本編プリンスガチャ
◆ 恋の予感
『気持ちが動く瞬間』
◇ 恋の芽生え
『繋いだ手の意味』
◆ 恋の行方 ~夢見るプリンセス~
『この恋を守る力』
◇ 恋の行方 ~恋するプリンセス~
『過去とこぼれる涙』
◆ 恋の秘密
『星のような恋』
◆ 恋の予感
『気持ちが動く瞬間』
――…お披露目パーティーが終わり、ゼノとアルバートは階段を下りて行く
(…ウィスタリアのプリンセスは今ごろ人に囲まれているのだろうな)
どこか緊張しながらも、人に笑いかける姿を思い出していると……
吉琳 「あの…っ」
ゼノ 「……?」
ガラスの靴が鳴り響く音と、必死に呼び止めようとする声がする。
振り返ると、そこには肩で息をしたプリンセスが立っていた。
アルバート 「ダンスパーティーの主役がこんなところで何をされているんですか?」
吉琳 「ゼノ様に、最後にお話しさせて頂きたいことがあって」
(…話、とは何だ?)
それでも自分を見つめる瞳があまりに真剣で言葉がこぼれる。
ゼノ 「アル、先に」
アルバート 「…はい、ゼノ様」
吉琳 「引き止めてしまい申し訳ありません、アルバートさん」
アルバート 「いえ、先に行って車の手配をして来ます」
アルバートに頭を下げると、プリンセスは階段をゆっくり下りて来て、
目の前で足を止めて自分を見上げた。
ゼノ 「それで、話したいこととは?」
吉琳 「まず、謝らせてください」
吉琳 「初めてお会いした時、ゼノ様だと知らず大変失礼なことをしました」
落ちたところを助け、自分のことを知らずに無邪気に話していた姿を思い出す。
ゼノ 「気にするな」
ゼノ 「顔を合わせたことがなかった。仕方がないことだろう」
それだけ告げると、目の前の瞳が何か言いたげに揺れる。
(…?)
プリンセスは少しの間の後、意を決したように言った。
吉琳 「ゼノ様、…なぜあの時、名前を教えてくださらなかったのですか?」
ゼノ 「…………」
(なぜ…名を名乗らなかったのか、か)
別れる間際に交わした言葉が思い出された。
*****
吉琳 「あの…!」
??? 「どうした」
吉琳 「名前を教えて頂けますか…?」
??? 「また、すぐに会うことになる」
??? 「…ではな」
*****
(……名乗ることは簡単だった。だが…)
(俺はなぜあの時、自分の名を口にしなかった?)
答えが見つからなくて、ありきたりな言葉をこぼす。
ゼノ 「一国の主としてこの場に呼ばれている」
ゼノ 「それならば、公の場で名乗るが礼儀だろう」
そう口にした瞬間、プリンセスの首筋が微かに赤く染まる。
ゼノ 「…どうかしたのか?」
吉琳 「いえ、変なことをお聞きして申し訳ありません」
夜の静寂が包む中、息をつく。
(…このまま引き留めるわけにはいかない)
ゼノ 「行くといい」
ゼノ 「きっと皆ダンスホールでお前を待っているはずだ」
吉琳 「はい」
ゼノ 「ではな、ウィスタリアのプリンセス」
振り返る瞬間、プリンセスが深く頭を下げる姿を視界の端に捉えた。
そのまま振り返ることなく、階段を下りて行く。
***
外に出ると、少しだけ冷たい風が頬を撫でる。
一瞬だけ後ろを振り返ると、大きな扉の向こうにはもうプリンセスの姿はなかった。
(…別れ際は、随分と堅い表情をしていたな)
どこか堅い表情を思い出すと、それとは反対に屈託のない笑顔を思い出した。
*****
吉琳 「数日前にプリンセスに選ばれたばかりの私が立っていられるのは…」
吉琳 「このガラスの靴が背中を押してくれているからだと思っています」
吉琳 「けど、いつか…」
??? 「…………」
吉琳 「このガラスの靴に相応しいプリンセスになりたいんです」
*****
自分の瞳を真っ直ぐに見つめて、自分の気持ちを話す姿にふと気づく。
(…そうか。あの時、名を名乗らなかったのは)
(あの笑顔が消えることが惜しいと思ったからだ)
名前も、身分も知らないままで交わした言葉は何に偽りもない、
プリンセスの正直な想いだった。
隣国の国王と知ったら、あの屈託のない笑顔を見ることはなくなるかもしれない。
(…そのために自分の名を名乗らなかったなど)
(どうかしてるな)
苦笑いをこぼすと、遠くにアルバートの姿が見えた。
プリンセスから背を向けて、また真っ直ぐに歩き出す。
(次に逢う時は、お前はどんな顔で笑っているのだろうか)
(…俺は、どんな気持ちでそれを見つめるのだろうか)
考えたところで、答えなど出ない。
空を見上げると、そこには数時間前と変わらない星が瞬いていた…――
◇ 恋の芽生え
『繋いだ手の意味』
(ん…、……っ…)
――…ゼノ様
(この声は…吉琳の声だ)
柔らかい声と、淡い陽ざしが瞼にかかりゆっくり目を開けると……
吉琳 「…………」
降り注ぐ光の中で、吉琳が繋がれたままの手を見つめていた。
(…起こすために名前を呼ばれたのかと思っていたが)
吉琳を見る限り、起きている気配に気づく様子もない。
まるで愛おしいものでも見るように、手を見つめている姿に見入っていると……
吉琳 「手、離したくないな…」
不意にこぼされた独りごとに、胸が掴まれたような気持ちになる。
(…不意打ち、だな)
ゼノ 「…ならば、離さなければいいと思うが」
半身を起こして言うと、吉琳の顔が一気に赤く染まる。
吉琳 「…っ…ゼノ様、起きていらっしゃったんですか」
ゼノ 「お前の声で、目が覚めた」
ゼノ 「朝から、随分と嬉しそうな顔をするのだな」
繋いだ手と吉琳の顔を交互に見つめて、目を細めた。
吉琳 「…こうして、何の理由もなく手を繋いだのは初めてですから」
ゼノ 「…何の理由もなく?」
意味がわからないまま尋ねると、吉琳は思い出すように呟く。
吉琳 「ゼノ様と初めて手を繋いだのは、報道記者から逃げた時です」
(…確か、あの時)
*****
衛兵 「カメラを降ろせ!無礼だ」
報道記者 「…!」
アラン 「…ったく、口で言ってもああいう奴らは聞かねえよ」
衛兵 「アラン殿!?」
ゼノ 「…こっちだ」
吉琳 「ゼノ様…?」
ゼノ 「行くぞ」
*****
(…そんなこともあったな)
ゼノ 「ああ、覚えている」
吉琳 「二回目は…王妃候補だとダンスホールでゼノ様が仰った時ですね」
その記憶が鮮明に心の中にあった。
*****
報道記者 「ウィスタリアのプリンセス…!」
報道記者2 「この言葉を受けて、一言頂けますか」
吉琳 「…っ…」
ゼノ 「詳しいことを話す機会は別途設けよう」
ゼノ 「…来い」
*****
(言われてみれば、確かに手を引いてばかりいる)
吉琳は柔らかい笑みを唇に滲ませると、言葉を重ねていく。
吉琳 「どちらも私には大切な思い出ですが…」
吉琳 「こうして何の理由もなく手を繋げることが凄く幸せだと思います」
(…何の理由もなく、か)
その笑顔に、今まで自分が手を繋ぐ意味など考えたこともなかったこと、
そして自分から手を取ったことが、初めてだと気づいた。
(…気持ちというのは存外、行動に出るらしい)
(お前だから、手を伸ばそうと思う)
(そして…こうして手を、繋いでいたいと思うのだろうな)
ゼノ 「お前が望むなら、何度だってこの手を取ろう」
吉琳の手をぎゅっと握り返して言うと、吉琳の掠れた声が響く。
吉琳 「…離せなくなってしまいそうです」
繋がれた手を吉琳の手が、またそっと握り返す。
ゼノ 「それもいいかもしれないな」
(…ずっと手を繋いでいるということは、お前とずっと共にあるということだ)
繋いだ手の甲に触れるだけのキスを落とすと、
吉琳が目を見開く。
ゼノ 「だが…、このままでは着替えることはできないが」
吉琳 「そう…、ですね」
(ずっと繋いでいたいが、仕方ない)
お互いに繋いでいた手をそっと離してシャツを手に取って羽織る。
ゼノ 「…………」
振り返ると、吉琳がまた目覚めた時のように手のひらを見つめて、
甘く微笑むから手を伸ばしたくなる衝動に駆られた。
*截圖 7/24 03:51
(…何度だって手を取ろう。)
(お前のそんな笑顔が見られるなら)
そして、いつか吉琳から手を差し出してくれる日が来るといい。
そんなことを考えながら、甘く幸せな朝は過ぎていった…――
◆ 恋の行方 ~夢見るプリンセス~
『この恋を守る力』
――…王妃候補としての関係を解消する、そして次に吉琳がした願いごとは、
一曲の間だけ恋人同士として踊りたいというものだった。
ゼノ 「…………」
ふっと音楽が止まって、視線が重なり合う。
吉琳 「…曲、あっという間に終わってしまいましたね」
(…そんならしくない顔で、笑うな)
繋いでいた手を、吉琳がゆっくり離そうとする。
(このまま、離したら…お前の笑顔を二度と見られない気がする)
ゼノ 「…………」
離れかけた指先を掴んで、再び手を握る。
ぎゅっと握り、そのまま次の曲から逃げるように手を引いて走り出した。
***
吉琳 「ゼノ様…っ」
足を止めると、今まで見たことがないような感情的な瞳に捉えられる。
ゼノ 「…離そうとするならば」
ゼノ 「お前からこの手を振り解け」
吉琳は息を呑むと、そのまま繋いだ手を見つめて立ち尽くす。
ゼノ 「…振り解け」
そう告げると、涙で滲んだ声が聞こえた。
吉琳 「できるわけ…ありません」
ゼノ 「…………俺もだ」
吉琳がふっと視線を上げて、瞳を大きく揺らす。
吉琳 「ゼノ…、様」
(…お前の守ろうとする強さも)
(その気持ちゆえに、壊すことに怯える弱さも知っている)
(だからこそ…)
ゼノ 「お前の優しさがこの手を繋いでいることを拒んだとしても…」
ゼノ 「俺は、この手を離すつもりはない」
握ったままの手から、温かな体温が伝わってくる。
その温かさに、吉琳がアルバートにこぼした言葉を思い出す。
ゼノ 「吉琳」
吉琳 「……はい」
ゼノ 「お前は、俺の幸せはお前といることではないと言ったな」
吉琳 「……っ…」
*****
アルバート 「…ゼノ様の幸せは、あなたと共にあることです」
吉琳 「違います……」
アルバート 「…プリンセス?」
吉琳 「…ゼノ様の幸せは、私と一緒にいることじゃないはずです」
アルバート 「………どうして」
*****
吉琳 「聞いていたのですか…?」
ゼノ 「ああ…」
吉琳がひどく混乱したような表情で顔を背ける。
吉琳 「あの言葉が全てで…」
(もう…これ以上、嘘をつかなくていい)
言いかけた言葉を塞ぐように、手を引いて腕の中に閉じ込める。
吉琳 「ゼノ…様…」
ゼノ 「いくらお前だとしても…」
ゼノ 「俺の幸せを勝手に決めることは許さない」
吉琳 「……っ…」
腕の中に閉じ込めたまま、お互いの鼓動だけが重なっていく。
ゼノ 「…一度、お前を離すと口にした理由はわかるか…?」
吉琳が腕の中で首を振る。
ゼノ 「お前の不安を全て消して」
ゼノ 「またこの腕に取り戻すためだ」
吉琳 「それは…」
(俺の幸せは、お前と共にある)
それは、何の迷いもない事実だった。
ゼノ 「……その時に、お前が俺のそばにいることを選ぶのか」
腕を解いて、吉琳の瞳を見つめる。
ゼノ 「好きに決めればいい」
(今、どんな言葉を伝えても…吉琳は手を伸ばせない)
(それなら…――)
その言葉だけを残して、吉琳から背を向けて歩き出す。
(俺は全てを守るためにこの力を使おう)
(この恋を守るために)
ずっと抱きしめていたい姿から、どんどん遠くなっていく。
だけど、必ずまたこの腕で抱きしめる、そう心の深い部分で誓った…――
◇ 恋の行方 ~恋するプリンセス~
『過去とこぼれる涙』
――…四方をピストルを持った男、そして貴族院がゼノとアルバートを囲む
ゼノ 「俺は二度とあの様な過去を繰り返すつもりはない」
アルバート 「…………」
議員 「今まで貴方は我々に目を光らせてはいても、何も表立った行動をしてこなかった」
議員 「…そこまで貴方を動かす理由があるすれば」
議員 「あの…プリンセスの影響ですよね?」
ゼノ 「ああ、そうだ」
ゼノ 「国が開けた」
ゼノ 「そして、シュタインに住む人々の心が動き始めた」
議員 「…………」
(全て、吉琳の力だ)
ゼノ 「今まで隠していたことは、遅かれ早かれ露呈するはずだ」
ゼノ 「それに気づいているから、お前たちも動き出したのではないか?」
議員 「……っ…」
(シュタインは、陽が差してもどこか影がある国だった。だが…)
ゼノ 「国が明るい方に進むということは、影が消えるということだ」
ゼノ 「もう静観するつもりはない」
深く息をついて、周囲に視線を走らせる。
ゼノ 「悪い芽は、根絶やしにしなければな」
議員 「摘み取る方法がなければ…摘み取れませんよ」
ゼノ 「…ならば、いくらでも探そう」
大講堂は気味が悪いほどの静寂に包まれる。
(きっといくらでも、いくつでも方法はある)
(諦めなければ、きっと光は差す)
ゼノ 「傷ついた過去は決して消えない…」
ゼノ 「だが、その過去の上に立ち、そこに立つ者を導くことが」
ゼノ 「王としての宿命だからだ」
アルバート 「…………」
議員 「ゼノ様…、貴方の大切にしているプリンセスがどうなっても…」
議員 「同じことが言えるのですか…?」
ゼノ 「……?」
(…何を言っている)
議員はにやりと口角を上げると、影際にいた一人の男に向かって声を上げる。
議員 「今すぐにウィスタリアのプリンセスを捕えて来い…っ!」
(……っ…)
男性 「…はっ」
男性が重い扉に手をかけたその瞬間……
??? 「出ていかせるわけないじゃん」
男性 「う…っ」
男性が床に倒れる音がして、明るい声が響いていく。
ユーリ 「…ヒーローは遅れて登場って相場が決まってるんだ」
ユーリ 「ごめんね?」
アルバート 「…ユーリ」
議員 「お前は……」
ユーリ 「俺はただの執事だよ」
ユーリ 「……けど、プリンセス…そしてゼノ様に危害を加える者には容赦しない」
ユーリが上体を起こして言い切ると、アルバートが隣に並ぶ。
アルバート 「国王陛下に銃を向け」
アルバート 「プリンセスを誘拐する命令まで下した…」
アルバート 「この事実に、ロベール殿の調査書が揃えば貴方がたが圧倒的に不利だ」
ユーリ 「最悪、ここにいる全員、国から追放…なんてありえるかもね」
その時、銃を構えていた男の一人が狼狽した声を上げる。
男性 「おい…っ!こんな話、聞いてねえぞ。上手くいけば、多額の金が手に入る」
男性 「そう言ったのは、貴族院…てめえらじゃねえか!」
議員 「……待て」
男性 「国王を脅して手を組んで、のちに権力を奪うなんてただの虚言だろ…?」
男性 「この脳なしが…っ!結局、国を追われんなら…っ」
議員 「…!!」
(………!)
議員に銃が向けられて、カチリと音が鳴ったその瞬間……
ゼノ 「……っ」
大講堂に銃声の音が鳴り響く…――
(……くっ)
脇に痛みを覚えて、ゆっくり目を開けると……
ユーリ 「ゼノ様…!!」
アルバート 「今すぐに医師の手配を!!」
(…俺は)
霞む意識の中、狼狽した二人の表情と騒がしい足音が響いていく。
ゼノ 「大丈夫だ…、そんな情けない顔をする…な」
アルバート 「………ゼノ…様」
心臓が脈を打って、意識を保っていられなくなる。
しだいに二人の声が遠くなり、白くなっていく景色の中、
吉琳の顔を思い出す。
――…ゼノ様
(今まで、こういう日が訪れることを常に覚悟していた)
(いつこの命が消えても仕方のないことだと思っていた。だが……)
吉琳と最後に交わした言葉が、頭の中で再生される。
*****
ゼノ 「…ここに、誓おう」
ゼノ 「…シュタインが抱える問題を」
ゼノ 「お前の顔を曇らせることを全て解決して…」
ゼノ 「必ず、お前を迎えに来ると」
吉琳 「……私は、ゼノ様…あなたが大切なんです」
ゼノ 「…………」
吉琳 「きっとあなたが想う以上に」
ゼノ 「…ああ」
吉琳 「だから…っ」
ゼノ 「…………」
ゼノ 「……もう、言葉にしなくていい」
吉琳 「…ゼノ、様?」
ゼノ 「楽しそうに笑っている声が、お前には一番似合うからな」
ゼノ 「…次に、逢えたその時に」
ゼノ 「お前を抱きしめたい」
*****
(…吉琳、お前にもう一度逢いたい)
(頬をつたう涙を、もう…見たくはない)
笑った顔が見たい、もう強がらなくてもいい場所でありたい。
死に近づいていくほどに、願いが込み上げる。
(…お前と交わした約束は、何があっても守ろう)
(この腕で、お前を抱くまで……俺は…――)
吉琳の笑顔を想いながら、ゼノは深い眠りに落ちていった…――
◆ 恋の秘密
『星のような恋』
――…透き通った夜空に、数えきれないほどの星が瞬く夜
執務が片づき、外に出ると……
(…吉琳?)
庭には目を細めて、夜空の星を見つめる吉琳の姿がある。
一緒にいて、星を見上げる横顔を見つめるのはもう何度目かになっていた。
吉琳 「…あ、ゼノ様」
星を映していた瞳が、自分に向けられて隣に立つ。
ゼノ 「星を眺めていたのか?」
吉琳 「はい、今日は旅人の目印がすごく綺麗に光っていますから」
その言葉に、動くことのないたった一つの星を見つめて、
吉琳と前に交わした言葉を思い出す。
*****
吉琳 「ゼノ様、あの星はポラリスというそうです」
ゼノ 「ん…?」
ゼノ 「ああ、動かない星のことか」
吉琳 「動かない星、ですか…?」
ゼノ 「ああ、幼い頃聞いたことがある」
ゼノ 「あの星は動かないから旅人の目印になると」
吉琳 「なんだか、素敵な話ですね」
ゼノ 「そうだな、過去の記憶が薄れてもこの話だけは鮮明に覚えている」
ゼノ 「そんな星が、空にあるだけで人は救われるのではないか」
ゼノ 「そんなことを幼心に考えた」
*****
いつからか、吉琳はポラリスのことを旅人の目印と呼ぶようになっていた。
(……旅人の目印、か)
幼い頃、幽閉塔からのぞく星を見つめることに意味などなかった。
だけど、誰かに教えてもらったその話は、ずっと心に残り続けていた。
(幽閉塔を出て、いつか旅人の目印のような国の指針になりたい)
その時の自分には、その話が唯一の希望で、光のように思えて、
必死に背伸びをして窓から星に手を伸ばしてみたけれど、
星は捕まえられなかった。
(…今、思い描いた自分になれているのかはわからないが)
夜風と共に息をつくと、吉琳がふわっと微笑んだ。
ゼノ 「…どうかしたか?」
吉琳 「いえ、ただいつもあの旅人の目印を見る度に思うんです」
吉琳 「あの星は、ゼノ様みたいだって」
ゼノ 「あの星が、か?」
吉琳 「はい、ゼノ様がいるだけで、皆が前を見て歩き出せます」
吉琳は屈託のない顔で笑う。
吉琳 「それで皆、迷わずに歩いて行ける。だから、ゼノ様は旅人の目印なんです」
その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなった。
(…いとも簡単に心を救いあげる)
(吉琳のこの嘘のない言葉に、どれだけ救われたかわからないな)
微笑み返し、吉琳の綺麗な瞳を覗き込む。
ゼノ 「では、俺が迷った時はどうする?」
吉琳 「それは……」
少しだけ込み上げた悪戯心のようなもので尋ねると、
吉琳は少しの間の後に呟いた。
吉琳 「…こうします」
吉琳は首筋を赤く染めながら、軽く両手を広げた。
(……?)
吉琳 「…両手を広げたまま、ゼノ様のことをいつまでも待ちます」
思いがけない言葉と、照れたままの表情が愛しくて笑みがこぼれる。
(…敵わない)
ゼノ 「迎えにきてはくれないのだな?」
吉琳 「あ…」
短く声を上げる姿にまた笑みをこぼして、その体を抱きすくめた。
抱きしめたまま星空を見上げていると、吉琳が思い出すように呟く。
吉琳 「…ゼノ様に、初めてお逢いした時、今とは違った意味で星のようだと思ったんです」
ゼノ 「違った意味とは?」
吉琳 「私は期間限定プリンセスで、ゼノ様は国王陛下」
吉琳 「なんだか遠い空にある星のように、手が届かない方だと思っていました」
その言葉に、初めて吉琳と話した夜を思い出す。
*****
吉琳 「…ありがとうございます」
??? 「いや」
??? 「星が落ちてきたのかと思ったな」
吉琳 「星が…?」
??? 「今まで幾度となく空を見上げてきたが」
??? 「人が落ちてきたことは初めてだ」
*****
(…あの夜は、忘れられないな)
ゼノ 「俺もお前を、星のような人だと思ったがな」
吉琳 「え…?」
ゼノ 「後にも先にも、空から星のように降ってくるのはお前くらいだろう」
吉琳 「…っ…ゼノ様と私では言葉の意味が違います」
ゼノ 「言葉の意味…?」
吉琳が頬を染めて腕の中で、少しだけ拗ねたように目を伏せる。
吉琳 「私がゼノ様を星のようだと思ったのは…」
吉琳 「ゼノ様を好きになり始める予感がしていたからです」
吉琳 「近づきたい…だから、縮まらない距離が遠く感じたんですよ」
その言葉に、笑みをこぼすと吉琳の頬がまた淡く染まる。
(…同じだと思うが)
吉琳を腕に抱き留めた瞬間から、全て始まった。
(…今、思えばあの時から、恋は始まっていたのかもしれないな)
恋をするという感情も、好きという言葉も知らなかった自分を変えられて、
心の底にあった想いに気がつく。
(お前は…俺の最初で最後の恋だ)
ゼノ 「吉琳」
吉琳 「はい…?」
ゼノ 「俺もあの瞬間、お前を好きになり始める予感がしていたと言ったら」
ゼノ 「…どうする?」
柔らかい髪を撫でながら尋ねると、吉琳は目を見開いて、
まるで息をするように言った。
吉琳 「……笑われるかもしれませんが、運命の恋だと思います」
ゼノ 「ああ、そうだな」
(お前が言うのなら、この恋はきっと運命なのかもしれない)
互いに手を伸ばして、星に焦がれるような気持ちで恋を重ねて今がある。
(…いや、この恋は運命だ)
吉琳の体を抱きしめると、やけに温かくて心が揺さぶられる。
幼い頃、手を伸ばしても届かなかった星に手が触れたような気がした…――