041

Magic of love~恋する魔法使い~(ゼノ)

040

44

プロローグ:

――…ここは、魔法の国ウィスタリア
誰もが魔法を使えるこの国のお城で、私は宮廷魔法使いとして働いている。

***

(この本は、確かあの棚に返せばよかったかな…)

腕に抱えていた数冊の本を、魔法で宙に浮かべて棚の中に収めていく。
お城の図書館を飛び交う本は、私にとっては見慣れた光景だけれど……
アルバート:…………

(アルバートさんにとっては、珍しいのかも)

隣国シュタインから来ているアルバートさんは、
私の隣で物珍しげに空飛ぶ本を眺めていた。

(たまたま図書館ではち合わせたけど、もしかして、ここに来るのは初めてなのかな)

アルバート:さすが、ウィスタリアですね。
アルバート:本の返却まで魔法で行うとは…
吉琳:手で返すより、この方が早いんですよ
アルバート:利便性があるのはわかってますが、
アルバート:シュタインではこうした魔法が使える人間は限られています
アルバート:あまり見ない光景ですので、興味深いですね
感慨深く呟いたアルバートさんが、ふと、私の方に目を向けた。
アルバート:そういえば、前から聞きたかったのですが…
アルバート:宮廷魔法使いであるあなたは、
アルバート:普段どのような仕事をしているのですか?
吉琳:私は主に、魔法の研究をしています
アルバート:研究ですか…。きっと熱心に取り組んでいるのでしょうね
吉琳:え…?
アルバート:あなたの魔法は素晴らしいと、ゼノ様も褒めていましたから

(シュタインの国王陛下に褒めていただけるなんて、嬉しいな)

吉琳:ありがとうございます
お礼を告げたその時、図書館の重厚な扉が音を立てて開いた。
???:吉琳
吉琳:あ…

(もう約束の時間?)

入り口から差し込む光の中に、彼の姿が見える。

(急がないと)

吉琳:すみません、私はこれで失礼しますね
アルバートさんと別れて、彼の元へと向かう。
光が差し込む扉の前で、私を待っていたのは…――

44

どの彼と過ごす…?

687988

この物語を進める。

44

共通第1話:

――…どこまでも深い青が空を覆う午後
シド:吉琳
吉琳:あ…
図書館の扉が開き、差し込む光の中に珍しい人の姿が見えた。

(もう約束の時間?)
(急がないと)

吉琳:すみません、私はこれで失礼しますね
アルバートさんと別れ、急いで入り口へと向かう。
吉琳:ごめん、シド
光が差し込む扉の前で私を待っていたのは、情報屋のシドだった。

(わざわざ私を呼びに来たってことは…)

吉琳:もしかして、待ち合わせの時間過ぎてた?
シド:ああ。俺を待たせるとはいい度胸じゃねえか
吉琳:…っ…ごめん
慌てて謝った私に、シドが堪えきれないというように笑みをこぼす。
シド:冗談だ
吉琳:え…
シド:まだ時間になってねえよ
シド:たまたまお前の声が聞こえて、立ち寄ってみただけだ

(なんだ、よかった…)

ほっと息をついて、改めてシドと向き合う。

(シドはお城に出入りする情報屋で、私も時々頼りにすることがあるけど…)

今日のように、シドに呼び出されるのは初めてだった。

(…でも、まだ何の用か聞いてない)

吉琳:あの、シド…
口を開きかけた私に、シドは背を向けた。
シド:行くぞ
吉琳:え…行くってどこに…?
シド:お前を待ってる奴がいるんだよ
吉琳:用事があるのは、シドじゃなかったの?
シド:俺と、もう一人いる

(誰だろう…?)

***

シドの案内で、お城の奥まった場所にある庭にたどり着くと……
ゼノ:協力者とは、お前のことだったのか
吉琳:ゼノ様…?
私を待っていたのは、隣国シュタインの国王陛下であるゼノ様だった。
吉琳:どうして、ゼノ様がここに…?

(それに、協力者って何だろう?)

ゼノ:シドから何も聞いていないのか?
吉琳:はい…
シド:これから説明するとこだ
私のそばに立っていたシドが、内ポケットに手を入れて……
吉琳:これは…

(イヤリング…?)

手袋で覆われた手のひらの上に、陽の光を受けて輝くイヤリングを取り出した。
シド:お前、物の記憶を見る魔法が得意だろ
シド:この持ち主を探すのを手伝え
ゼノ:…そんなことが出来るのか?
吉琳:はい…私の得意魔法なんです

(宮廷魔法使いの中でも、この魔法を使えるのは私だけ…)
(だから、シドは私に声をかけたのかな?)

煌めくイヤリングに視線を落とす。

(それにしても、綺麗なイヤリング…)

惹かれるように、手を伸ばすと……
ゼノ:待て、吉琳
吉琳:…っ、え?
ゼノ様がそっと、私の手首を掴んだ。
ゼノ:素手で触れない方がいい
ゼノ:…そのイヤリングには、ひとめぼれの魔法がかかっている

(ひとめぼれの魔法…!?)

飛び出そうになった声を、どうにか呑み込む。

(魔法にかかった瞬間、最初に見た異性に恋する危険な魔法…だよね)
(これに触れてたら、シドを好きになってたかもしれないってこと…?)

顔を上げると、シドと目が合った。
シド:簡単にバラして、つまんねえな
シド:せっかく、面白いことになりそうだったのに
吉琳:面白くないよ…っ

(大変なことになるところだった…)

不服を隠さず睨むと、シドが不敵な笑みを浮かべて…――
吉琳:…っ……
ぽん、と軽く私の頭を撫でた。
シド:俺に惚れたところで、何の問題もねえだろ?
吉琳:そんなわけないでしょ…っ
ゼノ:お前たちは、仲がいいのだな
ゼノ様の言葉に、シドが声を抑えて笑う。
シド:そうか? 俺より、国王陛下の方がこいつと仲よさそうに見えるけどな
ゼノ:…?
シド:いつまで手繋いでんだよ
吉琳:あ…

(そういえば…)

ゼノ様の手が、まだ私の手首を掴んでいることに気づく。
ゼノ:…すまない
吉琳:…っ…いえ

(気づかなかったなんて、恥ずかしい…)

気を抜くと、触れられていたことを意識してしまいそうで、慌てて話を戻す。
吉琳:ひとめぼれの魔法って、危ない魔法でしょ?
吉琳:どうしてシドが、そんなイヤリングの持ち主を捜してるの?
尋ねると、シドは私の目の前にイヤリングをかざした。
シド:お前、こういう心を操る魔法道具の製造や流通が…
シド:ウィスタリアで禁止されてんのは、知ってるよな?
吉琳:うん
シド:最近、これを作って売ってる商人がウィスタリアにいるみてえなんだよ
吉琳:え…
ゼノ:作られた違法な魔法道具が、シュタインに広まっている
シドの言葉を継ぐように、ゼノ様が口を開く。
吉琳:どうして、シュタインで…
ゼノ:シュタインで心を操る魔法を禁じたのが、最近だからだろう
ゼノ:まだウィスタリアほど徹底した取り締まりが出来ていなくてな

(そっか…)
(だから、シュタインで違法な魔法道具を売ろうとしてるんだ)

シド:俺はゼノの依頼で、商人の情報を探ってる
ゼノ:商人が二人組だということ。それから…
ゼノ:街の酒場に出入りしていること…これは報告書に書いてあったな
シド:ああ。けど、肝心の顔がまだわかってねえ
シド:で、お前の出番ってわけだ
シドがイヤリングを真上に投げて、拳の中に収める。

(あ…もしかして)

吉琳:私の魔法で、商人の顔を知りたいってこと?
シド:ああ
ゼノ:…それで、吉琳を呼んだのだな
シドとゼノ様の視線が、私に集中する。
ゼノ:吉琳…
シド:俺たちに協力しろ
ゼノ:だが、無理にとは言わない
ふと、ゼノ様が眉を寄せる。
ゼノ:少なからず、危険が伴うからな
吉琳:…お気遣いありがとうございます
吉琳:でも、私がお役に立てるなら、協力させてください

(危険な魔法の取引をしている商人を、宮廷魔法使いとしては見過ごせないよ)

ゼノ:…………
心配そうな顔をするゼノ様に、シドが視線を向ける。
シド:大丈夫だ。こいつはこれでも度胸のある奴だからな
シド:魔法の腕も、悪くねえ
ゼノ:…ああ、知っている

(二人にそんな風に言ってもらえるなら、やっぱり期待に応えたいな)

ゼノ:お前の意思であれば止めないが…無理はするな
吉琳:はい
シド:決まりだな。それじゃ、早速頼む
シドが手のひらを開いて、イヤリングを私の前に差し出す。
妖しい煌めきに、そっと手をかざすと……
吉琳:……っ
キラキラとした光が私を包み込み、頭の中にイヤリングの記憶が流れ込んできた。

***

魔法で商人たちの顔を知った私は、シドに連れられて街の一角にある酒場に来ていた。

(ここが、商人が出入りしてる酒場…なんだよね)
(…落ち着かない)

喧騒の中で、用意された飲み物に口をつける。
シド:よく見とけよ。いつ来るかわかんねえからな
吉琳:うん

(今、商人の顔がわかるのは私だけだから…)
(頑張って見つけないと)

慎重に、周囲に目を配らせると……
ゼノ:吉琳…――そこまで気を張らなくても大丈夫だ
吉琳:ゼノ様…
私の隣に座っていたゼノ様が、ふっと笑みを見せる。

(当たり前のようにゼノ様が酒場にいらっしゃるけど…)
(やっぱり、国王陛下が酒場にいるなんて…)

ウィスタリアではゼノ様の顔を知っている人が少ないため、騒ぎにはなっていない。
けれど、隠し切れない高貴な雰囲気が庶民の酒場では少し目立っていた。
吉琳:あの、ゼノ様…やっぱり、城に戻られた方がいいのでは…
ゼノ:俺には、お前を巻き込んだ責任がある
ゼノ:巻き込むからには、無責任なことをするつもりはない

(もしかして…私を心配してついて来てくださったのかな)

シド:俺のことは心配してねえくせに、ずいぶん態度が違うじゃねえか
ゼノ:お前は…心配されたいのか?
シド:ああ
吉琳:え…?
つい声を上げると、シドがくっと笑みをこぼす。
シド:冗談に決まってんだろ

(なんだ…びっくりした)

シドとゼノ様のやり取りに思わず頬が緩んだ、その時…
カラン、と来客を告げるドアベルの音が響いた。

(……あ!)

さり気なく視線を向けた先に、二人組の男性がいることに気づく。

(魔法で見た顔だ…)

吉琳:…シド、ゼノ様、あの人たちです
シド:よくやった、吉琳
ゼノ:しばらく、様子を見よう
シド:ああ。動き出したら追うぞ
シドとゼノ様と視線を交わして、小さく頷く。

***

それから、しばらく時間が経って…
夜が深くなる頃、ようやく商人たちは店を出た。
シド:面倒くせえ…右と左に別れやがったな
ゼノ:…こちらも、別れて追いかけるしかなさそうだ
闇夜に消えていく商人たちの姿を捉えながら、
シドとゼノ様がちらっと私に目を向ける。
ゼノ:もう夜も遅い。お前は帰った方がいいだろう
吉琳:いえ、最後までお手伝いします
はっきりと答え、二人に視線を返した。
シド:なら、足引っ張んじゃねえぞ
吉琳:うん
シド:で、どっちについて来る気だ?

(私は…――)

44

分歧選択>>>

120754

ゼノENDに進む

44

第2話:

闇夜に消えていく商人たちの姿を捉えながら、
シドとゼノ様がちらっと私に目を向ける。
ゼノ:もう夜も遅い。お前は帰った方がいいだろう
吉琳:いえ、最後までお手伝いします
はっきりと答え、二人に視線を返した。
シド:なら、足引っ張んじゃねえぞ
吉琳:うん
シド:で、どっちについて来る気だ?

(私は…――)

シドに問われて、迷うことなくゼノ様に歩み寄った。

(シドはきっと、一人でも大丈夫だから…)

吉琳:ゼノ様、お願いします
ゼノ:…お前の帰らないという意思は、変わらないのだな?
吉琳:はい
力強く頷き、ゼノ様の深い色の瞳を見つめ返す。
吉琳:私が、ゼノ様をお守りしますから
ゼノ:それは…頼もしいな
街灯に照らされたゼノ様の柔らかな笑顔に、胸が波打つ。

(ゼノ様のこの笑顔…好きだな)
(初めてお逢いした時から、ずっと…惹かれてた)

シド:じゃ、そっちは任せたぜ
ゼノ:ああ
吉琳:シド、気をつけてね
シド:お前は、人より自分の心配をしろ
シドが颯爽と、夜に紛れた商人を追いかける。
吉琳:ゼノ様、私たちも行きましょう

(早く追いかけないと、見失ってしまうかもしれない…)

ゼノ:待て
歩き出そうとした私の手を、ゼノ様が掴んで引き止めた。
ゼノ:そのままじっとしていろ
吉琳:え…?
綺麗な手のひらが、夜空に向かって弧を描いた瞬間、
星屑のような光が上から降り注ぎ、私たちの体を優しく包み込んだ。

(これって…姿隠しの魔法…?)
(見つからないように、かけてくださったんだ)

吉琳:…ありがとうございます、ゼノ様
ゼノ:ああ
光が消えると、ゼノ様の瞳が私を捉える。

(ゼノ様…?)

ゼノ:お前は俺を守ると言ったが、俺は…――お前を守りたい
吉琳:っ…
ふっと口元を緩めたゼノ様が、背中を向けて歩き出す。

(そんなことを言ってくださるなんて、思ってなかった…)

脈打つ鼓動に手を当てて、そっと空を見上げると…
夜空に輝く無数の星が、視界を埋め尽くした。

(そういえば…私とゼノ様が初めて出逢ったのも、こんな夜だったな)

ゼノ様と商人を追いかけながら、あの日のことを思い返す。

(星占いの魔法の練習をしていると、ゼノ様が来て…)

〝ゼノ:綺麗な魔法だな〞
〝吉琳:…っ…ゼノ様、見てらしたんですか?〞
〝ゼノ:ああ。もう少し、見せてもらってもいいだろうか〞
〝ゼノ:お前の魔法は、星よりも眺めていたくなる〞

(ゼノ様が星占いの魔法をすごく気に入ってくださったから…)
(あの日から時々、星が見える夜に魔法をお教えするようになった)

一緒に過ごす時間を重ねていくうちに、想いは膨らんでいって…
いつしか、ゼノ様のことが好きだと自覚するようになった。

(でも、ゼノ様はシュタインの国王陛下で、私にとっては手の届かないような方だから)
(想いは胸にしまい込むしかない)

ゼノ:……吉琳
吉琳:あ…
ゼノ様の声で、我に返る。

(今は、そんなこと考えてる場合じゃない)

甘くて苦い想いを振り払い、商人が消えていった路地を見つめる。
ゼノ:この先は、人けのない場所になる
ゼノ:慎重に行くぞ
吉琳:はい
頷き合い、私たちは路地裏へと足を踏み入れた。

***

しばらく進んだところで、商人が立ち止まる。
私たちも、柱の陰で足を止めた。

(ここに、何かあるのかな?)

怪訝に思ったその時……
ゼノ:あれは…――

(誰か来た)

ゼノ様の小さな呟きをかき消すように、暗闇の中から男性が現れた。
商人:約束の時間ぴったりだな
男性1:例のものは?
商人:持ってきた。今見せよう

(ここって、もしかして取引に使われてる場所なのかな…?)

商人が持っていたカバンの中から、妖しく光るアクセサリーを取り出す。

(シドが持ってたイヤリングと同じだ)
(心を操る、魔法道具…ちょっと、怖いな)

ゼノ:吉琳、どうした?
吉琳:あ…

(私、いつの間に…)

無意識のうちに、ゼノ様の服を掴んでいたことに気づく。
吉琳:すみません…
ゼノ:いや…このままでいい
ゼノ:こうしていれば、お前は安心出来るのだろう?

(ゼノ様…)

吉琳:…ありがとうございます

(こんな時でも、優しい…)

商人たちに聞こえないよう、囁くようにお礼を告げる。
甘く疼いた胸に、また苦しさを感じていると……
猫:にゃー
吉琳:……っ
すぐそばを通りかかった猫が鳴き声を上げ、商人が振り向いた。

(…? 姿を隠してるはずなのに、私たちの方を見てる…?)

ゼノ:……あの男、厄介なものをつけているな
吉琳:厄介って…
商人のかけている眼鏡が、暗闇の中でうっすらと光っている。

(あれ、まさか魔法の眼鏡じゃ…)

商人:…っ…そこにいるのは誰だ?

(…! 気づかれた…っ)

ゼノ:下がっていろ、吉琳

(え…)

冷静な声が私を制し、ゼノ様が商人と対峙する。

(ゼノ様…見つかったのに、全然焦ってないみたい)
(頼もしいな…)

綺麗な光がゼノ様を包み込み、姿隠しの魔法が解けると……
男性1:ゼ、ゼノ様!?
魔法道具を買いに来ていた男性が、大きく目を見開いた。

(ゼノ様を知ってるってことは、シュタインの人なのかな)

商人:ゼノ様って…まさか、シュタインの国王の…?
ゼノ:ああ
ゼノ:…その道具の売買が違法であることは、知っているな?
商人:…っ
ゼノ様の落ち着いた眼差しが、商人のカバンに向けられる。
ゼノ:お前たちを捕らえるための証拠は、十分そろっているようだ
商人:貴様…
ゼノ:ずいぶん、我が国の人間が世話になった
ゼノ:詳しい話は、城で聞かせてもらおう
商人:…っ、そう簡単に捕まるかよ!
商人が、懐に手を忍ばせる。
吉琳:ゼノ様…っ
声を上げると、振り向いたゼノ様が私の体を抱きしめて…――
ゼノ:……っ
次の瞬間、小さな爆発音とともに、白い煙が視界を覆った。

(っ…これって、煙幕?)

怪我をするようなものではなかったことにほっとする一方で、
遠ざかっていく足音に焦燥感が込み上げる。

(どうにかしないと…!)

ゼノ:吉琳…?
ゼノ様の腕の中で力を集め、風の魔法で煙を晴らす。
ゼノ:さすが、宮廷魔法使いだな
吉琳:ありがとうございます…
視界が晴れると、走り去る男性の後ろ姿が見えた。
吉琳:ゼノ様、追いかけますか?
ゼノ:いや。今は、買い手より売り手を捕らえる方が先だ
体を包み込んでいた温もりが、静かに離れていく。
吉琳:そういえば、姿が見えませんね

(商人が、どこにもいない…)

路地裏は、夜の静けさを取り戻しつつあった。
ゼノ:だが、まだそう遠くには行っていないはずだ

(それなら…)

両腕を広げて、キラキラと輝く光を辺りに散らす。
ゼノ:その魔法は…
吉琳:姿隠しを解く魔法です

(……! いた)

波紋のように広がる光が、木箱の裏に隠れていた人影を暴いた。
商人:…っ、余計なことしやがって!
顔を歪めた商人が、陰から飛び出してくる。
その手には、黒光りする何かが握られていた。

(あれは……銃!?)

銃口が、私を捉えて…――
ゼノ:吉琳…っ

44

第3話:

顔を歪めた商人が、陰から飛び出してくる。
その手には、黒光りする何かが握られていた。

(あれは……銃!?)

銃口が、私を捉えて…――
ゼノ:吉琳…っ
ぎゅっと目をつぶると、路地裏に銃声が響いた。
吉琳:…………っ

(……あれ?)

ゼノ:大丈夫か?

(痛くない…?)

恐る恐る目を開くと、険しい顔をしたゼノ様が見える。
吉琳:今、何が…
言いかけて、はっと口をつぐんだ。

(……氷の壁が、私を守ってくれたんだ)

いつの間にか、キラキラと輝く氷の壁が私の視界を塞いでいる。

(これは、ゼノ様の魔法…だよね)

商人:クソっ
吉琳:…!
呆然としていると、氷の壁の向こうにいた商人がその場から逃げ出した。

(このままだと、逃げられる…!)

ゼノ:…………
焦る私とは裏腹に、落ち着いた様子のゼノ様が、商人に向かって手をかざす。
その瞬間、路地裏に肌寒いほどの冷気が広がった。
ゼノ:あまり、手荒な手段は好まないのだが
パキン、と涼やかな音が響く。
商人:…っ、な……
吉琳:え……
瞬きをしたその一瞬で、分厚い氷の壁が商人を囲っていた。

(……ゼノ様って、こんなに魔法が使える方だったんだ…)

内側から銃声が聞こえるけれど、氷の壁には亀裂すら入らない。
ゼノ:それ以上抵抗するようであれば、こちらにも考えがある
商人:…っ……
ゼノ:どうする?
いつもより少しだけ低い声が、氷に囲われた商人に投げかけられる。
威厳のあるその声を合図に、銃声がぴたりとやんだ。

(逃げるの…諦めたみたい)

ゼノ:俺たちに出来るのは、ここまでだな
吉琳:そうですね…

(商人は捕らえたし、後は引き渡すだけ…)

ほっと胸をなで下ろすと、ゼノ様が私の方を向く。
ゼノ:お前が協力してくれて助かった
吉琳:いえ…
ゼノ:この礼は、後日必ずしよう
吉琳:…っ
優しい笑顔を見せるゼノ様に、不意打ちで胸が鳴る。

(やっぱり、この笑顔を見ると…)
(ゼノ様のことが好きだと…思ってしまう)

けれど、好きという気持ちとともに、苦い想いが胸を襲う。

(この方は、私が恋をしていいような人じゃない)
(…何度も、そう言い聞かせてるのに)

ゼノ:吉琳、どうした?
目を伏せた私の顔を、ゼノ様が怪訝そうに覗き込む。
吉琳:っ…何でも、ないです…
私とゼノ様の間には、見えない氷の壁があるように感じた…――

***

――…数日後の夜

(今日は、すごく星が綺麗…)

ゼノ様からの手紙を片手に、お城の庭から空を見上げる。

(こうして、ゼノ様に呼び出されるのは初めてかもしれない)
(それに…お逢いするのはあの夜以来だ)

ゼノ様と一緒に商人を捕まえた、あの日の夜…
シドも仲間の商人を捕まえ、ゼノ様を悩ませていた魔法道具の一件は無事解決した。

(ここ最近、忙しそうだったけど…落ち着かれたのかな)
(早く、お逢いしたい)

はやる気持ちを押し込めて、夜空を彩る無数の星を眺めていると……
ゼノ:吉琳
吉琳:あ…
後ろから、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
ゼノ:突然呼び出してすまなかったな
吉琳:いえ。今日はどうされたんですか?
振り向くと、ゼノ様が微笑んで……
ゼノ:お前に…――先日の礼をしたいと思ってな
私の隣に並んで、空を見上げた。
ゼノ:今日は、流星群の夜だと聞いた
ゼノ:だから、俺がお前の願いを叶えるというのはどうだ?
吉琳:私の、願いを…?
ゼノ:流れ星に願うよりは、確実に叶うと思うが
ゼノ様の視線が、星から私へと移る。
吉琳:…願いごとって、何でもいいんですか?
ゼノ:俺に叶えられるものであれば

(……本当なら、お礼はいらないって言うべきなんだろうけど)

ゼノ様の優しい表情を見ていると、心が揺らいでしまう。

(前から、ずっと思ってた…)
(叶わなくてもいいから、好きって気持ちを伝えたい)

吉琳:…ゼノ様

(この機会を逃すと、もう二度と伝えられない気がするから…)

吉琳:今から私が言うことを、すぐに忘れていただけますか?
ゼノ:それが…お前の願いなのか?
吉琳:はい
ゼノ:変わった願いだな
ゼノ:…忘れるかどうかは内容にもよるが、何だ?
覚悟を決め、ゼノ様を真っ直ぐに見つめる。
吉琳:私は…――ずっと前から、ゼノ様をお慕いしてました
ゼノ:…………
はっきりと想いを告げると、ゼノ様はわずかに目を見開いた。

(星が綺麗な夜に、初めてゼノ様にお逢いした時からずっと…)
(私は、ゼノ様のことが好きだった)

想いを口にすると、ゼノ様と過ごした時間が脳裏を過ぎる。

〝ゼノ:星占いの魔法とは、奥が深いものだな〞
〝ゼノ:お前のように、なかなか上手くいかない〞
〝吉琳:そんなことありません。ゼノ様も、きっとすぐ上手になりますよ〞
〝ゼノ:それはそれで、複雑だな〞
〝吉琳:え?〞
〝ゼノ:…仮にもし、魔法が使えるようになったとしても〞
〝ゼノ:こうしてまた、お前と共に星を眺めることは出来るだろうか?〞
〝吉琳:……っ、はい。ゼノ様がよろしければ、喜んで〞

(…手を伸ばしても届かない人だって、わかってたはずなのに)
(逢えば逢うほど…ゼノ様のことが好きになっていった)

吉琳:叶わない恋だとわかっていますが…
吉琳:前から、想いだけでもお伝えしたかったんです
ゼノ:…………
吉琳:聞いてくださって、ありがとうございました
口角を上げて、精一杯の力で微笑むと……
ゼノ:…吉琳、すまない
ゼノ様の静かな声が、夜風に紛れて聞こえてきた。
ゼノ:今の願いは、叶えてやることが出来ない
吉琳:え…?
ゼノ:お前の言葉は、忘れることが出来そうにないからな。それに…
吉琳:っ……
ぐっと距離を詰めたゼノ様が、私の腰を抱き寄せて…――
ゼノ:それが、お前の本当の願いか?
深い色の瞳が、間近で私を映した。

(ゼノ様…)

ゼノ:…もう一度、お前の願いを聞かせてほしい
頬にゼノ様の吐息が触れ、胸の高鳴りが徐々に大きくなる。
吉琳:私、は…

(私の、本当の願いは…――)

吉琳:……ゼノ様の、気持ちが知りたいです
真摯な瞳に促され、言葉がこぼれてしまう。

(…もう、後には引き返せない)

答えを聞くのが怖くて、ぎゅっと目を閉じる。
すると、ゼノ様の手のひらが私の頬を包み込んで……
ゼノ:吉琳…
吉琳:……っ…
柔らかくて温かいものが、私の唇を覆った。

(…っ、なに…?)

はっと目を開くと、視界いっぱいにゼノ様の端正な顔が広がる。
ゼノ:これが、俺の気持ちだ
吉琳:……え?
ゼノ:…伝わらなかったか?
吉琳:っ…ん……
再び、私の唇を優しい熱が塞ぐ。
夜気で冷えた体が、瞬く間に熱を持った。

(……嘘…)

唇を離したゼノ様が、私の髪に手を差し入れる。
ゼノ:お前と初めて逢った時、星占いの魔法を教えてほしいと頼んだが…
ゼノ:あれは、今思えば口実だったのかもしれないな
吉琳:口実…?
ゼノ:本当は、お前のことをもっとよく知りたいだけだったのかもしれない
吉琳:え…
ゼノ:こういうのを、ひとめぼれと言うのだろう?

(ゼノ様が、私に…?)

心地いい冷たさの手のひらが、私の髪を梳かしていく。
ゼノ:お前の願いを叶えると言いながら…
ゼノ:俺の願いの方が、叶ってしまったようだ
吉琳:ゼノ様…

(ゼノ様は、ずっと遠い存在だと思ってたけど…)

手を伸ばして抱きしめ返すと、ゼノ様の温もりが体に染み渡る。

(……ちゃんと、届いた)

吉琳:…これからも、あなたのことを好きでいていいですか?
ゼノ:ああ
星が瞬く空の下…
分け合う熱が、私たちの間にあった氷の壁を溶かしていった…――


fin.

44

Epilogue:

――…魔法の国ウィスタリアで、魔法使いの彼らと過ごす日々は、
まだまだ終わらない…――
流星群の降る夜、お城の庭でシドとゼノ、そして…
思いがけない人物たちに出逢って…?
ゼノ:お前のことを、大切に思っている
吉琳:うそ…
シド:せっかくだ。言葉じゃなく、態度で示してやろうか?
星が降る夜には、魔法以上に驚くことが起きる…!?
彼らとの愛しい時間を、もう少し覗いてみる…――?

44

arrow
arrow
    全站熱搜

    小澤亞緣(吉琳) 發表在 痞客邦 留言(0) 人氣()