◆シンデレラガチャ◆ジル◆ガチャシート)

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彼目線のサイドストーリー

 

【本編】

◆恋の予感(恋のよかん)《熱》

◇恋の芽生(恋のめばえ)《縁(よすが)》

◆恋の行方(恋のゆくえ)〜Sugar〜《望むままに》 

◇恋の行方(恋のゆくえ)〜Honey〜《禁じられた再会》

◆恋の行方(恋のゆくえ)~secret〜《一夜限りの騎士》

 

【続編】

◇愛の続きガチャ《幸せの始まり》

◆愛のカタチ~プリティ〜《騎士》

◇愛のカタチ~ロイヤル〜《誓い》

 

 

 

 

 

【本編シート】

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001

◆恋の予感(恋のよかん)
《熱》彼目線で語られる4話の特別編

 

ジルはひとり、雨の中を馬で駆けていた。

(これも…)

城を出る前のことを思い出す。

*****
レオ 「これは十中八九、吉琳ちゃんからあんたへの贈り物だ」
レオ 「これを持って、泣きそうな顔した吉琳ちゃんに会ったよ」
レオ 「何か吉琳ちゃんを泣かすような話、してたんじゃないの?」
*****

そんな吉琳をひとりで公爵邸に行かせることに気を咎め、
ジルは雨に濡れるのも構わず、馬で吉琳たちを追っていた。

(吉琳様は、陛下と私のやりとりを聞かれたのでしょうね…)

話の中身は、どうして吉琳を「プリンセス」に選んだのか…というものだった。

(それは、公爵との相性、とあの場では話しましたが…)

そのことについて、考えれば考えるほど、何故か胸が痛んだ…。
ほどなくして、雨の中に一団の影を見つける。

(おかしいですね、予定ではこんなはすでは…)

ジルが一団へと近づくと、中からユーリの叫びに近い声が聞こえてきた。
ユーリ 「ジル様!吉琳様が……っ!」

***

吉琳 「ジル…!」
どしゃ振りの雨の中、吉琳の声が響く。

(吉琳様……)

ユーリから事情を聞き、ジルはさらわれた吉琳を探して森へと入った。
その姿を見つけたものの、目の前に剣を構える男が立ちふさがり、すぐに駆け寄ることは叶わない。

(…この男が……)

嫌悪を込めて近づくと、男がびくりと身体を震わせた。
男 「これ以上近づくな!近づいたら…」
ジル 「……目的はお金ですか?」
ジル 「もしそうであれば、逃げたほうが賢明ですよ」
視界の端には、不安気に眉を寄せ、雨に濡れる吉琳の姿が見える。

(この男が、吉琳様の存在に気づく前に……)

出来る限り、男の意識が吉琳には向かないよう、ジルは淡々と言葉を続けた。
ジル 「今回の場合ですと、即処刑…ということも十分にあり得ますね」
男の持つ剣が、鈍く光り、目の前へと突きつけられる。
しかし、その剣に対し、ジルは何の感情もわかなかった。
自分の身を守るためだけに剣をかざすようなこの男には、何の信条も無いように思え、
すぐにこの場から逃げ出すことは、わかっていた。
男 「……くそっ!」
やがて、男が舌打ちを残して走り去っていった。
すぐに吉琳の元へと駆けよる。
ジル 「馬車の中で大人しく助けを待っていれば良かったものを…」

(プリンセスなら、守られてさえいればいいはずなのに)

思わず、強引に身体を引き寄せてしまう。
吉琳 「ごめんなさい…」
吉琳の言葉に、ジルがはっと表情を和らげる。
ジル 「…………」

(……少し、感情的になり過ぎたかもしれませんね)

ジル 「わかればいいのです」
そうして手を伸ばし、吉琳の髪に触れた。
ジル 「こんなに濡れてしまって…」

(側にいたなら、こんな風に雨にうたせたりはしなかった)
(私が、ずっと側にいたなら……)

言葉を交わしているうちに、空気を裂くような雷の音が響いてくる。
吉琳 「っ…!」
ジルは思わず、身をすくませる吉琳の肩を撫でた。
ジル 「…プリンセス。少し強行しますが、お許しください」
そうとだけ告げ、驚く吉琳の身体を抱くようにして馬に乗る。
ジル 「このまま森にいては落雷の可能性があります。急いで森を抜けますよ」
その時、異常な身体の重さに気づく。
雨に打たれ冷え切っているはずの身体が、燃えるように熱い。

(この身体は……)

何かを守りたいと思う時に限って、自分の身体はそれを邪魔する。
ジルが苦く笑みを浮かべると、ふと吉琳の視線に気づいた。
吉琳 「ジル、熱が……」
ジルの身体に触れ、吉琳が驚いたように小さく息を飲む。

(まったく…)

ジル 「貴女は本当に…こういうところだけは、すぐに気づくのですね」
ジル 「これくらいの無理はさせてください」
ジル 「今回の件については、貴女を傷つけた私が悪いのですから…」

(そう、こんな風に吉琳様を傷つけるのは、本意ではなかった…)

***

公爵邸の部屋に一人になると、ジルは壁に手をついた。

(かなりの高熱だな…)

ジル 「…「これ」はいつも肝心な時に限って、私を苦しめますね…」
朦朧としながらも、部屋へと入ってきたハワード卿のために取り繕う。
しかし…
ルイ 「……驚いたな」
ルイ 「君が、こんな風に身体を張ったことに驚いている」
ジル 「それは…」
言い淀み、はっきりしない頭で思考する。
しかし、それは考えればすぐにわかることだった。

(ああ…そういうこと、だったんですね)

ジル 「確かに…まったくですね…」
公爵に答えながら、ジルの口元にはわずかに笑みが浮かぶ。

(…何で、こんなことに気付かなかったんでしょう)
(私は…)
(「プリンセス」が私の言葉で傷ついたから、その後を追ったわけでも…)
(「プリンセス」が助けを求めたから、助けたわけでも…本当は無かった…)
(私はきっと、私自身の意思で吉琳を守りたかったんですね…)

ジルは、小さく息をついた。

(こんな風に、誰かを守りたいと思うなんて…)

ジル 「私自身が驚いています」

(そう思うことは…とっくの昔に諦めたはずだというのに)

ジルはそうして、崩れ落ちるように意識を手放した…。
夢の中で、吉琳の姿が見える。

(私がずっと、吉琳様の側にいたなら)
(あんな目には合わせなかったはずだというのに…)

腕を伸ばし、その手を取った。
吉琳 「っ…!」
すると明らかな誰かの体温を感じ、ジルは目を開けた。
ジル 「……吉琳様?」

(……本物?夢では、なかったんですね…)

吉琳 「お、起こしちゃいましたか?…その…熱が心配で…」
その慌てたような言葉に、ジルはふっと息をついた。

(……まいりましたね。あんな夢を見るとは)

ジル 「…貴女といると、本当に調子が狂いますね……」
吉琳 「え?」
さらに強く腕を引くと、小さな身体が倒れ込んでくる。
その身体を抱き寄せながら、ジルは熱い息をついた…。

(こんなにも誰かを、大事に想うようになるなんて)
(本当に、調子が狂います……)

 

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002

◇恋の芽生(恋のめばえ)
《縁(よすが)》彼目線で語られる8話の特別編

 

 

(こんな風に誰かを羨むような真似は、とうに終えたつもりだったのに……)

ジルの視線の先には、『叙任式』を終えて沸く、騎士たちの姿があった。

(先日、吉琳にあんなことを言ってしまったのも…)

*****
ジル 「騎士の叙任式だけは別です」
ジル 「私も、かつては騎士を目指していた身ですから」
*****

どうして自分があんなことを口にしてしまったのか、わからなかった。

(騎士を目指すことを、望まれていた過去…)

それから、自分はずっと目を背け、気持ちを押し殺してきたというのに…。

(何故……)

***

時計塔のらせん階段に、足音が響く。
ジル 「…………」
足音が重って響くことに気づき、ジルは足を止めた。

(この足音は……もしや)

振り返りゆっくりと覗き込みながら、口を開く。
ジル 「…プリンセス」
吉琳 「っ…!」
階段途中には、息を切らした吉琳の姿があった。
ジル 「このような時間に、ここで何をされているのですか?」
そう口にしながらも、吉琳の表情を見て、すべてを悟る。

(…『叙任式』後の私の姿を見て、心配させてしまったようですね)

階段を下り、その手を取る。
不安げな吉琳の姿に、誤魔化すように笑みを浮かべる。
ジル 「私と一緒であれば、目をつむりましょう」

(違う…)

吉琳と絡めた指に、静かに力を込める。

(こうして手をとったのは…)

自分自身が、ひとりになりたくなかったからだ…。

***

階段を上りきり、黙って街の景色を眺める吉琳の横顔を見つめ…思う。
今まで、まるで知ることはなかった。

(誰かがこうして自分を心配してくれて、隣に寄り添ってくれていることが)
(こんなにも心強かったなんて…)

ジル 「…私に、何か聞きたいことがあるのでしょう?」
吉琳 「ジルがアランを気にかけているのは……」
吉琳 「ジルが騎士を目指していたことと、何か関係があるんですか?」
吉琳の言葉に、すぐには返事を返せなかった。

(…私は臆病ですね)

ジル 「……この話をすると貴女に嫌われてしまう気がするので」
ジル 「本当はしたくなかったのですが……」

(また、性懲りもなくこんな言い訳じみた言葉を…)

ジル 「…………」

(…ですが)

吉琳の視線が、真っすぐすぎるほどに自分を見つめている。

(この目に、嘘はつけませんね…)

それに…、自分はわかっていたはずなのだ。

(騎士を目指した過去を吉琳の前で口にした時点で…)

自分は、あの過去を吉琳にも知って欲しいと願っていたのだ…。
静かに、口を開く。
ジル 「私は、本当はアラン殿のようになりたかったんだと思います」
ジル 「『騎士』として、この国を守ることを、私の両親も望んでいましたから」
ジル 「…ですが、あいにくそれは叶わなかった」

(あの時、確かに私は一度…全てを失った)

ジル 「この城に入り、今の役目を賜るまでに至りましたが…」
ジル 「貴女にこんなことを訊ねさせてしまうということは」
ジル 「私はまだまだ中途半端なのでしょうね」
それはつまり、教育係としても失格なのだ。
言ったあと、後味の悪い、後悔の念のようなものがこみ上げる。

(結局、こうして弱みを晒して、同情を乞うて…)
(私はいつも、吉琳を困らせているだけですね)

諦念を込めて息をつくと、吉琳の言葉が空気を震わせる。
吉琳 「そんなことありません…っ」
そう告げた吉琳の顔を、今は真っすぐ見ることが出来ず
思わず夜景に目を逸らす。
ジル 「でも事実、よくわからなくなる時があるんです」
ジル 「私が選んだ道が、果たして正しかったのかどうか…」
ジル 「自分が何故こんなことをしているのか…」
ジル 「自分が在るべき場所はここなのか…」

(私はこの国の、どこにいるべきなのか……)

すると、吉琳が口を開く。
吉琳 「『騎士』でもなく『教育係』でもない、ジルとして…」
吉琳 「私は、あなたを必要としています」

(…っ)

その言葉に、胸がひどく苦しく…しめつけられる。
ジル 「…貴女は、本当に……」

(どうして、欲しい言葉がわかるのでしょう)

何も言えず、ただ吉琳を見つめる。

(私はずっと…)

とても永い間、その言葉を待っていたのだ。
それは、家族からは決して聞けなかった言葉で…
けれど、吉琳のそのたった一言で
一度失ったはずのすべてが、容易に充たされた気がした…。

***

吉琳を送り届けた後…―
ベッドへと入った吉琳に手を伸ばし、その髪に触れる。
ジル 「……」
目が合うと、ただそれだけだというのに、よからぬ感情がわき上がる。

(このままこうしていると…吉琳をどうにかしてしまいそうですね…)

ジル 「おやすみなさい…」
無理にでも部屋を出なければという思いで、その手を離した瞬間…―
服の裾をつかまれ、驚きに目をみはる。
ジル 「…吉琳?」
吉琳 「ご、ごめんなさい…何でもないんです」
慌てて手を引く吉琳の姿に、もう自分を抑えることなど出来なかった。

(だから、何で貴女は……)

ジルは吉琳の手を掴み、その身体をベッドの上に押し倒した。
吉琳 「ジル……?」

(いつだって平気で踏みこんできて、私の心を乱す…)

吉琳 「……っ」
言葉を奪うように、深い口づけを繰り返していく。
息継ぎであがる微かな声や、わずかに震える細い肩先に
駄目だとわかっていながらも、何ひとつ自分を抑えることは出来ない。

(どうしようもなく、自分だけのものにしてしまいたくなる…)

ジル 「…吉琳が悪いんですよ」
潤んだ瞳で息をつく吉琳を見おろす。
ジル 「塔の上であんなことを言った上に、私を引きとめたりして…」
ジル 「こんな風に心を乱した責任は…取ってくださるのでしょう?」
指先が、つき動かされるように吉琳のネグリジェへとかかる。

(私を受け入れてくれるのも、受け入れて欲しいのも、貴女だけで…)

腰を抱き寄せ、素肌に口づけを落とす…。

(今の私に居場所と生きる意味を与えてくれたのも)
(吉琳だけなのですから…)

 

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003

◆恋の行方(恋のゆくえ)〜Sugar〜
《望むままに》彼目線で語られる13話の特別編

 

 

吉琳 「私は…」
吉琳 「私自身と、ジルと、ウィスタリアのみんなのことを…」
吉琳 「心から信じていたんだと…思います」
シュタイン王国から帰城した吉琳が、ほっとした笑みを浮かべ、口にする。
ジル 「…………」
静かに告げられた言葉に、思わず目を細める。
ジル 「やはり、貴女という方は……」
出会ったばかりの頃の、吉琳の姿が頭を過ぎる。

(最初は、テーブルマナーひとつとっても問題ばかりだったというのに…)

ジルは、ゆっくりと吉琳の手を取る。

(いつの間に、そんなに毅然と笑うようになったのか)
(…その笑顔を守るためには、何だってする覚悟があります)

ジル 「吉琳…」
だから、誓わせてほしい。
ひざまずき、驚きに目を瞬かせる吉琳を見上げた。
ジル 「私は、自分の一生をかけて…」
ジル 「貴女のことを、貴女の隣で支え…守りたいと思っています」
ジル 「それを、お許しくださいますか」
その言葉に、吉琳が震える声音で尋ねる。
吉琳 「ジル…それって……」
手の甲に口づけを落としながら、密やかに微笑む。
ジル 「…私なりのプロポーズですよ」

(吉琳も、それを望んでくれているといいのですが……)

頬を赤く染めた吉琳が、小さく息を飲んだのがわかった。
やがて握った手の甲に、涙が落ちてくる。
吉琳 「ジル…っ」
胸に飛び込んできた吉琳を受け止め、その耳元で囁く。
ジル 「…吉琳は泣き虫ですね」

(あんな風に笑ったかと思えば、こうして泣いて…)

ジル 「ほら…顔をあげてください」
吉琳 「む、無理です……」
しがみつくような吉琳の顔を、覗き込む。
ジル 「どうしてです?」
吉琳 「…好きな人に見せられる顔じゃないので……」
ジル 「…………」
その言葉に、思わず笑みがこぼれる。

(これは……)

ジル 「吉琳は可愛いことを言うんですね」

(そんなことを口にされると……もっと聞きたくなりますね)

ジル 「……でも、駄目です」

(意地悪をして、私だけに見せる表情を見てみたくなる)

ジル 「……これだと、キスも出来ませんよ」
ジル 「先ほどのプロポーズの返事も聞けていませんし…」
目を細め、軽く首を傾げるようにして尋ねた。
ジル 「…もしや、吉琳には他に心に決めた相手でも…?」
するとしばしの沈黙の後、吉琳が濡れた瞳を上げた。
吉琳 「私の相手は、ジルしかいません」
その表情に、鼓動が跳ねた。

(このように、調子を狂わされることは……)

ジル 「…ええ、知っています」

(吉琳には、黙っておきましょう)

言われた言葉を確かめるように、キスを落とす。
涙を指先でぬぐい、ふっと笑みをこぼして言った。
ジル 「こんな泣き虫なプリンセスの面倒は…」
ジル 「私くらいしかみれないでしょうからね」

(私にしか見せないでほしいと言う意味ですが……)

***

吉琳が陛下と話をしている間…―
ジルは廊下でそれをずっと待ちながら、煌々と光る月を眺めていた。

(…そう言えば……)

お城へ来てすぐの頃、吉琳が自分に無断で外出しようとしたことを思い出す。

(あの夜も、こんな月夜だった気がしますね)

ジルが窓の外から、廊下へと視線を戻した瞬間…―
吉琳 「どうして…」
話を終えて出てきた吉琳が、こちらを見て驚いている。

(また、そんな顔をして…)

ジル 「……泣きそうなお顔をされていますよ」
そう言うと、吉琳が胸へと飛び込んでくる。
その髪を、そっと撫でる。
ジル 「吉琳…何か、私に言いたいことがあるのではありませんか」

(そう…)

それは自分たちにとっても、この国にとっても、とても大事なことだ。
吉琳は身体を離すと、真っすぐ自分を見上げた。
吉琳 「ジル」
吉琳 「女王となる私を…ずっとずっと側で支えてくれますか?」
吉琳 「私を……」
吉琳 「女王にしてくれますか」
涙の混じるその声音に、愛おしさがつのる。
ジル 「ええ」

(貴女以外に、誰がいらっしゃるというのです…)

この国のために、これだけの力を尽くせる女性を…自分は他に知らない。

(それに…)
(こんなにも愛おしいと思える相手を、私は貴女以外に知りません)

吉琳を抱きしめる腕にしっかりとした力を込め、
そっとまぶたを閉じ、囁くように口にした…。
ジル 「吉琳…貴女の望むままに」

 

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004

◇恋の行方(恋のゆくえ)〜Honey〜
《禁じられた再会》彼目線で語られる12話の特別編

 

 

華やかに彩られたダンスホール。
その奥に、吉琳の姿を見つける。

(…吉琳)

その姿を見留めた途端、駆け寄りたい衝動に駆られたが、ぐっとそれを堪える。

(ここにいては…駄目ですね)

このままここにいれば、声を聞きたくなる、抱きしめたくなる…。

(元気そうな顔が見れただけで、十分だったはずなのに…)

ここにいたら、絶対に自分を抑えることが出来なくなる。
息を止め、ホールに背を向ける。

(この城を立ち去った自分に、戻る場所などないのだから)

***

それなのに…
わかっていた、はずなのに…。
ジル 「……プリンセスが、このようなところで何をされているのです?」

(触れてしまえば、離れられなくなると、わかりきっていたのに……)

つまずきかけた身体を抱きとめると、
顔を上げた吉琳が、しがみつくように自分の胸に顔をうずめた。
吉琳 「……それは…こっちの台詞です」
涙を流しながら、吉琳が指先に力を込める。
吉琳 「どうして……」
ジル 「…………」

(私が、吉琳にこんな顔をさせたのですね…)

黙ったままその髪を撫で、ぽつりと呟いた。
ジル 「今夜、貴女の相手を決める舞踏会が開かれると聞いて……」
ジル 「…いてもたってもいられなくなって…」

(そう……)

あの報せを受けた時の目の前が真っ白になるような喪失感は、未だに忘れられない。
ジル 「ですが、貴女の姿が一目見られれば良いと……」
ジル 「そう思って、ここに足を運びました」
吉琳 「そんなの……ジルの勝手です」
吉琳の言葉に、微かに口元を笑わせる。

(全く、その通りですね……)

吉琳 「私にはジルしかいないのに……」
吉琳 「いつまで…待たせるつもりだったんですか……」
ジル 「吉琳……」
そうなのだ。

(本当は…)
(吉琳が、私のことを忘れていてほしいと思うよりも、ずっとずっと強く)
(自分でも未練がましく、情けないと思いながらも、それでもやはり)
(私は…)

忘れずに待っていてほしい、という想いが強かったのだ。

(収集のつかないこの気持ちが、私の中で溢れてしまった……)

ふと視線を落とし、息をつくように口を開いた。
ジル 「……ほら、裸足ではありませんか」
ジル 「このままでは履かせて差し上げられませんよ」
これ以上触れていると、二度と離せなくなりそうだった。
すると顔を上げ、吉琳がはっきりと告げる。
吉琳 「いいんです…」
吉琳 「離れていた分…」
吉琳 「ちゃんと抱きしめてください」
ジル 「…………」

(そのように言われたら……)
(もう、我慢することなど出来ないではありませんか)

手を伸ばし、その背中を強く引き寄せた。

(離れていた分、抱きしめたい……)

…どれくらい、そうしていただろう。
やんわり身体を離すと、指先で吉琳の目じりの涙を拭う。
ジル 「吉琳」
不意打ちでキスをすると、吉琳の唇から甘い声がもれた。

(どんなに、触れたかったか……今になってようやくわかりました)

唇が離れると、ジルがふっと笑みをこぼす。

(迷うことなど、もう何もないのかもしれません)

ジル 「…こんな風に貴女に泣かれてしまっては…」
ジル 「私は、悪者になるしかありませんね」
吉琳 「え?」
ジル 「……『教育係』と『プリンセス』の恋愛は禁止されています」
ジル 「それでも、私は…あの会場にいた誰よりも……」
ジル 「貴女を愛している自信があります」

(私は、ずっと待っていたのかもしれませんね……)
(こうやって、貴女に告げる瞬間を)

ジル 「吉琳…」
ジル 「貴女を、皆から奪っても…良いですか?」
その言葉に、吉琳が目を瞬かせる。
吉琳 「それは……」
出来る限りの笑みを浮かべ、口にする。
ジル 「私が、貴女の相手になりたいのです」

(やっと、伝えることが出来た……)

黙ったまま何も言えずにいる吉琳の目の前に、手を差し出す。
重ねられた指先が、少し震えていた。
ジル 「…では、参りましょう。プリンセス」
貴族 「……見ろ、あれは!」
突如現れたジルと吉琳の姿に、ダンスホールがざわつく。
ジル 「プリンセス」
ジル 「私と、踊って頂けますか」
赤く染まる頬で小さく頷き、吉琳が嬉しそうに手を取る。
吉琳 「はい……」

(こうして、選んでほしかった……)
(教育係としてではなく、一人の男として)
(その夢が、叶いましたね……)

そうしてドレスの裾をひるがえらせながら、ステップを踏む。
吐息がかかりそうな距離に、わずかに息をのんだ。
プリンセス選定の日、庭先で何かを探していた吉琳の姿を思い出す。

(あの日、私が貴女を探し…)
(今夜、貴女に私が探し出してもらえた…)

すべては、運命だったのかもしれない。
そう思えるほどに、今、この瞬間が幸せでたまらなかった…。
吉琳 「あの、ジル……」
ふと、吉琳の呟きが聞こえる。
ジル 「何です?プリンセス」
吉琳 「私、ちゃんと踊れていますか?」
ジル 「…………」

(そのように可愛いことを言われると、つい意地悪をしたくなりますね)

意地悪く、笑みが浮かぶ。
ジル 「……もう少し、練習が必要かもしれませんね」
ジル 「…ですので、明日も明後日も、その次の日も……」
ジル 「ちゃんと私との、練習時間をとってくださいね、プリンセス」

(これからもずっと、貴女の側で……見守らせてください)

吉琳 「っ…もちろんです!」
頷く吉琳に、ふわりと目を細める。

(もう二度と、離しません…)

 

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005

◆恋の行方(恋のゆくえ)~secret〜
《一夜限りの騎士》彼目線で語られる特別編

 

 

鏡の中の、吉琳が小さく笑みを浮かべる。
吉琳 「ありがとうございます、ジル」
ジル 「ええ」

(不思議ですね…)

吉琳の髪を整えていたブラシを鏡台の上に置き、
ジルは吉琳に手を伸べる。
『宣言式』を終えて…―

(あの時以上に、吉琳を想う気持ちが強くなるなど考えられなかったのに…)

その顔を見る度に、声を聞く度に…

(ますます、吉琳を好きになっていく気がします)

ジルは、重ねられた吉琳の手を引き寄せると、
不意打ちのようにその唇へ口づけた。
吉琳 「…ん……ジル……っ」
吉琳はキスの合間、息継ぎをするように声をあげた。
吉琳 「…駄目です」

(…まったく)

わずかに頬を赤らめながら、上目遣いでこちらを見る吉琳を見ながら、
ジルはその口元に薄く笑みを浮かべる。

(そんな顔では、説得力に欠けますね)

ジル 「…嫌、でしたか?」
のぞき込むように吉琳の顔を伺うと、
少し困ったような表情で見つめられる。

(おや…?)

吉琳 「今は、駄目なんです」
吉琳 「その……口紅が落ちてしまうので…」

(ああ、そういうことでしたか)

ジルは吉琳の細い腰を抱き寄せると、そっと顎に手を添える。
ジル 「…それなら、後ほど私がひいて差し上げますよ」
唇が触れてしまいそうな距離で、低く囁く。
ジル 「ですから、もう少しだけよろしいですか?…プリンセス」
吉琳 「…もう……」
肯定とも否定ともとれないその言葉に、
ジルはそれ以上の答えを奪うように、唇を重ねた…。

***

再び仕度を終えた吉琳と並んで、ジルは廊下を歩いていた。
ふと、こちらを見上げる吉琳の視線に気づく。
ジル 「吉琳、どうかしましたか?」
吉琳 「いえ、ただ……」

(ただ…?)

吉琳はジルの顔をじっと見つめると、そっと手を伸ばし…
ジル 「…っ」
その指先が、ジルの唇へと触れた。
ひやりとした感覚に、胸が高鳴り、とっさに言葉が出ない。
吉琳 「口紅が、ついていたので…」
少し恥ずかしそうに笑みを浮かべる吉琳に、ジルは目を細める。

(突然されると、こうも……)

思わず動揺を覚えた自分を誤魔化すように、吉琳に顔を近づける。
すると、吉琳が顔を俯かせる。
吉琳 「だから…口紅が落ちてしまうので、今は……」

(たまには吉琳に心乱されるのも悪くはありませんが…)

そんな吉琳の耳元で、甘く囁く。
ジル 「ですから、唇で無ければ良いんですよね?」
そっと、その白い首筋に唇を押しあてる。
吉琳 「…っ……」
ぴくりと震える肩を抱く。

(やはり私は、心を乱すほうが性に合っているようですね…)

朝食の席に着くと同時に、食堂の扉が開かれる。
レオ 「おはよう、吉琳ちゃん」
食堂へと入ってきたレオはテーブルからナプキンを取ると、
そうするのが当たり前というように、吉琳の膝の上にそれをかける。
レオ 「今日のドレスも素敵だね。先日テイラーに仕立ててもらったやつ?」
吉琳 「はい、よく気付きましたね」
レオ 「もちろん、吉琳ちゃんのことだから」
その距離の近さと言葉の馴れ馴れしさに、ジルは静かに目を細める。

(まったく、この男は…)

ジル 「レオ」
レオ 「なぁに、『次期国王』サマ」
ジル 「貴方は何か伝えにここに来たのではないのですか?」
レオ 「…まぁ、そうだけど」
ジル 「『教育係代理』なら『教育係代理』らしく、用件は手短にお願いします」
ジルの言葉にレオは、苦笑いを浮かべると小さく呟いた。
レオ 「ジルはすっかりプリンセスにご執心だね…」
……
吉琳 「アランたちが、警備に…?」
レオ 「そう、一応注意だけはしておこうと思って」
レオの話では、王室関係者の公務に付き添う関係で、
アランを含む一部の騎士たちが、数日城を空けることになったらしい。
レオ 「その間、吉琳ちゃんが外出する予定も無かったし」
レオ 「急を要するようだったからアランにお願いしちゃったんだけど…」
吉琳 「はい、わかりました」
レオ 「勿論、その間のお城の警備は他の騎士たちで厚くするつもりだけど、念のため、気をつけてね」
レオ 「もっとも…」
レオの視線がジルを捉える。
レオ 「吉琳ちゃんの一番の要注意人物は、隣で涼しい顔してるけど」
ジル 「…おっしゃっている意味がよくわかりませんね」
ジルは、にこりと笑みを浮かべる。

(私にとっては、貴方が一番の要注意人物ですよ)

レオ 「…あ、そう言えば」
話をすり替えるように、レオが一通の手紙を吉琳に差し出す。
レオ 「これ、吉琳ちゃん宛ての手紙」
吉琳 「私に、ですか?」
レオ 「うん。住所を見ると、差出人は城下に住んでいるみたいだね」
手紙を開き、その文面を目で追う吉琳の表情が…
吉琳 「……」
ほんのわずかに曇るのを、ジルは見逃さなかった。

(吉琳…)

***

(やはり…)

吉琳の部屋から出てきた小さな足音に、ジルは手を伸ばす。
吉琳 「っ……ジル…」
驚いた表情を浮かべる吉琳と、その手の中にある手紙に、そっと息をつく。
ジル 「こんな時間に、どこに行こうというのです?」
吉琳 「それは…」
言い淀む吉琳を見つめる。

(大方、手紙の送り主のところへ…でしょうが)

この城に来た頃と変わらない、吉琳の行動に、少し呆れながらも…

(きっと、私は…)
(こういう部分も含めて、吉琳が好きなのでしょうね)

吉琳の手をひく。
吉琳 「ジル……?」
ジル 「正直にお話頂ければ、お付き合い致しますよ」
吉琳 「え?」
驚く吉琳に、ジルは静かに微笑む。
ジル 「もう私は、貴女の教育係ではありませんからね」

***

月明かりの照らす、静まりかえった森の中を、一頭の馬が駆けて行く。
ジル 「…なるほど、では最後に一度会いたい、と」
吉琳 「はい」
手紙の送り主は、かつての吉琳の教え子で、
近く、遠い街に引っ越すことが決まったらしい。
街を離れる前に、一目会いたいと…吉琳は再び城を抜け出そうとした。

(吉琳らしいですね…)

思わず、口元に笑みが浮かぶ。

(それにしても…)

ジル 「…最初から、私に相談すれば良かったものを」
吉琳 「すみません」

(もっとも…)
(過保護な私がすぐに許したかは、わかりませんが…)

ふと何かを感じ、吉琳に気付かれないよう、後ろを窺う。

(何か、よくない予感もしますしね…)

***

教え子の家の前へと着き、ジルは先に馬から降りる。
そのまま、馬上の吉琳へと手を伸べた。
ジル 「どうぞ、プリンセス」
抱きとめるように吉琳の身体を下ろすと、乱れてしまった髪を優しく梳いた。
ジル 「では、吉琳。ここで」
吉琳が見上げてくる。
吉琳 「でも、ジルをひとりここで待たせるのは…」
ジル 「私は大丈夫ですよ。ちょっとした野暮用がありますし…」
吉琳 「こんな時間に、ですか?」
ジル 「ええ」

(ほんの少し、厄介な野暮用が…)

ジルが吉琳と別れ、路地裏へと入ると、黒い影が動いた。

(レオの話でも、たまには役立つものですね…)

*****
レオ 「急を要するようだったからアランにお願いしちゃったんだよね」
レオ 「その間のお城の警備は他の騎士たちで厚くするつもりだけど、念のため、気をつけてね」
*****

ジル 「…城からつけてきたのですか?」
ジルがそう口にすると、大きな舌打ちが返ってくる。
男 「気付いていやがったのか…」
建物の影から現れた男たちは、明らかに柄の悪そうななりをしていた。
男のひとりが、ふん、と鼻をならす。
男 「酒場で、ここ数日腕のたつ騎士が何人か城を空けると聞いたからな…」
男 「どうにかして入り込めないかと思っていたら、あんたらが城から出てきたじゃねえか」
男は鈍く光る刃物を取りだす。
ジル 「……」
男 「金目のものを置いていきな」
男 「じゃなけりゃ、そうだな……」
男の口元に、下品な笑みが浮かぶ。
男 「さっき、お前が一緒にいた、あの女でも構わねえ」
ジルはその言葉に、すっと…目を細める。
男 「あのなりだ。どこかの貴族の娘か何かなんだろう」
男 「ありゃあ、上玉だ。いい金になる」
ジルは腰元に手を伸ばし…

(…念のため、と思っていましたが、持ってきて正解でしたね)

そのまま、すらりと剣を引き抜いた。
男たちが笑い声をあげる。
男 「こっちは何人いると思ってんだ!?」
男 「そんな細腕で何が出来る」
男 「はっ!騎士気どりだな…!」
男の言葉に、ジルがぴくりと眉をあげる。

(なるほど…)

ジル 「…それも、悪くありませんね」
男が刃物を振りかざすのと同時に、剣を構えた。

(今夜限りは、吉琳の騎士になりましょう…)

***

ジルの視線の先に、吉琳の姿が映る。
自分の姿に気付いたのか、吉琳は顔を上げると、こちらへと駆け寄ってきた。
吉琳 「ジル、どこに行ってたんですか?」
ジル 「すみません、待たせてしまいましたね…」
そう答えると、じっと吉琳が目を見つめてくる。

(おや…?)

何も答えずにいると、
吉琳 「…もう……」
諦めたように息をつき、吉琳がジルの身体をぎゅっと抱きしめる。
ジル 「…吉琳、どうかされましたか?」
すると、胸に顔を押しあてたままの吉琳のくぐもった声が聞こえる。
吉琳 「ジル…」
吉琳 「あんまり、無茶…しないでくださいね」
その言葉に、ジルはわずかに目を見開く。

(…まさか、気付いてはいないですよね)

そう思いながらも…

(心配をかけてしまったことに代わりはありませんね)

吉琳のその身体を、優しく抱きしめ返した…。

***

人目を盗み、吉琳と一緒に自分の部屋へと戻ってきた。
吉琳 「ありがとうございました、ジル」
吉琳 「ちゃんと最後に挨拶が出来て…良かったです」
ジル 「…それは、何よりです」
無防備に笑みを浮かべる吉琳の顔を眺めていると…

(どうも、悪戯心が芽生えますね)

ジル 「それじゃあ、吉琳」
吉琳 「はい」
ジル 「口止め料を頂いても、よろしいでしょうか」
吉琳 「え…?」
その手をひくと、吉琳の身体が傾ぎ、
もつれるようにして、ふたりでベッドへと倒れ込む。
吉琳 「ジル……っ……」
名前を呼んだ吉琳の肩先を掴み、そのまま少し強引に口づける。
吉琳が身をよじり、喘ぐように声をあげる。
吉琳 「く、口止め料って…」

(そんな声をあげられると、もっと困らせたくなってしまいますね…)

ジル 「プリンセスと次期国王候補が揃ってお城を抜け出すなんて…」
ジル 「官僚たちの耳にはとても入れられませんよ」
吉琳 「そんな…」
今朝、廊下でつけた痕が、吉琳の首筋に薄らと見え、
そこへ重ねるように口づける。
吉琳 「でも、朝までに部屋に戻っていないと、またレオに怒られ……っ」
するりと肩紐を解き、素肌に口づけると、
吉琳は声を漏らすのを堪えるように押し黙った…。

(そんなことを言われたら…)
(ますます吉琳を部屋に帰すわけにはいかなくなるじゃないですか)

ジル 「…吉琳をこうして躾けて良いのは…」
ジル 「私だけでしょう…?」

***

ふと、夜中にジルは目を覚ました。
隣には、静かに寝息をたてる吉琳の姿がある。

(月が、明るいですね…)

ベッドへと落ちる影を目で追っていると、腕の違和感に気付く。

(これは…)

腕には、吉琳のハンカチが巻かれていた。

(…隠していたつもりなんですけどね……)

路地裏で受けた傷に、手当が施されているということは…

(やはり、吉琳は全部お見通しだった…ということですね)

ジルの口元に淡い笑みが浮かぶ。

*****
吉琳 「ジル…」
吉琳 「あんまり、無茶…しないでくださいね」
*****

(あんな風に言われては…)

眠る吉琳の髪を、そっと梳く。

(…吉琳の騎士になるのは、本当に今夜限りですね)
(でしたら、せめて…)

吉琳の寝顔に、そっと…口づける。

(この寝顔だけは…こうして、貴女の隣で守らせてください……)

 

 

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【続編シート】

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006

◇愛の続き
《幸せの始まり》彼目線で語られる2話の特別編


…―今まさに、
ジルは吉琳との結婚についてレオに報告をした。
レオ:明日から準備を始めなきゃね
レオがこちらに向かってにっこりと笑う。
ふと視線を吉琳に向けると、
吉琳の左手薬指には自分が贈った婚約指輪が光った。

(今思えば長かったですね……ここまでくるのに)

指輪を見つめながら、
今まで過ごした吉琳との時間が頭を過る。
レオ:ジル
呼び声に顔をあげると、レオが含みを持たせた笑みを浮かべた。
レオ:吉琳ちゃんを独り占めするなら、今のうちだよ
レオ:忙しくて会えなくなるから
レオ:キスも出来な…
吉琳:レオっ…
顔を真っ赤にしている吉琳に、ふっと笑みをこぼした。

(忙しくて会えない…ですか)

***

レオに締め出されるように、執務室の扉がばたんと閉まる。
吉琳:もう……
少し膨れながら、吉琳の指が左手薬指に触れる。

(分かりやすい人ですね)

婚姻式を意識している吉琳のしぐさに、胸がくすぐられる。

(こうも可愛げのあることをされると……)

ジル:吉琳
ジルは手の平で吉琳の両頬を包み込み、
口づけを落とした。

(離したくなくなる)

吉琳の背が壁につき、ふっと唇が離れる。
吉琳のうるんだ瞳に、レオの言葉が思い出された。

(確かに……)

婚姻式準備を想像すると、容易に多忙なスケジュールが想像できる。
すっと胸に寂しさを覚えた。
ジル:レオの言うとおり、婚姻式の準備となれば
ジル:明日から貴女を独り占め出来そうにないですからね…
吉琳の身体を横抱きにする。
吉琳:わっ…
ジル:今から、じっくり可愛がってあげますよ

(……私も重傷ですね)
(少し離れるだけというのに、寂しくなるとは)

少しの間離れる時間を埋めるように、
ジルは吉琳を見つめた。

***

やがて、ジルは祭壇の前に立つ…―

(ついに、この日が来るとは…)

正直、信じられない気持ちだった。
手袋の位置を少し整えた時、扉が大きな音を立てる。
同時に現れたのは…―

(……吉琳?)

そこには、言葉にならないほど美しい吉琳の姿があった。
純白のドレスをゆったりと揺らし、自分のほうへと歩いてくる。

(この感情は……)

歩いてくる吉琳を見ていると、一気に鼓動が高鳴る。

(…なんて言葉にすればいいのでしょうか)

ジル:きれいですね
吉琳:ありがとうございます…
誓いの言葉を聞く間も、とても幸せで…
でも少し胸が締め付けられるような感覚に戸惑いを覚えた。
レオ:…それでは、誓いの口づけを
ジルは吉琳と向かい合い、ふわりとベールが持ち上げた。
ベールが外れ、ジルと視線のあった吉琳は一瞬唇を噛む。

(涙……?)

今にもこぼれそうな透き通った涙は、とても綺麗だった。
ジルはそっと吉琳の目元の端を指先で拭う。
ジル:泣いているのですか?
吉琳:本当にこの日が迎えられると思うと…胸が…
その瞬間、ジルの中でひとつの答えが見つかる。

(…そういうことですか)

ジル:口づける前に、貴女にひとつ言っておきたいことがあります
顎をすくい上げ、吉琳だけを見つめた。
自分の鼓動だけが耳に響く。
ジル:この先、楽しい時もあれば苦しい時もあるでしょう
ジル:そう考えたときに、私が思うことは……

(この感情が何なのか、やっと分かりました)

ジル:貴女が一番辛い時に、誰よりも近くにいて守りたい
それが答えだった。
ジル:…今見ている貴女の涙は、嬉しい涙であることは分かっていますが
ジル:涙を見せる時は私だけにしてほしいです
ジル:ですから、今日は笑顔でいてください

(悲しい時も嬉しい時も、どんな時も側にいたい)
(でも一番側にいたいときは)

ジル:愛していますよ

(…貴女が辛い時です)

息をついた吉琳はふわりと笑った。
吉琳:愛しています
ジルは一度だけついばむように口づけを落とす。
ジル:幸せにしますよ、吉琳

(この先もずっと、私の隣にいてください)
(それが、私の願いです)

鼓動の高鳴りが、心地よく波打つ。
ジルの吉琳への愛が確信に変わった瞬間だった…―

 

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◆愛のカタチ~プリティ〜
《騎士》彼目線で語られる7話~プリティ~の特別編

 

湖のきらめきが吉琳の瞳を照らし、
優しい風が頬を撫でる。

(伝えなくてはいけませんね……)

シリリア地区に赴いてから、ジルはひとつの答えを出していた。
繋いでいた手に力を込める。
ジル:私と一緒に…城を出ていただけませんか?
その瞬間、吉琳の瞳がはっと揺れた。
ジル:私は国民と同じ生活を送り、この目で確かめていきたいと思っています

(もっと国民に目を向けて、国を守っていきたい)
(ですが……)

自分の決断が正しいかもわからないまま、
吉琳を振り回すことになるのが、心苦しかった。
ジル:無理にとは言いませんが
2人の間に、静寂が訪れる。

(…困るのも無理はありませんね)

わずかに目を細めた、その時…―
吉琳:…ジルは分かっていませんね
ジル:え……?

(分かってない……?)

吉琳が大きく息をつき、まっすぐに見上げてくる。
吉琳:私はこの国の王妃であり、あなたの妻です
吉琳:何があってもついて行きますし、陛下の意向に賛成です
ジル:吉琳……
吉琳:今度から、聞くのではなく…
吉琳:『ついてくるように』と言ってください
ジルの心がふっと解けていくと同時に、
鼓動が高鳴るのが分かった。

(私の目の前にいるのは……)

初めて出逢ったときの吉琳の姿が思い出される。

(白い花を探して城に来た女性ではなく…)

王妃としての威厳をまとった、吉琳の姿だった。
ジルは繋いでいたままの手を引き寄せ、
腕の中に吉琳を閉じ込める。
ジル:いつからそんな事を言うようになったのか…
ジル:…私の教育が良かったのですかね

(一生、吉琳には頭が上がりそうにありませんね)

やがて背中に回された吉琳の腕に、
そっと目を閉じた…―

***

吉琳:わっ……
ジル:危ないっ……
子どもたちがぶつかり、転びそうになった吉琳を抱きとめる。
吉琳:ありがとうございます…
ジル:いえ、何事もなくてよかった
ジルと吉琳は、城下で暮らしながら、
子どもたちに勉強を教えていた。
男の子1:ごめんなさい、吉琳様
男の子2:ごめんなさい…
申し訳なさそうな子どもたちに、吉琳が優しい笑みを向ける。
吉琳:ちゃんと謝ってくれて、ありがとう
吉琳:助けてもらったし、大丈夫
ジル:今後は気を付けてください
すると、見ていた女の子がくすくすと笑い始めた。
女の子:なんだか、ジル様、吉琳様の騎士みたいだった

(騎士……?)

自分のことを『騎士』と言ってはしゃぐ子どもたちに、
いつか騎士を目指していた幼い頃の自分と重なる。

(信じられませんね……)

くすぐられたような気持ちになり、
ジルは思わず吹き出すように笑みをこぼした。

(やはり私は、吉琳には頭が上がりそうにありませんね…)

吉琳:どうしたんですか…?
ジル:いえ、不思議なものだなと思いまして
ジル:クリストフ家にいた以上、騎士になるのが幼い頃の夢でした

(吉琳と出逢って、何もかもが叶った)

ジル:それはもう一生叶うことのない夢だと思っていましたが…
ジル:気づけば……
ジル:私の夢も叶いましたね
ジル:…貴女だけの騎士になれた

(騎士になる夢でさえも)

そっと吉琳の腰を引き寄せ、見つめる。
吉琳:いつまでも私の騎士でいてください
ジル:ええ

(あなただけの…騎士でいさせてください)

吉琳の微笑みに、
胸の中が幸せに満たされていくのを感じていた…―

 

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008

◇愛のカタチ~ロイヤル〜
《誓い》彼目線で語られる7話~ロイヤル~の特別編


(言葉にならないとは、このことですね……)

二度目の婚姻式だというのに、
ジルの鼓動の高鳴りは増すばかりだった。
しかも……

(こんなに感情が乱れるとは…)

遠ざけていたはずの家族が喜ぶ姿に、
どうしようもなく胸が締め付けられる。

(どうしていいか、分かりませんね)

自然と視界が滲んでいく。
吉琳:泣いているのですか…?
そっと、吉琳の指先が目元に触れた。
ジル:おかしいですね、一度目はこんなことなかったのですが

(本当に、信じられない…)

吉琳:ジル
くすっと微笑む吉琳が見つめてくる。
ジル:……?
吉琳の優しいほほえみが、自分だけに向けられていた。
吉琳:今の涙が、嬉しい涙であることは分かっていますが、
吉琳:涙を見せるときは、私だけにしてください
吉琳:…私はあなたの一番つらい時に側にいたいです

(私が吉琳に贈った言葉……)

ジルは目を見開いた後、ふっと笑った。
ジル:…やられましたね
心が落ち着いてくる。
同時に、ある言葉がこぼれそうになった。
ジル:ひと……
言いかけると、祭壇に立ったレオが咳払いをする。
レオ:いいですか、誓いの言葉を言っても
ジル:……ええ
ジルは口をつぐむと、誓いの言葉に耳を傾けた…―

***

華やかな音楽の中、ジルは吉琳の耳元に顔を寄せる。
着替えたジルと吉琳は、結婚パーティーに出席していた。
ジル:吉琳
吉琳:ん……?

(あの時……)

*****
吉琳:…私はあなたの一番つらい時に側にいたいです
*****

…―祭壇の前で言えなかった言葉
それをどうしても吉琳に聞きたかった。
ジル:少し抜け出しませんか?
吉琳:でも、私たちがいなくなったら……
ジル:誰も見ていませんよ
ジル:…早く、あなたと2人になりたいですしね
吉琳の手を引く。
吉琳:あっ……

***

ジルが吉琳を連れてきたのは、
城下を見渡せる高台だった。
城下の灯りが星空の下できらきらと輝いて見える。

(この国を治めていく…そのことだけを考えても…)

隣にいる吉琳の横顔を見つめる。

(貴女のいない日常は、もう考えられない)

どんな時も、自分の隣に吉琳がいてほしかった。

(ですから……)

ジルは息をつくと、話を切り出す。
ジル:二度目の婚姻式もなかなか良かったですね
ジル:初心に帰れました
吉琳:そうですね…
ジル:一度目は逃してしまったのですが、
ジル:貴女にあらためて聞きたいことがあります
吉琳:聞きたいこと…?
ジルはふっと笑みを浮かべると、吉琳を見つめた。
ジル:この先もずっと、私の隣にいてくださいますか?
…―側にいてくれるか
なぜか、吉琳の口から聞きたかった。
吉琳の透き通った瞳が、柔らぐ。
吉琳:はい、どこまでもついていきます
聞きたかった言葉に、衝動的に吉琳を抱き寄せる。

(ずっとずっと、そばにいてください)
(……ずっと)

ジルの願いをそっと見守るように、夜空の星が瞬いた…―

 

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    小澤亞緣(吉琳) 發表在 痞客邦 留言(1) 人氣()