小標

Love Target~キケンな恋と甘いくちづけ~(ロベール)

老師標

狙われたあなたを守ってくれる、彼の本当の姿とは…?
隠された真実を知った時、
スパイの彼とのキケンな恋が動き出す…―
…………
ロベールさんの指先が私の頬に触れ、
愛おしげに見つめられて…―
ロベール:この手を取ったら…もう離してあげられないよ
ロベール:…誓うよ。君をずっと離さずに、大切にすると
…………
全てを受け止めたあなたには、
二人だけの甘く刺激的な夜が待っている…―

 

 

 

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第1話は共通の物語になっているよ!
第2話からお相手選択が発生し

各彼のエンディングが楽しめるよ!

 

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プロローグ:

暖かな日差しが降り注ぐ、ある休日の午後…―
数年前に両親を亡くした私は、
貴族の一人娘として、抱えている領地の視察に赴いてた。

(もう…二人の命日か…)

視察を終えてお墓参りに向かっていると、
通りがかった教会から、
ミサを終えたばかりの神父のロベールさんが顔を出した。
吉琳:こんにちは、ロベールさん
ロベール:こんにちは。今日は…ご両親の命日だね
黒いワンピースに身を包んだ私を見て、ロベールさんが穏やかに微笑む。
顔なじみで、いつも優しく相談に乗ってくれるロベールさんと話していると、
判事のジルと自警団のアランが教会を訪ねてきた。
ジル:近くで不審な人物が現れたとアラン殿から聞いたので、
ジル:ロベール殿にも伝えておこうと思いまして
二人は両親に先立たれた私を気遣ってくれて、
たまに夜道で会うと心配して家まで送ってくれることもあった。
アラン:お前も、気をつけろよ
吉琳:うん、ありがとう
そうしてみんなに見送ってもらい、私は教会を後にした。

(あれ…? あそこにいるのって…)

墓地に向かう途中にあるシドの営むバーの前で、
顔なじみの二人の姿を見つけて足を止める。
吉琳:シド、ゼノ様、こんにちは
挨拶をすると、シドが気だるげに片手を上げた。
バーの店主であるシドと他国から派遣されている外交官のゼノ様は、
こうしてバーで話していることが多く、私も仲間にいれてもらうことが多い。
シド:よお。そういや今日だったな
ゼノ:…暗くなる前に済ませると良い
吉琳:はい。行ってきます
そうして私は二人に笑顔を返すと、両親の眠る墓地へと足を進めた。

***

お墓参りを終え、すっかり暗くなった道を歩いて家に帰ると、
自室のバルコニーにぽつんと何かが置かれていることに気づく。

(何だろう…)

鍵のかかった鉄製の箱を手に取り、その下に置かれていた封筒を開ける。
封筒の中にはチェーンに通された鍵と、両親からだという手紙が入っていた。
吉琳:『中身はとても大切なものだ。取り扱いには気をつけるように』…

(どうしてこんなところに…二人の知り合いが届けてくれたのかな)

そう思いながら箱を開けようとしたその時、部屋のドアがノックされた。
持っていた鍵を首にかけ、箱を机の上に置いて部屋を出る。
けれど、そこには誰の姿もなかった。

(こんな時間に訪ねてくる人はいないだろうし、聞き間違いかな…)

不思議に思って部屋に戻り、はっと目を見開く。

(さっき置いた箱がない…)

驚きながらも、
私は消えた箱の代わりに置かれていた一枚のカードを手に取り…―
吉琳:『関わるな』って、どういうこと…?

 

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どのルートを選ぶ?

『今度の彼は全員スパイ!?』
彼との甘く刺激的な恋が楽しめるよ!

第1話はこちらの2ルートから選択してね♪

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>>>ゼノ・ロベールを選ぶ

 

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ゼノ・ロベール編 共通-第1話:

 

吉琳:『関わるな』って、どういうこと…?
不穏な警告に、思わず首に下げていた鍵をぎゅっと握りしめる。

(鍵だけでも…盗まれなくてよかった)

両親からの手紙に、中身は大切なものだと書いてあったことを思い出す。

(何が入ってるのかは分からないけど…)
(箱が開かなければ、諦めて返してくれるかもしれない)

そう自分に言い聞かせて気を取り直すけれど、
隠しきれない不安が胸に募っていった。
吉琳:そうだ…ロベールさんなら…
その時、ふと頭にロベールさんの姿が浮かぶ。
教会の神父をしているロベールさんは、
困っているといつも相談に乗ってくれる、頼りになる存在だ。

(この時間なら、急げば閉館時間に間に合うかも)

部屋の時計を確認して、私は急いで家を後にした…―

***

すっかりと日が暮れた夜の道を、早足で歩く。

(やっぱり、気のせいじゃないかも…)

近道をするために路地裏を通っていると、
後ろの方から誰かにつけられているような感覚を覚えた。

(もしかして、また泥棒…?)
(とりあえず、人通りの多い所に出なきゃ…)

正体の分からない怖さに、どんどん胸の鼓動が速くなる。
ほとんど小走りになりながら、目の前の曲がり角を曲がると…
吉琳:…っ……
丁度向こうから歩いてきた誰かの胸にぶつかってしまった。
???:…大丈夫か?
聞き慣れた低い声に、顔を上げると…―
吉琳:ゼノ様…! すみませんでした
ゼノ:いや、構わない
目の前に立っていたのはゼノ様だった。
ゼノ様の顔を見ると、張り詰めていた緊張の糸がふっと切れる。

(ゼノ様に会えて、よかった…)

東の国から派遣されている外交官のゼノ様とは、
シドの営むバーで一緒になることが多く、
いつの間にかよく話すようになっていた。
ゼノ:急いでいたようだが、こんな時間にどうした?
吉琳:教会に向かっている途中だったんですけど、
吉琳:誰かにつけられてるような気がして、つい走ってしまって…
そう言うと、ゼノ様が眉根を寄せる。
ゼノ:教会まで送っていこう

(ゼノ様の申し出はすごく嬉しいけど…)

吉琳:でも、いいんですか? お仕事から帰るところだったんじゃ…
疲れているのではないかと訊ねると、ゼノ様が首を横に振る。
ゼノ:気にしなくていい
ゼノ:最近、三国間の緊張関係が増しているのは、お前も知っているだろう
吉琳:はい…
この北の国と、隣国である東の国、西の国は昔からずっと関係が悪く、
緊張状態が続いていた。
吉琳:確か、噂ではスパイが送り込まれているなんて話もありますよね

(本当だとは思えないけど、)
(そんな噂が立つくらい危ないってことなんだろうな)

私の言葉にゼノ様が短く頷く。
ゼノ:…ああ
ゼノ:何があってもおかしくはない。夜道の一人歩きは止めた方がいいだろう
吉琳:はい。ありがとうございます

***

そうして、私はゼノ様と一緒に教会に向かっていると…
ゼノ:吉琳
鋭く名前を呼ばれたのと同時に、ぐっと腕を引き寄せられ…―
ゼノ様の背中に庇われる。

(っ何…?)

ゼノ:下がっていろ
訳も分からず、言われた通りに道の端に下がる。
そうして気づくと、私たちの前には二人の男が立ちはだかって。
男:それが箱の鍵か
真っ黒な衣服に身を包んだ男の一人が、私の胸元に下げた鍵を見て訊ねる。
射抜くような冷たい視線を向けられ、思わず後ずさると、
ゼノ様が私の代わりに口を開いた。
ゼノ:何のことだ
男2:しらばっくれるな。その鍵、渡してもらおう
吐き捨てるようにそう言うと、
男たちはナイフを手に一斉に私たちに向かってくる。
ゼノ:…っ……

(ゼノ様…大丈夫かな…)

二人を相手にしているゼノ様が、
キンと響く高い音と共に、一人の男のナイフを弾き落とす。
けれどその隙に、もう一人の男がゼノ様の攻撃を潜り抜け、
私に向かってナイフを振りかぶった。
吉琳:きゃっ……
ぎゅっと目を瞑ったその時、
後ろからふわりと温かな温もりに包まれて…―
???:大丈夫?
優しく掛けられた声に振り向くと、
片手に握ったナイフで男の刃を受け止めて、
ロベールさんが穏やかに微笑んでいた。
吉琳:ロベールさん…!
ロベール:ゼノ、そっちは任せたよ
優しい色を浮かべていた瞳がすうっと細められ、
低い声でそう言うとロベールさんが男のナイフを軽々と奪う。
そうして男の首筋に奪ったナイフを突き付けると、
男は焦ったように逃げ出した。

(すごい…)

ゼノ様の方を見ると、同じように男が逃げ出しているところだった。
ゼノ:助かった、ロベール
ロベール:帰ろうと思ったら偶然囲まれてる君たちを見かけて、驚いたよ
そう言って、ロベールさんが心配そうに私を見る。
ロベール:怪我はない?
吉琳:はい…二人とも、ありがとうございました
吉琳:でも…あの男の人たちは一体…
混乱しながらも、何者なのかと聞こうとして、
男たちが襲いかかる前に鍵を渡せと言っていたことを思い出す。
吉琳:もしかして、この鍵を狙って……?

(もしゼノ様やロベールさんがいなかったら…)

そう考えると急にさっきの恐怖がよみがえり、
ぎゅっと胸元の鍵を握りしめた。
ゼノ:確かに…男たちの狙いはそれのようだった
ゼノ:俺と会う前に吉琳の後をつけていたのも、おそらくあの男たちだろう
ゼノ様の言葉に頷きながら、ロベールさんがそっと訊ねる。
ロベール:その鍵が何の鍵か、教えてもらえるかな?
吉琳:はい。実は……
そうして私は、届けられた箱が無くなってしまったこと、
両親からの手紙には、
中身は大切なものが入っていると書かれていたことを伝えた。
吉琳:それで、ロベールさんに相談しようと思って教会に向かっていたんです
順を追って説明を終え、小さく息をつく。

(でも、どうしてあの箱が狙われるんだろう…)

浮かんだ疑問を訊ねてみようと二人を見ると、
ゼノ様とロベールさんは、
今までに見たことがないほど真剣な表情を浮かべていた。
そうして視線が重なると、ゼノ様がそっと手を差し出し…―
ゼノ:…理由は分からないが、あいつらが狙ったのは確かにその鍵のようだな
ゼノ:原因が分かるまで、俺が預かっておこう
私を真っ直ぐに見つめて、そう告げた。
吉琳:え…?
ロベール:その鍵を持っている限り、
ロベール:また吉琳ちゃんが狙われる可能性もあるからね
ゼノ様の言葉を補うように、ロベールさんが理由を教えてくれる。

(そっか…狙われないように、心配してくれてるんだ)

ゼノ様の気遣いに自然と頬が緩み、
私はそっと鍵のついたチェーンに手を伸ばした。
そうして手渡そうとすると、
ロベールさんがゼノ様を見据えて口を開く。
ロベール:いや……
ロベール:…俺が預かるよ
ゼノ:どういうことだ
柔らかいロベールさんの声とは対照的に、
ゼノ様の固い声が路地裏に響いた。
ロベール:さっき襲って来た男たち、どこかで見覚えがある
ロベール:確か…君と同じ東の国の人間だよ

(二人とも…急にどうしちゃったんだろう…)

辺りに漂う張り詰めた空気に戸惑い、おそるおそる二人を見つめる。
やがて、ゼノ様が小さく息をついた。
ゼノ:今は、ここで言い争っている場合ではない
ロベール:…そうだね。まずは吉琳ちゃんを家まで送り届けないと
そう言って二人が私に向き直ると、同時にすっと手が差し出され…
ロベール:帰ろう、吉琳ちゃん
ゼノ:家まで送ろう
どちらの手を取るべきか一瞬頭を悩ませる。

(でも…一緒にいると安心させてくれるのは…)

私は柔らかい眼差しを向ける彼の手を取り、笑顔を向けた。
吉琳:…よろしくお願いします
???:ああ

 

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どの彼と物語を過ごす?

2

>>>ロベールを選ぶ

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第2話:

 

ロベール:ああ
ロベール:じゃあ、行こうか
穏やかな声でそう言ったロベールさんに手を引かれ、
私たちは帰り道を歩き出した。
吉琳:さっきは助けてくれてありがとうございました
改めてお礼を言うと、ロベールさんが優しく目を細める。
ロベール:気にしないで。それよりも、君が無事でよかった
ロベール:後で、アランに話して見張りをつけてもらえるように言っておくよ
ロベール:自警団だから、頼りになると思う

(やっぱり、優しいな…)
(ロベールさんに相談してよかった)

悩みを相談しに教会へ行ったことをきっかけに、
それからは、いつでも親身になって話を聞いてくれた。

(両親が亡くなった時も、)
(そっと支えて背中を押してくれるロベールさんがいたから、)
(今、こうして笑顔でいられるんだよね…)

気づいた時にはもう、ロベールさんを好きになっていて、
私はいつか、この気持ちを伝えたいと思っていた。

***

やがて家の前まで来ると、ロベールさんが別れの挨拶を口にする。
ロベール:それじゃあ、俺はこれで…

(あっ…)

このまま離れるのが心細くて、
思わずロベールさんの服の裾を握ってしまう。
吉琳:すみません…つい
引きとめてしまったことに気づいて謝ると、
その手を優しく包み込んでくれた。
ロベール:大丈夫だよ
ロベール:…さっきは、怖い思いをしたからね。
ロベール:俺も、少し神経質になってたみたいだ
吉琳:え……?
何のことか分からずに首を傾げると、ロベールさんが苦笑しながら口を開く。
ロベール:襲ってきた男たちが東の国の人間だったからと言って、
ロベール:ゼノまで疑ってしまったからね

(そういえば…少し険悪な雰囲気だったよね)

二人のけん制し合うような視線を思い出していると、
ロベールさんがそっと告げた。
ロベール:でも、ゼノの言うことは正しい
ロベール:また狙われるといけないから、鍵は俺が預かっておくよ
いつだって自分の為ではなく人のために行動するロベールさんに、
心がぽっと温かくなる。
吉琳:でも…そしたらロベールさんが襲われてしまうかもしれないんじゃ…
ロベール:心配してくれてありがとう。
ロベール:でも、俺のことなら大丈夫だよ
また黒服の男たちに襲われて、
もしものことがあったらと考えるだけで、胸がぎゅっと締め付けれられた。

(今言うつもりはなかったけど…)
(普通に断るだけだと、きっと納得してくれないから…)

私はロベールさんを真っ直ぐに見つめると、心を決めて口を開く。
吉琳:鍵を持ってると危ないというのならロベールさんには渡せないです
吉琳:…好きな人には、危険な目に遭って欲しくないから
そう言うと、ロベールさんがはっと目を見開く。
ためらうように視線を伏せたロベールさんを見て、
私は沈黙に耐えられずに言葉を続けた。
吉琳:それに、自警団の人たちが警備してくれるなら大丈夫だと思います
そう言うと、ロベールさんが困ったように瞳を逸らしたまま、
優しい声で答える。
ロベール:そう…
ロベール:それじゃあ、俺はもう行くけど…戸締りはしっかりね
吉琳:…はい

(驚かれるかもしれないと思ったけど…そうでもないのかな…)

繋がれていた手がそっと離れ、胸に寂しさが募る。
ロベール:夜中に物音がしても、外を覗いたらだめだよ。危ないからね
やんわりと念を押されて頷くと、
ロベールさんはお休みの挨拶を残して歩き出し…

(最後まで心配してくれたことはすごく嬉しいけど、)
(返事、もらえなかったな…)

私は胸に寂しさを抱きながら、その後ろ姿を見送った。

***

ロベールさんに言われた通り、
しっかりと戸締りをしてから眠りについていた私は、
ふと物音で目を覚ました。

(何だろう…外から聞こえてくるみたい…)
(自警団の方が警備してくれているはずなのに…)

不審者だった場合を考え、少し不安に思いながらも、
音の正体を確かめようと、少しだけ二階の自室の窓を開けると…

(え、ロベールさん…?)

家の前には、月明かりに照らされて立つロベールさんの姿があった。
普段とは見慣れない雰囲気に戸惑いながら見つめていると、
他にも誰かいることが分かる。

(奥にいるのは…もしかして、さっきの黒服の男?)

男がロベールさんに向かって手を振り下ろすと、
月光に反射してナイフがきらめく。

(っ危ない…!)

思わずバルコニーに飛びだし、ぎゅっと手すりを掴むけれど、
ロベールさんはいとも簡単に男を地面に伏せさせた。
辺りを静寂が包む中、ロベールさんの静かな声が響く。
ロベール:あの箱は、俺が持ってるよ
ロベール:欲しいなら、彼女じゃなくて俺を狙うんだね

(ロベールさんが持ってるってどういうこと…?)
(それに…なんだかいつものロベールさんじゃないみたい)

呆然とその光景を眺めていると、
アランが後ろ手を縛られた男を連れてロベールさんのもとにやってきた。

(そっか、アランも自警団だから…)

一瞬アランと目が合った気がしたけれど、
私とは一言も交わさずに、
アランはロベールさんと一緒に捕らえた男を連れていく。

(あ、行っちゃう…)

吉琳:ロベールさん…
どうしてここにいるのか、何で箱を持ってるなんて言ったのか、
聞きたいことがたくさんあって、
私は無意識にロベールさんの名前を呼んでいた。
ゆっくりとこちらを振り返り、ロベールさんがバルコニーを見上げる。
ロベール:出て来たら駄目だって、言ったのに
吉琳:…っ……
微笑んでいるけれどどこか冷たく感じる瞳に、ドキッと鼓動が跳ねた。
ロベール:…もう、大丈夫だよ。ゆっくり休んで
そう告げて帰っていくロベールさんに何も言えないまま、
私は言い表せられない不安と戸惑いを感じる。

(きっと、アランと一緒に見張っててくれたんだよね…?)
(でも、箱を持ってるって言ってたのはどういうことだろう…)

ロベールさんを信じているけれど、
どうしてかさっき向けられた冷たい瞳が頭から離れなかった。

***

そうして翌日…―
昨日の夜のことを思い返していると、玄関のドアがノックされる。

(お昼だし、昨日の怪しい男の人は来ないよね…?)

そう思い、警戒しながらドアを開けると、
玄関の前に立っていたのはアランだった。
アラン:昨日のこと、伝えに来た
吉琳:えっ、昨日…?
驚く私に、アランは真剣な表情のまま続ける。
アラン:昨日、見てただろ。俺たちが男を捕まえてたの

(あっ…やっぱり目が合ったのは気のせいじゃなかったんだ)

アラン:そのこと、お前にも知る権利あると思って
吉琳:…ありがとう
アランを部屋に案内し、向かいのソファに腰を下ろす。
吉琳:それで、昨日アランたちが捕まえた人たちは、何だったの…?
訊ねると、アランが順番に説明してくれる。
アラン:昨日お前の敷地内に忍び込んで来たのは、東の国のスパイだ
アラン:すでに盗まれていることを知らずに、箱を狙って来たらしい

(スパイ…?)

想像していなかった答えに、驚いてアランを見つめる。
吉琳:そんな…なんでスパイがあの箱を狙うの?
吉琳:確かに中身は大切なものって書いてあったけど、
吉琳:あれは両親から贈られたものなのに…
アラン:…さあな

(そこまでは分からなかったのかな…)

狙われる理由が分からなくて落ちつかないけれど、
それ以上に、昨日からずっと気になっていることがあった。
吉琳:それなら…昨日ロベールさんがいたのはどうして?

(箱を持ってるって言ってたけど…)

訊ねると、少しの沈黙の後にアランが静かに口を開き…―
アラン:…それは、本人に聞いた方がいい
静かに告げた。

(何かあるのかな…?)

ただ警備を手伝ってくれただけだと言われると思っていた私は、
アランの真剣な表情にわずかに胸騒ぎを覚えた。
吉琳:…うん、分かった。後で教会に行ってみるね
そう言うと、アランがソファを立ちながら教えてくれる。
アラン:今行ってもいない
アラン:…閉館後ならいると思うけど
その言葉に頷いて、私はアランを見送った。

***

そうして、その夜のこと…―
アランに教えてもらった通りに閉館後の教会を訪れた私は、
そっとドアを開けて、中を覗く。

(いた…ちゃんと会えてよかった…)

ほっと息をつくと、ロベールさんがドアの方を振り返った。
ロベール:吉琳ちゃん…?
名前を呼ばれ、私は教会の中に入るとロベールさんに歩み寄る。
吉琳:ロベールさんに聞きたいことがあって…
吉琳:閉館時間を過ぎているのに、すみません
仕事が終わるまでここで待っていると言うと、
ロベールさんが首を横に振る。
ロベール:構わないよ。もう神父じゃないから、ここでの仕事もないしね

(え……?)

吉琳:それは、どういうことですか…?
驚いて訊ねる私に、ロベールさんは真剣な表情で口を開いた。
ロベール:今日でここの神父を辞めることにしたんだ
ロベール:偽って良い人の振りをするのは疲れるし…
ロベール:盗んだ箱を取り返される前に、どこかに逃げようと思って
吉琳:…っ……

(やっぱり、ロベールさんが盗んだの…?)

どこかいつもと違う雰囲気のロベールさんに自然と一歩後ずさる。
吉琳:どうして、ロベールさんがそんなことを…?
私の質問に、ロベールさんが何でもないことのように淡々と告げた。
ロベール:この箱の中身は俺のようなスパイにとって、すごく価値のあるものなんだよ
吉琳:スパイ…?
ロベール:そう。俺は…西の国のスパイだよ
ロベールさんの言葉に、はっと息をのむ。

(これが…ロベールさんのスパイの顔なの…?)

昨日の夜も、そして今も感じるこの違和感の原因が分かり、
私はただ信じられない気持ちでロベールさんを見つめる。
ロベール:昨日吉琳ちゃんの家に忍び込んだのは、東の国のスパイでね
吉琳:…はい、アランから聞きました

(ロベールさんは、一緒に警備していてくれたのかと思ってたけど…)

吉琳:なんで、昨日の夜私の家にいたんですか…?
訊ねると、ロベールさんはふっと目を細めた。
ロベール:箱は俺が持ってるけど、鍵を持ってるのは君だからね
ロベール:手に入れる前に他のスパイに取られたら困るから
その言葉に、
昨日家まで送ってくれた時のロベールさんの言葉を思い出す。

〝ロベール:また狙われるといけないから、鍵は俺が預かっておくよ〞

(危ないから預かっておくって言ったのは、鍵を奪うため…?)

あの時の優しいロベールさんと、
今目の前にいるロベールさんが同じ人とは思えなくて、
胸がぎゅっと締め付けられた。
吉琳:今のロベールさんが…本当の姿なんですか?
心に浮かんだ疑問がぽつりと口からこぼれ落ちると、
ロベールさんが優しい笑みを浮かべる。
ロベール:そうだよ。 本当の俺は、
ロベール:吉琳ちゃんが思ってるような優しい神父様じゃない
ロベール:…残念だけどね
吉琳:っそんな…
突き放すような言葉が胸に刺さる。

(でも、どうしてだろう。)
(どんな悲しい事実を突き付けられても…)
(やっぱり、悪い人には思えない…)

襲われた私を助けてくれたのはロベールさんに違いなくて、
家まで送り届けて、
安心できる言葉を掛けてくれた優しさは本物だと思う。

(もしかしたら、)
(どうしても箱を手に入れたい理由が何かあるのかもしれない…)

好きだからこそ信じたくて、そっと口を開く。
吉琳:あの箱の中身は…何なんですか?
ロベール:…吉琳ちゃんは、知る必要のないことだよ
ロベールさんが冷たく言い放ったと同時に教会のドアが勢いよく開き、
黒い衣服に身を包んだ男が二人、刃物を手に歩いて来る。
男1:お嬢さんには知ってもらわなきゃ困るんだよ
男2:まさか、ロベールが裏切るとはな
男2:お前にはもう用はない。そこのお嬢さんを渡してもらおう

(裏切るってことは…)
(もしかして、ロベールさんと同じ西の国のスパイ?)

一瞬で張り詰めた空気に肌が粟立つ。
恐怖にすくんで動けずにいると、
ロベールさんが背に庇うように私の前に立ち…―
ロベール:…君たちに、彼女を渡すわけにはいかない

 

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老師分

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第3話-プレミア(Premier)END:

 

恐怖にすくんで動けずにいると、
ロベールさんが背に庇うように私の前に立ち…
ロベール:…君たちに、彼女を渡すわけにはいかない
吉琳:…っ……

(優しい人間じゃないって言ってたのに、)
(守ってくれてるみたい…)

男たちと対峙するロベールさんを見ると、
真意が分からずに戸惑ってしまう。
ロベールさんは真っ直ぐに前を向いたまま、私に話しかける。
ロベール:彼らは、俺と同じ西の国のスパイだ
吉琳:仲間なのに、どうしてこんな…
訊ねると、ロベールさんではなく男が口を開いた。
男1:それは、そいつが任務を投げ出したからだよ
吉琳:任務……?
男2:…何にも知らねえのか。ロベールの任務は、
男2:箱の中身をお前に見せて、西の国のスパイにさせることだ
男2:それなのに箱を届けたと思ったら、途中で持ち帰ったらしいじゃねえか
吉琳:ロベールさんが、箱を届けた…?

(一体…どういうこと…?)

男の説明がよく分からずに首を傾げると、
ロベールさんが低い声で言う。
ロベール:箱の中身は、俺の属する西の国の重要な情報だ
ロベール:それを知ってしまえば、一般人とはいえ生かしておくわけにはいかない
ロベール:死にたくないなら、
ロベール:西の国のスパイになって俺たちに協力するよう言うつもりだった
吉琳:そんな…じゃあ両親からの贈り物というのは嘘だったの?
ロベール:…ああ
知らない間にそんな計画に巻き込まれそうになっていたと分かると、
どくどくと鼓動が脈打つ。
男1:貴族っていうあんたの地位も、その血筋も、スパイには打ってつけだからな

(何で私が…?)

逃げ道がない状況で、
どうすればいいか分からずに焦りばかりが募っていく。
男1:大人しく言うことを聞いた方が身のためだ
男が一歩踏み出したその時、
ロベールさんが真っ直ぐに前を見据え…―
ロベール:彼女をスパイにはさせない
ジャケットからナイフを取り出す。
戦う様子を見せるロベールさんに、男たちが不快そうに眉をしかめた。
スパイ:そんなにその女が大事か
ロベール:ああ

(…っ…)

ロベールさんがはっきりと頷いたのを見て、ドキッと鼓動が跳ねる。
けれど、その意味を問う間もなく、男たちが一斉に襲いかかってきた。
吉琳:ロベールさん…っ
身を案じて思わず名前を呼ぶ。
ロベールさんは攻撃を交わしながら男たちの隙を突き、
キンと高い金属の音を響かせながら相手のナイフを弾いた。
男1:ぐっ…
ロベール:…これ以上はやっても無駄だよ
武器を失った男たちに手刀を落とすと、
意識が無くなったかのように二人はその場に倒れ込む。

(ロベールさんが怪我をしなくて良かった…)

一瞬気を抜きかけるけれど、
ロベールさんの鋭い声に呼ばれてはっとする。
ロベール:吉琳ちゃん、行くよ
吉琳:っはい…
ロベールさんは
私の手を取って走り出す。
大きな手に包まれると、言いようのない安心感が恐怖を和らげてくれた。

(本当のロベールさんのことはまだよく分からないけど…)
(やっぱり、私は信じたい…)

ロベール:人目につかないよう裏庭を抜けよう
ロベールさんの言葉に頷き返す。
けれど、教会を出て裏庭に向かう私たちの目の前に、
誰かが立ちはだかり…―

(っ何でここに……)

現れた人たちの姿に目を見開く。
アラン:向こうに馬車を用意してある。急げ
ジル:港は見張られています。船で国外に逃亡するのは危険ですよ
ロベール:…そう、ありがとう二人とも
真剣な顔の二人は、
まるで全てを知っているような口ぶりで会話を続けている。
吉琳:何でアランとジルが…?
そう呟くと、アランが私に視線を移しわずかに表情を和らげた。
アラン:…馬車の中で、ロベールに教えてもらえよ
アラン:今は説明してる暇がねえから
そう言うアランに、ロベールが固い声で告げる。
ロベール:吉琳ちゃんを連れていくつもりはない
吉琳:…っ……
その言葉にはっと息をのむ。
ロベール:…俺と一緒にいたことは、すぐにあの二人から伝わるはずだ
ロベール:それなら、一緒に行くよりも彼女一人で身を潜めていたほうが安全だ
ロベール:やつらはまず、裏切り者の俺を追ってくるはずだからね

(…連れていくつもりはないって、そういう意味だったんだ)

私のことを思っての選択だと分かると、
嬉しく思う気持ちもあるけれど、同時に切なく胸が締め付けられた。

(もし危ないのだとしても、私はロベールさんと一緒にいたい)

そう伝えようとした時、後ろの方からかすかな物音が聞こえ、
ジルが声を潜めて口を開いた。
ジル:とりあえず、二人一緒に隣町へ行って頂きます
ジル:湖の近くに数日滞在できる場所を整えてあります
アラン:こっちの様子が落ちついたら、俺が様子を見に行く
アラン:…急げ、こっちだ

***

そうして私たちは、ジルとアランに誘導されて、
待機していた馬車に乗り込んだ。
馬車はすぐに動き出し、私たちの間に重い沈黙が落ちる。
ロベールさんは自分の席のカーテンを上げて外を確かめ…―
口を開いた。
ロベール:…また怖い思いをさせてしまって、ごめんね

(あ……)

その表情にさっきまでの冷たい雰囲気はなく、
私が知っているいつものロベールさんに見える。
吉琳:どういうことか、教えてもらえますか?
訊ねると、ロベールさんは一つ頷いてゆっくりと説明してくれた。
ロベール:彼らが言ってた通り、元々、あの箱は俺が届けたんだ
ロベール:でも、いざ君が箱を手に取ると、いても立ってもいられなくて…盗んだんだ
吉琳:どうしてですか…? だって、それがロベールさんの任務だったのに…
そう言うと、ロベールさんがふっと目を細めて微笑む。
ロベール:君を…巻き込みたくなかったから
ロベール:卑怯な手段で、スパイの世界に巻き込みたくなかった
吉琳:ロベールさん…

(だから、仲間を裏切ってまで…?)

ロベールさんは穏やかに言葉を続ける。
ロベール:俺たちが吉琳ちゃんを狙ったのは…
ロベール:君のご両親が北の国のスパイだったからだよ
吉琳:っ…両親が、この国のスパイ……?
信じられずに見つめると、ロベールさんがゆっくりと頷いた。
ロベール:それも、特別優秀なスパイでね…
ロベール:君にも何か特別な教育を施しているのではないかと思っていたんだ
ロベール:それに、もしかしたら君の家にご両親が残した情報が残っているかも…とね
吉琳:そんなことないです…私は…
否定しようとすると、ロベールさんの優しい声が止めた。
ロベール:分かってるよ。吉琳ちゃんは何も知らず純粋に育ってきた子だ
ロベール:だから、君にはスパイになんてならずにそのままでいて欲しかった

(…やっぱり、間違ってなかった)
(ロベールさんは、危険を冒してまで守ってくれた優しい人だ…)

吉琳:ありがとうござます、ロベールさん
吉琳:でも…どうして私に隠していたんですか?
もしあのままスパイたちが襲って来なかったら、
真相を知らないままロベールさんのことを誤解し続けていたかもしれない。
そう思うと切なくて、心の声がこぼれ落ちた。
吉琳:好きな人のことを誤解したまま別れるなんて…嫌です
ロベール:…っ……
驚いたように目を見開くロベールさんに、私は心を決めて気持ちを伝える。
吉琳:神父でもスパイでも、ロベールさんの芯の部分は変わりません
吉琳:仲間を裏切ってまで私を守ってくれた、優しい人です

(私が大好きな、ロベールさんのまま…)

緩く瞳が細められ、ロベールさんが困ったような笑みを浮かべた。
ロベール:…誰にでも優しいわけじゃない
ロベール:任務を放棄してまで守りたかったのは…吉琳ちゃんだからだよ
期待したくなるような言葉に、ドキッと鼓動が跳ねる。
ロベールさんが真っ直ぐに私を見つめて、告げた。
ロベール:俺も…君のことが好きだよ
ロベール:純粋な笑顔を向けられて、
ロベール:君の優しい心に触れるたびに気持ちが癒された
ロベール:今度のことがなかったとしても…スパイを辞めようかと考えていたんだ
ロベール:後ろ暗いところのない自分になって、
ロベール:真っ直ぐに君と向き合いたいと思ったから
吉琳:ロベールさん…

(そんな風に思っていたんだ…)

真摯に向き合おうとしてくれたロベールさんの気持ちが伝わって、
胸が温かくなっていく。
ロベール:でも、俺はこの先スパイに追われる身になってしまったから
ロベール:この想いは告げずに別れようと思ってた
吉琳:そんな…

(せっかくロベールさんの本当の気持ちが分かったのに…)

嬉しかった気持ちが揺らぐほどの、嫌な予感が胸をよぎった。
するとその時、大きく馬車が揺れ…
吉琳:…っ……
ロベール:っ、大丈夫?
ぐらっと身体を揺らした私をロベールさんがしっかりと抱き支えてくれる。
吉琳:…はい、ありがとうございます
このままロベールさんの胸に包まれていたい気持ちを抑えて離れると、
ちらりと窓の外に視線を向けてロベールさんが言った。
ロベール:着いたみたいだね
ロベール:家に戻ることはできないけど…
ロベール:このまま馬車に残れば、安全な土地に送ることができるよ
ロベール:そこで暮らせば、スパイとは一生関わらなくて済む
視線だけでどうするのかと問うロベールさんを見つめ、
はっきりと変わることのない意思を伝える。
吉琳:…私は、ロベールさんと一緒に行きます
ロベール:俺と一緒に来るっていうのがどういうことか…分かってる?
吉琳:はい

(たとえ何があろうと…)
(ロベールさんの側にいられない方が辛いから)

私の視線を受け止めると、
ロベールさんが先に馬車から降りてすっと手を差し伸べた。
ロベール:この手を取ったら…もう離してあげられないよ
吉琳:はい…喜んで
ロベールさんの手に自分の手を重ねる。
湧きあがる嬉しい感情のままに笑みを浮かべると、
ロベールさんの目が愛おしげに細められ、温かい指先が私の頬に触れる。

(この手の温もりを…ずっと離さずにいられますように…)

そうして私たちは、月の光に照らされてきらめく湖の側で、
二人の永遠を誓うように唇を重ねた。
ロベール:…誓うよ。君をずっと離さずに、大切にすると


fin.

 

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第3話-スウィート(Sweet)END:

 

ロベール:…君たちに、彼女を渡すわけにはいかない
ロベール:使いものにならないからね
庇ってくれたかのように思えたロベールさんの言葉に喜ぶ間もなく、
冷たい言葉が教会に響く。
ロベール:仲間にしたところで何の意味もないよ。
ロベール:…それどころか、足手まといになるだけだ
ロベール:両親の職業のことも知らないし…
ロベール:普段の様子を見ていてもとても向いているとは思えない

(一体何の話をしているのか分からないけど…)

まるでロベールさんに私自身を否定されてるようで心が痛んだ。
自分の分からないところで話が進み、
普段のロベールさんからは想像の出来ないような言葉が重ねられていく。
男1:じゃあ、その女はスパイに引きこまねえってことか?
男2:だが、それなら何でお前が箱を持ったままなんだ
男2:勧誘が終われば、すぐに上に返す手筈だっただろう
男たちの疑うような眼差しがロベールさんに向けられる。
肩越しに彼らを見るだけでも怖いと思うのに、
ロベールさんは真っ直ぐに見据えて口を開いた。
ロベール:…聞いていないのかい?
ロベール:彼女よりもいい人材を見つけたから、
ロベール:箱はそちらに送ると上にも報告してあるんだけどな

(こんな張り詰めた空気の中でも平気みたい…)
(やっぱり、違う世界の人なのかな…)

ロベールさんが言い終えると、男たちは顔を見合わせる。
男1:そんな話は聞いていない。…確かめさせてもらおう
男2:確認がとれなければ、その時は分かっているな
ロベール:もちろん。確かめたら分かることだからね…早く行ったらどうかな?
笑顔でそう告げるロベールさんに、
男たちは最後まで探るような視線を投げかけて教会を出ていった。

(…やっと終わった)

ロベールさんの背に隠れていただけで何もしていないのに、
どっと疲れがのしかかる。
緊張のせいで浅くなっていた呼吸を整えるように深く息を吸った。

(あの人たちに言っていたことって…)

改めてロベールさんに否定された言葉が頭をよぎり悲しみを耐えていると、
ロベールさんが私を振り返った。
ロベール:…やっぱり、君にそんな顔をさせるのは胸が痛いな
ロベール:本当は、最後に君の笑顔が見られたらと思っていたけど…

(最後に……?)

どこか寂しげな笑みを浮かべたロベールさんが、教会の奥を指さして言う。
ロベール:帰るなら、念のために裏口から出て庭を通って行くと良い
吉琳:ちょっと待って下さい。最後にって…どういうことですか?
私に背を向けたロベールさんを引きとめるように声を掛ける。

(さっきの人たちが何だったのかも分からないし…それに)

吉琳:どうしてロベールさんは国を出て行こうとしてるんですか…?
吉琳:全部…ちゃんと教えてください
必死にそう告げると、ロベールさんは一瞬考えるように視線を伏せ、
やがてゆっくりと頷いた。
ロベール:分かった。でもここで話すのはやめよう
ロベール:また、誰かが来るといけないからね

***

そうして私は、庭で説明をするというロベールさんについて行った。
ロベール:そうだな…どこから話そうか
そう言って、ロベールさんが静かに口を開き…
ロベール:そもそも…あの箱を届けたのは、俺なんだ
吉琳:ロベールさんが…?

(じゃあ両親からの贈り物じゃなかったの…?)

ロベール:あの箱の中身は俺の属する西の国の重要な情報だ
ロベール:箱の中身を知ってしまえば、
ロベール:大人しくスパイとなって俺たちに協力するか…
ロベール:口封じとして始末されるしかない
吉琳:っ…どうして、そんな箱を私に?
淡々と語るロベールさんに驚きながらも訊ねる。
ロベール:それは、俺の任務が新たなスパイを勧誘することだからだよ
ロベール:吉琳ちゃんは西のスパイにとって役に立つ人材として選ばれたんだ

(私が…?)

選ばれるような理由が思いつかずに眉を寄せると、
ロベールさんがためらうように口を開く。
ロベール:君のご両親は…優秀な北の…この国のスパイだったんだ
吉琳:…そんな、本当に……?
信じられなくて聞き返すけれど、
何も言わずに静かに私を見つめる瞳が、事実だと告げていた。
初めて知る両親の真実を受け止めて、話しの続きを訊ねる。
吉琳:…そうだとしても、どうして私が?
ロベール:その娘である君が、
ロベール:両親から譲り受けた情報を持っているのではないかと考えたんだよ

(何もかも初めて聞くことばかりで…)
(全然、追いつかない)

呆然とする私を気遣うように、ロベールさんがそっと私の肩を抱き…―
ロベール:だから、君を巻き込みたくなくて箱を盗んだんだ
穏やかな瞳で告げた。

(巻き込みたくなくて…?)

吉琳:でも、さっきは足手まといだからって…
ロベール:あれは、嘘だよ
ロベール:他に良い候補なんていないし、上にも報告していない

(それじゃあ…もしかして、私を守るために…?)

嬉しいと思う反面、ロベールさんの身が心配になってくる。

(あの人たちは、ロベールさんの言葉が本当か確かめるって言ってた…)

吉琳:もし嘘だってバレたら、大変なことになるんじゃ…
焦りと不安が入り混じりそう訊ねる。
すると、ロベールさんはふっと口元に笑みを浮かべた。
ロベール:ああ。だからここを出るんだ
ロベール:この国を出たら流石に大丈夫だと思う

〝ロベール:偽って良い人の振りをするのは疲れるし…〞
〝ロベール:盗んだ箱を取り返される前に、どこかに逃げようと思って〞

(やっぱり…箱を取り返されないためになんて、嘘だったんだ)
(国外に逃げないといけない程の危険を冒してまで、)
(私を助けてくれたの…?)

そう気づいたとき、ぽつりと心の声がこぼれ落ちた。
吉琳:なんで、そこまでしてくれるんですか…
一度口にすると、胸の中に湧いて来る疑問が次々に溢れだす。
吉琳:危険な目に遭うって分かってるのに…どうして?

(このまま国外に行ったら、もう会えなくなるかもしれない…)

吉琳:いつもロベールさんに助けてもらってばっかりで、
吉琳:私はまだ、何も返せていないのに…
思い返すと、いつだってロベールさんは優しく背中を押してくれて、
温かく見守ってくれた。

(好きなのに…)
(ロベールさんが困ってる時に、何もできないなんて……)

目が潤み、落ちそうになる涙を必死にこらえていると、
ロベールさんの指先が優しく目元を拭い…―
ロベール:…君が大切だからだよ
ロベール:それにもう、たくさんもらってる
優しく微笑みかけた。
吉琳:そんなこと……
ロベール:あるよ。吉琳ちゃんの笑顔や、純粋で真っ直ぐな心に触れるたびに、
ロベール:すごく癒されたんだ。君といると、俺まで優しい気持ちになれた

(私は少しでも、支えになれていたのかな…)

気づいていなかったけれど、
少しでも役に立てていたのかもしれないと、
嬉しく思って頬を緩める。
ロベールさんもふっと表情を和らげたかと思うと、
穏やかな声で、悲しい言葉を口にした。
ロベール:でも、そんな吉琳ちゃんだからこそ…俺とは関わっちゃいけない
そう告げる瞳は温かく、揺るがない。
吉琳:っそんなこと言わないでください…
吉琳:ロベールさんがスパイでも、私の気持ちは変わりません

(スパイでも、ロベールさんの芯の部分は変わらない……)

吉琳:私は…優しくて温かいロベールさんが好きです
このまま別れるのが嫌で、心からのロベールさんへの想いを告げる。
静かに聞いていたロベールさんの眉根が苦しげに寄せられて、
ぐっと肩を抱き寄せられたかと思うと、唇が重なった。

(…っ…)

強引に、けれど優しく触れた唇が離れると、
ロベールさんの手が私の首から鍵のついたチェーンをそっと取り上げる。
そうして悲しげに微笑むと、囁くように呟いた。
ロベール:俺も、君が好きだよ
ロベール:だから、ここでお別れだ
吉琳:っそんな…!
言葉よりも先に、身体が動いていた。
ぎゅっとロベールさんに抱きつくと、頭上から困ったような苦笑が落ちる。
ロベール:…本当は、そう言って終わりにしようと思ってた
ロベール:西の国のスパイは、裏切り物の俺を追ってくる
ロベール:…一緒にいられることよりも、君が無事でいてくれることを選ぼうと

(っそれじゃあ…)

ぱっと顔を上げてロベールさんを見つめる。
その目は、まだ迷っているかのように伏せられていた。
吉琳:私は…どんな危険な目に遭ったとしても、
吉琳:ロベールさんと一緒にいたい…
吉琳:ロベールさんが国外に行くと言うなら、私もついて行きます

(だからどうか…このまま離れるなんて決断をしないで欲しい…)

そう願いを込めて気持ちを伝えると、
ロベールさんの目がはっと見開かれる。
そうして、一つ息をつくと、ロベールさんがゆっくりと口を開いた。
ロベール:いいかい? まず、アランに話して自警団に保護してもらんだ
ロベール:捕まるリスクを負ってまで君を仲間にしようとする動きは、いずれなくなる

(やっぱり、連れていってはもらえないのかな…)

胸が締め付けられるように痛むけれど、
私はロベールさんを信じて次の言葉を待つ。
ロベール:そうして、君がこの国で安全に暮らせるようになって、
ロベール:もし、俺を待っていてくれるというのなら…
ロベール:いつか必ず、俺は君を…吉琳ちゃんを迎えに来るよ
吉琳:…っ
ロベール:それまで、待っていてくれるかな?
頬を伝う涙を感じながら、
私は目の前で微笑むロベールさんの首に腕を回す。
吉琳:はい…!

(ロベールさんが迎えに来てくれるなら…)
(いつまでだって、待ち続ける)

離れ離れになる覚悟と、いつか訪れる二人の幸せな未来を想い、
私たちは最後に一度、涙の味のキスを交わした…―


fin.

 

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エピローグEpilogue:

老師後

想いが通じ合った二人に訪れる、愛おしいひととき…
………
……
ロベール:本当に…吉琳ちゃんはずるいな
ロベールさんの指が鎖骨をなぞり、ゆっくりとドレスを乱していって…
ロベール:教えてあげるよ…これが夢じゃないことも、
ロベール:俺がどれだけ…君を愛しているのかも
………
……
大好きな彼がスパイから恋人へと変わる夜、
真実の愛があなたを甘く包みこむ…―

 

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