんな所で…)
噴水の側に腰掛ける、見慣れた姿に足を止める。
(レッスンが終わったばかりだというのに、まだ復習を続けているのでしょうか)
(また、頑張り過ぎていなければ良いのですが…)
=====
(また、頑張り過ぎていなければ良いのですが…)
膝の上に本を広げた吉琳の顔には髪がかかっていて、表情まではうかがえない。
わずかに案じつつ、近付いて行くと、吉琳は本を開いたまま、目を閉じていた。
(うたた寝をしていただけのようですね)
(このまま寝かせて差し上げたい気もしますが)
(風邪を引いてしまいそうなので、そうもいきません)
微かに苦笑をこぼしながら手を伸ばし、ひんやりした風でほつれた髪を直していると、
恋人として過ごしていた時間が、ふと思い起こされた。
(この程度なら…許されるでしょうか)
柔らかな髪を一房すくい上げ、そっと髪にキスを落とした瞬間、
吉琳の口元が、幸せそうに綻ぶ。
吉琳 「…ジル…」
ジル 「…!」
甘えるような声で名前を囁かれ、驚きに顔を覗き込んだものの、
吉琳の瞼は、閉じられたままだった。
(…ただの寝言のようですね)
ジル 「プリンセス」
少し残念に思いつつも優しく声をかけると、吉琳がゆっくりと顔を上げる。
吉琳 「あ…」
ジル 「こんな所でうたた寝とは、感心しませんね」
微かに揺れた感情を誤魔化すため、たしなめるように告げると、
まだ寝ぼけた様子だった瞳が、はっきりとジルを映した。
吉琳 「っすみません…」
(少し、言い方がきつかったでしょうか)
ジルは、慌てたような吉琳の耳元に唇を寄せ…―
=====
ジルは、慌てたような吉琳の耳元に唇を寄せ…
ジル 「プリンセスはご褒美よりも、お仕置きをご所望ですか?」
吉琳 「そ、そんなこと…」
からかうように言って離れると、吉琳は、顔を赤らめ言葉に詰まってしまう。
ジル 「冗談ですよ」
ジル 「何を読まれていたのですか?」
吉琳 「ロベールさんから借りた医学書で、勉強をしていたのですが…」
吉琳 「私には難しくて、ついうたた寝をしてしまいました」
(記憶にまつわる文献を…)
(吉琳も、私とのことを思い出そうと頑張ってくれているのですね)
少し困ったような顔で話す吉琳に、愛しさが込み上げる。
ジル 「それでは、参りましょうか」
吉琳 「え…どこにですか?」
ジルは、不思議そうに目を瞬かせる吉琳の手を取り…―
ジル 「お約束のご褒美ですよ」
第3話-プレミア(Premier)END:
ジル 「お約束のご褒美ですよ」
吉琳が行きたいと言っていた、城下のレストランを予約したと伝えると、
吉琳は、嬉しそうに顔を綻ばせた。
***
そうして昼食を終え、ジルと吉琳は次の公務へ向かうために、馬車へ乗り込んだ。
ジル 「気分転換になりましたか?」
吉琳 「はい! とても」
弾んだ声で答えた吉琳に、ジルも笑みを向ける。
吉琳 「今日は、本当にありがとうございました」
吉琳 「忙しいジルが時間を作ってくれたのが、何より嬉しいです」
言葉通りの笑顔に、ジルは少し複雑な想いを抱きながら頷きを返す。
(吉琳も、楽しんでくれたようですが)
(…私との事を思い出してくれている気配は、なさそうですね)
それでも吉琳の明るい表情を見ているだけで、自然と気持ちは上向きになった。
何げない会話を続ける中、吉琳がふと窓の向こうへ視線を向ける。
吉琳 「雨が降りそうですね…」
ジル 「ええ」
空には厚い雲がかかり、雨粒が馬車の窓を叩き始めた。
振り始めた雨はあっという間にどしゃ降りになり、ぬかるんだ道で馬車が大きく揺れて…―
吉琳 「あ…っ」
=====
吉琳 「あ…っ」
ジル 「吉琳…!」
バランスを崩した吉琳の身体を、ジルがとっさに抱きとめる。
ジル 「大丈夫ですか?」
吉琳 「……っ!」
吉琳は何度か目を瞬かせ、食い入るようにジルの顔を見つめた。
(少し、様子がおかしい気が…)
違和感の正体を探ろうと顔を覗き込むと、
吉琳は何かを誤魔化すように視線を逸らせ、小さな声で答える。
吉琳 「すみません…大丈夫です」
(気がかりな事がありそうな表情ですが…)
理由を訊ねかけたその時、馬車が停まり、ジルと吉琳は公務へ向かった。
***
その夜…―
遅い時間に公務を終えたジルは、気持ちを入れ替えるために時計塔を訪れた。
(恋人同士であれば、遠慮する必要もないのでしょうが…)
昼間の吉琳の様子が気になりつつも、
まだ恋人としての記憶の戻らない彼女の部屋を夜更けに訪ねるのはためらわれた。
(やはり、明日の朝にするべきでしょう)
螺旋階段を上っている途中、自分のもの以外に響く靴音に気づき、足を止め…―
(この足音は…)
=====
まだ恋人としての記憶の戻らない彼女の部屋を夜更けに訪ねるのはためらわれた。
(やはり、明日の朝にするべきでしょう)
螺旋階段を上っている途中、自分のもの以外に響く靴音に気づき、足を止め…
(この足音は…)
振り返り、ゆっくりと階段を下りながら、口を開く。
ジル 「…プリンセス」
吉琳 「っ…!」
階段の途中には、息を切らした吉琳の姿があった。
ジル 「このような時間に、何をされているのですか?」
吉琳 「ジルに…話があって…」
ジル 「ここに来れば、私に逢えると…確信されての行動ですね?」
訊ねるようにしながらも、吉琳が向ける表情の変化に気づき、その手を取る。
吉琳 「…はい。ユーリにジルの居場所を聞いたら、時計塔に向かうのを見たと言われたんです」
ジル 「そういう事でしたら、特別に目をつむりましょう」
ジルは少し不安げな吉琳を、安心させるように微笑んだ。
ジルは吉琳と指を絡めたまま階段を上りきり、改めて向き合う。
ジル 「…私に、話というのは?」
吉琳 「……」
おおよその見当はつきながらも言葉を待っていると、吉琳は意を決したように口を開いた。
=====
おおよその見当はつきながらも言葉を待っていると、吉琳は意を決したように口を開いた。
吉琳 「一番大切な気持ちを、忘れてしまって…本当にごめんなさい」
吉琳は馬車でジルが抱きとめた時をきっかけに、
今までの記憶を徐々に思い出していったと、微かに瞳を潤ませた。
ジル 「謝る必要はありません。私は貴女を信じていましたから」
(ようやく…恋人として接することが出来ます)
ジルは安堵と喜びで満たされるのを感じながら、
吉琳の目元を、慈しむように指の腹で優しく拭う。
吉琳 「でも、不安にさせてしまいましたよね…?」
吉琳はジルの手を握り、真っ直ぐすぎるほどの眼差しで見つめた。
(この目に、嘘はつけませんね…)
こんな事態を招いたのは、自分の愛情が足りなかったせいではないかと、
胸に押し寄せた後悔の念も今は消え、ただ温かな想いで満たされている。
ジル 「…全く不安を感じなかったと言えば、嘘になるかもしれません」
ジル 「ですが、もし貴女が私との事を思い出せなかったとしても」
ジル 「何度でも、恋をして頂けるように努力しますよ」
穏やかな気持ちで微笑むと、
吉琳は、ジルの手を自分の胸元に引き寄せながら囁いた。
吉琳 「ジルだけを愛しています」
吉琳 「今までも、これからも…ずっと」
待ち焦がれていた言葉が、胸の奥まで沁み渡る。
ジル 「…貴女は、本当に……」
(どうして、欲しい言葉がわかるのでしょう)
目が合うと、ただそれだけだというのに、抑えきれない感情がわき上がり…―
=====
待ち焦がれていた言葉が、胸の奥まで沁み渡る。
ジル 「…貴女は、本当に……」
(どうして、欲しい言葉がわかるのでしょう)
目が合うと、ただそれだけだというのに、抑えきれない感情がわき上がり…
(このままこうしていると、吉琳をどうにかしてしまいそうです)
吉琳の手を握り込み、ジルは笑みを向けた。
ジル 「部屋までお送りします」
吉琳 「っ、待って…」
手を離しかけた瞬間、服の裾をつかまれ、唇に柔らかなぬくもりが触れた。
ジル 「吉琳…」
吉琳 「突然こんなことをしてしまって、ごめんなさい…」
(どうして、貴女は…こんなにも私の心を乱すのでしょうか)
恥ずかしそうに頬を染めながら手を引く吉琳に、
もう、自分を抑えることなど出来なかった。
ジル 「…貴女からのキスを、私が拒むとお思いですか?」
吉琳 「それは…」
ジル 「もっと早くこうして欲しかった…そんなわがまま気持ちを抱いてしまいましたよ」
囁きながら顔を近づけると、吉琳は、恥ずかしそうに視線を逸らす。
ジル 「やはり貴女にはご褒美よりも、お仕置きが必要でしたね」
吉琳 「…んっ」
吐息を奪うように、深い口づけを繰り返していく。
息継ぎであがる微かな声や、わずかに震える身体に想いが高まった。
ジル 「…吉琳が悪いんですよ」
ジル 「こんなにも待たせた上に、突然私の心を乱すのですから」
(想いを、確かめ合ったばかりだというのに)
(どうしようもなく、自分だけのものにしてしまいたくなります)
吉琳 「ジ、ル…」
潤んだ瞳で息をつく吉琳を、見おろし、塞いでいた唇を離しながら、
自分だけを映す瞳を見つめて囁いた…―
ジル 「貴女が可愛いらしいことをするので、抑えが利きません」
ジル 「私の心を乱した責任は…取ってくれるのでしょう?」
ジルは、この後のことを思い、吉琳に意味ありげに微笑んだ…─
fin.
第3話-スウィート(Sweet)END:
ジル 「お約束のご褒美ですよ」
ジル 「これから城下に向かいます」
吉琳 「えっ…本当に大丈夫ですか?」
ジル 「もちろんです。行先も、貴女の希望で構いません」
ジルが公務の予定が変わったと告げると、
吉琳は嬉しそうにお礼を言い、ぱっと立ち上がった。
(どこまでも素直で、可愛いらしいですね)
***
ジルは吉琳と一緒に、スコーンの有名店に向かった。
(ここも二人で立ち寄った店ですが、ただの偶然でしょうか)
ジル 「スコーンも紅茶も香り豊かで、とても美味しいですよ」
吉琳 「ジルに気に入って頂けて、私も嬉しいです」
アールグレイの香りが漂う店内でゆったりとした時間を過ごす中、
柔らかく微笑んだ吉琳に、ジルも笑みを返す。
(吉琳も、以前のように心を開いてくれている気がしますし…)
ジル 「…城下へ行きたいと言った、本当の理由をお訊ねしてもよろしいでしょうか?」
ただのわがままとは思っていないと続けると、
吉琳は、少しだけ困ったように笑みをこぼした。
吉琳 「…ジルは、何でもお見通しなんですね」
=====
吉琳 「…ジルは、何でもお見通しなんですね」
吉琳は、恋人として過ごしていた事を、思い出せそうな場所に行きたかったと話す。
(吉琳も、私と同じことを考えていたのですね)
吉琳 「わがままを叶えてくれて、ありがとうございました」
ジル 「この程度の可愛いわがままでしたら、いつでも聞いて差し上げます」
さらりと告げると、吉琳は頬をほんのり赤く染めた。
ジル 「…実は、ここは以前にも二人で訪れた店なんですよ」
吉琳 「そうだったんですね…! ジルと一緒に行けたら、楽しいだろうなと思ったんです」
ぱっと顔を輝かせる吉琳の表情に、淡い期待が胸を過る。
(このまま自然と記憶が戻ってくれるといいですね)
***
そうして日も暮れかけた頃…―
ジルと吉琳は城下を巡り、高台から街の景色を眺めていた。
吉琳 「綺麗な夕焼けですね」
ジル 「ええ。貴女と一緒に見ると、より美しく感じられます」
ジルが橙色に染まる街並みから吉琳に視線を移すと、
吉琳は少し照れたように頬を染め、ふわりと微笑み…―
=====
吉琳 「綺麗な夕焼けですね」
ジル 「ええ。貴女と一緒に見ると、より美しく感じられます」
ジルが橙色に染まる街並みから吉琳に視線を移すと、
吉琳は少し照れたように頬を染め、ふわりと微笑み…
吉琳 「私も…見慣れたはずの景色が、特別に見えます」
吉琳 「ジルとこんな時間を過ごせることが、幸せだなと…」
囁かれた言葉に、吉琳と想いが重なっていくのを感じた。
(記憶を失っているのは、たった数日のことだというのに)
(このように過ごせることが、懐かしく…とても特別に感じられます)
ジル 「貴女も、私に惹かれている…」
ジル 「そう言って下さっているように聞こえますよ」
吉琳 「あ…」
少しからかい交じりに言うと、吉琳は恥ずかしそうにしつつも、はっきりと言葉を続けた。
吉琳 「まだ記憶は曖昧なままなのに、こんなこと言ってしまって、すみません…」
吉琳 「でも…ジルと話していると、温かい気持ちになって…」
吉琳 「私にとって、ジルは特別な存在なんだと感じています」
ジル 「吉琳…」
(貴女の想いも私にあるなら)
(もうこれ以上、気持ちを抑えることなど出来ません)
蓋をしていた感情が溢れ出すのを感じた瞬間、
ジルは吉琳の真っ直ぐな瞳を見つめながら、腕を伸ばし…―
=====
ジルは吉琳の真っ直ぐな瞳を見つめながら、腕を伸ばし…
ジル 「記憶は、戻らないままでも構いません」
衝動的に吉琳を抱きしめ、その耳元で想いを伝えていた。
ジル 「貴女との思い出は、全て私が覚えていますから」
ジル 「何よりも大切な吉琳と、共に過ごす…」
ジル 「これからの時間を、大切にしたいと考えています」
赤く染まった頬を包み込んで、心からの想いを言葉にすると、
吉琳は唇を震わせる。
ジル 「吉琳…?」
吉琳 「ジル…私…」
(もしかすると…)
ジル 「…私とのことを、思い出してくれたのですか?」
吉琳 「はい…っ」
胸に飛び込んできた吉琳を受け止め、なだめるようにその背を撫でる。
ジル 「でしたら…顔をあげてください」
吉琳 「ごめんなさい、今は…無理です」
ジル 「どうしてです?」
吉琳 「…恋人に、見せられる顔じゃないので…」
消え入りそうなその声に、思わず笑みがこぼれた。
(…無自覚なのでしょうが、それでは私を煽るだけです)
ジル 「貴女は、可愛いことばかり言いますね」
ジル 「でも、駄目です」
吉琳 「え…」
ジルは自分だけが知っている、恋人の表情を引き出すために、
しがみつくようにしている吉琳の顔を、吐息のかかる近さで見つめ…―
=====
ジル 「貴女は、可愛いことばかり言いますね」
ジル 「でも、駄目です」
吉琳 「え…」
ジルは自分だけが知っている、恋人の表情を引き出すために、
しがみつくようにしている吉琳の顔を、吐息のかかる近さで見つめ…
ジル 「ようやく、恋人として接することが出来るというのに」
ジル 「このままだと…キスが出来ませんから」
吉琳 「…っ」
少し意地悪な笑みを浮かべると、
瞳をうるませ、頬を赤く染めた吉琳が、小さく息を飲んだのが分かった。
ジル 「愛していますよ、吉琳」
(吉琳の時間が巻き戻ったことで)
(揺るぎない想いに、改めて気づかされたような気がします)
ゆっくりと瞳を近づけていくと、吉琳は静かにまつ毛を伏せて囁く。
吉琳 「私にも伝えさせて下さい」
吉琳 「誰よりも…ジルを愛しています」
(もし、また同じような事があったとしても)
(吉琳と出逢い恋に落ちた、あの日と同じように、)
(私たちなら、何度でもやり直すことが出来るでしょう)
優しく微笑む吉琳と、確かに心が重なったことを感じながら、
特別な想いを込めてキスをした…―
fin.
エピローグEpilogue:
惜しみなく愛情を注いでくれる彼と共に、困難を乗り越えたあなた。
二人の間には再び、甘く幸せな時間が訪れて…―
ジル 「私の心を乱した責任は…取ってくれるのでしょう?」
(…可愛すぎるのも、困ったものですね)
こぼれた淡い吐息に誘われるように、
ジルはドレスのリボンに指をかける。
ジル 「愛していますよ、吉琳」
変わらぬ想いを伝え合い、彼との絆はより深くなる…―