ヒミツの恋はひとつ屋根の下で〜ある日、憧れの彼と兄弟に…?〜(ジル)
2020/10/28~2020/11/09
家庭の事情で義理の兄弟となった彼は、
誰もが憧れる完璧な存在だった。
家族として慕っていたはずの気持ちは、
やがて淡い恋心へと変わっていき…―
………
尊敬する兄の心に決めた相手は、妹である私だということを知り…―
ジル 「妹のために動くのも、兄として嬉しいことなんですよ」
ジル 「私が心に決めた相手というのは、彼女です」
………
二人の関係性に変化が訪れた時、
あなたはまだ見ぬ、
彼の男としての表情を知ることになる…―
どの彼と物語を過ごす?
>>>ジルを選ぶ
第1話:
心地良い青空が広がる、ある日の昼下がり…―
ジル 「次は、羊皮紙を買いに行くのでしたね」
吉琳 「はい、ジルお兄様」
私は評判のジルお兄様と一緒に、
お父様に頼まれた用事を済ませるため、街へと出ていた。
『お兄様』と言っても私達は本当の兄妹ではなく、
数年前、
私の母がこの地を治める貴族の当主と再婚をして、
義理の兄妹となったのだった。
吉琳 「私が頼まれた用事なのに、」
吉琳 「付き合っていただいて本当にすみません……」
その上ジルお兄様は、
買ったり受け取ったりした荷物の全てを持ってくれている。
ジル 「いえ、貴女ひとりでは大変だったでしょう」
吉琳 「そうですが……」
吉琳 「でも、やっぱり荷物は私が持ちます。」
吉琳 「ジルお兄様にあまり無理をさせたくありません」
吉琳 「最近、お父様の仕事の手伝いで忙しくて疲れていらっしゃるでしょうし……」
(ジルお兄様はあまり身体が丈夫な方じゃないから、心配だもの……)
しかし、ジルお兄様は私を安心させようとしているのか笑みを向けてくる。
ジル 「ずっと話してきたでしょう。私達は家族なのですから、」
ジル 「そう遠慮しないでくださいと」
ジル 「それに、吉琳は心配しすぎですよ。」
ジル 「これくらいは無理をする内に入りません」
吉琳 「でも……」
隣を歩きながらまだ気にしているとふいにジルお兄様が立ち止まった。
ジル 「それでしたら……」
ジルお兄様は、持っていた中で一番軽そうな荷物を私に手渡す。
ジル 「吉琳には、これをお願いしますね」
吉琳 「お兄様……。」
吉琳 「ですが、それだけではあまり負担を減らせないです。」
吉琳 「もっと任せてください」
渡された荷物を受け取りながら懇願すると、
そっとその手を握られ…―
=====
渡された荷物を受け取りながら懇願すると、
そっとその手を握られ…―
ジル 「妹のために動くのも、兄として嬉しいことなんですよ」
ジル 「ですから、私に持たせてくださいませんか?」
(ずるい……そんな風に言われたら何も言えなくなってしまう……)
吉琳 「……分かりました、お願いします」
頷くと、触れていた手を離され微笑まれる。
(ジルお兄様は、優しいな……昔からずっと)
渡された荷物を持ち直し、次のお店に行こうとするが、
まだ寄らなければならない場所が多いこともあり、
順路に迷って十字路で足を止めてしまう。
ジル 「吉琳」
ジル 「こちらの道から行った方が、」
ジル 「次の店とその次に行く店を効率良く回れますよ」
吉琳 「そうなんですね、気づきませんでした……ありがとうございます」
ジル 「礼などいりませんよ。吉琳の力になれて何よりです」
(ジルお兄様には、こうやって甘やかされてばかりだな……)
吉琳 「はい、頼りにしています」
笑顔を向けると、不意にジルお兄様が私の頭を優しく撫でてきた。
触れた温もりに少し鼓動が跳ねてしまう。
ジル 「では、そろそろ行きましょうか」
吉琳 「遅くなってしまったら、お父様も心配しますしね」
並んで歩き出しながら、隣のジルお兄様をちらりと見やる。
(ジルお兄様は、本当に素敵な方だな……)
(兄妹にならなければ、話すことさえできなかったかもしれない……)
ジルお兄様は頭脳明晰、容姿端麗でその上、
妹思いだと周囲の人々にも評判だった。
(私にとっても自慢のお兄様……)
***
ジルお兄様と街に行った数日後…―
日課である家の花壇の水やりを終えて自室に戻る途中、
廊下を歩いていると、声が聞こえてきた。
父 「ジル、お前はいつになったら結婚するんだ」
(え? 今のはお父様の声……)
声がした方を見ると、近くの部屋のドアが少し開いている。
いけないと思いつつも、
話の内容が気になってしまい、こっそりと近づいて中を覗くと…―
=====
いけないと思いつつも、
話の内容が気になってしまい、こっそりと近づいて中を覗くと…―
部屋の中にはお父様とジルお兄様、それからお母様がいた。
父 「お前はいずれこの家を継ぐ身だ。」
父 「早く妻を迎えて身を固めろ」
ジル 「お言葉ですが……」
ジル 「今は結婚の必要性を感じていないですし、その気もありません」
父 「何を呑気なことを言っているんだ!」
母 「あなた、落ち着いてください。ジルも、そう頑なにならず……」
言い争いになりかけている二人をお母様が仲裁しようとしている。
(これは……私も止めに入った方が良いかな)
部屋に入ろうかと迷っていた時、お父様が痺れを切らしたように言う。
父 「ぐずぐずしているつもりなら、私がお前の婚約者を決めてやる」
するとジルお兄様が真剣な表情で訴える。
ジル 「それには及びません。私には心に決めた人がいますから」
ジルお兄様のその一言に、何故かちくりと胸が痛んだ。
(そんな人がいたなんて、知らなかった……)
動揺した拍子に、ドアに手をぶつけ、小さな音が響く。
ジル 「……吉琳?」
気づいたジルお兄様がこちらにやって来て、私を部屋に招き入れた。
吉琳 「あの、ジルお兄様……」
ジル 「丁度良かった」
吉琳 「え……?」
ジルお兄様の言葉の意味を理解出来ないまま、
私は両親の前へと連れていかれる。
ジル 「お二人に、伝えておきたいことがあります」
ジル 「私が心に決めた相手というのは、吉琳です」
=====
ジル 「私が心に決めた相手というのは、吉琳です」
吉琳 「えっ……」
(お兄様、突然何を……)
お兄様の言葉に、私だけではなく両親も絶句している。
ジル 「そういうわけですので、私に婚約者は必要ありません。」
ジル 「それでは失礼いたします」
ジルお兄様は両親に一方的に告げると、
私の手を引いて足早にドアへと向かっていく。
吉琳 「ジルお兄様、待ってください……!」
やっとのことで絞り出した私の制止の声にも、
振り向くことすらしてもらえない。
あまりに驚きすぎて動けなくなっている両親を心配しながら、
私は一緒に部屋を出た。
吉琳 「ジルお兄様……!」
部屋を出てからもう一度名前を呼ぶと、少ししてやっと足を止めてもらえる。
こちらを向いたジルお兄様を真っ直ぐに見つめた。
吉琳 「さっきのは、どういう意味ですか……?」
(まさか、ジルお兄様が私のことを好き……?)
(でも、私達は兄妹で……)
固唾を呑んで返事を待っていると、ジルお兄様がふっと微笑む。
ジル 「最近、顔を合わせる度に、」
ジル 「父が世継ぎのことを気にされていたので」
続く言葉を待つが、
ジルお兄様はそれ以上何も言ってくれなくなってしまう。
(もしかしたら……)
(結婚の話を出されるのが面倒で、)
(私の名前を出して上手く切り抜けようとしたのかも)
吉琳 「あの場で話を切り上げるために、私の名前を出したんですか……?」
訊ねると、ジルお兄様はふいに真剣な表情で私の頬に指先を伸ばす。
ジル 「冗談だと思っているのですか?」
=====
ジル 「冗談だと思っているのですか?」
その声に鼓動が速くなるのを感じながら、思わず後ろに身を引いた。
(兄として優しく接してくれていたお兄様が、)
(本気で私を好きだなんて言うわけがない……)
吉琳 「……あまりからかわないでください」
熱くなっていく顔を逸らして早口で言い、
私は逃げるようにその場を去った。
(でも、あんなに真剣な顔で言われたら、)
(勘違いしてしまいそうになる……)
***
ジルお兄様に『心に決めた相手』だと言われた翌日…―
執務室で私は、
父の代理として治めている地区の申請書類を通すかどうか迷っていた。
その隣でジルお兄様も、別の仕事をしている。
(昨日のことを思い出してしまって、)
(何だか集中出来ないな……)
書類を見つめながら溜め息を吐くと、
肩を軽く叩かれて反射的に顔を上げた。
ジル 「それは承認しても問題ないと思います。」
ジル 「似たような申請を、つい先日父が通していましたから」
そう言ってジルお兄様は何事もなかったかのように、
今まで通り優しくアドバイスしてくれる。
吉琳 「ありがとうございます……」
ジル 「妹を助けるのは当たり前のことですよ。気にしないでください」
(私のことを『心に決めた相手』だと言ったり、『妹』だと言ったり……)
(今のジルお兄様の考えていることが、)
(私には全然分からない……)
やがて休憩時間になり、私は席を立つ。
吉琳 「お兄様もお茶を飲まれますよね?」
吉琳 「用意してきます」
ジル 「それは私がしますよ」
そう言ったジルお兄様の手が伸ばされて、私の手を握り引き止めた。
まるで手を繋がれているかのような状況に、鼓動の音が大きくなる。
吉琳 「あ、あの……」
ジル 「貴女は休んでいてください。」
ジル 「朝からずっと仕事をしていて疲れているでしょう?」
吉琳 「でも、それはお兄様も同じですし……」
ジルお兄様はあやすように私の頭をひと撫でして、微笑みかけてくる。
ジル 「『妹のために動くのも、兄として嬉しいこと』だと言ったはずですよ」
ジル 「私は大丈夫です。すぐに戻ってきますから」
(そう優しく言えば、)
(私が反論できなくなってしまうのもお見通しなんだろうな……)
私が頷くのを確認してからお兄様は手を離し、
お茶の用意をしに行ってしまった。
(引き止めるためとはいえ、急に手を握られるなんて……)
(何だかいつもよりも距離感が近いような気がしたけれど……)
(考え過ぎかな)
ひとりきりになった私は、
先程までジルお兄様に握られていた自分の手を見つめた…―
第2話:
ジルお兄様が持ってきてくれたお茶を飲んで休憩した後…―
仕事を再開すると、分からないところが出てきた。
(少し聞きづらいけれど、)
(ジルお兄様に確認した方が良さそうだな……)
吉琳 「ジルお兄様、ここを教えていただきたいのですが……」
するとジルお兄様は、椅子を僅かにずらして私との距離を詰めた。
そして肩が触れ合うような距離で、仕事の書類を覗き込んでくる。
ジル 「ここの書き方ですか? こうすれば良いのですよ」
分かりやすいように重要な箇所を指しながら教えてくれるが、
時折ジルお兄様の手が私の手に当たり、再び胸の鼓動の音が速くなり始める。
(やっぱり……)
(距離感が急に近くなったと思ったのは、気のせいじゃない)
(でも、どうして……?)
(またからかっているだけなのかな……)
吉琳 「ありがとうございます……」
吉琳 「あとは自分で出来るので、大丈夫ですから」
昨日のこともあってお兄様を意識してしまい、私はつい素っ気なく返してしまう。
ジル 「分かりました。」
ジル 「もしまた何か分からないことが出てきたら、」
ジル 「いつでも聞いてくださいね」
ジルお兄様は、
やはり何事もなかったかのように自分の席を元の場所に戻して仕事を再開する。
(いつも、)
(どう接していたのか分からなくなってきてしまったな……)
気持ちの整理がつかないまま机に向かっていると、
ノックの後お父様が部屋に入ってきた。
父 「ジル。昨日のことについてもう少しきちんと話し合わないか?」
するとジルお兄様はお父様の方を見もせず、
残っている仕事の書類を手に席を立つ。
ジル 「昨日お話ししたことが全てです」
父 「待ちなさい、ジル……!」
お父様との話し合いを拒否するように、
ジルお兄様は部屋を出て行ってしまう。
お父様は困ったように息を吐いた後、私へと向き直った。
父 「吉琳。ジルから話を聞いた後、お前からも話を聞かせてもらう」
私の返事を待たずに、
ジルお兄様の後を追ってお父様は部屋を出て行ってしまった…―
=====
お父様が執務室にやって来た次の日から、
ジルお兄様は以前よりも忙しそうにしている。
何日も家を空けることが多くなり、
顔を合わせる回数も日に日に減ってきていた。
(仕事の量は変わっていないはずなのに……)
心配になって、ジルお兄様が出かける前にどこへ行くのか訊ねもしたが、
いつも上手くはぐらかされてしまっている。
(もしかして、お父様との話し合いを避けているのかな)
(仕方のないことかもしれないけれど、)
(ジルお兄様が居ないと何だか少しだけ寂しい……)
***
そうしてジルお兄様とお父様がきちんと話をしないまま数日が経ったある日…―
両親がちょうど不在の時にジルお兄様が屋敷に帰ってきた。
嬉しく思ってしまう気持ちを抑えて、ゆっくりとジルお兄様の方へ近づく。
吉琳 「お帰りなさい。」
吉琳 「今回も随分戻りが遅かったですけど、疲れていませんか?」
ジル 「吉琳……」
目の前まで行くと同時に、ジルお兄様の身体が傾く。
吉琳 「ジルお兄様……!」
私は慌てて倒れかけた身体を支えた。
顔を覗き込むと、いつもよりも青ざめているように見える。
吉琳 「私の肩に掴まってください。」
吉琳 「すぐに部屋に戻って横になりましょう」
ジルお兄様は微かに頷き、
力が出ないながらも言われた通り私の肩に腕を回してくれた。
***
どうにかお兄様を部屋まで送り届け、ベッドに寝かせる。
吉琳 「ゆっくり休んでくださいね」
ベッドサイドに立って言うと、ジルお兄様が申し訳なさそうに微笑む。
ジル 「貴女には迷惑をかけてしまいましたね、申し訳ありません」
吉琳 「気にしないでください。私が心配で勝手にしていることですから」
私の言葉を聞いたジルお兄様は、ふと笑みを消して真剣な表情になった。
ジル 「……それは、家族だからですか?」
=====
ジル 「……それは、家族だからですか?」
突然問い掛けられ、私は思わず言葉に詰まる。
(ジルお兄様は家族だから、)
(こんなにも心配になっているはず……それなのに……)
いざ言葉にしようとすると何と答えれば良いか分からなくなってしまう。
困惑してしまいジルお兄様の方を見ると、
平気なふりをしていても身体に限界がきていたのか、
静かに目を閉じて眠ってしまっていた。
その寝顔を見ながら自分の心に問い掛ける。
(ジルお兄様へのこの想いに、)
(『家族』以上の意味なんて……)
『無い』と完全に否定出来ないでいる自分に、私は戸惑うしかなかった。
***
しばらく側で看病をしていると、ジルお兄様がふと目を覚ます。
ジル 「ん……吉琳……。」
ジル 「ずっと、見ていてくださったのですか?」
吉琳 「はい、目を覚ますまでは心配だったので。」
吉琳 「調子はどうですか……?」
ジル 「随分楽になりましたよ。」
ジル 「貴方のおかげです。ありがとうございます」
そう言うジルお兄様の顔色は随分良くなっていて、安心する。
吉琳 「良かったです……」
吉琳 「もう遅いので、私はそろそろ部屋に戻りますね」
そう告げてベッドの側から離れようとすると、ふいに手首を掴まれた。
ジル 「吉琳」
名前を呼ばれたかと思うと、
ジルお兄様に突然ベッドの中へと引き込まれる。
吉琳 「わっ……!?」
次の瞬間、私のすぐ目の前にはジルお兄様の顔があった。
ジル 「ひとりになると、また無理をして動いてしまいそうなので……」
ジル 「今夜は、一緒に寝てください」
思いもしなかった願いに、
徐々に大きくなっていく胸の音を落ち着けようと小さく息を吸う。
吉琳 「その……まだ具合が悪いんですか?」
(もしかしたら、)
(これ以上は迷惑をかけないようにと無理して平気なふりをしていたのかも)
(それで、弱気になってしまって、頼んできたとか……)
けれどジルお兄様は、はっきりと首を横に振った。
ジル 「いいえ、もう具合は悪くありません」
吉琳 「え……?」
ジルお兄様は驚いている私の耳元に顔を近づけて……
ジル 「貴女ともう少し一緒に居るための口実ですよ」
=====
ジル 「貴女ともう少し一緒に居るための口実ですよ」
低い声で囁かれ、耳にくすぐったいような甘い感覚が走り、
頬が熱くなる。
(私をからかうくらいの元気が出てきたのは良いことだけれど……)
(一緒に眠るなんて……)
兄妹の仲が良いとはいえ、
今まで一緒に寝たことなど一度もなく、緊張してしまう。
吉琳 「あの、お兄様……」
吉琳 「ひとりが不安なのであれば、私はあちらのソファで寝ますから」
ジル 「駄目ですよ、」
ジル 「それでは貴女が風邪を引いてしまうかもしれません」
それだけ言ってジルお兄様は、私の手を掴んだまま目を瞑ってしまう。
その後話しかけても返事は無く、眠ってしまったようだった。
(こんなことになるなんて……)
自分も寝てしまおうと目を瞑るが、
近くにお兄様が居るのだと意識してしまうせいで眠れない。
別のことを考えようとすると、
先日お兄様に『心に決めた人』だと言われたのを思い出してしまい、
今度は顔まで熱くなってきてしまった。
(あんなの、からかわれただけなのに……)
(どうしてこんなに心に引っ掛かっているんだろう)
すぐ側にお兄様の温もりを感じながら、
私は眠れない夜を過ごしたのだった。
***
お兄様と同じベッドで過ごした翌日、
私は昨夜のことを気にしたまま仕事をしていた。
今日は、
ジルお兄様も外へは出ないのか隣で仕事の手伝いをしてくれている。
ジル 「吉琳、先ほどからぼんやりして……」
ジル 「ちゃんと話を聞いているのですか?」
ジルお兄様の手が肩にかかり、唇を耳元に寄せられ囁かれる。
まるで恋人にするかのような振る舞いが、余計に私の心を乱していった。
吉琳 「……はい、大丈夫です」
ジル 「では、ここはもうひとりで出来ますか?」
ジルお兄様の吐息が耳にかかり、思わず声が出そうになってしまう。
私の羞恥が頂点に達し、耐え切れずに大きな声で訴えた。
吉琳 「そんなに近づかなくても、分かります……!」
けれどジルお兄様は離れるどころかさらに顔を近づけてきて……
=====
吉琳 「そんなに近づかなくても、分かります……!」
けれどジルお兄様は離れるどころかさらに顔を近づけてきて……
ジル 「この方が効率良く教えられますから」
悪びれる様子もなく、微笑んでそう言った。
吉琳 「この間から、ジルお兄様は態度がおかしいです……」
私はどうすれば良いか分からなくなって、
戸惑う気持ちのまま言葉をぶつけていく。
そんな私の様子すら楽しむように、ジルお兄様は少し意地悪く微笑んだ。
ジル 「おかしいと思いながらも、」
ジル 「貴女は私を意識してしまったのではないですか?」
吉琳 「それは……」
私の気持ちを見透かすような声に、何も言えなくなり俯く。
ジル 「否定しないと言うことは、私を兄としてではなく、」
ジル 「男としても見てくれていると思って良いのですね」
その言葉は私の中に違和感なく入り込み、
気づいていなかった恋心を自覚させられた。
ジルお兄様は椅子を動かし、
座る私の身体の向きを変えさせて正面から向かい合う。
(お兄様にドキドキしていたのは、)
(男の人として好きになっていたからだったんだ……)
(でも、こんな風に聞いてくるなんて……)
(もしかして、本当にジルお兄様は私のことを女性として好きなの……?)
はっきり好きだと言われことはないため、
真意を確かめようと遠まわしに聞いてみることにする。
吉琳 「どうして、」
吉琳 「お兄様のことを男性として見ているのか聞くんですか……?」
様子を窺うように見ると、
真っ直ぐに向けられた深紅の瞳に射貫かれるような心地になった。
ジルお兄様は真剣な表情で、ゆっくりと口を開く。
ジル 「冗談などではなく、」
ジル 「本気で貴女をひとりの女性として愛しているからです」
第3話-プレミア(Premier)END:
ジル 「冗談などではなく、」
ジル 「本気で貴女をひとりの女性として愛しているからです」
初めてはっきりと気持ちを告げられて、
心臓の音がどんどん大きくなっていく。
吉琳 「いつから、ですか……?」
緊張からやっとのことで声を絞り出すと、ジルお兄様がふっと微笑んだ。
ジル 「ずっと前からです。」
ジル 「共に過ごしていく中で、日に日に貴女への想いは膨らんでいきました」
ジル 「もうただの兄妹ではいられないと思い、」
ジル 「あれこれと策を弄することになりました」
(策って、一体……)
言葉の意味を呑み込めないでいると、
ジルお兄様は私を真っ直ぐに見つめて話し出す。
ジル 「実は、父としていた結婚話は貴方に偶然聞こえたのではなく、」
ジル 「私が敢えて聞かせたのです」
吉琳 「えっ、どういうことですか……?」
困惑する私に、ジルお兄様は静かに話を続ける。
ジル 「先日、」
ジル 「懇意にしている伯爵のご子息に子どもが生まれたからでしょうね……」
ジル 「最近特に、父は世継ぎについて気にするようになっていました」
ジル 「ですからあの日、ひとりで呼ばれた時点で、」
ジル 「父から結婚の話をされることは分かっていたんです」
ジル 「その上で、わざと部屋のドアを開けておき、」
ジル 「聞こえるように話していたのですよ」
ジル 「貴女があの時間、」
ジル 「日課の花壇の水やりを終えて部屋の前を通るのは知っていましたから」
ジルお兄様が明かした事実に、私は目を丸くした。
吉琳 「お兄様の気持ちを私に教えるために、」
吉琳 「そのようなことをしたのですか……?」
吉琳 「でも、」
吉琳 「あの時ジルお兄様は曖昧なことしか言ってくださいませんでした」
ジルお兄様の話と最近の行動は、
完全に結び付けられるものではなく、私は疑問をぶつける。
ジル 「気持ちを伝えるだけが目的ではありませんでしたからね」
ジル 「あの時の貴女に想いを伝えても、」
ジル 「きっと受け入れてはいただけなかったでしょう」
ジル 「私の目的は……」
続きに耳を澄ませていると、
ジルお兄様が私へと手を伸ばしてきて頬に触れた。
ジル 「吉琳……」
ジル 「貴女に、貴女自身の気持ちを知ってもらうことです」
=====
ジル 「吉琳……」
ジル 「貴女に、貴女自身の気持ちを知ってもらうことです」
吉琳 「私自身の……?」
頬に触れたジルお兄様の手から伝わってくる熱が、
私の身体の温度を僅かに上げた気がした。
ジル 「私はずっと貴女を想って、貴女を見てきました」
ジル 「ですから、少なからず貴女が私のことを、」
ジル 「男として見てくれていることも……」
ジル 「淡い想いを抱いてくださっていることも、」
ジル 「伝わっていたんです」
吉琳 「え……?」
(でも、)
(私がジルお兄様を意識し始めたのは今回のことがあったからで……)
しかし言われてみると、一緒に買い物に行った時、
ジルお兄様に触れられて鼓動が跳ねたことを思い出す。
(あの時だけじゃない……そういうことは、前から何度もあった)
(もしかして、その頃から私はお兄様のことを……?)
ジル 「ですが、肝心の本人が自覚していない様子だったので、」
ジル 「荒療治をさせていただきました」
ジル 「私は貴女に自分の気持ちを意識させるために、」
ジル 「私が心に決めた相手として、吉琳の名前を出したのですよ」
ジルお兄様の言葉が私の心に次々と降り注いでくる。
(もしかしたら、私は『兄妹』という関係に縛られて……)
(自分の気持ちと向き合おうとすらしていなかったのかもしれない)
ジル 「どうです、成功したでしょう?」
ジルお兄様の少し意地悪な微笑みに、私の胸は小さく音を立てた。
(ジルお兄様は私以上に私の気持ちを分かっていたんだな)
(全てお兄様の計画通りだったのだと思うと、少し悔しいけれど……)
頬を撫でてくる優しい手が、
お兄様が本気で私を想ってくれているのだと伝えてくる。
だからか悪い気はせず、心は温かく満たされていた。
吉琳 「……はい、大成功だと思います」
そう答えるとジルお兄様が私の肩を抱き寄せる。
緊張しながらも、私はお兄様の背中におずおずと手を回した。
ジル 「昔から私の体調が優れない時、いつも側に寄り添ってくれましたね」
ジル 「貴方のその優しさに何度も救われてきました」
ジル 「そしていつの間にか、」
ジル 「妹ではなく女性としての貴女に惹かれるようになっていたのです」
そこまで話したジルお兄様がふいに顔を近づけてきて、
私の唇を指先でなぞり……
=====
ジル 「そしていつの間にか、」
ジル 「妹ではなく女性としての貴女に惹かれるようになっていたのです」
そこまで話したジルお兄様がふいに顔を近づけてきて、
私の唇を指先でなぞり……
ジル 「嫌なら、拒んでも良いのですよ」
確認するように至近距離から瞳を覗き込んでくる。
(私の気持ちなんてきっと、)
(言葉にしなくてもジルお兄様にはお見通しなんだろうな……)
返事を口にする代わりに、私はそっと目を閉じた。
すると温かな唇がゆっくりと重なる。
(私はこうなることをずっと……)
(自分でも気づかないうちに望んでいたのかもしれない)
唇が離れてから目を開けると、微笑むジルお兄様が見える。
ジル 「これで貴女は私の恋人です」
吉琳 「はい……これからは、恋人としてよろしくお願いします」
照れながら言うと、ジルお兄様がそっと私から身体を話して向き合う。
ジル 「こうして貴女と恋人同士になれたことは喜ばしいのですが……」
ジル 「しばらくの間、私達が恋人になったことを父や母には黙っていましょう」
吉琳 「でも、一緒に暮らしている以上いつ気づかれるか分かりませんし……」
不安になりながら見つめ返すと、安心させるような微笑みが返ってくる。
ジル 「そんな顔をしなくても大丈夫ですよ」
ジル 「私に任せてください、父と母には折を見て話しますから」
向けられた瞳には憂いの色は見えず、私はお兄様を信じて頷きを返した。
***
お兄様と恋人になった数日後…―
私は両親に話をするというジルお兄様に呼ばれ、一緒に部屋についてきていた。
真剣な面持ちでこちらを見ている目の前の両親に、ジルお兄様が口を開く。
ジル 「私と吉琳は恋人になりました。」
ジル 「どうかこの関係を認めてはくださいませんか?」
=====
ジル 「私と吉琳は恋人になりました。」
ジル 「どうかこの関係を認めてはくださいませんか?」
予想していた通り、突然の告白に両親は目を丸くしている。
ジル 「もしも許さないとおっしゃるのでしたら、」
ジル 「私は親戚の家に養子という形で入り、」
ジル 「吉琳と兄妹ではなくなった上で、この想いを貫く覚悟です」
ジル 「既に養子として受け入れてくださる家も見つけてあります」
(いつの間に……)
ジルお兄様に何も聞いていなかった私は、両親と共に驚いてしまう。
(もしかして、)
(しばらく家を空けて忙しそうに動いていたのは、)
(養子として受け入れてくれる親戚を探すためだったの……?)
ジルお兄様の具体的な計画を聞き、
お父様はその真剣さに気づいたのか驚いた様子で声をこぼす。
父 「そこまで吉琳のことを想っていたのか……」
ジル 「ええ、本気です」
はっきりと言い切ったジルお兄様に、
両親は困ったように顔を見合わせる。
父 「……少しだけ席を外させてくれ。母さんと話をさせてほしい」
ジル 「分かりました」
部屋から出て行く両親の背中を、私は不安な気持ちで見つめていた。
***
少しして、両親が部屋に戻ってくる。
父 「ジル……母さんと話し合ったが、」
父 「やはりこの家の跡継ぎがいなくなるのは困る」
父 「それに、お前は大事な家族だ。養子などにやれるわけがない」
父 「ジル、吉琳……お前達のことを認めよう」
そう言ったお父様の顔は先ほどまでとは違って、少しだけ晴れやかに見えた。
お父様の隣に立っていたお母様も笑って頷く。
母 「貴方達、二人の幸せが一番大切ですものね」
両親の許しを得た私達は思わず顔を見合わせて微笑み合った。
***
ジルお兄様と付き合うことを両親に認めてもらえた、その夜…―
寝支度を済ませてベッドに座っていた私は、
昼間のことを思い返していた。
(ジルお兄様と恋人になったなんて、)
(なんだかまだ実感が湧かないな……)
そう思いつつも胸に手を当てると、ドキドキしている。
その鼓動を感じて気恥ずかしさが込み上げた時、
ノックの音がして慌てて返事をした。
ジル 「吉琳、失礼しますよ」
落ち着いた声と共に、ジルお兄様が部屋に入ってくる。
ジル 「良かった、まだ起きていたのですね」
吉琳 「ジルお兄様……こんな遅くにどうかしましたか?」
ジル 「貴女に逢いに来たのです。」
ジル 「恋人の部屋に来るのに、理由なんてそれだけで充分でしょう」
微笑まれ顔が熱くなるのを感じていると、ジルお兄様が近づいてきた。
ジル 「両親の目を盗んでここまで来るのは骨が折れました」
ジル 「いくら認めていただいたとはいえ、」
ジル 「夜に堂々と妹の部屋に行くわけにはいきませんから」
ジルお兄様は私の方へ手を伸ばすと、両手で包むように私の頬に触れた。
吉琳 「ジルお兄様……?」
戸惑って名前を呼ぶと、ジルお兄様が真剣な顔を近づけてくる。
ジル 「吉琳、今夜は一緒に寝ても構いませんか?」
=====
ジル 「吉琳、今夜は一緒に寝ても構いませんか?」
その一言で、鼓動が跳ね上がる。
(この前、看病の時にお兄様と一緒に眠ったけれど、)
(あの時とは状況が違うよね……)
(恋人になってから一緒に眠ったら、どうなってしまうんだろう)
緊張しながらも黙って頷くと、ジルお兄様は隣に来て私を抱き締める。
ジル 「吉琳……」
優しい声で呼ばれて、唇が合わさる。
徐々に口づけは深くなっていき、私は甘い夜に溺れていった…―
***
お兄様と愛し合った夜から、しばらく経った頃…―
私達は変わらず兄妹として過ごしながら、
時々、こっそり手を繋いだりキスをしたりと、
恋人同士の触れ合いをするようになっていた。
ジル 「吉琳、ここにいたのですね」
廊下で逢ったジルお兄様が、ふいに私を抱きしめる。
吉琳 「お兄様……! こんなところで、恥ずかしいです……」
ジル 「ではこのまま貴女をさらってしまいましょうか」
楽しげに言って、ジルお兄様は自分の部屋へと私を連れ込む。
ドアを背にした私の横にジルお兄様に手をつかれ、
逃げられないようにされてしまう。
ジル 「ここでしたら誰の目もありませんよ」
ジル 「ですから、」
ジル 「妹ではなく恋人としての貴女に口づけることを許してくださいますか?」
(私が頷くって分かっていて、聞いているんだろうな……)
吉琳 「ジルお兄様、意地悪です……」
ジル 「貴方にだけですよ」
近づくジルお兄様の唇を受け入れると、二人だけの時間が始まる。
私は妹であることを忘れる程に、
その甘美な触れ合いに身を任せていった…―
fin.
第3話-スウィート(Sweet)END:
ジル 「冗談などではなく、」
ジル 「本気で貴女をひとりの女性として愛しているからです」
今まで思わせぶりに冗談めかすばかりだったジルお兄様が、
初めてはっきりと想いを口にした。
鼓動の音がどんどん大きくなっていき、
何も言えずにいるとジルお兄様が、ふっと微笑む。
そして突然、伸ばされた両手で抱き締められた。
ジル 「好きでもない相手に、」
ジル 「こんな風に触れたりしないでしょう?」
耳元で囁かれ、頬に熱が集まっていく。
ジル 「仕事を教える時も、看病していただいた時も……」
ジル 「私は貴女に触れて、想いを伝えていたつもりでしたよ」
吉琳 「でもっ……」
吉琳 「ジルお兄様は、言葉ではいつも冗談のように言うばかりで……」
引っかかっていたことを問い掛けると、
私を抱きしめるジルお兄様の手に力が入る。
ジル 「それは、貴女の気持ちを確かめるためでした」
吉琳 「え……?」
私を抱き締めたままジルお兄様は、ゆっくりと話し出す。
ジル 「吉琳のことを好きになり、目で追うようになって分かりました」
ジル 「貴女が、心のどこかで私を男として見てくださっているということが」
ジル 「ですが、貴女自身にその自覚は全くないようでしたから……」
ジル 「私の考えが正しいのかどうか、確かめたかったのです」
ジルお兄様の言葉に、
一緒に買い物に行って頭を撫でられた時に鼓動が跳ねたことを思い出す。
(あの時は、)
(お兄様を異性として見ている気持ちがあるなんて思いもしなかったけれど……)
(もしかしたら、昔から私もジルお兄様のことを……)
考えていると、
そっと身体を離したジルお兄様が微笑んで顔を覗き込んでくる。
ジル 「仕事を教えた時、」
ジル 「貴女の反応で私の考えが正しかったのだと確信が持てました」
ジル 「ですから、後は貴女に自覚していただきたかった」
ジル 「私は、ずっと吉琳の恋人になりたかったのですから」
=====
ジル 「私は、ずっと吉琳の恋人になりたかったのですから」
真っ直ぐな言葉に、
自分の鼓動が激しく音を立てているのが分かる。
顔を合わせるのは何だか恥ずかしくて目を逸らすと、
ジルお兄様が私の手を取った。
ジル 「私の想いは、これで信じてもらえましたよね」
ジル 「でしたら、次は吉琳が答える番ですよ」
話しているうちにはっきりと自分の気持ちに気づいてしまった私は、
隠すことも出来ずに、逸らしていた視線をジルお兄様に向ける。
吉琳 「……私も、お兄様をひとりの男性として、想っています」
照れて顔を熱くしながら告げると、ジルお兄様は笑みを深めた。
ジル 「ようやく言ってくれましたね」
囁くように言って、ジルお兄様は私の唇にそっとキスを落とす。
吉琳 「ん……」
何度か軽く唇を触れ合わせた後、ジルお兄様はそっと離れる。
ジル 「これで、私達は恋人同士です」
吉琳 「はい……」
火照っていく頬を手で押さえながら頷く。
するとジルお兄様は、優しい笑みを固くし、真剣な表情になった。
ジル 「私達がお付き合いするにあたって、父と母のことについてですが……」
両親の悲しげな顔が頭の中をよぎって、幸せな気持ちに影が差す。
吉琳 「私は、お父様とお母様にこのことを隠しておくのは……」
吉琳 「やっぱり罪悪感があります」
(知ったらとても驚くだろうし、)
(反対されるかもしれない……でも……)
そんな不安を抱えていると、ジルお兄様は安心させるように私の肩を抱き寄せる。
ジル 「父と母には今から私がきちんと話します。」
ジル 「それでも構いませんか?」
ジルお兄様の真剣な瞳には覚悟が宿っているように見えて、
私はしっかりと頷いた。
吉琳 「はい……私も、ついていって構いませんか?」
ジル 「勿論です。私達、二人のことですから」
私達はどちらからともなく手を繋ぎ、両親の元に向かった…―
=====
ダイニングで、私はジルお兄様と一緒に両親と向き合っていた。
私達が恋仲になったことをジルお兄様が話したことで、
緊迫した空気が流れている。
しばらくの沈黙の後、両親を前にジルお兄様がはっきりと告げた。
ジル 「何を言われようとも、この想いを消すことは出来ません」
すると、反対するとばかり思っていたお父様が、真剣な表情で私を見る。
父 「お前も同じ気持ちなのか?」
吉琳 「はい……私は、ジルお兄様を愛しています」
迷わずに答えると、お父様とお母様が顔を見合わせてから私達を真っ直ぐに見た。
父 「ジルと結婚についての話をした後、」
父 「もう一度話し合いたかったのは……」
父 「反対していたわけではなく、」
父 「お前達二人の気持ちを聞かせてもらいたかっただけだ」
父 「まあ、随分と長い間逃げられてしまったが」
苦笑交じりに言うお父様の隣で、お母様が微笑む。
母 「……正直驚いたけれど、」
母 「今の貴方達を見ていれば二人の気持ちが本物だと分かるわ」
父 「ああ。お前達の関係を認めよう」
両親が出してくれた答えを聞いて、私とジルお兄様は笑顔を向け合う。
吉琳・ジル 「ありがとうございます」
嬉しさが滲む声を重ねて、両親に深く頭を下げた。
***
両親との話を終えた後、二人で私の部屋に入ってソファに座る。
吉琳 「認めてもらえて良かったです」
安堵して微笑むとジルお兄様が私の髪を撫でた。
ジル 「反対された時のために色々と策を用意していたのですが、」
ジル 「必要なかったですね」
吉琳 「え、まだ何かあったんですか?」
私が聞くと、ジルお兄様は撫でていた私の髪を持ち上げ、
その先に優しくキスして…―
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ジル 「反対された時のために色々と策を用意していたのですが、」
ジル 「必要なかったですね」
吉琳 「え、まだ何かあったんですか?」
私が聞くと、ジルお兄様は撫でていた私の髪を持ち上げ、
その先に優しくキスする。
ジル 「兄妹でいるのが問題だと言われた時のために、」
ジル 「親戚の養子になる準備も進めていたのです」
吉琳 「そんなこと、いつの間に……?」
目を見開いた私の髪を、
そっと耳にかけながらジルお兄様が笑みを浮かべた。
ジル 「貴女が私のことを男として意識してくれていると確信してから、」
ジル 「すぐに動いていました」
ジル 「必ず……本気で好きにさせるつもりでしたからね」
(もしかして、家を空けて忙しそうにしていた時……?)
(でも、もしもジルお兄様がこの家を出ていたら……)
(一緒に暮らせなくなっていたってことだよね……)
想像しただけで少し寂しい気持ちが湧き上がる。
吉琳 「ジルお兄様が別の家に行ってしまわなくて、良かったです」
私の言葉に、ジルお兄様はどこか嬉しそうに微笑んで肩を抱き寄せてきた。
ジル 「もしも私が養子に出ていたら、」
ジル 「毎日こんな風に過ごすことも出来なくなりますからね」
少し意地悪な笑みを向けたジルお兄様に、こめかみへと口づけられる。
途端に鼓動を騒がせた私を、ジルお兄様が抱き上げた。
吉琳 「ジルお兄様……?」
ジル 「ベッドまで、運んで差し上げますよ」
ジル 「恋人になって迎える初めての夜ですから、」
ジル 「まだ共に過ごしてくださいますよね?」
吉琳 「はい、もちろんです……」
(このまま、ジルお兄様も一緒に眠るのかな……?)
期待と緊張に腕の中で固まってしまっていると、
ベッドの上に丁寧に下ろされる。
色々な感情が入り交じったまま見上げると、
ジルお兄様が優しく覆いかぶさってきた。
ジル 「恋人になったのだから、もう我慢はしません……」
ジル 「吉琳、私に全て委ねてください」
少し余裕なさげに顔を近づけられて、
私は肯定の代わりにお兄様の首に両手を回した。
ジル 「今まで触れられなかった分も、可愛がらせてくださいね」
囁かれ触れてきた手に翻弄されながら、何度も落ちてくる口づけに酔いしれる。
恋人になったジルお兄様との初めての夜は、
ゆっくりと更けていった…―
=====
ジルお兄様と甘い夜を過ごした、数日後…―
私とジルお兄様は二人きりで別荘へと遊びに来ていた。
ジル 「吉琳」
名前を呼ばれて振り返ると、突然唇にキスされる。
吉琳 「っ! ジルお兄様、いきなりは驚きます……」
ジル 「すみません。」
ジル 「貴女と二人きりなので、少し浮き足立ってしまっているようです」
ジル 「いくら公認とはいっても、」
ジル 「屋敷にいると遠慮してしまいますからね」
(家でも、)
(だんだん周りを気にしなくなってきているような気がするけれど……)
しかし、そう言われてしまうとこれ以上諫めることは出来ず、
私は僅かな羞恥を感じながら、二度目のキスも受け入れた。
吉琳 「ん……今日は、仕事で疲れた身体を癒やす目的でも来ているんですからね」
ジル 「分かっていますよ。でも一番の目的は、」
ジル 「貴女と恋人として気兼ねなく過ごすことですから」
(そうはっきり言われるのは、)
(嬉しいけれど少し恥ずかしいな……)
ジル 「吉琳、せっかくですから外に出ましょうか」
誘いに頷き、私はジルお兄様と共に庭へと出る。
ジル 「吉琳、手を」
ジルお兄様が差し出してきた手を取って、しっかりと握った。
ジル 「いつか、どこへ行くにもこうして手を繋いで歩けるように、」
ジル 「恋人の次は、夫婦になれるよう動かなければなりませんね」
(そこまで考えてくれていたんだ……)
突然の申し出に驚きながらも、微笑んで頷く。
吉琳 「そうですね……私も、そんな日が来てほしいと思います」
照れて僅かに頬を染める私に、ジルお兄様は楽しげに目を細める。
ジル 「ですが、今は……」
ジル 「もう少し恋人同士の時間を楽しむとしましょうか」
そうしてジルお兄様は私の手を引いて庭をゆっくりと歩いていった…―
fin.
エピローグEpilogue:
義理とはいえ、兄弟であるという壁を乗り越えた彼とあなた。
二人で過ごす夜に、彼が初めて見せたのは、ひとりの男としての表情で……
ジル 「何度しても、すぐに吉琳が欲しくなってしまいます……」
彼の深い愛情に、身も心も溶かされていき…―
ジル 「貴女が一生懸命耐える顔も、」
ジル 「私にとっては愛しさを煽ってくるものでしかないということです」
忘れられない甘い夜に、愛し合う二人は溺れていく…―