041

Magic of love~恋する魔法使い~(シド)

040

44

プロローグ:

――…ここは、魔法の国ウィスタリア
誰もが魔法を使えるこの国のお城で、私は宮廷魔法使いとして働いている。

***

(この本は、確かあの棚に返せばよかったかな…)

腕に抱えていた数冊の本を、魔法で宙に浮かべて棚の中に収めていく。
お城の図書館を飛び交う本は、私にとっては見慣れた光景だけれど……
アルバート:…………

(アルバートさんにとっては、珍しいのかも)

隣国シュタインから来ているアルバートさんは、
私の隣で物珍しげに空飛ぶ本を眺めていた。

(たまたま図書館ではち合わせたけど、もしかして、ここに来るのは初めてなのかな)

アルバート:さすが、ウィスタリアですね。
アルバート:本の返却まで魔法で行うとは…
吉琳:手で返すより、この方が早いんですよ
アルバート:利便性があるのはわかってますが、
アルバート:シュタインではこうした魔法が使える人間は限られています
アルバート:あまり見ない光景ですので、興味深いですね
感慨深く呟いたアルバートさんが、ふと、私の方に目を向けた。
アルバート:そういえば、前から聞きたかったのですが…
アルバート:宮廷魔法使いであるあなたは、
アルバート:普段どのような仕事をしているのですか?
吉琳:私は主に、魔法の研究をしています
アルバート:研究ですか…。きっと熱心に取り組んでいるのでしょうね
吉琳:え…?
アルバート:あなたの魔法は素晴らしいと、ゼノ様も褒めていましたから

(シュタインの国王陛下に褒めていただけるなんて、嬉しいな)

吉琳:ありがとうございます
お礼を告げたその時、図書館の重厚な扉が音を立てて開いた。
???:吉琳
吉琳:あ…

(もう約束の時間?)

入り口から差し込む光の中に、彼の姿が見える。

(急がないと)

吉琳:すみません、私はこれで失礼しますね
アルバートさんと別れて、彼の元へと向かう。
光が差し込む扉の前で、私を待っていたのは…――

44

どの彼と過ごす…?

687988

この物語を進める。

44

共通第1話:

――…どこまでも深い青が空を覆う午後
シド:吉琳
吉琳:あ…
図書館の扉が開き、差し込む光の中に珍しい人の姿が見えた。

(もう約束の時間?)
(急がないと)

吉琳:すみません、私はこれで失礼しますね
アルバートさんと別れ、急いで入り口へと向かう。
吉琳:ごめん、シド
光が差し込む扉の前で私を待っていたのは、情報屋のシドだった。

(わざわざ私を呼びに来たってことは…)

吉琳:もしかして、待ち合わせの時間過ぎてた?
シド:ああ。俺を待たせるとはいい度胸じゃねえか
吉琳:…っ…ごめん
慌てて謝った私に、シドが堪えきれないというように笑みをこぼす。
シド:冗談だ
吉琳:え…
シド:まだ時間になってねえよ
シド:たまたまお前の声が聞こえて、立ち寄ってみただけだ

(なんだ、よかった…)

ほっと息をついて、改めてシドと向き合う。

(シドはお城に出入りする情報屋で、私も時々頼りにすることがあるけど…)

今日のように、シドに呼び出されるのは初めてだった。

(…でも、まだ何の用か聞いてない)

吉琳:あの、シド…
口を開きかけた私に、シドは背を向けた。
シド:行くぞ
吉琳:え…行くってどこに…?
シド:お前を待ってる奴がいるんだよ
吉琳:用事があるのは、シドじゃなかったの?
シド:俺と、もう一人いる

(誰だろう…?)

***

シドの案内で、お城の奥まった場所にある庭にたどり着くと……
ゼノ:協力者とは、お前のことだったのか
吉琳:ゼノ様…?
私を待っていたのは、隣国シュタインの国王陛下であるゼノ様だった。
吉琳:どうして、ゼノ様がここに…?

(それに、協力者って何だろう?)

ゼノ:シドから何も聞いていないのか?
吉琳:はい…
シド:これから説明するとこだ
私のそばに立っていたシドが、内ポケットに手を入れて……
吉琳:これは…

(イヤリング…?)

手袋で覆われた手のひらの上に、陽の光を受けて輝くイヤリングを取り出した。
シド:お前、物の記憶を見る魔法が得意だろ
シド:この持ち主を探すのを手伝え
ゼノ:…そんなことが出来るのか?
吉琳:はい…私の得意魔法なんです

(宮廷魔法使いの中でも、この魔法を使えるのは私だけ…)
(だから、シドは私に声をかけたのかな?)

煌めくイヤリングに視線を落とす。

(それにしても、綺麗なイヤリング…)

惹かれるように、手を伸ばすと……
ゼノ:待て、吉琳
吉琳:…っ、え?
ゼノ様がそっと、私の手首を掴んだ。
ゼノ:素手で触れない方がいい
ゼノ:…そのイヤリングには、ひとめぼれの魔法がかかっている

(ひとめぼれの魔法…!?)

飛び出そうになった声を、どうにか呑み込む。

(魔法にかかった瞬間、最初に見た異性に恋する危険な魔法…だよね)
(これに触れてたら、シドを好きになってたかもしれないってこと…?)

顔を上げると、シドと目が合った。
シド:簡単にバラして、つまんねえな
シド:せっかく、面白いことになりそうだったのに
吉琳:面白くないよ…っ

(大変なことになるところだった…)

不服を隠さず睨むと、シドが不敵な笑みを浮かべて…――
吉琳:…っ……
ぽん、と軽く私の頭を撫でた。
シド:俺に惚れたところで、何の問題もねえだろ?
吉琳:そんなわけないでしょ…っ
ゼノ:お前たちは、仲がいいのだな
ゼノ様の言葉に、シドが声を抑えて笑う。
シド:そうか? 俺より、国王陛下の方がこいつと仲よさそうに見えるけどな
ゼノ:…?
シド:いつまで手繋いでんだよ
吉琳:あ…

(そういえば…)

ゼノ様の手が、まだ私の手首を掴んでいることに気づく。
ゼノ:…すまない
吉琳:…っ…いえ

(気づかなかったなんて、恥ずかしい…)

気を抜くと、触れられていたことを意識してしまいそうで、慌てて話を戻す。
吉琳:ひとめぼれの魔法って、危ない魔法でしょ?
吉琳:どうしてシドが、そんなイヤリングの持ち主を捜してるの?
尋ねると、シドは私の目の前にイヤリングをかざした。
シド:お前、こういう心を操る魔法道具の製造や流通が…
シド:ウィスタリアで禁止されてんのは、知ってるよな?
吉琳:うん
シド:最近、これを作って売ってる商人がウィスタリアにいるみてえなんだよ
吉琳:え…
ゼノ:作られた違法な魔法道具が、シュタインに広まっている
シドの言葉を継ぐように、ゼノ様が口を開く。
吉琳:どうして、シュタインで…
ゼノ:シュタインで心を操る魔法を禁じたのが、最近だからだろう
ゼノ:まだウィスタリアほど徹底した取り締まりが出来ていなくてな

(そっか…)
(だから、シュタインで違法な魔法道具を売ろうとしてるんだ)

シド:俺はゼノの依頼で、商人の情報を探ってる
ゼノ:商人が二人組だということ。それから…
ゼノ:街の酒場に出入りしていること…これは報告書に書いてあったな
シド:ああ。けど、肝心の顔がまだわかってねえ
シド:で、お前の出番ってわけだ
シドがイヤリングを真上に投げて、拳の中に収める。

(あ…もしかして)

吉琳:私の魔法で、商人の顔を知りたいってこと?
シド:ああ
ゼノ:…それで、吉琳を呼んだのだな
シドとゼノ様の視線が、私に集中する。
ゼノ:吉琳…
シド:俺たちに協力しろ
ゼノ:だが、無理にとは言わない
ふと、ゼノ様が眉を寄せる。
ゼノ:少なからず、危険が伴うからな
吉琳:…お気遣いありがとうございます
吉琳:でも、私がお役に立てるなら、協力させてください

(危険な魔法の取引をしている商人を、宮廷魔法使いとしては見過ごせないよ)

ゼノ:…………
心配そうな顔をするゼノ様に、シドが視線を向ける。
シド:大丈夫だ。こいつはこれでも度胸のある奴だからな
シド:魔法の腕も、悪くねえ
ゼノ:…ああ、知っている

(二人にそんな風に言ってもらえるなら、やっぱり期待に応えたいな)

ゼノ:お前の意思であれば止めないが…無理はするな
吉琳:はい
シド:決まりだな。それじゃ、早速頼む
シドが手のひらを開いて、イヤリングを私の前に差し出す。
妖しい煌めきに、そっと手をかざすと……
吉琳:……っ
キラキラとした光が私を包み込み、頭の中にイヤリングの記憶が流れ込んできた。

***

魔法で商人たちの顔を知った私は、シドに連れられて街の一角にある酒場に来ていた。

(ここが、商人が出入りしてる酒場…なんだよね)
(…落ち着かない)

喧騒の中で、用意された飲み物に口をつける。
シド:よく見とけよ。いつ来るかわかんねえからな
吉琳:うん

(今、商人の顔がわかるのは私だけだから…)
(頑張って見つけないと)

慎重に、周囲に目を配らせると……
ゼノ:吉琳…――そこまで気を張らなくても大丈夫だ
吉琳:ゼノ様…
私の隣に座っていたゼノ様が、ふっと笑みを見せる。

(当たり前のようにゼノ様が酒場にいらっしゃるけど…)
(やっぱり、国王陛下が酒場にいるなんて…)

ウィスタリアではゼノ様の顔を知っている人が少ないため、騒ぎにはなっていない。
けれど、隠し切れない高貴な雰囲気が庶民の酒場では少し目立っていた。
吉琳:あの、ゼノ様…やっぱり、城に戻られた方がいいのでは…
ゼノ:俺には、お前を巻き込んだ責任がある
ゼノ:巻き込むからには、無責任なことをするつもりはない

(もしかして…私を心配してついて来てくださったのかな)

シド:俺のことは心配してねえくせに、ずいぶん態度が違うじゃねえか
ゼノ:お前は…心配されたいのか?
シド:ああ
吉琳:え…?
つい声を上げると、シドがくっと笑みをこぼす。
シド:冗談に決まってんだろ

(なんだ…びっくりした)

シドとゼノ様のやり取りに思わず頬が緩んだ、その時…
カラン、と来客を告げるドアベルの音が響いた。

(……あ!)

さり気なく視線を向けた先に、二人組の男性がいることに気づく。

(魔法で見た顔だ…)

吉琳:…シド、ゼノ様、あの人たちです
シド:よくやった、吉琳
ゼノ:しばらく、様子を見よう
シド:ああ。動き出したら追うぞ
シドとゼノ様と視線を交わして、小さく頷く。

***

それから、しばらく時間が経って…
夜が深くなる頃、ようやく商人たちは店を出た。
シド:面倒くせえ…右と左に別れやがったな
ゼノ:…こちらも、別れて追いかけるしかなさそうだ
闇夜に消えていく商人たちの姿を捉えながら、
シドとゼノ様がちらっと私に目を向ける。
ゼノ:もう夜も遅い。お前は帰った方がいいだろう
吉琳:いえ、最後までお手伝いします
はっきりと答え、二人に視線を返した。
シド:なら、足引っ張んじゃねえぞ
吉琳:うん
シド:で、どっちについて来る気だ?

(私は…――)

44

分歧選択>>>

120753

シドENDに進む

44

第2話:

闇夜に消えていく商人たちの姿を捉えながら、
シドとゼノ様がちらっと私に目を向ける。
ゼノ:もう夜も遅い。お前は帰った方がいいだろう
吉琳:いえ、最後までお手伝いします
はっきりと答え、二人に視線を返した。
シド:なら、足引っ張んじゃねえぞ
吉琳:うん
シド:で、どっちについて来る気だ?

(私は…――ゼノ様について行こうかな)
(シドは、一人でも大丈夫そうだから)

そう思って、ゼノ様に歩み寄ろうとすると……
ゼノ:お前はシドについて行くといい
吉琳:え…?
考えていたことと正反対のことを言われ、足が止まった。
シド:なら、そっちは任せた
吉琳:…!
戸惑う私の手を、シドが掴む。
シド:早くしねえと、見失うだろ。行くぞ、じゃじゃ馬
吉琳:…っ、ちょっと!
シドに引っ張られて、商人を追って歩き出した。

(ゼノ様、大丈夫かな?)

足は止めないまま、顔だけで振り返る。
アルバート:お呼びですか、ゼノ様
ゼノ:ああ

(あれ…?)

先ほどまでいなかったはずのアルバートさんの姿が見えて、目を見開いた。

(…ゼノ様が魔法で呼んだのかな?)
(二人で行動するなら、大丈夫だよね)

シド:おい
吉琳:…っ、わ……
突然、強く手を引かれて体が傾く。

(な、なに…?)

シドの顔が、ぐっと迫って…――
シド:尾行中によそ見とは、ずいぶん余裕だな、吉琳?
吉琳:…っ…ごめん…
鼻先が触れそうな距離に驚いて、思わず顔を逸らした。

(いきなりでびっくりした…)

暴れる胸を抑えつつ、体勢を整える。
シド:前見て歩かねえと、転ぶぞ
吉琳:え…?
シド:お前、鈍くさいしな
吉琳:…そんなことない
シド:どうだか
シドが私から手を離し、歩き出す。

(もしかして、心配してくれたのかな…?)

置いていかれないように後を追いかけると、シドが横目で私を見た。
シド:そういや、言ってなかったな
吉琳:何を…?
シド:今回の報酬は後でちゃんとやる
吉琳:そんな、いいのに…
シド:遠慮すんな
シド:俺もいつも、お前に情報売る時は報酬もらってるしな
吉琳:…っ
シドの言葉で数日前の出来事を思い出し、かすかに頬が熱くなる。

(…っ…この間、シドが変なこと言うから…)

〝シド:いつも同じ報酬じゃつまんねえな。たまには違うもん寄越せ〞
〝吉琳:そんなこと言われても…どんな報酬がいいの?〞
〝シド:そうだな…お前からのキスとかどうだ?〞
〝吉琳:…っ、何言ってるの…!〞
〝シド:冗談だ。…今はな〞

(あの日から、報酬っていうと変に意識しちゃう…)
(ああいう冗談はやめてほしいな)

火照った顔を俯けると、頭上から声を抑えた笑い声が聞こえてきた。
シド:お前、何想像してんだよ?
吉琳:…っ、別に、何も…
シド:真っ赤な顔じゃ説得力ねえな
吉琳:シドには関係ないよ…っ

(もう…最近、シドにはどきどきさせられることばかりだ)

楽しそうなシドを恨めしく思いつつ、先を急ぐ。

***

(ここは…)

商人を追いかけて辿り着いたのは、住宅街にある一軒家だった。
少し離れた場所に身を潜め、シドと様子をうかがう。
シド:案外、普通のとこに住んでんだな
吉琳:もっと、工房みたいなところ想像してた

(外からじゃ、本当に違法なものを作ってるのかどうかわからない)
(証拠もないし、捕まえるのは難しそうだな…)

吉琳:シド、これからどうするの?
シド:どうするって…乗り込むに決まってんだろ?
吉琳:え、乗り込むの!?
シド:声がでけえ
吉琳:…っ
大きな手が、私の口を塞ぐ。
シド:何も手荒なことするつもりはねえよ
シド:ただ普通に客として訪ねて、物的証拠を押さえるだけだ
シドが手を離して、不敵な笑みを見せた。
吉琳:…それ、上手くいくの?
シド:ま、お前はここで黙って見てろ
吉琳:…え

(シド…一人で乗り込むつもり?)

シド:…何だ、その不満そうな顔
吉琳:ねえ、私もついて行っちゃだめ?

(シドがこういうことに慣れてるのはわかってるけど、心配だよ)

シド:…別に、止めはしねえよ
一瞬だけ目を伏せたシドが、ふと、私の顎を指で持ち上げる。
吉琳:…っ…シド?
シド:ただし…――怖いことが起こっても知らねえぞ?

(商人が何かしてくるかもしれないってことかな?)

吉琳:そんなの、覚悟の上だよ
近い位置にあるシドの目を見つめると、にやりとした笑みが返ってくる。
シド:どこまで強がれるか見ものだな
顎から離れた指が、くしゃっと私の髪を撫でた。

(緊張するけど、シドと一緒なら怖くない)

シド:行くぞ
吉琳:…うん

***

玄関のベルを鳴らすと、扉が開く。
商人:…誰だ?
出てきた商人は、私とシドを見て警戒心をあらわにした。

(…やっぱり、そうなるよね)
(家に上げてもらえそうにないけど、本当に証拠を掴めるのかな…)

心配する私をよそに、シドは余裕の表情を崩さない。
シド:あんた、心を動かす魔法道具を売ってんだろ?
シド:俺にも売ってくれよ
商人:……っ

(…え)

シドと目を合わせた商人が、びくりと体を跳ねさせる。

(な、何…?)

一瞬だけ、キラリと体を光らせたかと思うと…
商人は警戒心を消し、虚ろな表情になった。
商人:…入れ
シド:ああ

(急に態度が変わった…)

操り人形のように、私たちを家の中へと招き入れる。
商人に続いて中に入ろうとしたシドを、裾を掴んで引き止めた。
シド:何だ?
吉琳:…シド、あの人、様子がおかしい
シド:そうだな。怖いなら帰れ
吉琳:…帰らないよ
吉琳:何があるかわからないから、シドを一人には出来ない
シャツを掴む手に力を込めると、シドが私の額を指で軽く突く。
シド:やっぱお前…――馬鹿みたいにお人好しだな
吉琳:っ…何それ…
シド:褒め言葉だ。素直に受け取っとけ
吉琳:褒めてるように聞こえないんだけど…
シャツから手を離すと、シドはためらうことなく家の中に入っていく。
その後を、私も少し緊張しながら追った。

***

商人:…これが商品だ
虚ろな顔をしたまま、商人がテーブルの上に妖しい光を帯びたアクセサリーを並べていく。

(これ、全部に心を動かす魔法がかかってるの…?)

シド:へえ、こんだけ物的証拠がありゃ、完璧だな
商人:…証拠……?
ぴくりと、商人が眉を動かす。

(あ…)

その瞬間、商人の体が光を帯びて、虚ろだった瞳に生気が戻った。
シド:…魔法が解けたか
吉琳:え…?
商人:…っ…どうして、お前らが部屋の中に…
商人が私とシドを交互に見て、困惑した様子を見せる。

(どういうこと…?)
(私たちを中に入れたのは、この人なのに…)

シド:悪いが、違法な物を売ってるお前を捕らえるよう
シド:とある奴から依頼されててな
商人:…!
シド:詳しい話は、捕まえた後にじっくり聞いてやるよ
商人:貴様…っ、そう簡単に捕まえられると思うなよ
商人が、懐から鈍く光るものを取り出す。

(あれは…ナイフ!?)

シド:往生際が悪いな
商人:うるさい!
ナイフを持った商人が、出入り口の前に立っていた私に近づいた。
吉琳:……っ
とっさに、魔法で風を集めて商人の体をやんわりと押し返す。
商人:…! …クソっ
床に転んだ商人が、怖い顔で私を睨むけれど、
すぐに、間に入ってきたシドの背中に隠れて見えなくなった。
シド:こいつに手出すな
吉琳:…シド?
普段より低く冷たい声が、室内に響いて…――

44

第3話:

床に転んだ商人が、怖い顔で私を睨むけれど、
すぐに、間に入ってきたシドの背中に隠れて見えなくなった。
シド:こいつに手出すな
吉琳:…シド?
普段より低く冷たい声が、室内に響いて……
商人:……!
シドと目を合わせた商人が、体を硬直させた。

(まただ…)

キラキラと輝く淡い光が、商人を包み込む。
商人:体が…動かない……
シド:だろうな

(これって、シドの魔法なの…?)

シド:面倒だから、しばらく眠ってろ
シドのその言葉を合図に、商人は不自然なほどあっさりと眠りに落ちた。

(この魔法、まさか……)

吉琳:催眠の魔法…?
シド:正解だ
振り向いたシドが、一歩私と距離を詰める。
シド:だから、最初に言っただろ?
シド:怖いことが起こっても知らねえって
吉琳:あ…

〝吉琳:ねえ、私もついて行っちゃだめ?〞
〝シド:…別に、止めはしねえよ〞
〝シド:ただし…怖いことが起こっても知らねえぞ?〞

(あれって…催眠の魔法のことを言ってたの?)

催眠の魔法は、誰もが使えるわけではない特別な魔法で…
昔、有名な悪い魔法使いが愛用していたものだと、聞いたことがある。

(だから、多くの人に恐れられてる魔法だけど…)
(シドは…その魔法が使えるんだ)

シド:吉琳
名前を呼ばれて顔を上げると、シドと視線が重なって…――
シド:…迂闊すぎんだろ
吉琳:え?
シド:俺と目合わせるとどうなんのか、さっき見たばかりじゃねえか
吉琳:……っ
身構えた私の頬を、シドの大きな手が片手で挟む。

(何、するの…!)

目で訴えると、ふっと鼻で笑われる。
シド:…ま、俺が悪い魔法使いじゃなくてよかったな?
シド:今のところ、お前をどうこうするつもりはねえ
手を離したシドが、背中を向ける。
シド:とりあえず、こいつを城に連れてくぞ。…手伝え、吉琳
吉琳:うん

(どうしてかな…)
(催眠の魔法は怖いはずなのに、シドのことは、不思議と怖くない)

それどころか、シドの知らない一面を知って、
縮まった距離の分だけ、嬉しくなった。

***

その後、ゼノ様たちから追いかけていた商人を捕らえたと連絡が入り…
危険な魔法道具の一件は、静かに幕を下ろした。

***

――…数日後

(これで、今日の仕事はおしまいっと)

開いていた魔法の本を閉じて、体を伸ばす。
仕事が終わった開放感に浸っていると、ドアをノックする音が響いた。

(誰だろう…?)

返事をして、扉を開くと……
シド:よう、じゃじゃ馬
私の目の前に、シドが現れた。
吉琳:シド…どうしたの?

(何か約束してたっけ?)

シド:お前、相変わらず鈍いな
吉琳:鈍いって…、……っ
不意打ちで、シドが私の手首を掴んで引き寄せる。
シド:男が夜に部屋を訪ねる目的といえば、一つしかねえだろ?

(え……?)

傾いた体が厚い胸板に抱きとめられ、低い囁きが耳に触れた。
吉琳:…っ、シド!
瞬く間に熱くなる体と、騒ぎ出した鼓動に
冷静さが吹き飛んでしまいそうになる。
シド:冗談だ
軽く胸板を叩くと、シドは楽しそうに笑って私を離した。
吉琳:…っ、シドの冗談は、いつも心臓に悪いよ…
シド:何だ、俺のこと意識してんのか?
吉琳:してないよ…っ

(だめだ。このままだと、またシドのペースに乗せられる)

ひそかに深呼吸をして、胸を落ち着かせる。
吉琳:…それより、本当は何をしに来たの?
シド:お前、自分で依頼したことも忘れたのかよ
シドが魔法で、分厚い茶封筒を手元に呼び出した。
吉琳:あ…

(そうだ、私、研究に使う資料探しをシドに手伝ってもらったんだった)

吉琳:ありがとう
茶封筒を受け取ろうとすると、シドが高く手を上げて、
背伸びしても届かない位置に、書類を上げてしまう。
吉琳:シド…?
シド:報酬がまだだろ?
吉琳:…っ……

(そうだった…)

シドの親指が、私の唇の上を滑る。
シド:前に言ったキス払い、試してみるか?
吉琳:…っ、冗談はやめて
シド:真面目に言ってんだけどな?

(恋人でもないのに、どうしてそんなこと言うの?)
(いつもいつも、思わせぶりなことばっかり…)

けれど、そのたびに、どうしようもなく胸が高鳴った。

(…シドの考えてることが知りたい)

はやる気持ちを抑えるために手を握り、真っ直ぐシドを見つめる。
吉琳:…ねえ、シド
吉琳:そういえば私も、この間の報酬まだもらってないよね?
シド:そうだったな。キスでいいか?
吉琳:いいわけないでしょ…っ
深く息を吸って、心を落ち着ける。
吉琳:…報酬の代わりに教えて
吉琳:どうしていつも、こんな風に私をからかうの?
シド:どうしてって…
吉琳:恋人でもないのに、キスしようとしたり…
尋ねると、シドの顔からすっと笑みが消えた。
シド:お前…――その言い方、恋人ならいいのか?
吉琳:…っ…それは…
言葉を詰まらせた私の腰を、シドがぐっと引き寄せる。
シド:言い方を変えてやる
シド:お前、好きでもねえ奴に迫られて平気だったのか?
吉琳:…っ、そんなわけない!

(あれ…私……)

反射的に出てきた言葉に、息を呑む。

(シドにからかわれるたびに、どきどきしてたのは…)
(シドのことが、好きだから…?)

目を見開くと、シドの口元に笑みが滲んだ。
シド:…認めたな?
吉琳:え…
シド:お前、俺のこと好きなんだろ?
吉琳:……っ
シドに指摘された瞬間、すとんと気持ちが胸の中に落ちてくる。

(でも…)

吉琳:シドは…どうなの?
シド:あ?
吉琳:報酬はキスがいいとか言ってたけど…
吉琳:好きでもない人にキスされて…それで嬉しいの?

(…あれは、全部冗談なの?)

目を伏せて、言葉を待つ。
シド:何言ってんだ
シド:…好きでもねえ女のキスが報酬になるわけねえだろ
吉琳:…っ、それって…
はっと顔を上げると、思った以上に真剣な眼差しが注がれていることに気づく。
シド:お前…
魅入るように瞳を見つめ返すと、シドの顔が近づいて…――
シド:やっぱ、無防備すぎだな
吉琳:…っ、え……
こつんと、額が重なった。
シド:俺が怖くねえのか?
吉琳:怖いって、どうして…?
シド:…数日前の出来事くらい、覚えてるだろ?
吉琳:…っ……
シドの目を見ていると、急に体が淡く光りだす。

(…! 体が…動かない)

煌めく光が鎖のように私の体を捕らえた。

(これが…催眠の魔法…?)

動けない私をシドが軽々と抱えて、近くのベッドに押し倒す。
吉琳:…っ……シド…
シド:大体の奴は、俺の魔法のこと知ると怖がんだよ
シド:お前だって、そうだろ?
吉琳:…ぁ
シドの指先が首筋をなぞって、ワンピースの襟元に触れる。
シド:このまま、俺はお前を好きに出来る
吉琳:っ…でも、シドはそんなことする人じゃないでしょ?
シド:…なんでそう思う?
吉琳:だって…

(前は、どうして怖くないのかわからなかったけど…)
(こういうことされて、ようやくわかった)

吉琳:意地悪だけど…悪い人じゃないってこと、知ってるから
吉琳:シドのこと、怖くないよ
シド:…………

(…シドは、私が本気で嫌がることは絶対にしない)

素直な想いを伝えた瞬間、体が光に包まれて…
水しぶきのように、キラキラと弾けた。

(あ……魔法が解けたみたい…)

光をまとった私に、シドが柔らかく目を細める。
シド:…お前の、お人好しな上に度胸があるとこは、嫌いじゃねえ
吉琳:…っ…シド…?
自由になった体を起こそうとすると、シーツに上に押し戻される。
シド:ますます、お前が欲しくなった
吉琳:…っ、ん……
スプリングが軋み、唇が重なった。

(…体が、熱い)

柔らかく噛まれるたびに、鼓動がどんどん大きくなっていく。
長いキスの後、唇を離したシドが、意地悪げな笑みを浮かべた。
シド:本気にさせた責任、ちゃんと取れよ
吉琳:…シドの方こそ
からかいではない本気のキスは、ただひたすら甘くて、
想いが重なったことを確かめるように、そっと抱きしめ合った…――


fin.

44

Epilogue:

――…魔法の国ウィスタリアで、魔法使いの彼らと過ごす日々は、
まだまだ終わらない…――
流星群の降る夜、お城の庭でシドとゼノ、そして…
思いがけない人物たちに出逢って…?
ゼノ:お前のことを、大切に思っている
吉琳:うそ…
シド:せっかくだ。言葉じゃなく、態度で示してやろうか?
星が降る夜には、魔法以上に驚くことが起きる…!?
彼らとの愛しい時間を、もう少し覗いてみる…――?

44

arrow
arrow
    全站熱搜

    小澤亞緣(吉琳) 發表在 痞客邦 留言(0) 人氣()