♔亞緣腐宅窩♔

Magic of love～恋する魔法使い～（ユーリ）

プロローグ：

――…ここは、魔法の国ウィスタリア
誰もが魔法を使えるこの国のお城で、私は宮廷魔法使いとして働いている。

＊＊＊

（この本は、確かあの棚に返せばよかったかな…）

腕に抱えていた数冊の本を、魔法で宙に浮かべて棚の中に収めていく。
お城の図書館を飛び交う本は、私にとっては見慣れた光景だけれど……
アルバート：…………

（アルバートさんにとっては、珍しいのかも）

隣国シュタインから来ているアルバートさんは、
私の隣で物珍しげに空飛ぶ本を眺めていた。

（たまたま図書館ではち合わせたけど、もしかして、ここに来るのは初めてなのかな）

アルバート：さすが、ウィスタリアですね。
アルバート：本の返却まで魔法で行うとは…
吉琳：手で返すより、この方が早いんですよ
アルバート：利便性があるのはわかってますが、
アルバート：シュタインではこうした魔法が使える人間は限られています
アルバート：あまり見ない光景ですので、興味深いですね
感慨深く呟いたアルバートさんが、ふと、私の方に目を向けた。
アルバート：そういえば、前から聞きたかったのですが…
アルバート：宮廷魔法使いであるあなたは、
アルバート：普段どのような仕事をしているのですか？
吉琳：私は主に、魔法の研究をしています
アルバート：研究ですか…。きっと熱心に取り組んでいるのでしょうね
吉琳：え…？
アルバート：あなたの魔法は素晴らしいと、ゼノ様も褒めていましたから

（シュタインの国王陛下に褒めていただけるなんて、嬉しいな）

吉琳：ありがとうございます
お礼を告げたその時、図書館の重厚な扉が音を立てて開いた。
？？？：吉琳
吉琳：あ…

（もう約束の時間？）

入り口から差し込む光の中に、彼の姿が見える。

（急がないと）

吉琳：すみません、私はこれで失礼しますね
アルバートさんと別れて、彼の元へと向かう。
光が差し込む扉の前で、私を待っていたのは…――

どの彼と過ごす…？

この物語を進める。

共通第１話：

――…降り注ぐ陽差しが、温かな色を帯びてきた午後
ユーリ：吉琳様
吉琳：あ…
図書館の扉が開き、差し込む光の中に見慣れた姿が見えた。

（もう約束の時間？）
（急がないと）

吉琳：すみません、私はこれで失礼しますね
アルバートさんと別れ、急いで入り口へと向かう。

＊＊＊

吉琳：お待たせ、ユーリ
光が差し込む扉の前で私を待っていたのは、助手であるユーリだった。
ユーリ：吉琳様、そろそろパーティーが始まるよ
吉琳：うん。着替える時間は…ないよね

（困ったな…。思ったより仕事が長引いたみたい）

今日はお城で、国中の魔法使いたちが集う大きなパーティーが開かれる。
私は宮廷魔法使いとして、そのパーティーに出席することになっていた。

（王子も参加するような正式なパーティーだから、ドレスを着ないといけないんだけど…）

近くの窓に映った私は、ワンピース姿のままだ。
？？？：お前、その格好で今日のパーティーに参加するつもりか？
吉琳：っ…
突然、窓に大きな人影が映り込む。
振り向いた視線の先にいたのは、ウィスタリアの王位継承者であり、
魔法学校時代の先輩でもあるカインだった。
吉琳：カイン…
カイン：お前…カイン先輩って呼べって、何回言ったらわかんだよ
吉琳：ここはもう学校じゃないんだし、いいでしょ？
カイン：俺が年上だってことに変わりねえだろうが。もっと敬え
吉琳：お断りします
カイン：あ？ お前な…
カインの魔法はすごいと思うし、伝えたことはないけれど、尊敬もしている。

（でも、学生の頃から魔法の腕を競ってたから…）
（逢うとこうやってすぐ言い合いになっちゃうんだよね…）

ユーリ：吉琳様、カイン様
いつも通りのやり取りをする私たちの間に、ユーリが割って入る。
ユーリ：今、そんなことしてる場合じゃないでしょ？

（そうだった）

吉琳：ごめん、早く会場に行かないとね
ユーリ：うん。でも、その前に…――
ユーリが私と向き合って、ぱちんと指を鳴らす。
吉琳：…っ
途端に、キラキラとした光が私の体を包み込んだ。

（あ、これ、ユーリが得意な呼び寄せの魔法…？）

光が消えて、体を見下ろすと…
ワンピースは、鮮やかな色のドレスに変わっていた。
カイン：お前、いつの間に…
ユーリ：吉琳様が忙しそうだったから、用意しておいたんです
ユーリ：勝手に選んでごめんね。どうかな…？
吉琳：嬉しい…。ありがとう、ユーリ
ユーリ：どういたしまして
ユーリ：俺の得意魔法が、吉琳様の役に立ってよかったよ
ユーリの明るい笑顔につられて、私の頬も緩む。

（ユーリには、いつも助けられてるな）
（優秀な助手がいてくれて、ほんとによかった）

ユーリ：それじゃ、行こっか
吉琳：うん！
歩き出そうとした、その時……
カイン：おい、待て
カインが、私の腕を掴んだ。
吉琳：…っ、どうしたの？
カイン：お前のその格好…――肩出すぎだろ
吉琳：そうかな？ 普通だと思うけど…
カイン：んなわけねえ。見てるこっちが風邪引きそうだ
手を離したカインが、指を鳴らす。
吉琳：わ…っ
その瞬間、視界の端でぽんっと光が弾け、
気づいた時には、柔らかな布地が私の肩を包み込んでいた。
吉琳：これは…

（ショール？）

カイン：かけとけ。お前がパーティーに出る時の格好はいつも寒そうだからやる
吉琳：あ…
カインはすぐに背を向けて、去ってしまう。

（お礼、言いそびれちゃった…）
（いつもみたいに口は悪かったけど、心配してくれたのかな？）

ユーリ：…カイン様は素直じゃないなー
吉琳：え？
ユーリ：なんでもない。それより、俺たちも早く行こう
ユーリに促され、私たちは急いでホールへと向かった。

＊＊＊

――…パーティーが始まり、星が瞬き始めた頃
ユーリ：吉琳様、少し休憩する？
挨拶回りをしていた私に、ユーリがひっそりと声をかけてきた。
吉琳：うん、そうする

（久しぶりのパーティーだから、少しだけ疲れちゃった）

壁際に寄った私の前で、ユーリがぽんっと魔法でシャンパンを出す。
ユーリ：どーぞ、吉琳様
吉琳：ありがとう
冷えたグラスを受け取って、口をつけると……
カイン：ユーリ、俺にもくれ
私たちのもとに、カインがやって来た。
ユーリ：はい、どうぞ
ユーリが魔法で呼び出したシャンパンを、カインにも手渡す。
カイン：ありがとな
吉琳：カイン…王子様がここにいていいの？
カイン：問題ねえ。俺様がどこにいようと勝手だろ
ユーリ：はいはい。そんなこと言ってもわかってますよ、カイン様
カイン：…何がわかってんだよ
ユーリがカインに向かって、にっこりと笑う。
ユーリ：カイン様が俺たちのところに来たのって…
ユーリ：吉琳様に変な男が近づかないか、心配してるからですよね？
吉琳：え…
カイン：…っ、そんなわけねえだろ
吉琳：ちょっと、カイン…っ。声が大きいよ
ちらりと、会場内にいる魔法使いたちの視線が集まる。
カインは気まずそうに目を逸らした。
吉琳：ちょっと、カイン…っ。声が大きいよ
ちらりと、会場内にいる魔法使いたちの視線が集まる。
カインは気まずそうに目を逸らした。
ユーリ：カイン様って、ある意味素直ですね
カイン：ユーリ、それ以上言ったらどうなるかわかってんだろうな
ユーリ：怖いなー

（ユーリが言ってたこと、冗談だよね…？）

ユーリとカインの会話をそばで聞いていると、ふいに、視線を感じた。

（何だろう…？）

ホールに目を配らせると、老年の魔法使いたちが、私を見ていることに気づく。
魔法使い１：あの娘が、例の宮廷魔法使い…？
魔法使い２：ええ。何でも、空を飛ぶことが出来ないって話です

（…っ）

かすかに聞こえてきた嘲笑混じりの言葉に、ずきりと胸が痛む。

（空を飛ぶ魔法は、ウィスタリアの人なら誰もが出来る魔法だけど…）
（私には、それが出来ない）

誰にも見られないよう、ひそかに手を握り込む。

（こういう風に噂されてたなんて、知らなかった）

カイン：おい…
ユーリ：吉琳様、どうしたの…？
ユーリとカインの声で、はっと我に返る。
吉琳：…ちょっと、シャンパンで酔っちゃったかな

（…少しだけ、ここから離れたい）

近くのテーブルにグラスを置いて、私は二人に背を向けた。
吉琳：ごめん、酔い覚まししてくるね
ユーリ：え…吉琳様？
カイン：…………

＊＊＊

人けのないバルコニーに出て、深く息をつく。

（風、気持ちいいな…）

沈んだ心を慰めるように、強い風が吹いて……
吉琳：あ…
肩にかけていたショールが、夜空に飛ばされてしまった。

（いけない…っ）

思わず、手すりから身を乗り出すと…――
？？？：危ない！

（え…？）

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第２話：

沈んだ心を慰めるように、強い風が吹いて……
吉琳：あ…
肩にかけていたショールが、夜空に飛ばされてしまった。

（いけない…っ）

思わず、手すりから身を乗り出すと…――
ユーリ：危ない！
吉琳：え……っ
ぎゅっと手首を掴まれ、後ろに引き寄せられる。
振り向くと、心配そうな顔をしたユーリが立っていた。
吉琳：ユーリ？
ユーリ：吉琳様が落ちちゃうかと思って、焦った…
吉琳：あ、ごめん…
吉琳：ショールが飛んでいっちゃって…
ユーリ：なーんだ、そういうことか
ユーリが私から手を離し、ほっとしたような笑みを見せる。
ユーリ：俺に物を呼び寄せる魔法を教えてくれたのは吉琳様なのに…使わないの？
吉琳：あ…

（そうだ、魔法使えばよかった…）

ユーリの指先がキラリと光った瞬間、
風にさらわれたはずのショールが、私の肩に戻ってきた。
吉琳：ありがとう、ユーリ
ユーリ：どういたしまして
ユーリ：吉琳様ってしっかりしてるのに、時々抜けてるよね
吉琳：それは…何も言い返せないかも
小さく笑うと、ユーリがふと目を伏せる。
ユーリ：…俺が一緒にいられるのは後少しなのに、心配だな

（……っ）

その言葉に、ずきりと胸が痛んだ。

（ユーリは、魔法を学ぶためにシュタインからウィスタリアに来た留学生だけど…）
（もうすぐ、その留学期間が終わってしまう）

助手をやめ、帰国する日が近いと知ったのは、つい最近のことだった。

（本当は…ユーリを引き止めたい）
（でも、わがままを言って困らせたくないから…）

喉まで出かかった言葉を、呑み込む。
吉琳：…ユーリがいなくてもやってけるように、しっかりしないとね
ユーリ：吉琳様…
ユーリ：……っ
顔を上げたユーリが、突然、何かに気づいたかのように眉を寄せる。
吉琳：ユーリ？
ユーリ：面倒な人が来た…
吉琳：え…？
ユーリ：ごめん、吉琳様
大きな手が、私の肩を抱き寄せて…――
ユーリ：ちょっとだけ、俺につき合って？
吉琳：っ……
近くにあった柱の陰へと、引き込んだ。
吉琳：急にどうし…――
ユーリ：静かに
唇に人差し指を添えられ、声が途切れる。

（な、なに…？）

口を閉ざした私に、ユーリが満足そうに微笑んで…
パチン、と指を鳴らした。

（っ…これって……姿隠しの魔法？）

キラキラとした光が私たちを包み込み、消えていく。
同時に、バルコニーに人影が現れた。

（あれは、アルバートさん…？）

アルバート：……おかしいな。あいつの姿が見えたと思ったが、気のせいか

（そういえば、アルバートさんはユーリの知り合いだって聞いたことがあるけど…）
（どうして隠れたんだろう？）

アルバートさんは辺りを見回した後、息をついてバルコニーを去っていった。
吉琳：…ユーリ、アルバートさんと何かあったの？
ユーリ：まあ、ちょっとね

（言いにくいことなのかな？）

言葉を濁したユーリが、ふいに悪戯っぽく目を細める。
ユーリ：それより、吉琳様の体、冷えてるね
吉琳：…！
肩に添えられていた手が、そっと私を抱き寄せる。
吉琳：…っ…ユーリ…
ユーリ：このまま、俺が温めてあげようか？
吉琳：っ…
いつもより低い声が耳に触れ、胸が騒ぎ出す。
瞳が迫り、思わず息を詰めると……
ユーリ：なあんてね
からっと笑ったユーリが、私から体を離した。
吉琳：もう…っ…からかわないでよ

（ユーリは、時々こういうことするから…困る）
（こうやっていつも、どきどきさせられて…）

まだ熱の冷めない頬を誤魔化すために、顔をそむける。

（…私も、どうしてこんなにどきどきするんだろう）

高鳴る胸を抑えていると、ユーリが魔法を解除する呪文を囁いた。

（……あれ？）

吉琳：姿を隠す魔法を使うなら、隠れる必要はなかったんじゃ…
ユーリ：あ、バレた？
ユーリ：俺がただ、吉琳様とくっつきたかっただけだよ
吉琳：…っ…また、そういうこと言う…
冷たい夜風が髪を揺らしても、熱はなかなか冷めなかった。

＊＊＊

――…翌日の朝
ユーリ：吉琳様、こっちの水やりは終わったよ
遠くから、ユーリが駆け寄ってくる。
吉琳：ありがとう
私たちは温室で、研究に使う魔法の薬草の世話をしていた。

（あ…この花、枯れてる）

近くにあった花壇の前に屈み、花に手をかざす。
煌めく光が枯れかけた花を包み込んだ瞬間、
時間を巻き戻すかのように、しおれていた花が蘇った。

（これでよしっと……ん？）

生き返った花の隣に、見たことのない花の蕾を見かけて、首を傾げる。
ユーリ：どうしたの？
吉琳：この花見たことないけど…ユーリが植えたの？
ユーリ：そうだよ。この間、知り合いの魔法使いからもらったんだ
吉琳：魔法の花…だよね

（何の花だろう？）

蕾を眺めていると、そばにいたユーリが私の隣に屈んだ。
ユーリ：気になるの？
吉琳：…っ……
そっと顔を覗きこまれ、迫る瞳に息を呑む。

（また、この感覚…）

早まる鼓動に戸惑っていると、ユーリが唇の端をあげて……
ユーリ：教えてあげる代わりに…――俺と、お茶してくれる？
吉琳：え…、……っ
顔を離したユーリが、ぱちんと指を鳴らした。
その瞬間、光とともに、ティーセットの乗った銀のトレーがユーリの手元に現れる。
ユーリ：魔法たくさん使ったから、疲れたでしょ？
ユーリ：とっておきの紅茶淹れてあげるから、休憩しよう
吉琳：…ありがとう

（こうやって、いつも先回りして気を遣ってくれて…）
（本当に、ユーリは優しいな）

立ち上がったユーリが、蕾に目を向ける。
ユーリ：その花、二人の想いが一つになった時に咲く魔法の花なんだって
吉琳：へえ…何だか、ロマンチックだね
ユーリ：でしょ？ 吉琳様が好きそうだなーと思って、こっそり育ててたんだ
ユーリ：城下では、恋の花って呼ばれてるらしいよ
吉琳：恋、か…
話し終えたユーリが背を向けて、近くにあったテーブルにティーセットを並べ始める。
私も立ち上がって、その後ろ姿をひそかに眺めた。

（恋って聞くと、どうしてユーリを思い浮かべてしまうんだろう…）
（…恋人じゃなくて、助手なのに）

ユーリ：吉琳様、座ったら？
吉琳：あ、うん…
促され、椅子に座る。
その間に、ユーリは魔法でテーブルの上にお菓子を呼び寄せた。

（ティーセットも、このお菓子も…）
（最初から、休憩するために用意してくれてたみたい…）
（思い返せば、ユーリが助手になってから、たくさん支えられてきたな）

手際よく魔法で紅茶を淹れてくれるユーリを見て、
感謝の気持ちと、少しだけ、胸の痛みが込み上げてくる。

（ユーリとは、もうすぐお別れしなくちゃいけないけど…）
（別れる前に、何かお礼がしたい）

吉琳：ねえ、ユーリ、いきなりなんだけど…
吉琳：何か欲しいものとか、してほしいこととか…ある？
ユーリ：え？
吉琳：前から、いつも私を助けてくれるお礼がしたいなって考えてたの
ユーリ：そんなの、助手なんだから気にしなくていいのに
吉琳：助手とか関係なく、ユーリには感謝してるんだよ
ユーリを見上げると、真っ直ぐな眼差しが返ってくる。
ユーリ：うーん、それじゃ…――お礼は、キスがいいな
吉琳：…っ、真面目に答えてよ
ユーリ：ひどいなー。俺は真面目だよ？

（絶対、からかってる…！）

いつものように悪戯っぽい笑みを浮かべたユーリが、
椅子に座っていた私の前で、腰を曲げた。

（……っ、え？）

頬に柔らかなものが触れて、離れていく。

（今…キス、された……？）

一拍置いて、かあっと頬が熱くなった。
ユーリ：照れちゃって、可愛いなー
吉琳：ユーリ…っ
ユーリ：吉琳様、何でもしてあげるとか簡単に言っちゃだめだよ？
ユーリ：こうやって、調子に乗る男もいるんだからさ
吉琳：もう…っ…

（すごく、顔が熱い…）

顔を俯けて、熱を冷まそうとこっそり深呼吸をする。

（何だか、いつもからかわれてばかりで悔しいな）
（お礼もしたいけど、その前に一度でいいからユーリを驚かせてみたい…）

ふいに浮かんだ悪戯心が、私の体を動かす。
暴れそうになる胸をどうにか鎮めて、椅子から腰を浮かせた。
吉琳：ユーリ…
ユーリ：どうしたの…、……っ
素早く、ユーリの頬に唇を押し当てる。
吉琳：これで、お礼になった…かな？

（いつもの仕返しのつもりでやったけど…）
（思った以上に、恥ずかしい…っ）

驚いたような顔をしたユーリに一瞬だけ嬉しくなるけれど、
込み上げてくる気恥ずかしさの方が勝って、すぐに顔を逸らした。

（ユーリの顔、見れない…）

ユーリ：吉琳様…
吉琳：っ…あ……
低い声とともに、ユーリの指先が私の顎に添えられる。
優しく視線を戻され、笑みを消したユーリと目が合った。

（あれ…変だ……）
（魔法にかかってるわけじゃないのに…体が、動かない）

いつもとどこか違う表情を浮かべたユーリの顔が、近づいて…――
ユーリ：頬へのキスだけじゃ、足りないかな

第３話：

（あれ…変だ……）
（魔法にかかってるわけじゃないのに…体が、動かない）

いつもとどこか違う表情を浮かべたユーリの顔が、近づいて…――
ユーリ：頬へのキスだけじゃ、足りないかな
甘い吐息が、唇にかかった。

（また、私をからかってる？）
（でも、そんな感じじゃない…）

奇妙な緊張が全身を包み込み、ぎゅっと目をつぶる。
ユーリの気配が迫った、その時…
遠くから、温室の扉が開く音が聞こえた。

（…っ、誰か来た…！）

目を開くと、ユーリが素早く体を離す。
ユーリ：…残念。もう少しで、吉琳様にキス出来たのに

（…っ…キスって…）

ユーリがいつもと変わらない笑顔を見せるけれど、
私は、いつも通りには振るまえなかった。

（あのまま、誰も来なかったら…どうなってたんだろう）
（冗談だって言って、終わってたのかな…）

ユーリ：吉琳様？

（それとも、本当に…キスされた？）

押し黙った私の顔を、ユーリが覗きこむ。
たったそれだけのことなのに、
間近にいるユーリを意識してしまい、堪えきれなくなった。
吉琳：…っ、ちょっと、外出てくるね
ユーリ：え…吉琳様？
呼び止めるユーリの声を振りきって、私は外へと飛び出した。

＊＊＊

走り去る吉琳の姿を見て、ユーリの表情から笑みが消える。
ユーリ：やっちゃったな
ユーリ：…ずっと我慢、してたのに
低く呟くユーリの目は、どこか憂いを帯びていた。

＊＊＊

――…数日後

（あの日から、ユーリの目を見ることが出来なくなっちゃった）

いつも通りではいられないもどかしさに、息をつく。
休憩の合間に中庭にやって来た私は、噴水の縁に腰をかけて顔を俯けた。

（ユーリは、いつも通りなのに…私だけが意識してるみたい）

ちくりと痛む胸に顔をしかめると、つんつん…と足元を何かがつついた。
吉琳：あれ…チロル？
小柄なリスが、つぶらな瞳で私を見上げる。

（ユーリのペットだったよね？ どうしてこんなところにいるんだろう）

そっと膝の上に乗せると、チロルは嬉しそうに尻尾を振った。

（……可愛い）

愛らしい仕草に頬を緩めていると、誰かの足音が近づいてくる。
アルバート：吉琳さん…？
チロルから顔を上げると、そこにはアルバートさんの姿があった。
アルバート：ちょうどよかったです。一つお聞きしたいことがあるのですが…
アルバート：あなたの助手を見ませんでしたか？

（ユーリのこと？）

吉琳：さっきまで、図書館にいましたよ
アルバート：…それは私も知っています
アルバート：先ほど図書館で奴を見かけたのですが、逃げられてしまいました

（あ、そういえば…）

〝吉琳：…ユーリ、アルバートさんと何かあったの？〞
〝ユーリ：まあ、ちょっとね〞

（前にも、アルバートさんから逃げてたっけ）

吉琳：あの…ユーリと何かあったんですか？
問いかけると、アルバートさんは眼鏡のつるをくいっと押し上げた。
アルバート：何もありませんよ
アルバート：…ただ、いつ国に帰るのかと尋ねているだけです
吉琳：いつって…
アルバート：あいつの留学期間は、すでに終わってるんですよ
吉琳：え…？

（終わってるってどういうこと？）
（期間が終わるのは、まだ先の話じゃなかったの…？）

アルバート：いつまでこの国にいるつもりなのかと聞いても、逃げられるだけで…
アルバート：私には、あいつがどうしたいのかわからない
アルバートさんは大きく息をつくと、私に背を向けた。
アルバート：今日こそは、奴を捕まえて話を聞きます
アルバート：あなたも、あいつの姿を見かけたら私に教えてください
去っていくアルバートさんを見送りながら、私は手を握りしめた。

（ユーリと一緒にいられる時間は、本当ならもうないんだ…）

膝の上にいたチロルが、心配そうに声を上げる。

（でも、どうして期間が終わっても、私の助手を続けてくれてたんだろう…？）

吉琳：ユーリ…

（考えてもわからないから…）
（とりあえず、私もユーリを探して話を聞かなくちゃ…）

？？？：俺を呼んだ？
吉琳：え…？

（今、下から声が聞こえたような…）

膝に視線を落とすと、突然、チロルの体が光り始めて…――
吉琳：っ……
まばゆい光の中で、チロルがユーリの姿へと変わっていった。
吉琳：ユーリ…！

（変身の魔法を使ってたんだ…！）

吉琳：どうして、チロルになってたの…？
ユーリ：アルから逃げるためだよ。でも、せっかくだから…
ユーリ：ほんとはもっと、吉琳様に可愛がってもらいたかったんだけどなー

（……ユーリ…）

明るい笑顔を浮かべていたユーリの表情に、陰が落ちる。
ユーリ：…俺に聞きたいこと、あるんだよね？
吉琳：うん…
ユーリ：ここだとうるさいアルに見つかるかもしれないから、移動してもいい？
頷くと、ユーリが私の手をとって歩き出した。

＊＊＊

温室に入ると、花の香りが私たちを包み込む。

（誰もいないみたい…）

無言で歩いていたユーリが立ち止まり、私も足を止めた。
ユーリ：俺さ、ずっと迷ってたんだ
吉琳：迷うって…？
ユーリ：国に帰ろうか、それともこのまま、吉琳様の助手を続けようか
振り向いた眼差しがあまりにも真剣で、思わず息を呑む。

（続けるっていう選択肢も、ユーリの中にあったんだ）
（嬉しいけど、どうして…）

ユーリ：少しでも答えを先延ばしにしたくて、アルから逃げてたけど…
ユーリ：そろそろ、引き際かな
吉琳：…っ、シュタインに、帰るの？
ユーリ：…吉琳様は、俺にどうしてほしい？
吉琳：…私？
質問に質問で返され、目を見開く。
そんな私を見て、ユーリの表情に切なさが滲んだ。
ユーリ：吉琳様って、ずいぶん前から、俺のこと意識してくれてるでしょ？
吉琳：っ…
繋がれたままだった手に、力がこもる。
ユーリ：だからこの間も、あんな反応してくれたんだよね？
吉琳：それ、は…

〝ユーリ：吉琳様…〞
〝ユーリ：頬へのキスだけじゃ、足りないかな〞

あの時のことを思い出すだけで、頬が熱くなる。

（意識…してないとは、言えない）

ユーリ：こういう聞き方はずるいってわかってるけど…
ユーリ：吉琳様の気持ちが知りたい
吉琳：…どうして……？
小さな声で呟くと、ユーリの顔に笑みが浮かんだ。
ユーリ：俺…吉琳様に必要とされることが嬉しかったんだ
ユーリ：いつも、ありがとうって笑顔で言われるたびに…
ユーリ：このままずっと、そばにいられたらなって思うようになってた

（そう、だったんだ…）

ユーリ：でも、それを伝えたら迷惑なんじゃないかって…
吉琳：っ…そんなことない！
堪らず声を上げると、ユーリは驚いたように目を丸くした。

（迷惑だなんて、思うわけがない）

ユーリ：吉琳様…
ユーリの揺らぐ瞳を見ていると、
今までずっと蓋を閉めてきた気持ちが、溢れてしまいそうになる。

（迷惑をかけることを心配してたのは、私の方だよ…）
（ユーリを引き止めたら困らせるからだめだって、ずっと思ってた）

けれど、魔法のように、せき止めていた言葉が込み上げてくる。

（ユーリは助手だけど、私にとって、誰よりも特別な存在だから…）

吉琳：そばに…いてほしい
想いを言葉にした瞬間、体が温もりに包まれた。
ユーリ：……よかったあ
吉琳：…っ…ユーリ？
ぎゅっと抱きしめられ、胸の奥で鼓動が強く脈を打つ。
ユーリ：俺、ずっと吉琳様にそう言われるの、待ってたんだよ？
囁かれた言葉に、小さく体が跳ねた。
ユーリ：俺ってずるい奴だから…
ユーリ：引き止めてくれないかなって期待して、ずっと帰国の答えを先延ばしにしてた

（それで…アルバートさんから逃げてたんだ）

腕の中で顔を上げると、ユーリの指が私の唇をなぞって……
ユーリ：でも、吉琳様…――
ユーリ：俺ってずるい奴だから…
ユーリ：引き止めてくれないかなって期待して、ずっと帰国の答えを先延ばしにしてた

（それで…アルバートさんから逃げてたんだ）

腕の中で顔を上げると、ユーリの指が私の唇をなぞって……
ユーリ：でも、吉琳様…――
吉琳：…っ……ん
触れられた箇所に、柔らかなキスが落とされた。
ユーリ：もう、好きって気持ち、抑えられない
吉琳：…………っ
こつんと額が合わさり、息が苦しいほど、胸が騒ぎ出す。

（こんなに、どきどきしてるのは…）
（ユーリのこと、特別だって思ってるのは…）

胸の中のわだかまりが、すっと消えていくような感覚がする。

（私も、ユーリのことが好きだからだ）

ユーリ：吉琳様、これからもそばにいさせて
ユーリ：…ただの助手じゃ、いられないかもしれないけど
吉琳：……それでも、いいよ

（私ももう、ユーリのこと…ただの助手だって思えないけど…）

吉琳：そばに、いてほしい
願うように、ユーリの首に手を回したその時…
ぱあっと綺麗な光が、私たちを包み込んだ。
吉琳：あ…っ
ユーリ：花が…
視線を横に逸らすと、淡い桃色の花が光を放ちながら開いているのが見える。

（あれは、確か…）

〝ユーリ：その花、二人の想いが一つになった時に咲く魔法の花なんだって〞
〝ユーリ：城下では、恋の花って呼ばれてるらしいよ〞

（あの話が本当なら…今、私もユーリも、同じことを思ってるんだ）

優しい光が私たちを照らす中、視線を元に戻すと、
少し照れくさそうな顔をしたユーリと、視線が絡んだ。

（ユーリのこんな顔、始めてみるかも）

ユーリ：何だか…気持ちが全部、筒抜けになってるみたいだね
吉琳：そんなの、お互い様だよ
見つめ合い、どちらからともなくキスを交わす。
ユーリ：ねえ、吉琳様
ユーリ：俺のこと、もっと好きになって
ユーリが、呪文を唱えるようにそう囁くと…
魔法の花が、キラキラと輝きを増していった…――

fin.

Epilogue：

――…魔法の国ウィスタリアで、魔法使いの彼らと過ごす日々は、
まだまだ終わらない…――
ある日、目を覚ますと知らないお城にいたあなた…
混乱するあなたの前に現れたのは、なんと魔王と勇者…！？
ユーリ：魔王と勇者がやることと言えば、一つじゃないですか
ユーリ：カイン様、俺と勝負しましょう
カイン：…っ、絶対負けねえ
あなたという姫のためにぶつかる、二人の勝負の行く末はいかに…！？
彼らとの愛しい時間を、もう少し覗いてみる…――？