カモフラージュカップル~蜜より甘い恋のはじまり~(ジル)
2019/10/29~2019/11/10
ある理由で、
彼と恋人同士のフリをしなければいけなくなったあなた。
期間限定の偽りの関係、だったはずが…―?
………
ジル 「……ずっとこの気持ちは隠しておくつもりでした」
ジル 「これからは本物の恋人として、私の側にいてくださいますか?」
………
偽りの関係に終止符を打った二人の恋は、
やがて本物の愛に変わる…―
どの彼と物語を過ごす?
>>>ジルを選ぶ
第1話:
星々が、まるで囁き合うように瞬くある夜…―
プリンセスとしての日々にようやく慣れ始めた頃、私はジルと共に晩餐会に参加していた。
この晩餐会は、貴族同士の親睦を深めることが目的で開かれていて、
以前、視察で郊外を訪れた際に知り合った伯爵が主催している。
ジル 「そろそろ喉が渇いた頃でしょう。シャンパンを頂いてまいりますね」
気遣いに甘えて頷くと、ジルは会場の人混みに消えていく。
ジルを待つ間も参加者たちと挨拶を続けていると、晩餐会を主催した伯爵のご子息が現れ……
伯爵の子息 「あなたのような美しい女性と恋人になれたら、毎日が幸せだろうな」
伯爵の子息 「プリンセスは、どのような男性がお好みなのですか?」
話しているうちに、会話が次第に困った方に向き始めた。
(どうしよう……)
(さっきまではジルがいたから、アプローチされても上手くかわせていたけれど……)
(主催者のご子息なんて、失礼があってはいけないし……)
なんとか断らなければと悩んでいると、晩餐会の主催者が笑いながら近付いてきた。
伯爵 「まさかプリンセスと息子が話すところを見られるとは思いませんでしたよ」
明るい調子で声をかけられ、軽く会釈をする。
伯爵 「楽しんで頂けていますか? うちの息子が失礼をしていないと良いのですが」
吉琳 「おかげさまで楽しい時間を過ごしております」
(話が逸れて良かった……)
伯爵 「そういえば、プリンセスはまだ伴侶をお決めでないとか。うちの息子などはいかがでしょう?」
吉琳 「え……?」
安心したのも束の間で、思いがけず話がまた元の方向に戻ってしまった。
二人とも悪い人ではないと分かっているからこそ、どう答えるべきか悩んでいると……
??? 「申し訳ございません」
声がした方を振り返ると、片手にシャンパンを持ったジルが立っていた。
ジル 「プリンセスの相手は、既に決まっております」
=====
ジル 「プリンセスの相手は、既に決まっております」
そう言いながら、ジルが私の肩をそっと抱き寄せる。
(えっ……)
ジル 「これまで公表していませんでしたが、プリンセスの恋人は私なのです」
突然のことに、まったく頭が追い付かず、思わず目を瞬いた。
説明を求めるようにジルを見ると、さりげなく片目を閉じて私に合図してくれた。
(困っていたから助けてくれたんだと思うけど、なんだか……)
ジルがついたにしては粗雑な嘘に、わずかな違和感を覚える。
私の戸惑いも知らず、二人はジルの話を信じたらしかった。
伯爵の子息 「なんだ……そうだったんですね。残念ですが、身を引きましょう。どうぞお幸せに」
仕方のないこととはいえ、心からの祝福を向けられると申し訳ない気持ちになってしまう。
伯爵 「公表がまだなのでしたら、我々も聞かなかったことにしておきますよ……ああ、そうだ」
不意に、公爵が何かを思い出したように口にする。
伯爵 「そういうことなら、いいお話があるんです」
それを聞いたジルは笑みを浮かべつつも、警戒するように私の肩を抱く手に力を込めた。
ジル 「なんでしょう?」
=====
ジル 「なんでしょう?」
伯爵 「知人から、ある晩餐会の招待状をもらいましてね……」
***
二人が去った後、ようやくジルは私に触れていた手を離してくれた。
ジル 「プリンセス、先ほどは申し訳ございません」
ジル 「勝手に恋人だと名乗ってしまって」
吉琳 「いえ、とても助かりました。ありがとうございます」
ジル 「……ですが、余計に困ったことになってしまったかもしれませんね」
そう言ってジルは、伯爵に渡された紹介状を広げる。
吉琳 「恋人同士や夫婦だけが参加出来る晩餐会、ですか……」
しばらく何かを考え込んでいたジルだったけれど、やがて口を開いた。
ジル 「……いい機会かもしれません。参加いたしましょう」
吉琳 「え?」
ジル 「あのご子息とは違い、社交界の中には強引に女性に迫る方もいらっしゃいます」
ジル 「上手く恋人を演じ、私たちの関係が本物だと思ってもらえれば、」
ジル 「今すぐ貴女にアプローチしようと考える方はいなくなるでしょう」
吉琳 「……そうですね。ですが、嘘をつき続けるというのは……」
そうするしかないとわかっていても、どうしても申し訳なさが胸を突く。
ジル 「……貴女は本当に誠実な方ですね」
=====
ジル 「……貴女は本当に誠実な方ですね」
静かに言われ、はっとして首を横に振る。
吉琳 「すみません。私を助けるために嘘をついたジルを責めるつもりではないんです」
ジル 「分かっていますよ。貴女はそういう方ですから」
ジルの優しい瞳に心ホッとした私は、先ほどから抱えていた小さな疑問を投げかける。
吉琳 「でも、どうして恋人なんて嘘を……他の理由でも良かったんじゃないですか?」
ジル 「……さあ、どうしてでしょうね」
ジル 「それよりも、今後のことについて話しましょう」
(え……?)
(こんな風に話を変えるなんて、どこか不自然な気がするけど……)
疑問が渦巻いたものの、確かに今は今後について話すべきだと思い、頭を切り替える。
ジル 「あの方が関係する晩餐会や催しの際は、」
ジル 「しばらくの間、不自然でない程度に恋人を演じるべきだと考えます」
ジル 「いつかは恋人のふりを終わらせなければいけませんが、早すぎるのは良くありません」
ジル 「妙な期待を抱かせてしまいますし、何より貴女の印象が悪くなってしまうでしょうから」
ジルの言うことはもっともで、私は深く頷いた。
ジル 「では、しばらくの間……私の恋人でいてくださいますか?」
=====
ジル 「では、しばらくの間……私の恋人でいてくださいますか?」
頭では理解していても、ジルの唇から紡がれる『恋人』の響きに胸が騒ぐ。
その気持ちを隠すように、私はわずかにジルから目を逸らした。
吉琳 「……はい」
ジル 「貴女のことは私がお守りいたします。ですから、安心してください」
うやうやしく手を取られ、胸の奥が小さく甘い音を立てた。
ジル 「ですが念のため、少し練習しておきましょうか」
その言葉の意味を訊ねる前に、指先に軽くキスを落とされる。
高鳴る鼓動を感じていると、ジルが顔を上げた。
ジル 「もし私たちの関係を疑われた場合、」
ジル 「キスをして恋人同士だと証明するというのも一つの手かと思いまして」
ジル 「……ああ、失礼しました」
ジル 「恋人を演じるのなら、こちらの方が正しいですね」
吉琳 「えっ……」
軽く手を引かれ、ジルとの距離が縮まる。
そして、優しいキスが私の頬をかすめた。
唇の感覚がまだ残る頬は、燃えるように熱くなっていく
ジル 「そんなに顔を赤くされて……練習しておいて良かったかもしれませんね」
思いがけず落とされたキスに意識を奪われ……
魅惑的に細まる深紅の瞳から、目が離せなかった…―
第2話:
そして数日後…―
いよいよ、恋人を演じる時がやってきた。
晩餐会に集まっていたのは、聞いていた通りカップルや夫婦ばかりのようで、
ホールに足を踏み入れたものの、気持ちはどこか落ち着かない。
ジル 「事前にお伝えし忘れていましたが、今夜は恋人らしく敬語を使わずに話しましょう」
吉琳 「わ、わかりまし……わかった」
ぎこちなく答えると、ジルの表情が微かに緩み、まとう空気が変わった。
ジル 「……今は私を側近ではなく、恋人だと思って過ごしてほしい」
ジルの言葉ひとつで、もう既に動揺してしまっている自分に気付き、
パーティーを無事に乗り切れるのか不安になっていると、更にジルは私の腰に手を回した。
吉琳 「ここまでするん、だね」
ジル 「今夜の目的は恋人を演じることだから。手を抜いては意味がない」
そう言うと、ジルは私の耳元に顔を寄せてくる。
ジル 「恋人らしく、もっと身体を寄せて」
吉琳 「っ……」
耳朶に触れた吐息が、私を落ち着かない気持ちにさせる。
(恋人らしく……)
顔が熱くなっていくのを止められず、自然と俯いてしまう。
けれど、ジルはそんな私を許してくれなかった。
ジル 「顔を上げて、誰が貴女の恋人なのか見るんだ」
=====
ジル 「顔を上げて、誰が貴女の恋人なのか見るんだ」
そう囁かれて、言われた通りに顔を上げてみる。
いつもとは違って見えるジルと目が合った。
(なぜか分からないけれど……何かが違う気がする)
見つめ合うだけで鼓動が速くなっていく。
(どうしてジルにこんなにドキドキするんだろう……)
今まで、頼もしい教育係として尊敬の気持ちを抱いていた。
そんな自分の気持ちが少しずつ崩れていくような錯覚に陥る。
気を抜くとすぐにまた俯いてしまいそうになるのを堪えていると、女性が一人近付いて来る。
どうやらこの方はこのパーティーを主催したご夫人らしく、朗らかな顔で口を開いた。
夫人 「あなたたちが伯爵のご友人ね。今日はどうぞ楽しんでいって」
親しげな言葉に驚きを感じていると、ジルも同じようだった。
ジル 「……貴女がプリンセスだということは、ちゃんと秘密にしてくださっているようです」
吉琳 「そ……そうみたいですね」
小声で交わしたやり取りで、一瞬いつものジルに戻ったけれど、
先ほどのジルの言葉が頭から離れず、ドキドキは収まらない。
*****
ジル 「……今は私を側近ではなく、恋人だと思って過ごしてほしい」
*****
(これ以上ジルを意識したら、私はどうなってしまうんだろう……)
=====
(これ以上ジルを意識したら、私はどうなってしまうんだろう……)
私がそんなことを考えているとも知らず、夫人がにっこり笑いかけてくる。
夫人 「私は、恋人や夫婦たちが愛し合う時間を作ってほしいと思ってこの晩餐会を開いたの」
夫人 「今からダンスの時間なのよ。あなたたちもぜひ参加なさって、愛を確かめ合ってちょうだい」
夫人の言葉の通り、ホールには華やかな音楽が流れ始めた。
ジル 「そうですね。では、早速……」
夫人の言葉に頷いたジルは、私に向かって手を差し出した。
ジル 「さあ、手を」
吉琳 「は、はい」
緊張で震えそうになる手をジルの手に重ねる。
にこやかな夫人に見送られ、私たちはダンスをする恋人たちの輪に加わった。
***
ワルツに身をゆだねて、ジルと踊る。
楽しいはずの時間なのに、心には小さな痛みがあった。
(いろんな人にたくさんの嘘を重ね続けて、本当にいいのかな)
ジル 「……何か気になることでもあるのかな」
そんな私に気付いたジルが顔を覗き込んでくる。
吉琳 「あ……いえ」
(私のためにしてくれているのに、言えるわけないよ……)
ジルはまだ何か言いたげだったけれど、代わりに私の腰を抱き寄せ…―
=====
ジルはまだ何か言いたげだったけれど、代わりに私の腰を抱き寄せた。
ジル 「もっと私に身体を預けて。そのままでは足がもつれかねない」
吉琳 「あ……はい」
つい考え込んでしまい、ステップがおろそかになっていたのを指摘される。
ジル 「それから、敬語にも気を付けて」
吉琳 「……!」
言われてみれば使っていたかもしれないと思い、はっとする。
ジルが微笑む気配がして無意識に俯いていた顔を上げると、思いがけず近い位置に笑みがあった。
ジル 「……貴女が楽しめば、きっと上手くいくよ」
そう微笑んだ後、ジルはホールで踊る恋人たちに視線を移す。
その横顔はなぜかとても切なそうに見えて、胸が締め付けられた。
ジル 「このままずっと、時が止まってしまえばいいのに……」
まるで愛の囁きとも取れる独り言に、思わず動揺してしまう。
(恋人のふりをしてるから、だよね……?)
(でも、私も同じように感じてる……)
意識してしまい、先ほどはろくに見ることが出来なかったジルの顔から、今度は目が逸らせない。
ジル 「恋人として貴女の隣にいられることを、」
ジル 「どれほど嬉しく思っているか伝えられたなら、私は……」
苦しげにこぼれた呟きは、確かに私の耳に届いてしまった。
さっき抱いたわずかな違和感が、少しずつ大きくなっていく。
(どうしてそんなことを言うの?)
(ジルにとって、これは仕事と同じはずじゃ……)
理由を訊ねられないまま、時間が過ぎていく。
それから私たちは言葉もなく、永遠に続いてほしいと願いながらワルツに浸った…―
***
その後、ジルは気を張り続けた私を気遣い、外へ連れ出してくれて…―
=====
その後、ジルは気を張り続けた私を気遣い、外へ連れ出してくれた。
ようやく誰の目にもつかない場所へ出られて大きく息を吐く。
吉琳 「今は誰もいませんし、恋人を演じなくてもいいですよね」
そう前置きをして、いつも通りの敬語を使う。
吉琳 「演技に付き合ってくれてありがとうございます。この調子ならきっと乗り切れます」
ジル 「…………」
吉琳 「……ジル?」
頼もしい言葉が返ってくると思っていたけれど、ジルは黙ったままだった。
私をじっと見つめていた瞳は、何も答えてくれないまま逸らされてしまう。
吉琳 「もしかして私、何か失敗してしまいましたか……?」
ジル 「……そういうわけでは」
吉琳 「それなら、どうして……」
いつも言うべきことはきちんと言ってくれるジルが黙っていることに、不安がこみ上げる。
しばらく沈黙が下り……
やがてジルは、言いづらそうに口を開いた。
ジル 「偽の恋人を演じるのは、今夜限りに……」
ジル 「……いえ、この瞬間から終わりにしたいのです」
第3話-プレミア(Premier)END:
ジル 「偽の恋人を演じるのは、今夜限りに……」
ジル 「……いえ、この瞬間から終わりにしたいのです」
突然の申し出に驚き、呆然としてしまう。
吉琳 「確かに、もうすぐパーティーはお開きですし、恋人のふりは十分かもしれませんけど……」
吉琳 「少し急すぎませんか?」
そう訊ねると、ジルは苦しげな顔でまっすぐ見つめてきた。
ジル 「このまま恋人のふりを続けていれば、もっと貴女が欲しくなってしまうからです」
吉琳 「え……?」
思考が止まった私に、ジルは苦い顔で目を伏せる。
ジル 「……ずっとこの気持ちは隠しておくつもりでした」
ジル 「ですが、伯爵のご子息に貴女を取られてしまうのではと思うと、無意識に……」
ジル 「自分が恋人だと口にしてしまったのです」
(だからあのとき様子がおかしかったんだ……)
ジル 「もっといいやり方が他にいくらでもあったはずなのに」
私を見つめるジルの瞳が、強い想いを浮かべて揺れる。
ジル 「自分がこんなにも貴女を求めていることを、あの瞬間に思い知りました」
ジル 「それに……練習だと言って貴女にキスをしてしまった時も」
(あのときの……)
*****
ジル 「ですが念のため、少し練習しておきましょうか」
ジル 「もし私たちの関係を疑われた場合、」
ジル 「キスをして恋人同士だと証明するというのも一つの手かと思いまして」
*****
ジル 「偽りの恋人を演じる中で、貴女への想いが更に増していくことに気付いてしまったのです」
ジル 「ですから今ここで、貴女への想いを断ち切らなければいけません」
ジル 「これ以上こんな時間を続ければ、私は……」
=====
ジル 「これ以上こんな時間を続ければ、私は……」
苦しげに言ったジルは、その先の言葉を飲み込んだ。
突然のことに驚きながらも、ジルの言葉に胸がじんと熱くなり、
速まっていた鼓動が、だんだんと大きくなっていく。
(ジルが私をそんな風に思っていたなんて……)
ジルには憧れに似た気持ちを抱いていたけれど、やっとその感情の名前がわかった。
吉琳 「……私は、以前からジルに憧れていました」
吉琳 「ですが、今……その気持ちが憧れとは違っていたんだと気付いたんです」
胸がいっぱいになって声が詰まる。
それでも、私はジルに向かって一歩を踏み出した。
吉琳 「私もジルが好きです。偽りでも、ずっと恋人でいたいと思うくらいに」
ジル 「私は一方的に貴女を巻き込み、また一方的に関係を終わらせようとした男ですよ?」
吉琳 「でもそれは私のためにしてくれたんですよね」
吉琳 「ジルへの想いは変わりません」
深く頷いたジルは、苦しげだった表情をゆっくり微笑へと変えた。
ジル 「……どちらにせよ、偽物の恋人は続けられなくなってしまいましたね」
=====
ジル 「……どちらにせよ、偽物の恋人は続けられなくなってしまいましたね」
吉琳 「え? どうして……」
問いかけようとした私の目の前で、突然ジルが膝をつく。
ひざまずいたまま私を見上げると、優雅な動きで手を差し出した。
ジル 「これからは本物の恋人として、私の側にいてくださいますか?」
そっと告げられた言葉は、私の心をときめきで満たしていく。
手に感じるぬくもりから、ジルの想いまで伝わってくるようだった。
(これはもう演技でも嘘でもない)
(ジルの本当の気持ち)
ジルの手を取り、想いに応えるために口を開いた。
吉琳 「こんな私ですが、よろしくお願いします」
ジル 「こんな、ではありませんよ」
微笑みながら言ったジルが立ち上がり、私を抱き締める。
ジル 「貴女だからこそ、こんなにも惹かれているのです」
吉琳 「ジル……」
ジル 「好き、という言葉だけでは足りません」
=====
ジル 「好き、という言葉だけでは足りません」
私を抱きしめる腕の力が強まり、ジルの優しい笑みが近付いてくる。
ジル 「……目を閉じて頂けますか?」
ジル 「言葉で足りない分を伝えさせてください」
吉琳 「……はい」
ジルの行動が予測できて、恥ずかしさがこみ上げる。
穏やかな声に導かれるように、ゆっくりと目を閉じた。
ジル 「……愛しています、吉琳」
今までに囁かれたどんな言葉よりも心を震わせる響きが落ちて、
その直後、私の唇を感じたことのない柔らかな熱が覆った。
吉琳 「っ……」
その熱は、小さく漏れ出た声も塞ぎ、思考を甘く溶かしていく。
ジル 「もっと身体の力を抜いてください」
ジル 「私の背中に、腕を回して」
繰り返されるキスで、頭の中が靄がかったようにぼんやりしている。
求められるままに身をゆだねていると、不意にジルが笑った。
吉琳 「どうかしましたか……?」
ジル 「いえ。……本当に可愛らしい方だなと思いまして」
=====
ジル 「いえ。……本当に可愛らしい方だなと思いまして」
ジルの指が艶めかしく私の唇をなぞっていく。
ジル 「偽物の恋人として関係を続けていれば、やがて私は」
ジル 「何かと理由を付けて、貴女の唇にこうしてキスをしていたでしょうね」
腰を抱く腕に力が入り、ジルの熱を更に近くで感じてしまう。
ジル 「そしてきっと、止められなくなってしまったはずです。今のように……」
吉琳 「……っ、ん」
普段のジルからは考えられないほど、深く、熱く求められる。
甘い波にさらわれそうな意識を必死につなぎ止め、ジルの背中にすがった。
膝から力が抜けかけたとき、ようやく解放された。
ジル 「貴女の甘い唇に、私の理性は奪われてしまいました」
ジル 「責任を取って頂かなければ」
キスの余韻で身体に力が入らない私に、ジルが囁く。
ジル 「……もっと深くまで、貴女を味わわせてください」
fin.
第3話-スウィート(Sweet)END:
ジル 「偽の恋人を演じるのは、今夜限りに……」
ジル 「……いえ、この瞬間から終わりにしたいのです」
ジル 「出席者の方々に挨拶は済ませましたし、パーティーはもうじきお開きです」
ジル 「もう恋人のふりをする必要もないでしょう」
ジルが淡々とそう告げた瞬間、私はとっさに口を開いていた。
吉琳 「今夜は……今夜だけはこのままでいてください」
口をついて出た言葉に、自分自身が一番驚いてしまう。
(どうして、私……)
(こんな時が来ることは初めから分かっていたのに……)
(これじゃあ、まるでジルとずっと恋人でいたいみたい……)
不確かな想いが緩やかに確信へ変わっていく。
そして、気付いてしまった。
(私……ジルのことが好きだったんだ)
ジルは懇願した私から目を逸らすと、小さく溜息を吐いた。
ジル 「……分かりました。それでは、今夜だけ」
もう一度、ジルが手を差し出してくる。
(嘘をつきたくないと思ったのに、今この時間を私自身が一番望んでいるなんて……)
ジルへの罪悪感と、嘘をついたすべての人への罪悪感で胸が痛い。
けれど、触れるジルのぬくもりは泣きたくなるぐらい心地良かった…―
***
そうして、偽物の恋人として最後の時間を過ごし…―
=====
そうして、偽物の恋人として最後の時間を過ごし、
私は自分の部屋へ戻ってきた。
(この気持ちは、ジルにとって迷惑なだけ)
(嘘は嘘で終わらせなきゃいけない。プリンセスと教育係の関係に戻らないと……)
切なく痛む胸を抑えていると、ノックが聞こえた。
(もう日付が変わる時間なのに……もしかして急ぎの要件が出来たのかな)
吉琳 「どうぞ」
ドアにそう呼びかけると、ジルが入ってくる。
その姿を見て、また胸が疼いた。
吉琳 「……こんな時間に、どうしたんですか?」
ジル 「…………」
ジルは思いつめた表情で私を見つめ、口を開く。
ジル 「先ほどした話を覚えておいでですか?」
よみがえってきた痛みに耐えるように胸に手を当て、私は頷いた。
ジル 「あのとき、伝えるべきではないと思い、口にしなかった言葉があります」
ジル 「……ですがそれは、どうしても貴女に伝えたいことでもありました」
ジル 「どうすべきか悩んだ結果……貴女にお話して、気持ちを整理しようと思ったのです」
ジルにしては曖昧な言い方が、私の不安を掻き立てる。
吉琳 「伝えたいこととは、なんでしょう……?」
訊ねると、ジルはゆっくり息を吐いてからほろ苦い笑みを浮かべた。
ジル 「……私は、貴女を愛しています」
=====
ジル 「……私は、貴女を愛しています」
吉琳 「え……」
周りの音が一瞬で消えたような錯覚に陥る。
ジル 「ですから、伯爵とご子息には、自分が恋人だと口にしてしまったのです」
ジル 「……本当はずっと、この気持ちを隠しておくつもりだったのですが」
そう苦笑したジルの眼差しが、今度は不安げに揺れる。
ジル 「あのまま恋人として過ごしていれば、私は……」
ジル 「幸せなこの関係が終わらないように動いてしまうと思ったんです」
ジル 「恋人でいるのは貴女のためなのだと、体よく嘘をつき続けて」
(もしかして……)
*****
吉琳 「でも、どうして恋人なんて……他の理由でも良かったんじゃないですか?」
ジル 「それよりも、今後のことについて話しましょう」
*****
(あのとき急に話を変えられたのは、触れてほしくなかったから……?)
ジル 「練習だと言って貴女にキスをしたのもそうです」
(あ……)
*****
ジル 「ですが念のため、少し練習しておきましょうか」
ジル 「もし私たちの関係を疑われた場合、」
ジル 「キスをして恋人同士だと証明するというのも一つの手かと思いまして」
*****
(そうだったんだ……)
ジルの想いを強く感じて、切なさが募った。
ジル 「……ですが、貴女はあの偽りの関係を心苦しく思っていたでしょう」
(確かに、初めはそうだったけれど……)
様々な想いが混ざり合い、なかなか返事が思い浮かばない。
ジル 「このままでは、私のわがままで貴女の心を傷付け続けることになる」
ジル 「……人々の信頼も失うでしょう」
ジル 「……これ以上、貴女と貴女に関わる人を傷付けてはいけないと自分に言い聞かせました」
私のことをどれほど想ってくれていたのか、
そのことでジルがどれほど悩んでいたのかが、痛いほど伝わってくる。
何も言えずにいると、ジルは頭を下げた。
ジル 「貴女にすべてを打ち明けたことで、踏ん切りがつきました」
ジル 「明日からはただの教育係に戻ります」
ジル 「この気持ちもすべて、今夜限りで……」
吉琳 「待ってください!」
喉の奥から、勝手に言葉が溢れてくる。
吉琳 「私も……ジルのことが好きです」
=====
吉琳 「私も……ジルのことが好きです」
精一杯伝えると、ジルが目を見開いた。
吉琳 「ダンスをしたあの瞬間、時が止まればいいのにと思ったのは私も同じでした」
吉琳 「ずっと、あんな風に恋人でいられたら、と……」
一度は押し殺そうと思った気持ちを、伝えたい人にすべて伝える。
ジル 「……聞かれてしまっていたのですね」
ジルは、その顔に戸惑いの色を浮かべて言葉を続けた。
ジル 「……本当に、いいんですか?」
一歩を踏み出したジルが、私をじっと見つめる。
ジル 「私は……貴女と本物の関係を望んでも……本当にいいんですか?」
懇願するように訊ねられ、ジルを見つめ返したまま頷く。
ジル 「愛しています。誰よりも、貴女だけを……」
吉琳 「私も……ジルを愛しています」
さらりと前髪をかき上げられ、至近距離で視線を絡める。
更に距離を縮めてきたジルに気付き、そっと目を閉じた。
吉琳 「ん……」
互いの気持ちを確かめるような優しいキスが降る。
その瞬間、12時を告げる鐘が遠くで響き渡った。
私にキスをしたジルが、今度は穏やかな笑みを見せてくれる。
ジル 「貴女に、今夜限りで偽物の恋人をやめようと言いましたよね」
=====
ジル 「貴女に、今夜限りで偽物の恋人をやめようと言いましたよね」
ジル 「日付が変わった今……もう偽りの関係は終わりました」
軽くジルが私の顎を持ち上げる。
ジル 「改めて、今、この瞬間から本物の恋人同士になりましょう」
吉琳 「はい」
もう一度落ちてきたキスは、先ほどよりももっと甘く、触れるぬくもりに酔わされてしまう。
熱くなる頬を感じながら、ふと不安になった。
吉琳 「あの……」
ジル 「どうかしましたか?」
吉琳 「……恋人になっても、敬語のままでいいでしょうか。どうしても慣れなくて……」
晩餐会での落ち着かなかった気持ちを思い出しながら言うと、ジルが微笑んだ。
ジル 「構いませんよ。他に慣れて頂かなくてはいけないことがありますし」
吉琳 「他に……?」
ジル 「ええ。恋人として、私に触れられることです」
ジル 「キスだけで頬を赤くしているようでは、この先が大変ですよ」
吉琳 「えっ……」
『この先』を匂わすように、ジルの手が意味ありげに私の腰を抱く。
胸に甘い疼きを感じながら、ジルに促されるままそっと目を閉じた…―
fin.
エピローグEpilogue:
偽りの恋人関係から、彼と本当の恋人同士になれたあなた。
想いを通じ合わせた二人を待つのは、幸せに満ちた甘いひとときで…―
ジル 「今まで望めずにいたことを、早く叶えたいと思ってしまいます」
強く抱きしめられ、心の奥が甘く疼いて…―
ジル 「……優しくしますから」
想いを重ね合わせる夜に、二人の愛は深まっていく…―