Loving You~溺れるほどに甘やかされて~(ジル)
2020/08/29~2020/09/10
もしも、
“彼に欲しい言葉だけを言ってもらえる”そんな数日間があったら……?
………
ジル 「私が貴女のことを、誰よりも大切に想っていますから」
ジル 「それでは、頑張っている貴女にご褒美を差し上げましょう」
………
彼と結ばれ数年が経った今も、変わることのない胸のときめき
想いを言葉にすることで、彼が永遠の愛を証明してくれる…―
プロローグ:
愛する彼が国王になり、数年が経ったある日のこと…―
(少し準備に時間がかかっちゃったかも……)
足早に城門へと向かっていると、前からレオがやってくるのが見えた。
レオ 「あれ、吉琳ちゃん。 お洒落してどうしたの?」
私の姿を捉えたレオが、軽やかな笑みを浮かべて聞いてくる。
吉琳 「それが、彼が観劇に連れていってくれることになって、
吉琳 「これから城下へ向かうところなの」
笑顔を返すと、レオは楽しげに瞳を揺らした。
レオ 「そうなんだ」
レオ 「吉琳ちゃん、最近は就任記念セレモニーの準備で忙しそうだったから」
レオ 「劇の間だけでも、ゆっくり羽を伸ばしてくるといいよ」
そう言って、レオは柔らかく目を細める。
(確かに、セレモニーが近づくにつれて忙しさも増していって)
(ここのところあまり、彼とも二人で出掛けられてなかったかも……)
時間があると、どうしても式の準備に手をつけてしまう。
セレモニーが待ち遠しくある一方で、大勢の人を招く責任も感じていた。
吉琳 「ありがとう……
吉琳 「でも、皆も頑張ってくれてるのに、私だけ申し訳ないな……」
吉琳 「準備もまだ充分じゃなくて不安だし、」
吉琳 「帰ってきたら私も頑張らないと」
眉を下げて答えると、レオが優しく笑いかけてくれる。
レオ 「そんな風に思わなくていいよ」
レオ 「きっと君の旦那様も、」
レオ 「吉琳ちゃんに心からリラックスしてほしいんじゃないかな」
その言葉で、観劇に誘ってくれた彼のことが心に浮かんだ。
(彼も国王として色々と忙しいのに、私のことを気にかけてくれる……)
(結婚して数年経つけど……彼の優しさは変わらないな)
そんなことを感じていると、レオが穏やかに続ける。
レオ 「それに、彼は吉琳ちゃんの努力もしっかり認めてると思うよ」
レオ 「吉琳ちゃんは少し自信がないようだけど……」
レオ 「そんな君が心から自信をもって笑えるように」
レオ 「彼が沢山甘やかして、想いを言葉にして伝えてくれるかもね」
そう言って、レオは悪戯っぽくウインクをした。
その笑顔を見つめながら、私はレオの言葉を反芻する。
(沢山甘やかして、想いを言葉に……)
(今でも充分、彼からの愛情を感じるのに、)
(もしそんなことがあったら……)
(きっと心臓がもたないだろうな)
想像するだけで、自然と頬が緩んでしまうのを感じた。
レオ 「あ、吉琳ちゃん。今すごく幸せそうな顔してる」
吉琳 「えっ……」
慌てて頬に手を当てると、楽しそうにレオは笑った。
レオ 「ほんと、二人って素敵な夫婦だよね。」
レオ 「いつまでもラブラブで羨ましいな」
レオ 「それじゃあ、彼とのデートを楽しんでね」
微笑みを残すと、レオは去っていった。
その姿を見送って、再び私も彼の待つ馬車へと足を踏み出す。
(素敵な夫婦、かぁ……)
(少し恥ずかしいけど、そう言ってもらえるのは嬉しいな)
(きっと、彼が私を大切に想ってくれているからだよね)
彼への愛しさが募り、ひとり小さく笑みをこぼした。
(……なんだか、すぐに彼に逢いたくなっちゃった)
久しぶりの夫婦の時間に胸を弾ませながら、
私は彼の元へと向かうのだった…―
どの彼と物語を過ごす?
>>>ジルを選ぶ
第1話:
澄み渡った青空に、木々の緑が鮮やかに映える、ある日のこと…―
ジルと私は、隣国に新しく出来た劇場の見学に来ていた。
内装などを見させてもらった後、観劇をし終える。
吉琳 「とても素敵な物語でしたが、」
吉琳 「胸が締め付けられるような悲しい結末でしたね……」
ジル 「ええ。」
ジル 「話の構造がとても良かった分、劇に没入しやすくなっていたので余計に」
舞台の内容は、それぞれの責務に追われるうちに心が離れ、
別々の人生を歩むことになってしまう、恋人たちの悲劇だった。
ジル 「どれだけ忙しくても、互いに相手を思いやれていたら……」
ジル 「未来は、違っていたでしょうに」
感想を言い合っていると、ふと今の私たちが置かれている状況と、
劇の内容を重ね合わせてしまい、微かな不安が過った。
(そういえば……最近は、公務や子どもたちのことで忙しくて)
(ジルと二人きりの時間を過ごせていない気がする……)
小さく生まれた憂いの種は、つい口から零れ落ちる。
吉琳 「……劇に出てきたような、恋人たちって」
吉琳 「現実にも、大勢居るのでしょうか?」
それとなく尋ねると、ジルがふっと笑みを浮かべた。
ジル 「居るかもしれませんが……私たちは、心配ありませんね」
(どういうことだろう……?)
ジルの言葉の真意が分からずに、小さく首を傾げる。
ジル 「なぜなら……」
=====
ジル 「なぜなら……」
ジル 「私が貴女のことを、誰よりも大切に想っていますから」
一点の曇りもない言葉を掛けられ、気がかりに感じていたことが晴れていく。
(ジルは、私が不安に感じていることにも、こうしてすぐ気付いてくれる)
(本当に、支えられてばかりだな……)
吉琳 「ありがとうございます。」
吉琳 「私も……ジルが、とても大切です」
ジル 「そう言っていただけて、嬉しいです」
ジル 「私たちは、互いに思いやれているようですね」
心が重なる喜びに、微笑みを浮かべると、
ジルは、優しく頭を撫でてくれた。
***
劇場の見学を終えた私たちは、馬車で城に戻り…―
私は着替えるためにジルといったん廊下で別れ、ひとり部屋に向かった。
扉を開けると、急いで荷物を置き、
ドレッサーの前に立ってネックレスを外す。
(ジルは、急がなくても大丈夫だと言ってくれたけれど)
(セレモニーの準備で立て込んでいるし、)
(すぐ公務を始めないと……)
=====
(セレモニーの準備で立て込んでいるし、)
(すぐ公務を始めないと……)
外したネックレスをしまうために、
ドレッサーの引き出しを開く。
その時、
繊細なガラス細工で作られたパフュームボトルが目に入り、
数年前の記憶が過った。
*****
ジル 「花言葉は『貴女の側にいる』」
ジル 「不安になった時は、この香りを思い出してください」
*****
(シリリア地区の暴動について、思い悩んでいた私に、)
(ジルが『ひとりじゃないことを、より深く感じてもらいたくて』と、)
(贈ってくれたんだよね……)
悲しい劇を観た後だったため、ジルを傍に感じていたくなり、
少しだけ香りを纏おうとボトルを開けた。
指の先に出そうと、逆さまにして口を押し当てる。
(あれ……? 出てこない)
(気付かないうちに、使い切ってしまってたんだ)
残念に思って小さなため息を零した時、ノックの音が響く。
ジル 「吉琳、少しよろしいですか?」
吉琳 「はい、大丈夫です」
聞き慣れた声に返事をすると、
すぐに開かれた扉の先にはジルの姿があった。
ジル 「今から、就任記念セレモニーの準備に行くのですが」
ジル 「会場内の配置について、」
ジル 「貴女の意見も聞かせてもらえたらと思いまして……」
吉琳 「分かりました。……あっ」
パフュームボトルを引き出しに戻そうとした拍子に、
不注意で絨毯に落としてしまう。
ジル 「大丈夫ですか?」
吉琳 「すみません、手が滑ってしまって……」
慌てて拾い上げると、
近付いてきたジルが空になったボトルに視線を落とす。
ジル 「それは……最後まで、使ってくださったのですね」
=====
ジル 「それは……最後まで、使ってくださったのですね」
ジルの視線は、私の手の中にある空のパフュームボトルに注がれている。
吉琳 「はい……」
吉琳 「ジルからもらったものなので、大事に少しずつ使っていたんですが、」
吉琳 「さっき使い切っていたことに気づいて……」
残念な気持ちが拭えないまま、ボトルを大事に持ち直す。
するとジルは顎に手を当て少し考える素振りを見せた後、
ボトルを持つ私の手に、そっと自分の手を重ねた。
ジル 「でしたら、貴女に新しいものを贈らせてください」
ジル 「今度は、前よりも私を傍に感じられるようなものを」
吉琳 「そんな、申し訳ないです……特別な日でもないのに……」
ジル 「では、就任記念パーティの贈り物としてなら、いかがですか?」
私が遠慮することも最初から分かっていたかのように、
直ぐに付け加えられた言葉に考え込む。
(ジルが、そう言ってくれるなら……)
(甘えさせてもらってもいいのかな……?)
お礼を言って微笑むと、
ジルは重ねていた手を優しく握り直してくれた。
***
翌日の午後…―
早朝から休みなく執務をする中、ジルがやってくる。
ジル 「随分と、根を詰められているようですね」
ジル 「少し休憩を挟まれては?」
吉琳 「ありがとうございます。でも、私なら大丈夫ですよ」
心配をかけないよう、出来るだけ明るい笑顔を向ける。
(これぐらいで疲れたなんて、言っていられない)
(セレモニーまであまり日がないし、頑張らないと……)
その時、ジルがふっと目を細めて…―
ジル 「それでは、頑張っている貴女にご褒美を差し上げましょう」
=====
ジル 「それでは、頑張っている貴女にご褒美を差し上げましょう」
ジル 「明日、シリリア地区の視察へ私と一緒に行ってください」
吉琳 「え……」
予定になかったことを告げられて驚く私に、
ジルは柔らかい声音で続けた。
ジル 「視察の後は公務としてではなく、」
ジル 「二人きりで街を見て回りたいと考えています」
吉琳 「とても嬉しいですけど、明日の公務が……」
ジル 「セレモニーの準備も含めて、」
ジル 「私の方で全て調整してありますので、ご心配なく」
(ジルは私以上に忙しいはずなのに、無理をしてないかな……?)
気がかりですぐに返事が出来ずにいると、
笑みを深めたジルが距離を詰める。
ジル 「最近、無理をなさっているようなので、」
ジル 「いい気分転換になると思いますよ」
ジル 「もちろん、お互いに」
気遣うように顔を覗き込まれ、思わず小さな笑みがこぼれた。
(私は少し、気負い過ぎていたかもしれない……)
吉琳 「ジルは、何でもお見通しなんですね……」
ジル 「私は、貴女の元教育係です」
ジル 「元プリンセスのことは、誰よりも理解しているつもりですよ」
目の前の深紅の瞳には温かな色が滲んでいて、
私の心に嬉しさが広がっていく。
(ジルは、私よりも私のことを分かってくれている)
(今回は、ジルの言葉に甘えさせてもらおう)
吉琳 「ありがとうございます。楽しみにしていますね」
微笑んで見上げると、ジルは机に手をつき、私の耳もとに唇を寄せた。
ジル 「明日は、セレモニーの前祝いとして……」
ジル 「たっぷりと、貴女を甘やかして差し上げます」
第2話:
城壁が淡い月明かりに照らされる頃…―
ジルと私は、その日の公務を終え、
子どもたちの寝顔を眺めてから、夫婦の部屋へ戻ってきた。
リリーとララが幼い頃は私たちと一緒の寝室だったが、
今はそれぞれの部屋で寝ている。
ジル 「二人とも、可愛らしい顔で眠っていましたね」
吉琳 「はい、ぐっすりでしたね。」
吉琳 「昼間、外を元気に走り回っていたそうですよ」
子どもたちのことを話しながら、ふと思う。
(明日は視察の後、ジルと二人で街を見て回る予定だから……)
(子どもたちの寝かしつけも、)
(誰かにお願いしておいた方がいいかもしれない)
吉琳 「明日ですが、帰りが遅くなりそうなので……」
ジル 「子どもたちのことでしたら、大丈夫ですよ」
吉琳 「え?」
私が言うより早く、話題に出そうとしていたことを口に出されて目を瞬く。
ジル 「明日は一日、父に任せていますから」
吉琳 「アルベルト様に……ジルから、お願いしてくれてたんですね」
私は感慨深い想いで、これまでの事を思い返す。
(ジルは、両親が自分を捨てたと思い込んでいたんだよね……)
(本当は親族が勝手に、病弱で騎士になれないだろうからと)
(ジルをクリストフ家から追い出していたのに……)
(それを止められなかったアルベルト様は、とても悔やんでおられた……)
誤解が解けて、ジルと両親との間に、わだかまりはなくなった。
そのことを改めて実感し、私は自分のことのように嬉しくなる。
吉琳 「それなら安心ですね」
ジル 「ええ。父も、孫に会えるのを楽しみにしていました」
微笑む私に、ジルの優しく細められた瞳が向けられた。
ジル 「……きっと貴女がいなければ、」
ジル 「父と向き合えないままだったと思います」
=====
ジル 「……きっと、」
ジル 「貴女がいなければ父と向き合えないままだったと思います」
ジル 「貴女が話し合うように背中を押してくれたおかげで、今があるのです」
ジル 「本当に感謝しています」
吉琳 「ジル……」
優しい声が心に染み渡っていき、胸が温かくなる。
ジル 「さて……私たちも今夜は早めに休みましょう」
吉琳 「はい」
私はジルと一緒にベッドに入り、幸せな気持ちのまま眠りに落ちていった。
***
翌日の朝、クリストフ家に子どもたちを預けて…―
ジルと私は、シリリア地区の視察にやって来た。
吉琳 「働く人たちの環境も、すっかり改善されたようで安心しました」
ジル 「地域の特性を活かしながらも、」
ジル 「一つの場所のみに負荷をかけないよう進めた新しい政策が、」
ジル 「上手く機能しているからでしょうね」
(街を歩く人たちも、笑顔が多い気がする)
(数年前に暴動が起きたなんて、信じられないぐらいだな……)
街の様子を見て安堵していると、ジルがエスコートするように私の手を取る。
ジル 「まだ確認していない場所を、ひと通り見て回りましょうか」
吉琳 「はい」
沢山の店で賑わう通りを抜け、細い路地に入った。
吉琳 「この道はぬかるみもあって、少し歩きにくいですね」
ジル 「ええ。きちんと整備した方が良さそうです」
街を良くするために意見を出し合っていると、
ジルが私の腰に腕を回す。
ジル 「大切な貴女が、転んで怪我でもしたら大変ですから」
吉琳 「あ、ありがとうございます……でも……」
(嬉しいけれど、)
(ぴったりとくっついて歩くのは恥ずかしい……)
少しだけ身体を離そうとしたものの、ますます距離を近づけられて…―
=====
(嬉しいけれど、)
(ぴったりとくっついて歩くのは恥ずかしい……)
少しだけ身体を離そうとしたものの、ますます距離を近づけられて……
ジル 「離れてはいけませんよ。」
ジル 「これは、貴女を支えるためにしているのですから」
(そう、だよね……私のことを思ってしてくれているのに)
恥ずかしさを抑えるように頷くと、ジルの唇が耳元に近づいてくる。
ジル 「まあ、それだけではなく……私がこうしていたいのですが」
甘い囁きでジルの気持ちを聞き、愛しさが胸を占める。
(恥ずかしさが消えたわけじゃないけれど……)
吉琳 「ジルが、喜んでくれるなら……こうしていたいです」
ジル 「それでは、遠慮なく」
寄り添うようにしながら、再び歩き始めた時、
どこからか、街の人たちの楽しそうな声が聞こえてきた。
吉琳 「この地域の雰囲気も、すっかり良くなりましたね」
ジル 「貴女が頑張ってきた成果ですよ」
吉琳 「いえ、そんな……私ではなく、ジルの力だと思います」
(ジルほど、この国のことを考えている人はいない)
尊敬の気持ちを込めて見つめると、
ジルが穏やかに微笑んで私の頬を包み込んだ。
ジル 「『国民に寄り添った政治をする』……」
ジル 「同じ志を抱く貴女の支えなしには、成し遂げられなかったことです」
ジル 「これからも、私の隣で一緒に優しい未来を作ってくださいませんか?」
真っ直ぐな眼差しで告げられた言葉が、胸の奥まで沁み渡り、
愛されている喜びで満たされる。
吉琳 「はい……ジルとなら、いつだって素敵な明日を歩んでいけますね」
ジル 「ええ、私たち二人でなら」
(お互いを大切に想う気持ちを、伝え合う……)
(その度に、ジルと私の心が重なっていくようで嬉しい)
静かな路地裏に、穏やかな風が吹き抜ける。
共に在ることの喜びを強く感じながら、同じ景色を眺めていた。
***
予定していた場所を回り終えた頃…―
ジルと私は、お洒落な店が立ち並ぶ賑やかな通りに差し掛かる。
ジル 「……さて。視察は終わりです」
ジル 「この先は、貴女とデートを楽しみましょうか」
=====
ジル 「この先は、貴女とデートを楽しみましょうか」
ジルは、ごく自然なしぐさで私と指先を絡めて歩き出す。
(人が多いから、はぐれないようにするためかもしれないけれど)
(こんな風にジルと二人きりで、)
(街を歩くのは久しぶりで……ドキドキする)
ジル 「あちらに、貴女が好きそうな雑貨店がありますよ」
吉琳 「……寄ってみてもいいですか?」
ジル 「ええ、もちろん」
弾んだ気持ちで店に入り、雑貨が並ぶ陳列棚を眺めていると、
クリスタルで装飾された、淡いパープルのペンスタンドが目に留まった。
(品が良くて素敵……)
(こういうペンスタンドが机にあったら、公務も捗りそう)
ジル 「……吉琳」
ジル 「また、仕事のことを考えているのでは?」
吉琳 「えっ……どうして分かったんですか?」
心の中を見透かされて、驚きに小さく目を見開く。
ジル 「貴女の事なら、誰より理解しているつもりだと言ったはずですよ」
ジル 「デートの最中くらいは仕事のことは忘れて……」
ジル 「と言いたいところですが、」
ジル 「どんな時でも国を想っている姿勢も好ましく思うので、」
ジル 「困ってしまいますね」
眉を下げて笑うジルの優しい声音に、私の胸が小さく高鳴った。
***
ひと通り店内を回り外へ出ると、ジルは足を止めた。
ジル 「すみません。」
ジル 「先ほど、店主に街のことで少し相談があると言われていたので」
ジル 「このあたりの店を見て、待っていてもらえませんか?」
吉琳 「え……それなら、私も行きますよ」
ジル 「いいえ。先ほども言ったでしょう?」
伸ばした指先を私の唇にそっと当て、ジルが柔らかな眼差しを向けてくる。
ジル 「国のためを想う貴女は素敵ですが、」
ジル 「できれば今はデートだけを楽しんでほしい」
ジル 「ですから、仕事の話は耳に入れたくないのです」
(ジル……)
細かな心遣いに、胸に温かさが広がっていく。
吉琳 「……そういうことなら、分かりました。待っていますね」
ジル 「軽く聞いたところ時間はかからなそうな内容でしたので、」
ジル 「直ぐに戻ります」
踵を返す背中を見送り、言われた通りに近くの店で待つことにする。
程なくして戻ってきたジルと一緒に、再び街を歩き始めた。
次に向かったのは、雰囲気の良い喫茶店だった。
吉琳 「素敵なお店ですね」
ジル 「気に入っていただけたようで、良かったです」
=====
ジル 「気に入っていただけたようで、良かったです」
ジルが予約をしてくれていたようで、
案内された席につくと、すぐに綺麗なグラスが置かれた。
店員 「こちら、当店自慢のフラワーシードルでございます」
(そういえば、プリンセスになって間もない頃……)
*****
ジル 「緊張していらっしゃいますね」
吉琳 「は…はい」
ジル 「さほど時間はありませんが、こちらを飲まれては如何ですか」
*****
(よくジルがフラワーシードルを持ってきてくれたな……)
懐かしい記憶に心を弾ませながら、グラスに口をつける。
吉琳 「美味しい……!」
吉琳 「これも、ジルが頼んでおいてくれたんですか?」
ジル 「ええ。この店のシードルは、絶品だと聞いたので」
ジル 「貴女は、昔からお好きでしょう?」
吉琳 「はい、大好きです」
ジルの優しい気配りに、嬉しさが溢れていく。
(何か、お礼をしたいけれど……)
考えを巡らせるうちに、
ジルへのお礼としてガレットを作ったことを思い出す。
(あの時は色々あって渡す機会を逃してしまったから、)
(近々もう一度作りたいな)
色々考えてはみたものの、すぐに出来そうなことはなく、
私は、直接ジルに訊ねてみることにした。
吉琳 「今日は、本当にありがとうございます」
吉琳 「何か、お礼をしたいのですが……」
ジル 「私が、やりたくてやった事だというのに」
ジル 「貴女は本当に律儀な人ですね」
僅かな苦笑交じりに言ったジルが、窓の向こうを見る。
そして、ゆっくりと席を立ち私の手を取った。
ジル 「それでは、どうしても貴女と行きたい場所があるので……」
ジル 「この後も、私に付き合っていただけますか?」
第3話-プレミア(Premier)END:
ジル 「それでは、どうしても貴女と行きたい場所があるので……」
ジル 「この後も、私に付き合っていただけますか?」
ジルにそう言われた後…―
二人で馬車に乗って城に戻り、向かった先は時計塔だった。
(てっきり、)
(シリリア地区内に行きたい場所があると思っていたのだけれど……)
吉琳 「どうして、ここに……?」
ジル 「いつでも来られますし、また後日にしようかとも思ったのですが……」
階段を上る音とジルの声が静かな空間に響き渡る。
ジル 「今日一緒に過ごして、」
ジル 「昔のことを思い出したら懐かしくなってしまって……」
ジル 「『お礼がしたい』と言う貴女の言葉に甘えさせていただきました」
ジル 「他にも、一緒に来たかった理由は二つあります」
ジルは記憶を辿るように階段を一段ずつ上り、
私を振り返って、穏やかな笑みを浮かべた。
ジル 「一つ目は、ここが私にとって大切な場所だからです」
ジル 「元々、ひとりで考え事をする時に使っていた秘密の場所ですが……」
ジル 「今は、貴女との思い出が詰まった場所ですから」
(嬉しい……そんな風に思ってくれていたんだ)
ジルがこの場所を大切だと感じている理由に喜びを感じながら、
時計塔の上まで登りきる。
ジルはウィスタリアの街並みを眺め、ぽつりと声をこぼした。
ジル 「……不思議なものですね」
ジル 「昔はこの景色を目に映すのは、」
ジル 「思い悩んでいた時ばかりだったというのに……」
ジル 「貴女が隣に居てくださるようになってから、変わりました」
ジル 「心から楽しむ景色はこんなにも綺麗なのに、」
ジル 「勿体ないことをしていましたね」
懐かしさを滲ませた眼差しに、
かつてのジルの姿が重なっていく。
*****
ジル 「でも事実、よくわからなくなる時があるんです」
ジル 「私が選んだ道が、果たして正しかったのかどうか……」
吉琳 「……そんな風に、言わないでください」
吉琳 「国王陛下やこの国は、いまのジルを本当に必要としています」
ジル 「…………」
吉琳 「それに……『騎士』でもなく『教育係』でもない、ジルとして… …」
吉琳 「私は、あなたを必要としています」
*****
ジル 「……貴女は、『騎士』でもなく、『教育係』でもなく」
ジル 「ありのままの私を必要としてくれた……」
=====
ジル 「……貴女は、『騎士』でもなく、『教育係』でもなく」
ジル 「ありのままの私を必要としてくれた……」
ジル 「貴女の言葉で、どれだけ救われたか分かりません」
吉琳 「ジル……」
噛みしめるように紡がれた言葉が、私の胸を焦がす。
ジルは、真っ直ぐに私を見つめて笑みを深めた。
ジル 「私も、貴女を『王妃』としてではなく」
ジル 「『吉琳』として、必要としています」
ジル 「愛していますよ、吉琳」
ジルはそっと私の手を取り、愛しさの滲む眼差しを向ける。
その想いが胸に迫り、重ねられた手に手を重ねた。
吉琳 「私も……ジルを愛しています」
吹き抜けた夜風が、優しく私たちを包みこむ。
同じ想いを抱く幸せを感じていると、
ふとジルの表情が真剣なものになった。
ジル 「ここへ来た、もう一つの理由ですが……」
ジル 「貴女とこの場所で、約束したいことがあります」
ジルの言葉に、
宣言式を終えた夜にこの場所でした約束が思い起こされる。
*****
ジル 「もう一度、指きりしましょうか」
ジルの指が差し出され、私はそれにそっと自分の指を絡めた。
吉琳 「……何を、約束しましょうか?」
ジル 「では……」
ジル 「二人で、世界一幸せになりましょう」
*****
ジル 「先日、観劇した時……」
ジルが話し出すと、
別れを選んだ恋人たちの悲劇を思い出し、僅かな切なさが過る。
ジル 「私と貴女が、あの恋人たちのようにならないかと」
ジル 「少し、不安に感じられていたでしょう」
吉琳 「それは……」
全てを見透かすような瞳を直視できずに言い淀むと、
吐息が触れそうな近さで、顔を覗き込まれて…―
=====
ジル 「私と貴女が、あの恋人たちのようにならないかと」
ジル 「少し、不安に感じられていたでしょう」
吉琳 「それは……」
全てを見透かすような瞳を直視できずに言い淀むと、
吐息が触れそうな近さで、顔を覗き込まれて……
ジル 「二人で幸せになると約束したこの場所で誓います」
ジル 「もう二度と、不安にさせたりしません」
ジル 「今まで以上に、貴女への想いを伝えていきます」
ジル 「これからも、私と幸せになってくださいますか?」
あの夜と同じように、小指が差し出された。
吉琳 「はい……喜んで」
真っ直ぐな愛情に満たされ、
指切りをする。
吉琳 「改めて約束すると……少しだけ、緊張しますね」
ジル 「これぐらいで、緊張されるようでは困りますよ」
ジルは絡めた指先を引き寄せ、私の耳たぶを甘く噛んだ。
吉琳 「……っ」
ジル 「もっと緊張する方法でも、想いを伝えるつもりですから」
熱くなった顔を上げると、妖艶に微笑んだジルが私の顎に指をかける。
(ドキドキしてしまって、言葉が出てこない……)
ジル 「……駄目だと言われたら、しないつもりでしたが」
ジル 「何も言わないなら、して欲しいと取りますよ」
=====
ジル 「何も言わないなら、して欲しいと取りますよ」
(駄目なんて言わないことも、ジルにはお見通しなんだろうな……)
私はますます顔を熱くしながら頷き、
夢のように甘く幸せなひと時に身を任せた…―
***
そうして迎えた、
就任記念セレモニーの当日…―
吉琳 「本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます」
ジル 「皆さまに、お力添えいただいたお陰で」
ジル 「ウィスタリアは、ここまで発展を遂げることが出来ました」
ジルと私は、集まってくれた人たちへの感謝を込めてスピーチをした。
(ウィスタリアだけでなく、他国の貴族も温かい言葉をかけてくれる)
(ジルと一緒に、頑張った甲斐があったな……)
予定していた式典を滞りなく終えて一息ついた頃、リリーとララがやってくる。
ララ 「パパ、ママ! スピーチ、とっても素敵だったわ」
リリー 「それにその服、とってもおにあいね」
ジル 「ありがとうございます」
吉琳 「二人も、とっても可愛いよ」
子どもたちの頭を撫でると、二人は笑いながら抱きついてくる。
そこに、アルベルト様がやって来た。
アルベルト 「陛下、王妃様。この度はおめでとうございます」
ジル 「ありがとうございます」
吉琳 「先日は娘たちを預かっていただき、とても助かりました」
アルベルト 「私の方こそ、頼ってくれて嬉しかったよ。」
アルベルト 「また、いつでも……」
ジル 「そういう事を簡単に言ってしまって、大丈夫ですか?」
アルベルト 「リリーとララなら大歓迎だ」
家族らしいやり取りが、私の胸を温かくする。
ジルと一緒に改めてお礼を伝えていると、
子どもたちがアルベルト様の袖を引いた。
リリー 「おなかがすいたわ」
ララ 「私もなにか食べたいの」
アルベルト 「いいとも。」
アルベルト 「それじゃあ、美味しいものを食べに行こうか」
アルベルト様は子どもたちを預かると、
二人の手を引いて会場から離れていく。
吉琳 「何だか微笑ましいですね」
ジル 「……父も、すっかり懐かれたようです」
小さくなっていく背中を見送った後、ジルに腕を軽く引かれる。
ジル 「吉琳……貴女に渡したいものがあります」
=====
ジル 「吉琳……貴女に渡したいものがあります」
ジル 「今日のお祝いに、贈り物を用意しました」
ジルは上着のポケットから、
ラベンダー色の包装紙で包まれた箱を渡してくれる。
(いつの間に用意してくれていたんだろう……)
(すごく嬉しい)
吉琳 「ありがとうございます……開けてもいいですか?」
ジル 「ええ、もちろん」
箱を開くと、
上品なレースで縁取られた淡いパープルの小さな袋が入っていた。
吉琳 「これって、ポプリ……ですよね?」
ジル 「素肌に纏っていただくものも良いのですが」
ジル 「持ち歩けるものの方が、」
ジル 「より私を感じていただけるかと思いまして」
意味ありげに囁かれ、少し前の記憶を思い出す。
*****
ジル 「でしたら、貴女に新しいものを贈らせてください」
ジル 「今度は、前よりも私を傍に感じられるようなものを」
*****
ポプリの優しい色彩と上品な装飾が、どこかジルを彷彿とさせる。
(何げない会話を覚えてくれていただけでも嬉しいのに)
(こんな素敵な贈り物まで……)
包みから取り出して、手に取ってみると、
懐かしい香りがふわりと漂った。
吉琳 「このポプリ、もしかして……」
吉琳 「ジルがプロポーズしてくれた花畑に咲いていた花と、」
吉琳 「同じ花を使っていますか?」
ジル 「おや。よく気付きましたね」
幸せな記憶が呼び起こされて、喜びに満たされていると、
ジルは私の左手をすくい上げ、指輪にキスをした。
ジル 「貴女はいつまでも、王妃である前に私の妻です」
ジル 「一生をかけて貴女を幸せにすると誓った、あの日から……」
ジル 「私の想いは何も変わっていません」
プロポーズと同じ言葉を受けて、
この上ない幸福感に満たされながら、ジルに寄り添う。
(これからもジルの隣で、)
(大切なものを一緒に守り続けていきたい……)
ジル 「愛していますよ、吉琳」
吉琳 「私も……ジルを愛しています」
見つめ合い、微笑みを交わしながら立てた愛の誓いは、
永遠に続く幸せを感じさせた…―
fin.
第3話-スウィート(Sweet)END:
ジル 「それでは、どうしても貴女と行きたい場所があるので……」
ジル 「この後も、私に付き合っていただけますか?」
ジルにそう言われた後…―
私が連れてこられたのは、
喫茶店に併設された可愛らしいお菓子屋さんだった。
店員 「ご案内いたします。こちらへどうぞ」
ジル 「よろしくお願いします」
(ジルは甘いものが好きだし、)
(お目当てのお菓子があるのかと思ったけれど……)
店の奥にあるキッチンに通され、少し不思議に思っていると、
ジルが作業台を示し、楽しげに微笑む。
ジル 「この店では、客もガレット作りを楽しめるんですよ」
吉琳 「え……」
ジル 「よければ、お互いに作り合いませんか?」
吉琳 「はい、ぜひ……!」
思ってもいなかったジルの提案に、胸が喜びで満たされる。
(こんなにすぐにガレットを贈ることが叶うなんて……)
(まるで、そんな考えまでジルに見透かされたみたい)
(偶然だとは思うけれど、すごく嬉しい……)
私は早速、ジルと並んで作業に取り掛かった。
***
空が夕焼け色に染まる頃…―
完成したガレットに、ベリーのジャムと生クリームを添えて差し出すと、
ジルは嬉しそうにフォークを手にして、ガレットを口に運ぶ。
ジル 「甘酸っぱい香りがして、とても美味しいですね」
(喜んでもらえたみたい)
(あの時は、)
(ルイを国王にするためにジルが私をプリンセスに選んだと知ってしまって)
(ショックで渡せなかったんだよね……)
(でも、変わったジルの心を知って、)
(今はこうして、共に手を取り合い夫婦として過ごせている)
(受け取ってもらえて良かった……)
ほろ苦い記憶が上書きされ、ふわりと胸が温かくなる。
その時、ジルが小さく息をつき、遠くへ想いを馳せるような眼差しになった。
ジル 「やっと……受け取れました」
(今、何て言ったんだろう……?)
ひとり言のように呟かれた言葉がよく聞き取れず首を傾げると、
ジルは、ふっと目元を和らげた。
ジル 「……いえ、何でもありません」
ジル 「私が作ったガレットも、食べてみてください」
=====
ジル 「私が作ったガレットも、食べてみてください」
吉琳 「はい、頂きますね」
優しい味のガレットを口に運び、何げない会話を交わす。
穏やかな時間に心から満たされ、店を後にした。
***
時は瞬く間に過ぎ、就任セレモニー当日…―
ジル 「スピーチ、とても素敵でしたよ」
吉琳 「ありがとうございます。」
吉琳 「緊張しましたが、無事に終えられて良かったです」
来賓と挨拶を交わしながら会場を回っていると、
シリリア地区を治めている侯爵が爽やかな笑顔でやって来た。
ハルロード 「先日視察に来られた際は、」
ハルロード 「ご挨拶も出来ずに失礼いたしました」
吉琳 「いえ、とんでもございません」
ジル 「公務で都合が合わないのは、仕方のない事ですよ」
これまで以上に街が発展している事への感謝を伝える中、
侯爵は、何か思い出したように声を上げた。
ハルロード 「陛下と王妃様は、」
ハルロード 「街の菓子店でガレット作りをされたそうですね」
吉琳 「え……どうしてご存じなんですか?」
ハルロード 「私が立ち上げに力を貸した店だったので、耳に入ったんですよ」
ジル 「何気なく話が出来るくらい、」
ジル 「街の人たちとも打ち解けているようですね」
ハルロード 「ええ。他の人も、」
ハルロード 「暮らす中で気になることがあったら相談してくださるんですよ」
話す侯爵の声は嬉しそうに少し跳ねている。
ジル 「すっかり慕われているようで、何よりです」
ジルが微笑むと、侯爵は照れたように目を伏せる。
ハルロード 「……きっと、私が街の人たちを信じたから、」
ハルロード 「心を開いてくれたのだと思います」
ハルロード 「お二人が信じてくれた私のように……」
その言葉に、投獄されていた侯爵のことを思い出す。
(王の座を狙っていた侯爵によって、危険な目にも遭ったけれど……)
(侯爵の国に対する想いは本物だと思ったから、)
(もう一度信じて、)
(シリリア地区を任せることをジルと決めたんだよね……)
ハルロード 「あの時は、本当にありがとうございました」
晴れやかな表情で一礼した侯爵が去っていく。
すると、ジルは私と視線を交わして…―
ジル 「……思い返してみると、」
ジル 「二人で本当に色々なことを乗り越えてきましたね」
=====
ジル 「……思い返してみると、」
ジル 「二人で本当に色々なことを乗り越えてきましたね」
吉琳 「そうですね……」
(シリリア地区で暴動が起こった時に比べたら、)
(今こうして普通に過ごせていることが、)
(とても特別に思える……)
会場内の笑い声が耳に入り、平穏を噛み締めるように微笑む。
ジル 「王の座を狙っていた侯爵のことを信じられなかった私に貴女は、」
ジル 「『信じることで変わることがある』……そう仰いました」
ジルの言葉に、数年前の出来事を振り返りながら頷いた。
ジル 「その言葉がなければこの平穏も、」
ジル 「今のシリリア地区もなかったと思います」
吉琳 「それを言うなら、」
吉琳 「ジルがその時の私を信じてくれたからこそ今の平和があるんです」
(少しずつかもしれないけれど……)
吉琳 「ウィスタリアは、着実に良い国になっていますね」
ジル 「ええ、本当に」
ジル 「デルマーク国のようになる日も、そう遠くないでしょう」
ジルとの新婚旅行で行ったデルマーク国は、
世界で一番、国民が幸せだと言われている。
吉琳 「そんな日が来るのが楽しみですね」
未来に想いを馳せ、ジルと微笑み合う。
ジル 「さて……挨拶も落ち着きましたし、少し休憩しましょう」
吉琳 「はい」
賑やかな人波を抜けて、会場の端まで移動する。
バルコニーから吹き抜ける風の心地よさを感じていると、
ジルが上着のポケットから手のひら程の大きさの、綺麗な包みを取り出した。
ジル 「貴女への贈り物です」
吉琳 「えっ……」
吉琳 「ありがとうございます……! 開けてもいいですか?」
ジル 「ええ、もちろん」
胸を弾ませながら、ベルベッドのリボンを解くと…―
吉琳 「これって……」
=====
吉琳 「これって……」
中には、ジルとシリリア地区へ視察に行った時に、
素敵だと思ったペンスタンドが入っていた。
ジル 「驚きましたか?」
吉琳 「はい、とても……!」
(でも、いつの間に用意してくれたんだろう……)
(もしかして、街のことで相談をされたってお店に戻った時かな……?)
ジルの気遣いに胸が温かくなって、口元が緩む。
吉琳 「ありがとうございます。大切にしますね」
お礼を言ってまじまじとペンスタンドを見つめると、
文字が刻まれているのに気づく。
吉琳 「これって、もしかして……ジルと私のイニシャルですか?」
ジル 「今度は、前よりも私を傍に感じられるような贈り物をする……」
ジル 「そう、約束しましたから」
ジルの気持ちが込められた特別な贈り物なのだと思うと、さらに嬉しくなる。
(これを見るたびに、ジルのことを思い出して)
(凄く、幸せな気持ちになれそう……)
寄り添うように刻まれているジルと私のイニシャルを眺めていると、
ドレスに隠れたところで、そっと指先を絡められて…―
ジル 「私が差し上げたものだとはいえ……」
ジル 「ペンスタンドにばかり気を取られていては、面白くありませんね」
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ジル 「私が差し上げたものだとはいえ……」
ジル 「ペンスタンドにばかり気を取られていては、面白くありませんね」
吉琳 「……っ」
ジルの方へ引き寄せられた瞬間、唇を奪われた。
吉琳 「もう、ジル……誰かに見られたら……」
突然のキスに顔を熱くしながら辺りを見回すと、ジルは悪戯っぽく目を細める。
ジル 「誰も見ていませんよ」
ジル 「見られたところで、夫婦ですから問題ないでしょう」
吉琳 「そう、かもしれませんけれど……」
手首をやんわりと掴まれると、
熱が広がった顔を隠すことすらできなくなってしまう。
ジル 「二人きりの時くらい、貴女も私だけを見てください」
ジル 「今までもこれからも、私は貴女だけを見ているのですから」
甘い独占欲を感じる言葉に、鼓動が高鳴る。
(好きな気持ちばかりが溢れてしまって、)
(上手く言葉に出来そうにないけれど……)
吉琳 「はい。私も……ジルだけを見ています」
(少し意地悪だけど……誰よりも優しい)
(そんなジルとずっと一緒にいられることが、何より幸せ……)
賑やかなホールのざわめきを遠くに感じながら、
二人でこれからも変わらない愛しさを伝え合った…―
fin.
エピローグEpilogue:
心に残るセレモニーの後、溺れるほどの愛を注いでくれた彼と過ごすのは
身も心も溶けてしまいそうな、幸せに満ちた特別なひととき……
ジル 「今夜は……言葉だけでなく、身体でも貴女への想いを伝えたいと思います」
彼からの囁きが、どうしようもなく鼓動を跳ねさせて…―
ジル 「もっと見せて下さい……私だけが知っている貴女を」
想いを確かめ合いながら、二人は甘美な夜に酔いしれていく…―
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