恋人はイケナイご主人様~ご褒美は秘密のキス~(ジル)

標

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ジル>>>

介 吉爾

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第1話

第一話:

吉琳:遅くなって申し訳ありません…!
ご主人様であるジル様のところに駆け寄ると、ぐっと腕を引かれる。
ジル:いけないメイドに、お仕置きをしましょうか…?
吉琳:…っ…ジル様
耳に吐息が触れて、頬が熱くなる。
恥ずかしさに目を伏せると、ジル様は何事もなかったように顔を離して微笑んだ。
ジル:冗談ですよ。帰りましょうか、吉琳
吉琳:はい…

(ジル様といてこんな風にドキドキするようになったのは、いつからだろう)

少し前を歩くジル様を見つめ、おそばでお仕えしてきた日々を思い返す。

(いつの間にか、ご主人様としてではなく一人の男の人として)
(ジル様を好きになってしまっていた…)

まだドキドキと震える胸でため息をつき、一瞬ジル様の吐息が触れた耳に手を添える。

(耳の熱がしばらく冷めそうにない…)

***

――…翌日の朝
吉琳:ジル様…?
ノックをして部屋に入ると、ジル様はまだベッドに入られたままだった。
ジル:…吉琳ですか

(いつもなら私たち使用人が来る頃には目を覚ましているのに…)

少し気だるそうな声が聞こえてベッドに近づいて行く。
吉琳:どこか具合が悪いのですか…?
ジル:大丈夫です、少し寝不足なだけですよ

(でも、いつもより顔色がよくない)

吉琳:本当に寝不足のせいですか?
ジル:ええ

(メイドとしては、あまり褒められた行動ではないかもしれないけど…)

吉琳:…少し、失礼します
ジル様の額に手を伸ばし、熱を計る。
手のひらから伝わる体温は随分と熱を持っていた。
吉琳:やっぱり熱いです。寝不足じゃなくて風邪なのでは…
心配で顔を覗き込むと、ジル様の唇に微かな笑みが浮かぶ。
吉琳:ジル様?
ジル:貴女はこういう時、少し強引になるのですね
吉琳:あ…申し訳ございません、ご主人様にこんなこと
手を離そうとすると、追いかけてきたジル様の手に掴まえられて…――
ジル:そうですね…悪いと思うのなら…―
ジル:もう一度額に手を添えて頂けませんか?
吉琳:え?
ジル:貴女の手が冷えていて、気持ちがいいので
吉琳:は、はい…
導かれるままに、またジル様の額に手を置く。

(ジル様に触れていると、すぐに手が熱くなってしまいそう)

いつもより少しだけ熱いジル様の体温を感じながら、
ふとバレンタインにこっそりチョコレートを渡したことを思い出す。

〝吉琳:あの…ジル様〞
〝ジル:どうしました、吉琳?〞
〝吉琳:これを受け取って頂けませんか?〞
〝ジル:これは…〞
〝吉琳:バレンタインのチョコレートです〞
〝吉琳:今日たくさんの方からもらっているのは知っていますが…〞
〝ジル:…ありがとうございます〞
〝ジル:大切に頂きますね〞

(バレンタインの時は、渡しただけで好きだとは伝えなかったから)
(きっと、日頃の感謝を込めた贈り物だと思われてるんじゃないかな)

気持ちを伝えることも考えたけれど、断られるのが怖くて結局言えなかった。

(それに、ジル様とメイドの私では身分が違う)
(そばにいられるだけで幸せだと思わなくちゃ)

***

――…その日の午後
吉琳:どうしても行かれるのですか?
外出の準備を手伝いながら、そっとジル様を見上げる。
ジル:ええ、前々から行くとお返事をしていましたからね
吉琳:ですが…

(薬を飲んだだけで、まだ熱が下がっていないのに…)

そう言いかけるけれど、これ以上は差し出がましい気がして言葉を飲み込む。
心配で眉を寄せる私に、ジル様が念を押すように告げる。
ジル:いいですか、吉琳
ジル:熱があることは、パーティーが終わるまで誰にも伝えることは許しません
ジル:貴女と私、二人だけの秘密です。いいですね…?
吉琳:…承知いたしました

(ジル様にこう言われたら逆らえない。でも…)

吉琳:せめて、私がジル様をおそばで支えられたらいいのですが
吉琳:そしたら私、ジル様が倒れそうになってもきっと何とかしてみせます
ジル:まったく、貴女という人は…
柔らかな笑みがジル様の唇に刻まれ、すっと腕を取られる。
吉琳:ジル様?
ジル:こんな細い腕で、私を支えようと言うのですか?
ジル様は私の腕に戯れるように指先を滑らせる。
微かな感触に、恥ずかしさがこみ上げ、頬にじわりと熱が広がる。
吉琳:はい、必ず…
ジル:…そうですね、それもいいかもしれません
笑みを深めたジル様が私の顔を覗き込んだ。
ジル:では、支えて頂きましょうか、吉琳…?

(え……?)

***

(どうしてこんなことに…)

ドレスに身を包んだ私は、ジル様に寄り添いダンスホールに足を踏み入れる。
目の前にある華やかな世界に、無意識に身体が強張ってしまう。

(いくらジル様の頼みでも、やっぱり私にお相手が務まるわけないよ…)

ジル:吉琳、顔を下げないように
ジル:堂々としていてください
吉琳:…っ…はい
ジル:それから…
ジル様の手に、顎を持ち上げられて…――

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第2話

第二話:

ジル:それから…
ジル様の手に、顎を持ち上げられて……
ジル:表情は、どうするのでしたか?
ゆっくりと顔が近づいてきて、鼓動が跳ねあがる。

(ここに来る前に、車の中で教わったのは……)

間近に迫るジル様に、内心慌てながら口を開く。
吉琳:優雅な笑みを絶やさず…です
ジル:ええ、その通りです
ジル様は満足げに微笑み、優雅な仕草で私の手に触れる。
流れるように手がジル様の腕に導かれた。
ジル:行きますよ、吉琳
吉琳:…はい
着慣れないドレスの裾を踏まないよう気をつけながら、足を踏み出す。
頭の中では昼間のことを思い出していた…――

〝レオ:ジル様、アクセサリーはどうなさいますか?〞
〝ジル:そうですね…そちらの淡い紫色のネックレスを取って頂けますか?〞
〝鏡台に座っていた私は、後ろに立つジル様を振り返る。〞
〝吉琳:あの、ジル様…これは一体…〞
〝けれど顔にジル様の手のひらが滑り、やんわりと鏡の方を向かされてしまう。〞
〝ジル:ネックレスをつけますから、動いてはいけませんよ。おとなしくしていなさい〞
〝吉琳:……っ〞

〝(ジル様の指が、首筋に触れて……)〞

〝ジル:はい、できましたよ。どうです?〞
〝レオ:さすがジル様、どこからどう見ても立派なご令嬢に見えますよ〞
〝ジル:ええ、そうでなくては困ります〞
〝ジル:今夜の貴女と私は主人とメイドではなく、夜会のパートナーですので〞
〝吉琳:え……!?〞

〝(今、なんて……?)〞

〝目を見開く私に、ジル様は楽しげな微笑みを向ける。〞
〝ジル:私を支えてくださるのでしょう?〞
〝レオ:ジル様のことお願いね、吉琳ちゃん〞

(支えるとは言ったけど、まさかこんなことになるなんて…)

ジル:吉琳、何をぼうっとしているのです?
吉琳:あ…申し訳ございません
ジル:駄目ですよ、今夜は私だけを見ると約束したでしょう?
吉琳:そ、そんな約束をした覚えは…
ジル:そうでしたか?

(なんだかジル様、いつもより楽しそうに見える)
(慣れない場所に慣れない格好でいるのは落ち着かないけど)
(この表情が見られただけでも、今夜はここに来てよかった)

そう思っていると、優雅なワルツの演奏が響いてきた。
ジル:では…
吉琳:…はい
ジル様と向き合いお辞儀をすると、腰を引き寄せられる。

(あ……)

急に縮まった距離に胸を高鳴らせて、私はジル様に寄り添う。
互いに手を重ねてステップを踏み始めると、ジル様が感嘆したように息をついた。
ジル:驚いた…リードが必要かと思っていましたが、踊れるのですね?
吉琳:小さな頃、家の近くにダンスの先生がいたので…少しだけ教えて頂いたんです
ジル:なるほど、だから貴女は背筋が伸びていて歩き方がいつも綺麗なのですね
吉琳:え?

(いつも…?)

ジル様の顔を見上げようとした瞬間……
ジル:……――っ
吉琳:ジル様…!
ふいにふらついたジル様の体を、とっさに抱き止める。
吉琳:大丈夫ですか?
ジル:ええ…まさか本当に貴女に支えられるとは
そう囁く声が耳元をかすめる。

(ジル様の息、熱い…)
(きっと熱が上がってきてるんだ…)

吉琳:ジル様、今夜はもう帰りましょう
ジル:ですが…
吉琳:お願いです、ご自分の体を一番に考えてください
ジル:もっと貴女を他の方に紹介したかったのですが…そうですね
体を起こしたジル様が、困った顔で私を見つめる。
ジル:帰りましょうか、吉琳
ジル:これ以上貴女にそんな顔をさせる方が、苦しさが増しそうなので
吉琳:ジル様…
繋いだ手にぎゅっと力をこめて、歩き出す。
吉琳:はい、帰りましょう

***

屋敷に戻り、上着を脱がせジル様をベッドに寝かせる。
吉琳:濡らしたタオルと毛布を持ってきますから、少し待っていてください
その場から離れようとすると……
ジル:…駄目です
吉琳:え…、――っ
熱い手にぐっと手首を掴まれ、足がもつれてジル様に覆いかぶさってしまう。
吉琳:…! も、申し訳ございませ…
謝った瞬間、顔をそっとジル様の胸に押しつけられる。
ジル:いいから…ここにいなさい、吉琳
吉琳:ジル、様…?
顔を上げると、熱を持った瞳にじっと見つめられる。
ジル:貴女がそばにいた方が、元気になるのです
ジル:それに貴女は私のメイド…そうでしょう?
ジル:だから、離れることは許しません

(風邪で熱があるから、だよね…)

ジル様の言葉が甘さを含んでいるように聞こえて、胸が小さく音を立てる。

(でも…いつもよりジル様の表情が艶っぽくて…目が離せない)

吉琳:で、ですが…こんなことをしていては、いつまでも風邪が治りません
ジル:吉琳…
頬にすっとジル様の手が伸びてきて…――
ジル:主人の言うことが聞けないのなら、お仕置きですよ…?

 

 

分歧>>>

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P

Premier

第三話-Premier:

ジル:吉琳…
頬にすっとジル様の手が伸びてきて、優しく包まれる。
ジル:主人の言うことが聞けないのなら、お仕置きですよ…?
吉琳:…っ…
長い指先に唇をなぞられて、胸が早鐘を打つ。

(ジル様はご主人様として仰っているのに…)

告げられた言葉が、なぜか甘えるような響きを含んで聞こえた。

(ジル様の望みを本当は叶えて差し上げたい)
(だけど、ジル様のためを思うなら…)

ジル様の胸にそっと手をつく。
吉琳:いけません、ジル様
吉琳:風邪が治ったらいくらでも甘やかして差し上げますから、今日はもう休んでください
すると、熱を滲ませた瞳がすっと細められた。
ジル:…そんなことを言って、後悔しても知りませんよ?

(ジル様に背いたお仕置きは受けないと…)

吉琳:覚悟しておきます
ジル:…今日の貴女は、いつになく手厳しいですね
頬に添えていた手が離れ、代わりに指先にキスが落される。
吉琳:…っ…ジル様?
ジル:言いつけを守らなかった、お仕置きです
ジル:唇にすると、風邪をうつしてしまいそうなので…今はここで我慢しておきます

(今はって……)

頬を染めると、ジル様が柔らかな笑みを浮かべる。
ジル:その顔を、もっと見ていたいです…が……
吉琳:…ジル様?
風邪薬のせいか、ジル様が眠そうに瞬きをして……
ジル:後でゆっくり、にしましょう…
ふっと瞼が下ろされ、やがて寝息が聞こえ始める。

(もしかして今のキス…寝ぼけてたのかな?)

ジル様の唇が触れた手を、そっと胸にあてる。

(ジル様の触れたところが、熱い)
(私やっぱりジル様のことが、どうしようもなく好きだ…――)

***

――…数日後の昼下がり
…………
私は屋敷の外に出かけるというジル様に付き添っていた。
吉琳:わあ…!

(綺麗な景色…)

目の前に広がる花畑に顔を綻ばせると、
隣に立つジル様からも笑う気配が伝わってくる。
ジル:喜んでくださったようですね
吉琳:はい! …って、…え?
吉琳:ジル様、用事があってここに来たのでは…?
ジル様は私に顔を向けると、柔らかい笑みを浮かべて…――
ジル:今日ここに来たのは、貴女を喜ばせるためですよ
吉琳:私を喜ばせるため?
ジル:ええ、今日はホワイトデーですからね。バレンタインのお礼です

(あ……)

ジル様の言葉に、バレンタインに想いを告げられなかったことを思い出す。

(でも、ただのメイドが渡したチョコレートのお礼に、こんなところに連れて来てくださるなんて…)

吉琳:すごく嬉しいです…ありがとうございます、ジル様
ジル:ええ。ですが、ここに来た目的はもう一つあります

(もう一つ?)

吉琳:もう一つ?
首を傾げると、ジル様はどこか悪戯っぽく目を細めた。
ジル:風邪を引いた時にした約束を、果たして頂こうと思いましてね
吉琳:え?

(それってまさか…)

ジル:治ったら私を甘やかしてくださる…そう約束したでしょう?
吉琳:ジル様、覚えていたのですか…?
ジル:もちろんです。寝ぼけていたと思いましたか?

(あの後、ジル様は眠ってしまわれたから…)

吉琳:……はい
素直に頷くと、ジル様は笑って私に手を差し伸べる。
ジル:貴女が言い出したのですから、約束は果たして頂きますよ
ジル:吉琳、こちらに来て座りなさい
言われたまま花畑に座ると、ジル様も腰を下ろして……
吉琳:…っ…ジル様…!?
私の膝に、ジル様は頭を乗せた。
ジル:しばらくこのままでいるのですよ
焦る私を見つめながら、ジル様はくすりと笑みをこぼす。
その笑顔は、お屋敷では見たことがないほど楽しそうで胸が高鳴る。

(ドキドキして気持ちは落ち着かないけど)
(ジル様がこんな顔をしてくださるなら、少しだけこうしていよう…)

ジル:吉琳、手を貸してください
吉琳:…? こうですか?
甘い瞳で見上げられて手を差し出すと、あの夜と同じように指先にキスが落とされる。
吉琳:ジル様……?
ジル:言っておきますが、寝ぼけていても女性にこんなことはしませんよ
ジル:貴女だから…愛する女性だから、触れたいと思うのです

(え……)

吉琳:愛する、女性……?
信じられない気持ちで、何とかその言葉だけをこぼす。
すると、ジル様の唇に少し困ったような笑みが浮かんだ。
ジル:まったく…私があんなに気にかけていたというのに
体を起こしたジル様と正面から視線が重なる。
ジル:本当に、少しも気づいていなかったのですか?
吉琳:…はい
ジル:今も、信じられないと?

(信じたいと思う…本当だったら夢みたいって)
(でも、私はただのメイドで…ジル様はすごく立派なご主人様で…)

吉琳:……はい
ジル:仕方がありませんね…
ジル:口で言っても伝わらないのであれば、違う方法を取りましょうか
その瞬間、ジル様の腕が優しく肩を押して……
吉琳:…っ…ジル様?
ジル:少し、黙っていなさい
花畑に押し倒された私に、ジル様の顔が近づいて…――
吉琳:――…んっ…
唇が塞がれ、胸に甘い熱が灯る。
ジル:…これで、伝わりましたか?

(うそ、みたい…)

柔らかな風が吹き、視界の端で花びらが微かに揺れる。

(絶対に叶わない恋だって、思ってたのに…)

夢心地の中にいる私に、ジル様が微笑みかけた。
ジル:まだ夢の中にいるような顔をしているので…もう一言伝えましょうか
耳に吐息が触れて、ジル様の髪が頬をくすぐる。
ジル:吉琳、愛していますよ
吉琳:…っ
届いた言葉に鼓動が高鳴り、じわりと目元が熱を持つ。
吉琳:本当に…夢じゃないんですか…?
ジル:まだ信じられないのなら、続きをして差し上げますが…?

(続きって……)

キスの感触を思い出してしまい、頬が一気に火照り始める。
吉琳:…っ…いえ、…もうわかりましたから
ジル:それは残念ですね
ジル様は手を取って体を起こすと、私の顔を覗き込んだ。
ジル:それで、貴女の気持ちも聞かせてはくださいませんか?
ジル:バレンタインの時には聞けなかった、本当の気持ちを

(ご主人様としてではなく、一人の男性として…ジル様に抱いている気持ちを伝えたい…)

そうっと息を吸って、真っすぐにジル様を見つめる。
吉琳:ジル様のことが、好きです……
伝えた瞬間、重なった瞳にひどく優しい色が浮かんだ。
ジル:やっと、聞かせてくれましたね
微笑みを浮かべたジル様に、ぎゅっと抱きしめられる。
ジル:もう嫌だと言っても離しませんよ、吉琳

(嫌なんて思うはずもない…)

吉琳:嬉しい、です…

(ジル様のおそばにいることが、私の幸せだから…)

吉琳:離さないでください、ジル様…
ジル:ええ…もちろんです
囁き合う唇がゆっくりと近づいていく。
花畑に吹く柔らかな風に包まれながら、深く唇が重なる。
想いを繋ぐキスに、私の心はジル様でいっぱいになっていった…――

End.

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S 

Sweet

第三話-Sweet:

ジル:吉琳…
頬にすっとジル様の手が伸びてきて、優しく包まれる。
ジル:主人の言うことが聞けないのなら、お仕置きですよ…?
吉琳:…っ…
長い指先に唇をなぞられて、胸が早鐘を打つ。

(好きな人に触れられて、本当はもう少しこのままでいたいと思う)
(だけど、ジル様のためを思うなら…)

吉琳:…お仕置きされても、いいです
ジル:…吉琳?
吉琳:お叱りなら、後でいくらでも受けます
吉琳:だから今は言うことを聞いてください、ジル様。…あなたが心配なんです
真っすぐに瞳を見つめると、ジル様の唇からため息がこぼれた。
ジル:まったく…貴女には敵いませんね
ジル様は頬を包んでいた手を離すと、私の頭をそっと撫でた。
ジル:おとなしく待っていましょう…だから、早く私の元に戻ってくださいね
甘えるような言葉に、胸が甘く締めつけられる。

(こんな風に言ってくださるのが、私にだけだったらいいのに)
(でも、風邪で心細いと誰かに甘えたくなるから…きっとそれだけだよね)

吉琳:はい、ジル様。すぐに戻ります
切なさを堪えながら笑顔を向けて、私は部屋を後にした…――

***

――…数日後の昼下がり

(どうしてこんなことに…?)

私は目の前のケーキを見つめながら戸惑いを隠せないでいた。
ジル:食べないのですか?
吉琳:い、いえ…頂きます
フォークを手に取りながら、ちらりと視線を上げてジル様を見つめる。

(お出かけするジル様に一緒に来るように言われたけど…)

ジル様は向かい合わせに座り、ただにっこりと微笑んでいる。

(お仕事で来た…というわけではなさそう)

けれど、ジル様のお仕事や用事以外でこんなお出かけについて来たのは初めてだ。

(こうしてると、なんだかデートみたい…)

吉琳:あの、今日はどうしてこちらに?
ジル:ここのケーキは美味しいので、貴女に食べさせたかったのですよ
吉琳:え?
思わず顔を上げると、ジル様は目元を和ませた。
ジル:この間看病をしてくださったでしょう? そのお礼です

(じゃあ、私のために…?)

嬉しさが込み上げて、胸の奥がふわりとあったかくなる。
ジル:それからもう一つ…今日が何の日かわかりますか?
吉琳:今日…?
首を傾げると、ジル様は悪戯っぽく目を細めた。
ジル:ホワイトデーですよ、吉琳
吉琳:あ…

(それじゃ、まさか…)

吉琳:バレンタインデーのお返し、ですか…?
ジル:ええ

(ただのメイドからの贈り物にも、こんな風に律儀に返してくださる)

吉琳:…やっぱり、ジル様は素敵なご主人様ですね
吉琳:私はあなたにお仕えできて、幸せです
ジル:…本当にそうでしょうか
吉琳:え?
呟くようにこぼされた声にジル様を見つめると、真剣な眼差しと視線が重なる。
ジル:メイドとしてただ私のそばにいるだけ、それで貴女は満足なのですか?
吉琳:どういうことですか…?
ジル:バレンタインに貴女がくださった贈り物に
ジル:主人に対する感謝以上の気持ちはないのかと、そう聞いているのですよ
吉琳:…! それは……

(ジル様は、もしかして私の気持ちに気づいてるの…?)

見つめていると気持ちを見透かされてしまいそうで、目を伏せる。

(でも、いくらジル様がお優しくても…)
(私の気持ちを真剣に考えてくださるなんてことは…きっとない)

気持ちを堪えるようにぎゅっと自分の手を握った瞬間……
ジル:吉琳、私は正直それでは満足できません
吉琳:え…?
思いがけない言葉に顔を上げると、ジル様は困ったような笑みを浮かべていた。
ジル:バレンタインにチョコレートをくださった時、ようやく気持ちを聞けるのかと思ったのですが
ジル:貴女は肝心の言葉はくださらなかった
ジル:ですが、私はもう…自分の気持ちを抑えられそうにないのですよ
吉琳:ジル、様…?
名前を呼ぶと、ジル様の瞳が優しく目を細められて…――
ジル:――貴女が好きです、吉琳
ジル:頑張り屋で、人のことを思いやれる優しさを持つ貴女に…ずっと惹かれていました
ジル:メイドとしてだけではなく一人の女性として、私のそばにいてくださいませんか?
吉琳:……っ

(うそ、こんなことって…)

信じられない、そう思うのに早くなった鼓動が夢ではないことを伝えてくる。
吉琳:わ、私は…あなたに仕える、ただのメイドで…
ジル:ええ
吉琳:特別綺麗なわけでも、すごく仕事ができるわけでもなくて…
吉琳:他の人に自慢できるようなものも、何も持っていないのに…
ジル:私の目には、貴女はとても魅力的に見えていますよ
吉琳:…っ…ジル様

(信じられない…ジル様が私を…?)

ジル:吉琳、そんなに不安そうにしなくても大丈夫です
ジル:私は、貴女のすべてに惹かれているのですから
吉琳:ジル様……

(…どうしよう、嬉しいと思ってしまう…)

胸が熱くて、涙が滲みそうになる。
ジル:だから、貴女が口にすべき言葉は一つだけです
ジル:教えてください。貴女が私を…本当はどう思っているのかを

(私は、ジル様を……)

吉琳:一人の男の方として…好きです…
告げながら、いつの間にか瞳から涙が溢れる。
吉琳:ジル様のことが…誰よりも好きです
想いを伝えると、ジル様がふわりと唇を綻ばせた。
ジル:…気づいていたのに、やっぱり直接聞くと嬉しいものですね
向かいに座っていたジル様が席を立ち、私の隣に腰を下ろす。
やさしい手があやすように私の頭を抱き寄せた。
ジル:そんなに涙をこぼしたら、ケーキがしょっぱくなってしまいますよ
吉琳:でも…止まらなくて……っ
ジル:では…これならどうです?
傾けられたジル様の顔が、私の顔に影を落とす。

(…っ……!)

唇に柔らかな温もりが触れて、私は目を瞬いた。
ジル:ほら、止まったでしょう?
吉琳:ジ、ジル様…!
ジル:これくらいで顔を赤くして、可愛いですね
熱を帯びた頬を、指先でくすぐられる。
ジル:ですが、これからはもっと貴女を困らせる予定なので…覚悟してくださいね、吉琳?

(ジル様、こんな顔もなさるんだ…)

いたずらっぽい微笑みに、自然と顔が綻んでいく。
吉琳:…はい

(困ってしまうくらい、ジル様の願いをたくさん聞かせてほしい)
(これからは、恋人として……―)

微笑みながら私は、ご主人様から恋人になった大好きな人の胸に、
ゆっくりと頭を預けた…――

End.

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後

後記>>>

――…これは、ご主人様の彼が恋人になった後のお話
…………
ジル:言わなければ、お仕置きですよ
ご主人様ではなく、甘い恋人の顔をした彼の手が触れて……
ジル:今の私に、余裕なんてありませんよ
ジル:誰よりも、貴女を近くに感じさせてください…
メイド服が乱され、胸元に甘い熱が落とされて……
恋人になったご主人様に、甘く翻弄されてみる…?

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    小澤亞緣(吉琳) 發表在 痞客邦 留言(0) 人氣()