Magic of love~恋する魔法使い~(アラン)
プロローグ:
――…ここは、魔法の国ウィスタリア
誰もが魔法を使えるこの国のお城で、私は宮廷魔法使いとして働いている。
***
(この本は、確かあの棚に返せばよかったかな…)
腕に抱えていた数冊の本を、魔法で宙に浮かべて棚の中に収めていく。
お城の図書館を飛び交う本は、私にとっては見慣れた光景だけれど……
アルバート:…………
(アルバートさんにとっては、珍しいのかも)
隣国シュタインから来ているアルバートさんは、
私の隣で物珍しげに空飛ぶ本を眺めていた。
(たまたま図書館ではち合わせたけど、もしかして、ここに来るのは初めてなのかな)
アルバート:さすが、ウィスタリアですね。
アルバート:本の返却まで魔法で行うとは…
吉琳:手で返すより、この方が早いんですよ
アルバート:利便性があるのはわかってますが、
アルバート:シュタインではこうした魔法が使える人間は限られています
アルバート:あまり見ない光景ですので、興味深いですね
感慨深く呟いたアルバートさんが、ふと、私の方に目を向けた。
アルバート:そういえば、前から聞きたかったのですが…
アルバート:宮廷魔法使いであるあなたは、
アルバート:普段どのような仕事をしているのですか?
吉琳:私は主に、魔法の研究をしています
アルバート:研究ですか…。きっと熱心に取り組んでいるのでしょうね
吉琳:え…?
アルバート:あなたの魔法は素晴らしいと、ゼノ様も褒めていましたから
(シュタインの国王陛下に褒めていただけるなんて、嬉しいな)
吉琳:ありがとうございます
お礼を告げたその時、図書館の重厚な扉が音を立てて開いた。
???:吉琳
吉琳:あ…
(もう約束の時間?)
入り口から差し込む光の中に、彼の姿が見える。
(急がないと)
吉琳:すみません、私はこれで失礼しますね
アルバートさんと別れて、彼の元へと向かう。
光が差し込む扉の前で、私を待っていたのは…――
どの彼と過ごす…?
この物語を進める。
共通第1話:
――…白い雲が気持ちよさそうに城の上を漂う午後
レオ:吉琳ちゃん
吉琳:あ…
(もう約束の時間?)
(急がないと)
吉琳:すみません、私はこれで失礼しますね
***
図書館にいたアルバートさんと別れ、入り口へと駆け寄る。
吉琳:ごめん、お待たせ。ジルのところに行くんだっけ?
レオ:うん、何の用事か聞いてる?
吉琳:私は聞いてないよ。レオは?
レオ:俺も同じ。とりあえず、ジルの部屋に行こうか
吉琳:そうだね
並んで歩きながら、ジルの部屋を訪ねると……
(…あれ?)
レオ:アラン?
アラン:ん?
部屋の中には、ジルだけでなくアランの姿もあった。
アラン:なんだ、二人も呼ばれてたわけ
ジル:どうぞ、吉琳とレオも入ってください
吉琳:うん、失礼します
中に足を踏み入れ、ちらっとアランとレオを見つめる。
(アランもレオも魔法学校の同級生だけど)
(こんな風に三人で呼ばれるのは初めてだな)
少し落ち着かない気持ちで待っていると、ジルが口を開いた。
ジル:二人は吉琳が先日、新しい魔法を編み出したことは知っていますか?
(え…)
突然飛び出した自分の名前に驚く。
その隣で、アランとレオはそれぞれ頷いていた。
アラン:話だけは聞いてる
レオ:お城でも噂になってるよね。確か『恋が叶う魔法のポプリ』…だっけ
ジル:ええ。ですが連日、雑誌や報道で取り上げられたため
ジル:彼女はいま周りからひどく注目を受けています
(…確かに、それで困っていることを数日前にジルに相談したけど)
(それとレオとアランが呼ばれたことに、どんな関係があるんだろう…?)
不思議に思いながらも、黙ってジルの言葉に耳を傾ける。
アラン:ふうん。だから城の外にも報道陣が集まってんのか
ジル:そうです。彼女の魔法の研究について話を聞きたいという人が、たくさん来ているので
レオ:でも、そのポプリは今なかなか手に入らないって聞いたけど…
尋ねるようにレオの視線が私に向いて、小さく頷く。
吉琳:うん…魔法をもっと広げるために、新しく作りたいんだけど…
吉琳:外に出るとすぐに報道陣に囲まれて、材料集めどころじゃなくなっちゃうんだよね
数日前に出かけようとした時のことを思い出すと、無意識にため息が出てしまう。
(新しい魔法があんなに注目されることになるなんて思わなかった…)
ジル:そこで貴方たち二人に
ジル:吉琳が材料を集めに行く間の護衛をお願いしたいのです
(え…)
アラン:俺たちが?
ジル:アラン様は守りの魔法に、レオ様は幻の魔法に長けていますから
ジル:二人なら報道陣に囲まれても、きっと吉琳を連れて切り抜けられると思いましてね
ふいにジルが、真剣な眼差しをレオとアランに向ける。
ジル:…せっかく彼女の作った魔法が認められ始めたのに
ジル:ここで吉琳の努力を無駄にしたくはありません
ジル:どうか彼女に力を貸して頂けませんか?
吉琳:ジル…
ジルの心遣いに、胸が温かくなる。
手をぎゅっと握り込んで、私はレオとアランに向き直った。
吉琳:…私からもお願い
吉琳:望んでくれる人たちのために、魔法のポプリをちゃんと届けたいの
吉琳:二人とも、力を貸してくれない…?
アランとレオはちらっと視線を交わすと、
レオは笑顔を浮かべ、アランは諦めたようにため息をついた。
レオ:もちろん、吉琳ちゃんのためなら
アラン:魔法学校からのよしみで、つき合ってやるよ
吉琳:ほんと? ありがとう、二人とも…!
笑顔でお礼を告げて、ひそかに心の中で決意する。
(二人が手伝ってくれるんだし、頑張って魔法のポプリをみんなに届けよう)
(みんなが私の魔法で、少しでも幸せを掴んでくれるように)
それから私は、アランとレオと三人で城下の外れにある花畑に向かうことになった。
***
城から出て、私はアランとレオと街外れに向かって歩いて行く。
(街のあちこちに報道陣の人がいる…)
レオ:吉琳ちゃんがお城の外に出たって、どこかで情報が漏れたのかな
吉琳:そうかも…
アラン:でも、これかけてれば大丈夫なんだろ?
言いながら、アランが眼鏡のつるに指をあてる。
レオ:うん、みんなの眼鏡に周りからは姿が違って見える魔法をかけたからね
吉琳:私も最初からこうやって外に出ればよかったな…
ため息をつくと、レオがぽんぽんと優しく私の頭を撫でた。
レオ:でも、声までは変えられないし
レオ:勘の鋭い魔法使いだと見破られるかもしれないから気をつけて
吉琳:わかった
なるべく人通りの少ない道を選びながら、三人で花畑に向かって歩いて行く。
その間も、ちらほらと街の中に報道陣の人を見かけた。
アラン:…こんなに追われるなんて、お前の作ったポプリってそんなにすげえの?
首を傾げるアランの横で、レオが悪戯っぽく笑う。
レオ:惚れ薬みたいな効果があるんだよね?
アラン:惚れ薬?
吉琳:…っ…レオ、わかってて言ってるでしょ
慌ててアランを見上げ、本当の効果を伝える。
吉琳:違うの、作ったのは香りをかぐと勇気の持てる魔法をかけたポプリだよ
(元々は、魔法の研究発表の時に私が緊張してうまく話せないから)
(自信を持って話すために作ったものなんだよね…)
けれどそれが好きな人への告白で効果があったと噂になり、
『恋が叶うポプリ』と言われるようになった。
アラン:ふうん、勇気の持てるポプリ…ね
そんなことを話しながら歩いていると……
子ども1:ほら、追いついてみろよ!
子ども2:待ってよー!
吉琳:わっ…
よそ見をしながら走ってきた子どもが腰にぶつかり、大きく体勢を崩す。
(っ…いけない)
視界に男の子の倒れそうな体が映って、自分を守るより先に風の魔法を起こす。
男の子の体が風に守られてほっとした瞬間……
レオ:大丈夫、吉琳ちゃん?
アラン:自分より子どもかばうとか…無茶するよな
吉琳:え…
自分の体が二つの腕に支えられていることに気づき、頬が一気に熱を持つ。
吉琳:あ…、ご、ごめん…!
アラン:俺たちがいなかったらお前、絶対転んでた
レオ:こういうとこ、吉琳ちゃんらしいけどね
眉を寄せるアランと苦笑するレオの顔が思いがけない近さにあって
恥ずかしさにぱっと顔を伏せる。
(びっくりした…でも、ちゃんとお礼を言わないと)
吉琳:…二人とも、ありがとう
アラン:ん
レオ:うん
二人に支えられながら体を起こし、驚いた顔をした男の子のそばに屈み込む。
吉琳:大丈夫? どこもぶつけたりしてない?
男の子1:大丈夫…助けてくれてありがとう、お姉ちゃん
吉琳:ううん、ぶつかってごめんね
苦笑して謝ると、男の子が不思議そうに目を瞬いた。
男の子1:あれ? お姉ちゃんって…
男の子1:あ、わかった! 雑誌に出てた人だ!
吉琳:え、どうして…
ハッして顔に触れると眼鏡がなく、少し離れた道の上に落ちていることに気づく。
(…っ…ぶつかった時に外れてたんだ)
慌てて眼鏡をかけ直そうとした瞬間……
報道記者1:あ…! あそこにいるの、宮廷魔法使いの吉琳さんじゃないか?
報道記者2:えっ、本当だ!
吉琳:……!
レオ:うわ、もう見つかった
アラン:一気に集まってきそうだな…逃げるぞ
吉琳:う、うん
二人に背中を押されて、城下を走り出す。
追ってくる足音を背に駆けていると、気持ちが焦って息が上がりそうになる。
(…っ…どうしよう)
その時、アランとレオが走りながら目配せをした。
アラン:…どうする?
レオ:そうだね、このままだと追いつかれそうだから…
お互いに頷くと、彼の手が私の手首を掴んで…――
???:――こっち
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第2話:
(…っ…どうしよう)
その時、アランとレオが走りながら目配せをした。
アラン:…どうする?
レオ:そうだね、このままだと追いつかれそうだから…
お互いに頷くと、アランの手が私の手首を掴んで……
アラン:――こっち
吉琳:え…
***
三人で路地裏に駆け込むと、大きな木箱の裏に隠れる。
アランは眼鏡を外してレオに視線を投げた。
アラン:二手に分かれるぞ
レオ:うん、俺もその方がいいと思う
レオ:追ってきた人は俺が引きつけるから、その間に二人は花畑に向かって
アラン:ああ
(事前に打ち合わせもしてないのに、二人とも息がぴったり…)
その時、視界の端で一瞬強い光が溢れて……
(え……)
レオの隣に、もう一人私が立っていた。
吉琳:それ、レオの作った幻…?
レオ:そうだよ。見せかけだから、触れたりはできないけど
レオ:これで少しは二人が逃げる時間を稼げると思う
アラン:…そっちは頼んだ
レオ:うん、任せて
にっこり笑って、レオが大通りの方に足を向ける。
その途中で、思い出したように声を上げた。
レオ:あ、そうだ。これも渡しておこうかな
吉琳:これは…?
レオがポケットから取り出したのは、雫の形をした石だった。
レオ:どうしても逃げられそうにない時、これを地面に強く投げつけて
レオ:そしたら離れた場所に移動できるから
吉琳:ありがとう、レオ
陽差しを受けて七色に変わる石を、レオから受け取る。
(魔法の力が込められてるんだ…綺麗な石)
石を見つめたアランが、かすかに眉をひそめる。
アラン:おい、これって…
レオ:まだ研究中の物だから、どこに移動するかはわからないんだけど…
レオ:吉琳ちゃんのこと守ってあげてね、アラン
アラン:…………
アランは開きかけた口を閉じると、小さく頷いた。
アラン:…わかった
満足したような笑みを浮かべ、レオが大通りの方に走り出る。
すぐに見つけたぞ、という声がしていくつもの足音が遠ざかっていった。
吉琳:レオ、大丈夫かな…?
アラン:平気だろ。学生の時だって魔法の成績、あいつが一番だったしな
そう言うと、アランの手がふいに私の膝の裏に回って……
吉琳:わっ…アラン?
横抱きにされ、慌ててアランの肩に手を置く。
(どうして急に…)
アラン:お前、確か空飛ぶ魔法使うの苦手だろ
アラン:空に逃げるから、ちゃんと掴まってて
吉琳:う、うん…
私を抱えるアランの腕に、ぐっと力がこもる。
(…っ…さっきよりアランとの距離が近い)
頬がアランの胸に触れて、自然と顔の熱が上がった。
アラン:手、離すなよ
吉琳:うん…
二人の体が風に包まれ、アランが地面を蹴る。
(…怖い…っ)
体が浮遊感に包まれて、思わずぎゅっと目を閉じる。
アラン:…怖くないから、目開けて
(アラン…?)
優しい声に促されて、そっと瞼を開くと……
吉琳:…わあ…!
城下が遥か遠くに見えて、遠くまで見渡せる景色に息を呑む。
夢中で視線を巡らせていると、すぐそばで笑い声が聞こえた。
アラン:子どもみたいな反応
吉琳:だって、感激しちゃって…
(でも、アランの言うとおり子どもっぽかったかな…)
恥ずかしさに目を伏せると…――
アラン:…ま、悪くないんじゃない
吉琳:え?
顔を上げると優しい眼差しとぶつかって、胸がとくんと音を立てる。
目を逸らせずにいると、アランは少し意地悪そうに瞳を細めた。
アラン:なあ、首に手回して。このままだと落としそう
吉琳:…っ…それは困る
慌てて手を回すと、耳元で楽しげな笑い声が響く。
アラン:…バーカ。落とすわけないだろ
アラン:このまま花畑まで行くから、しっかり掴まってて
抱え直す優しい手つきに、また胸が高鳴るのを感じる。
(…魔法学校で一緒だった頃から、アランは変わらないな)
意地悪なようで、本当は誰よりも優しい。
そんなところに惹かれて、私はずっとアランのことが好きだった。
(一緒にいると、こんなに胸がドキドキする…)
(やっぱり私…アランが好きだよ)
***
――…吉琳とアランが花畑に向かっていた頃
無事に報道陣の目をごまかしたレオは、街で偶然カインと逢っていた。
カイン:…その隣にいる奴、吉琳じゃねえよな。幻か?
目を細めて幻を見つめるカインに、レオが頷く。
レオ:さすがだね、カイン。正解だよ
レオ:さっき報道陣に追われたから、アランと二手に分かれたんだ
カイン:ああ。今日お前ら、吉琳の護衛するとか言ってたな
レオ:そう…ま、半分はわざと分かれたんだけど
カイン:わざと?
レオ:なかなか進展しなくてじれったいから、二人きりの時間をあげようと思って
悪戯を企むような顔のレオに、カインは呆れたように息をつく。
カイン:おせっかいな奴だな
レオ:そうだね。でも、大好きな人たちには幸せになってほしいから
レオは優しく目を細め、花畑のある方向に視線を向けた。
レオ:それじゃ、俺は二人のところに行くよ
カイン:あ? 二人きりの時間をやるんじゃなかったのかよ?
眉を上げるカインに、レオが意味深に笑みを深める。
レオ:カイン、この間話した魔法の石のこと覚えてる?
カイン:騎士団に頼まれて作ったってやつか?
カイン:確か、飛んだ先の部屋に閉じ込める石だろ
レオ:そう、さっきその石を二人に渡したんだ
レオ:だから二人に、あれを使わざるを得ない状況になってもらおうと思って
カイン:は…? でもあれ、まだ研究中なんだろ
レオ:うん。だから、一定の時間が経ったら閉じ込める魔法は解けちゃうんだけどね
花畑のある方向に視線を向けるレオに、カインはもう一度ため息をついた。
カイン:ほんとにおせっかいだな
カイン:…けど、俺もあの二人の関係には痺れきらしてたとこだ
カインがにやりと不敵に口の端を上げる。
カイン:そのおせっかい、俺にも手伝わせろよ
レオ:カインならそう言うと思った
二人は視線を交わすと、花畑の方に歩き出した。
***
(…材料はこれくらいで充分かな)
集め終えた材料を持ち、アランのところに向かう。
(…あれ?)
近づくと、アランは花畑に寝転がって目を閉じていた。
(寝てると少し子供っぽい顔になるんだ…可愛いな)
(……ちょっとだけ、悪戯したい)
魔法で花の色を抜き取り、アランの手に落書きをしようとした瞬間……
アラン:…何してんの
吉琳:え……
吉琳:あ…っ!
伸ばしかけた手をぐっと引かれ、アランの胸に倒れこんでしまう。
吉琳:…っ…アラン、起きてたの?
アラン:ああ。…で、何しようとしてたわけ?
吉琳:それは…
間近で顔を覗きこまれ、慌てて目を逸らす。
すると、掴んだ手首に力が込められた。
アラン:言うまで離さないから
吉琳:そんな…
その言葉に思わず視線を戻すと、目があう。
瞳に互いの顔が映りそうな距離に、一気に頬が熱を持った。
(…っ…この体勢、気持ちが落ち着かないよ)
顔を伏せようとすると、すっと頬に手が添えられた。
吉琳:アラン…?
アラン:お前、顔赤い
吉琳:こ、これは…
(アランのせいだよ…)
そう思うのに言葉が出てこなくて、ますます頬が熱を帯びる。
アラン:……なあ、お前さ…
言いかけたアランがハッと目を開いて、
私を抱えたまま体を起こす。
吉琳:アラン? 急にどうし…
アラン:――…静かに。しばらく俺の後ろにいろ
(何かあったのかな…?)
私を背にかばうアランの横から顔を覗かせると……
吉琳:…! あれって…
遠くにピンク色の動物を見つけて、目を見開く。
(確か、魔法が効かないって言われてる)
(ウィスタリアにしか出ないクマ…だよね?)
アラン:…あんな大きさのクマ、聞いたことないんだけど
吉琳:うん…
固唾を呑んで見守ると、クマがのそっとこちらに足を踏み出して、
私とアランの間に緊張が走る。
(どうしよう、何か逃げるためのものは…)
ポケットを探った時、硬い感触が手に触れた。
(あ…そうだ!)
吉琳:アラン、これ
アラン:なに?
横目に視線を走らせるアランに、レオから受け取った魔法の石を見せる。
吉琳:これでここから離れよう
アラン:…そうだな
頷き合い、飛んだ先で離れないようアランの手を握る。
吉琳:いくよ…!
魔法の石を地面に強くぶつけると、私たちの周りの空気が変わって…――
吉琳:…っ…――
第3話:
吉琳:これでここから離れよう
アラン:…そうだな
頷き合い、飛んだ先で離れないようアランの手を握る。
吉琳:いくよ…!
魔法の石を地面に強くぶつけると、私たちの周りの空気が変わって…――
吉琳:…っ…――
***
(……あ、れ…?)
吉琳:…うそ、真っ暗…!?
暗い場所に移動してしまったらしく、慌てると……
アラン:落ち着け
吉琳:あ…
すぐそばで声がして、ぐっと肩を抱かれる。
アラン:一人じゃないだろ
吉琳:…っ…うん
耳のそばで響く声に胸の音が速くなる。
すると、魔法の気配がして、アランが灯りをつけてくれた。
吉琳:ここは…
アラン:どこかの倉庫みたいだな
(そういえば、レオはどこに飛ぶかわからないって言ってたっけ…)
吉琳:出口はどこだろう…
アランと部屋を見て回るけれど、扉には魔法で鍵がかけられていて、
解除の魔法をかけても開かなかった。
(クマから逃げられたのはよかったけど…)
吉琳:どうしよう…
不安に駆られていると、優しく頭に手が乗せられる。
吉琳:アラン…?
アラン:焦るなって
アラン:ここ埃もないし、よく使われてる場所みたいだから、きっとそのうち誰か来る
吉琳:…そっか
(アランはこんな時でも冷静だな)
誰かが来るのを待つ間、二人で一つの木箱の上に座る。
触れる肩にまた落ち着かない気持ちになりながら、そっとアランを見上げる。
吉琳:…そういえば、さっき花畑で何を言いかけたの?
アラン:…さあ、忘れた
そう言うと、アランは顔をそらしてしまう。
(今は話したくないのかな…?)
会話が途切れて顔を俯ける。
(こういう時、もっとうまく話せたらいいのに)
(二人きりだと意識しちゃって、いつもよりうまく話せない)
だからずっと、好きな気持ちも伝えられないままだった。
ぎゅっと自分の手を握りこんだ時……
アラン:…なあ
吉琳:え…なに?
顔を上げると、アランにじっと見つめられる。
アラン:お前、なんかつけてる?
吉琳:つけてるって…?
アラン:さっき抱えて空飛んだ時も思ったけど、いい匂いするから
アラン:香水とかつけてんのかなって
そう言うと、アランは香りをたどるように私の首筋に鼻を寄せた。
吉琳:…っ…
吐息が肌を撫でて、胸の奥が甘く疼く。
吉琳:な…何もつけてないよ
吉琳:たぶんポプリの匂いじゃないかな、最近ずっと作ってるから
アラン:ふうん
首筋から顔を離して、アランが横から私の瞳を覗き込む。
吉琳:アラン?
アラン:…なら、この香りかいでたら俺も言えんのかな
唇を緩めて、アランがどこか自嘲ぎみに笑う。
吉琳:アランにも伝えたいことがあるの?
(たとえば、私みたいに…)
吉琳:誰かに好きって言えない…とか?
冗談のつもりで言った言葉に、真剣な眼差しが返ってきた。
アラン:……ああ
吉琳:……!
(うそ…知らなかった)
(アラン、好きな人いるんだ…)
軋む音を立てる胸に、自分の手を添える。
(胸が、痛いよ…)
(でも、私の恋が叶わなくても…アランが幸せになるように応援したい)
痛む気持ちを悟られないように、明るく笑みを浮かべた。
吉琳:それなら、アランにもポプリ一つあげようか
吉琳:アランならきっと、気持ちを伝えたらうまくいくよ
アラン:…………
吉琳:…アラン?
いつもは真っすぐな瞳が揺れて、切なげな色が浮かぶ。
アラン:ほんとにそう思う?
吉琳:…っ…思うよ。だってアランは…
(かっこいいし、からかわれることもあるけど、優しいし…)
こんな風に閉じ込められた状況で落ち着いていられるのも、
アランが隣にいてくれるからだ。
(そう、伝えたいのに…)
アランを見ていると胸が塞いで、言葉が出てこなくなる。
アラン:…俺が、何?
吉琳:アラン、は…
その時、ふいに部屋にかかった魔法の気配が大きく揺らぐのを感じた。
そして、扉の開く音が響く。
吉琳:え、魔法が解けた…?
アラン:…一時的に閉じ込める魔法がかかってたんだな
木箱から降りて、アランが私に手を差し出す。
アラン:ほら、外出るぞ
吉琳:うん…
そっと手を重ね、アランと扉の方に歩いて行く。
重い木の扉を押し開けると……
吉琳:え…
見慣れた景色に息を呑む。
(嘘、お城の中…?)
アラン:飛ばされた場所って、城の中だったんだな
吉琳:うん、気づかなかった…
(久々にアランと過ごせて嬉しかったけど)
(もうこれで一緒にいられる時間は終わりなんだ)
言いたいことも言えずに終わったのが残念で、自然とため息がこぼれた。
アラン:なに落ち込んだ顔してるわけ
吉琳:…いたっ
急に額を小突かれて、慌てて顔を上げる。
吉琳:アラン…!
アラン:早く城に戻れてよかっただろ
吉琳:…そうだね
優しく髪をくしゃっと撫でられて、かすかに頷く。
アラン:ほら、魔法のポプリ作るんだろ
吉琳:うん…今日はありがとう、アラン
アラン:…ん
去って行く背中を見送ると、淡い切なさが胸を締めつける。
(告白する前に、振られるなんて…)
(アランに好きな人がいるってわかっても、しばらく気持ちは消えそうにないよ)
吉琳:…こんなことなら、気持ちを伝えておけばよかった
込み上げそうになる涙を堪えて、私はぎゅっと目を閉じた。
***
――…吉琳と別れた後、アランはレオの部屋を訪ねていた。
アランはむっと眉を寄せてレオと向き合っている。
アラン:あんた、魔法の石の効果ちゃんと言っとけよ
アラン:それに、花畑のクマもあんたと先輩の仕業だろ?
レオ:あ、やっぱり気づいてた?
アラン:ああ。クマからあんたと先輩の魔法の気配がしたから、すぐ幻だってわかった
レオ:さすが、アランはこの城の誰より魔法の気配に敏感だもんね
笑みを崩さないレオに、アランは小さく息をつく。
アラン:ほんと、おせっかい
アラン:けど…――今日は背中押された
レオ:アラン、なんか言った?
アラン:…何でもない
***
――…その日の夜
(…よし、完成)
外にテーブルを並べ、月明かりの下でポプリを作っていると……
アラン:吉琳
吉琳:え…アラン?
近づいてきたアランが、すぐそばで足を止める。
吉琳:どうしたの?
アラン:ポプリもらうために、お前を探してた
吉琳:あ…そっか、倉庫にいた時にあげるって言ったよね
その時のことを思い出すと、また少し胸が痛くなる。
(ポプリをもらいに来たってことは)
(アランは好きな人に想いを伝える決心をしたのかな…)
沈みそうになる気持ちを振り払い、アランに笑顔を向ける。
吉琳:ちょうど今できたところなんだ
吉琳:…はい。一つアランにあげるね
アラン:ああ
受け取ったアランが、じっとポプリを見つめる。
アラン:これ、使う時はどうすんの?
吉琳:それは…ポプリにキスをするの
アラン:キス?
吉琳:…っ…色々試して、それが一番効果的だったんだよ
恥ずかしくて、つい早口で告げると……
アラン:…ふうん
(え?)
アランはポプリに、そっと唇を押し当てた。
アランの体が一瞬、淡い光に包まれる。
吉琳:アラン…! どうして今使って…
アラン:お前の前で使わないと、意味ないから
吉琳:どういうこと…?
アラン:…鈍すぎ
戸惑いながら見上げた先に、ひどく真剣な顔があった。
視線が重なり、アランが口を開いて……
アラン:俺が好きって言えなかった相手は…――お前だよ
吉琳:……え?
届いた言葉に、鼓動が大きく脈打つ。
吉琳:うそ…
アラン:嘘じゃない
アラン:学生の頃からずっと、お前だけを見てた
アランが一歩踏み出して、私の手を掴む。
アラン:…お前は?
アラン:俺に好きな奴がいるってわかった時、泣きそうな顔しただろ
アラン:俺のこと、どう思ってんの
熱のこもった眼差しに、胸の奥が痺れたように疼く。
吉琳:私、は……
動揺にうまく言葉を紡げずにいると、頬を優しく包まれて……
アラン:…遅い
吉琳:…っ…ん
唇にキスが落ちて、目を見開く。
吉琳:ア、アラン…
すぐそばで、悪戯っぽい笑みが広がる。
アラン:こうしたら俺にかかった魔法、お前に移らないかなと思って
吉琳:……っ
首筋まで熱くなって息を呑むと、ふっと微笑んだアランに抱きしめられた。
優しい抱きしめ方に、まるで宝物になったような気持ちになる。
アラン:…その反応見てたら、気持ちわかるけど
アラン:やっぱり、お前の口から聞きたい
アラン:ゆっくり待つから…お前の気持ち、聞かせて
(アラン…)
言葉や仕草から伝わる想いが、心の深い場所まで解していく。
(ほんとに魔法が移ったみたい…)
気づくと、自然と言葉がこぼれていた。
吉琳:私も……好き
吉琳:ずっと、アランが好きだったよ…
アラン:――…ああ
告げた瞬間、広がった嬉しそうな笑顔に愛しさが込み上げる。
惹き寄せられるように顔を近づけて、
魔法を移すためではなく、想いを繋ぐ優しいキスを交わした…――
fin.
Epilogue:
――…魔法の国ウィスタリアで、魔法使いの彼らと過ごす日々は、
まだまだ終わらない…――
ある日、城下で偶然アランとレオと逢ったあなた…
夕陽を見ていると、学生時代の記憶が蘇って…?
レオ:こうすれば温かいでしょ?
レオ:ほら、アランも
アラン:…服乾くまでの間だけだから
あなたが二人に温められる…!?
彼らとの愛しい時間を、もう少し覗いてみる…――?