Celebrate Wedding~君に捧ぐ愛のカタチ~(ジル)
2020/05/29~2020/06/10
誰もが憧れる、一生の思い出に残るような素敵な結婚式
もし彼が友人たちと協力して、
そんな憧れを叶えてくれたら…―?
………
ジル 「貴女の反応はいつまでも初々しくて、可愛らしいですね」
ジル 「ひとりの教育係だった頃から、」
ジル 「貴女に尽くすことが私の喜びなのです」
………
ふたりを祝福する皆からの、沢山の笑顔に囲まれて
とびきり素敵な結婚式を、あなたに…―
今回は1話プリンセス目線、2話彼目線、3話プリンセス目線でお送りするよ!
プロローグ:
多くの恋人たちが永遠の愛を誓う、初夏の候が近づくある日のこと…―
私は公務の合間に、ひとときの休息を取っていた。
夏の訪れを感じる外の景色を、ぼんやりと眺める。
(もうこんな時期……月日が流れるのはあっという間だな)
ユーリ 「もうすぐ結婚式だね、吉琳様」
声をかけられ室内に視線を戻すと、
紅茶を用意してくれているユーリが愛想の良い笑顔をこちらへ向けていた。
吉琳 「うん、楽しみだな」
ユーリ 「……吉琳様は、結婚式に対する不安や思う所ってあるの?」
唐突にそう訊ねられて、私は瞬きをしつつも考える。
吉琳 「全くないと言ったら嘘になるけど……」
吉琳 「大好きな彼と夫婦になる喜びと比べたら、本当に些細なものだよ」
そう返しながら、もうすぐ夫になる彼の顔を思い浮かべて胸を高鳴らせる。
ユーリ 「そっか」
ユーリ 「……でもあの方なら、吉琳様のそういう想いにも気付いてるかもしれないね」
吉琳 「え?」
聞き返すようにユーリの顔を見ると、ユーリは再びにっこりと笑顔を私へ向けた。
ユーリ 「なんでもない。吉琳様のウェディングドレス姿、俺も楽しみにしてる」
ユーリ 「きっととびきり素敵な結婚式になるよ、吉琳様」
ユーリの言葉に微笑みながら頷く。
(彼との結婚式……)
(一生の思い出に残る、素敵なものになるといいな)
そうして間近に迫る結婚式に、私は想いを馳せるのだった…―
どの彼と物語を過ごす?
>>>ジルを選ぶ
第1話:
これは、あなたの知らない、もうひとつの王宮でのお話…―
日に日に庭の緑が色濃くなる、ある昼下がり…―
私はジルと共に、執務室で書類に目を通していた。
紙のめくれる音と、ジルと私の息遣いだけが静かな部屋に響く。
(やっぱり……ジルとこうして過ごす時間が好きだな)
ついそんなことを考えながら、ちらりとジルを伺うと
ふいに顔を上げたジルと視線がぶつかった。
ジル 「髪が目にかかっていますよ」
吉琳 「え……」
私が手を伸ばすより早くジルの手が髪を耳に掛けてくれる。
そのままジルの手が滑り、私の頬にそっと触れた。
指先の熱が微かに伝わり、鼓動がトクンと甘い音を立てる。
吉琳 「あ、ありがとうございます……」
まつ毛を揺らす私に、ジルの瞳が柔らかな弧を描いた。
ジル 「もうすぐ結婚するというのに……」
ジル 「貴女の反応はいつまでも初々しくて、可愛らしいですね」
吉琳 「……っ」
ジル 「顔が赤いですよ?」
熱を持つ頬をどうすることもできず、逃げるように顔を背ける。
私とジルは結婚式を二週間後に控えていた。
(……どれだけ一緒にいても、慣れることなんてできないよ)
艶めいた光を宿した瞳が、視線を逸らす私を追いかけてくる。
観念して見つめ返すと、ジルは笑みを浮かべ、私の頬を撫でた。
ジル 「以前は、」
ジル 「人目を盗んででないと貴女に触れることはできませんでした」
ジル 「そんな貴女が……私の妻になってくださるのですね」
=====
ジル 「以前は、」
ジル 「人目を盗んででないと貴女に触れることはできませんでした」
ジル 「そんな貴女が……私の妻になってくださるのですね」
甘い声に鼓膜を揺らされ、胸の音が跳ねる。
吉琳 「はい……でも、ジルと一緒になれるなんて夢みたいで」
吉琳 「何だかまだ、信じられないです……」
少しの気恥ずかしさを感じながら、
小さくこぼすと、ジルがふっと笑みを深めた。
ジル 「それはいけませんね」
ジル 「……こうして、誓いのキスをすれば、」
ジル 「信じていただけるでしょうか?」
低く囁いたジルが、おもむろに私の顎に指をかける。
(ジル……)
深紅の瞳に吸い込まれそうになりながらも、
キスの予感に目を閉じると……
??? 「失礼いたします」
直後、ノックの音と共に、執務室の外から声が聞こえた。
吉琳 「……!」
弾かれたように瞼を開けると、
慌てる私とは反対に、妖艶な笑みを浮かべるジルが映る。
ジル 「……誓いのキスは、式まで取っておきましょうか」
ジル 「どうぞ」
ジルが何事もなかったかのように返事を返すと、使用人が顔を覗かせた。
使用人 「ジル様、お話がございまして……少々よろしいですか?」
ジル 「分かりました。プリンセス、少し失礼します」
吉琳 「は、はい……」
微笑を残して、ジルが執務室を出ていく。
残された私は、まだ熱を持っている頬をそっと押さえた。
(ジルは付き合っている頃から変わらないな)
(いつも、余裕で落ち着いていて……)
(私ばっかりドキドキしてる)
(結婚したら……私もジルみたいになれるのかな)
そんなことを思いながら、二週間後の結婚式に想いを馳せる。
『二人が出逢い、長い時間を共に過ごしたこの城で結婚式を挙げたい』
私のその願いを叶えるため、
ジルは執務の合間にこまごまと動いてくれていた。
(今も、そのことを話してくれているのかも……)
(ジルも仕事で忙しいだろうから……)
(あまり、無理してないと良いんだけど)
ジルが去っていった扉に視線を向けると、ちょうどノックの音が響いた。
ジル 「失礼しました」
開いたドアから、笑みを湛えたジルが入ってくる。
ジル 「プリンセス、こちらを」
ジルは、数枚の羊皮紙を私に差し出して……
=====
ジル 「プリンセス、こちらを」
ジルは、数枚の羊皮紙を私に差し出した。
ジル 「こちらに式当日の流れが記載してあります」
ジル 「お時間がある時に、目を通しておいてください」
吉琳 「はい、ありがとうございます」
受け取る私に、ジルはいつもと変わらない微笑みを浮かべる。
ジル 「貴女との結婚式が最高のものになるよう、務めさせていただきます」
そう言って、ジルは私の髪を慈しむように優しく撫でてくれた。
***
その夜、私はジルから手渡された羊皮紙に目を通していた。
式の流れの他にも、把握しておかなければいけないことが細かく書かれている。
(事前にここまで用意しておいてくれるなんて、ジルらしいな)
細やかな気遣いに、自然と口元がほころぶ。
文字を目で追っていると、式で述べる誓いの言葉が載っていることに気づいた。
(病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、)
(夫として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか)
心の中で復唱すると、ある一文に意識が引き付けられる。
吉琳 「病める時も、健やかなる時も……」
思わず声に出した誓いの言葉が、ある記憶を思い起こさせる。
それはベッドに横たわり、苦しそうな呼吸を繰り返すジルの姿で……
=====
吉琳 「病める時も、健やかなる時も……」
思わず声に出した誓いの言葉が、ある記憶を思い起こさせる。
それはベッドに横たわり、苦しそうな呼吸を繰り返すジルの姿だった。
ジルの病気のことを知った時の胸の痛みは、今も鮮明に覚えている。
(ジルが病気を抱えていても、愛する気持ちは何も変わらない)
(だけど……)
病気を抱えながらも一人で背負い込み、頑張りすぎるジルが心配だった。
今までも、
教育係としてジルは私の為に幾度となく自身を犠牲にして支えてくれた。
そんなジルをずっと側で見てきたからこそ、不安になってしまう。
(結婚式の準備も、)
(私には何も言わずにひとりで進めてくれているし……)
使用人と共に、足早に執務室を後にしたジルの姿を思い出す。
(気持ちは嬉しいけど……無理しないでほしい)
その時、部屋のドアが静かにノックされた。
ジル
『吉琳、起きていますか?』
吉琳 「は、はい……! どうぞ」
返事を返すとドアが開き、ワゴンを押したジルが入ってくる。
ジル 「就寝前のホットミルクを持ってきました」
ジル 「公務でお疲れかと思いましたので、よく眠れるように」
ポットから丁寧に注いだホットミルクを、ジルが差し出す。
ジル 「少し蜂蜜を多めにしておきました」
ジルの方が忙しいに違いないのに、私を気遣ってくれる優しさに、
胸がきゅっと締め付けられた。
手にした羊皮紙を机に置いて、ティーカップを受け取る。
吉琳 「ありがとうございます」
吉琳 「あの……ジルこそ、疲れてないんですか?」
ジル 「私、ですか?」
心配でつい問うてしまった私に、ジルが驚いたように瞬く。
深い色の瞳が、探るように私を覗き込んだ。
ジル 「……どうしたのですか?」
=====
ジル 「……どうしたのですか?」
ティーカップの温もりを手のひらに感じながら、ゆっくりと頭を振る。
吉琳 「いえ、ただ……あまり無理はしないでくださいね」
吉琳 「結婚式の準備なら、私も手伝いますし……」
(大好きなジルとの結婚式は、素敵な一日にしたい)
(でも私にとって何よりも大切なのは……)
机に置いた羊皮紙に視線を投げる。
病める時も健やかなる時もという言葉が、私の胸を切なく締めつけた。
吉琳 「ジルがただ側にいてくれることが、一番嬉しいですから」
吉琳 「私には、ジルが何よりも大切なので」
私の言葉に、ジルの深紅の瞳が微かに揺れる。
けれどすぐに、それは柔らかく細められた。
ジル 「……ありがとうございます」
ジル 「ですが、ひとりの教育係だった頃から、貴女に尽くすことが私の喜びなのです」
微笑みを湛えたジルの手が、私の頬に触れる。
指先から伝わる温もりに頬が熱を持つと同時に、ジルが甘く囁いた。
ジル 「そんな私の心を満たすためにも、ずっと貴女の側にいる必要がありますね」
吉琳 「ジル……」
ジル 「側にいても、よろしいですか?」
まっすぐな眼差しが私を捕らえ、鼓動が加速していく。
抱いていた不安が薄らぐのを覚えながら、私はそっと頷いてみせた。
吉琳 「はい……約束ですよ?」
ジル 「ええ。決して破られることのない約束です」
深くて甘いジルの声色に、胸が高鳴るのを感じるのだった…―
第2話:
(さすがに慌ただしくなってきましたね)
吉琳との結婚式が近づく中、ジルの忙しさは日に日に増していた。
息つく暇もないほど、ジルの元には式に関わる使用人や職人が訪れている。
自身の仕事と準備に奔走する日が続き、
ジル自身、少しずつ疲れが蓄積されているのを実感していた。
(ですが、吉琳との結婚式は最高のものでなければいけません)
(そのためにも全てに目を通しておきたい)
(吉琳の心からの笑顔を見ることができるように……)
廊下を歩く足を速めながら、これからの予定を反芻していると……
ユーリ 「あ、ジル様!」
声をかけられ視線を向けると、ユーリが歩み寄ってくるのが見えた。
ジル 「どうしました?」
ユーリ 「テイラーが応接室で待っています。あと、菓子職人も打ち合わせをしたいと」
ユーリ 「それから庭師が、式に向けての剪定について確認したいことがあるそうです」
ジル 「分かりました。ではテイラーから順に……」
頭の中で段取りを立てていたその時、微かに視界が揺らいだ。
ジル 「……っ」
=====
ジル 「……っ」
強く目を閉じると、眩暈はすぐにおさまった。
瞼を開けて小さく息を吐くジルを、ユーリが心配そうに覗き込む。
ユーリ 「ジル様……? 大丈夫ですか?」
ジル 「ええ……すみません、なんでもありません」
不調を悟られないよう、すぐに答えたジルの脳裏に、
ふと昨夜の吉琳の言葉が蘇ってきた。
*****
吉琳 「いえ、ただ……あまり無理はしないでくださいね」
吉琳 「ジルがただ側にいてくれることが、一番嬉しいですから」
吉琳 「私には、ジルが何よりも大切なので」
*****
温かな吉琳の言葉が、ジルに歯止めをかける。
(いけませんね、私は……)
ジルは自身を戒めるように、軽く目頭を押さえた。
(このままでは、また吉琳に心配をかけてしまう)
黙り込むジルに、ユーリが気遣わしげな眼差しを向ける。
ユーリ 「あの、ジル様、良ければ……」
ためらっているのか、言葉の途中で口をつぐんだユーリに、
ジルは静かに微笑みかけた。
ジル 「ユーリ」
ジル 「良ければ少し、手伝っていただきたいのですが……」
ジル 「お願いできますか?」
=====
ジル 「良ければ少し、手伝っていただきたいことがあるのですが……」
ジル 「お願いできますか?」
ジルの申し出に、ユーリは驚いたように目を瞬かせる。
ジル 「どうかしましたか?」
ユーリ 「あ、いえ! ただ……ジル様がそうやって頼ってくれるのは珍しいなと思って」
ユーリはどこか嬉しそうに口元をほころばせると、大きく頷いた。
ユーリ 「もちろん、俺で良ければ何でもやりますよ」
頼もしい言葉に、ジルも微笑みを返す。
ジル 「……ありがとうございます、ユーリ」
ジル 「では、早速なのですが……」
頼みたいことを言づけると、ユーリは屈託のない笑顔を残して去っていく。
その後ろを見送りながら、ジルは自身を振り返った。
(確かに……以前の私であれば、人に助けを求めるなんて考えませんでした)
(私にできることは、全て自分の手でやりたいと、そればかり……)
自身の変化に驚くジルの頭には、吉琳の笑顔が浮かぶ。
(貴女が、私を変えたのですね……)
この変化は吉琳がもたらしてくれたものだと思うと、
自然と表情が和らいでいくのを感じるのだった。
***
ユーリや使用人の手を借りながら、式の準備を進めたその夜…―
自身の仕事を全て終えたジルは、ロベールのアトリエに向かった。
出迎えたロベールは、突然の訪問に小さく目を瞬く。
ロベール 「ジル様……どうされたんですか?」
=====
ロベール 「ジル様……どうされたんですか?」
ジル 「夜分遅くに申し訳ありません」
ジルは丁寧に頭を下げると、用件を切り出した。
ジル 「ロベール殿は、絵画以外の芸術にも造詣が深いのでしょうか」
ロベール 「一通り、学んではいますが……」
戸惑いを見せながらも答えるロベールを、ジルはまっすぐに見据える。
ジル 「プリンセスに伝えたい想いがあるのですが、」
ジル 「その想いを形にするために、ロベール殿の力を貸していただきたいのです」
ジル 「よろしければ、お手伝い願えますか……?」
そう言って、再び丁寧に腰を折ったジルを、ロベールが見つめる。
やがて顔を上げたジルと視線が交わると、ロベールは柔らかな笑みを浮かべた。
ロベール 「……もちろん、喜んで」
***
慌ただしい日々があっという間に過ぎていき、
いよいよ結婚式を明日に控えた夜…―
ジルは式に使う銀の燭台を幾つか抱え、会場である中庭に向かっていた。
??? 「ジル」
名前を呼ばれ振り返ると、アランが歩み寄ってくる。
ジル 「アラン殿……どうかされましたか?」
アラン 「明日の警備について話しておきたいことがある。今いいか?」
アランの言葉に、ジルは微かな笑みを浮かべた。
ジル 「ええ、もちろんです」
=====
アラン 「明日の警備について話しておきたいことがある。今いいか?」
ジル 「ええ、もちろんです」
答えるジルの手元に視線を落としたアランが、手を差し伸べた。
アラン 「明日使うやつだろ? 貸せよ、半分持つ」
騎士特有の、剣を握るために硬くなった手のひらが、自身へと向けられている。
ジル 「……では、お願いできますか」
ジルは頷くと、手にしていた燭台を半分手渡した。
それを軽々と抱えながら、アランがジルに肩を並べる。
歩きながら、警備の配置など要件を伝え終わると
アランが微かに口角を上げた。
アラン 「明日は、俺が責任を持って城を守る」
アラン 「ジルも、明日くらいは自分のことだけ考えて楽しめよ」
思わぬアランからの言葉に、ジルは微かに目を見開く。
やがて、柔らかな笑みを浮かべ、その目を伏せた。
ジル 「……ええ、ありがとうございます」
(昔は……守る力を持つアラン殿を羨むこともあった)
(見苦しく嫉妬もして……)
(素直に力を借りることなど、できませんでしたが)
今、こんなにも穏やかに、彼を頼ることができる。
アランと肩を並べて歩くのも、心地よく感じた。
(それはきっと……吉琳が想いを伝え続けてくれたから……)
(揺るがないものがあると、私に教えてくれたからですね)
ジルは穏やかな笑みを湛えたまま、ゆっくり口を開いた。
ジル 「……アラン殿。」
ジル 「式だけではなく、これからも吉琳をよろしくお願いいたします」
そんな言葉を、素直に伝えることができる。
その変化を、ジルは愛おしく感じていた。
ふっと笑う気配がして、ジルとアランの視線が交わる。
アラン 「言われなくてもそのつもりだ」
アラン 「けど昔からずっと……吉琳の心の支えはお前だろ」
ジル 「ええ。それは、当たり前です」
ためらうことなく答えるジルに、アランが笑う。
笑みを交えた二人は、中庭に向かって歩を進めるのだった…―
第3話-プレミア(Premier)END:
結婚式当日の空は、一片の雲もなく晴れ上がっていた。
身支度を手伝ってくれていたユーリが、私を見て明るい笑顔を浮かべる。
ユーリ 「うん! さすがジル様だね、すごくよく似合ってる」
少し照れくさい気持ちで、ウェデイングドレス姿の自分を鏡に映す。
ユーリ 「ね? ぴったりでしょ?」
吉琳 「うん……すごく身体になじんでる」
ジルが用意してくれたドレスは、いつもより私を美しく見せてくれる気がした。
ユーリ 「吉琳様、今日はめいっぱい結婚式を楽しんでね」
吉琳 「ありがとう、ユーリ」
(私、本当にジルと結婚するんだ……)
高鳴る鼓動を落ち着けるようにそっと息を吸い込み、私は部屋を後にした。
***
踏みしめるように、赤い絨毯の上を歩く。
向かう先には、礼服に身を包んだジルが立っていた。
私を捉えたジルの瞳が、驚いたように見開かれる。
吉琳 「……ジル? どうかしましたか?」
ジル 「……いえ、すみません」
笑みを浮かべたジルが、眩しそうにまつ毛を揺らした。
ジル 「想像よりずっと貴女が美しかったので、つい見惚れてしまいました」
吉琳 「……っ」
歩み寄ったジルが、私の耳元にそっと口を寄せる。
ジル 「とても綺麗ですよ、吉琳」
=====
ジル 「とても綺麗ですよ、吉琳」
鼓膜を揺らす柔らかな声に、鼓動が甘く乱される。
吉琳 「ジルの見立てのおかげです」
はにかみながら答えると、ジルは静かに微笑みを浮かべた。
ジル 「仕上げにこちらをお持ちください」
ジルが色鮮やかな花で作られたリースブーケを差し出す。
吉琳 「綺麗……」
受け取ったそれは、可憐な花々で丸く形作られていた。
(もしかして、これもジルが……?)
問いかけるように見つめるけれど、ジルは笑みを深めるだけで……
ジル 「完璧です。それでは、参りましょうか」
吉琳 「……はい」
リースブーケを胸に抱きながら、伸ばされたジルの腕に手を添える。
私をエスコートしながら、ジルは式場へとゆっくりと歩を進めた…―
***
結婚式の会場は、私たちが出逢った城の中庭だった。
大輪の花々が式場を彩り、愛らしいリボンがあちこちに飾りつけられている。
吉琳 「これ……全部、ジルが用意してくれたんですか?」
(ドレスやブーケだけじゃなく、会場までこんな素敵に……)
嬉しさと同時に、少しの心配が胸をよぎる。
吉琳 「ありがとうございます。だけど……無理したんじゃ?」
見上げる私に、ジルは静かに笑みを浮かべた。
ジル 「全部私が用意しました……と言いたいところですが」
ジル 「多くの人の力をお借りしました」
=====
ジル 「全部私が用意しました……と言いたいところですが」
ジル 「多くの人の力をお借りしました」
ジルがどこかすっきりとした笑顔で、中庭を見回す。
ジル 「この会場を整える際、庭師との打ち合わせはユーリに代わっていただいています」
ジル 「他の方々にも、色々と仕事を手伝っていただきました」
吉琳 「そうだったんですね……」
(良かった、ジルが無理をしたんじゃないかと……)
ほっと息を吐く私に、ジルが優しい眼差しを向ける。
私だけを映した瞳は、美しく澄んでいて……
ジル 「吉琳と出会って、私は随分変わりました」
ジル 「この中庭で土まみれだった貴女が、こうして可憐なプリンセスになったように」
(ジル……)
笑みを返すと、悪戯に細められていたジルの瞳に、真剣な色が灯る。
ジル 「貴女に出会う前は、仕事で誰かを頼るなど考えもしませんでした」
ジル 「この仕事は……大切な方から頂いた、私にとって唯一の拠り所でしたから」
ジルの言葉に、私ははっと目を見開く。
目の前のジルを見つめると、ジルと二人で歩んできた時間が思い出された。
プリンセスになったあの日から、
いつも側で私を支えてくれていたジルは、無理をしすぎて倒れることもあった。
(そのたびに私はすごく心配して……)
けれど今、私の心の隅にあった不安を、ジルの言葉が溶かしていく。
ジル 「でも、今は違います」
ジル 「今は……貴女という大切な存在がいますから」
=====
ジル 「でも、今は違います」
ジル 「今は……貴女という大切な存在がいますから」
私を見つめるジルの指先が、そっと頬に触れる。
ジル 「吉琳を愛するようになってから、」
ジル 「自分自身を大切にすることの意味にも気づきました」
吉琳 「ジル……」
紡がれる言葉に、目頭が熱くなっていく。
頬に添えられたジルの手に、私は自分の手を重ねた。
ジル 「貴女に喜んでいただくためならもちろん全力で努めますが……もう無理はしません」
ジル 「それもまた貴女を笑顔にすることだと、知りましたから」
ジルは穏やかに微笑むと、私が手にしていたリースブーケに視線を落とした。
ジル 「リースブーケが持つ意味をご存じですか?」
吉琳 「意味、ですか……? いえ……」
小さく答えると、ジルがリースの円を辿るように指先でなぞる。
ジル 「円でできたリースは、終わりがないこと……永遠を意味します」
ジル 「この命がある限り、ずっとあなたの側に……その想いを伝えたくて作りました」
静かな声に滲む熱い想いに、胸が震える。
言葉を紡げずにいる私を、ジルはまっすぐに見つめ返した。
ジル 「愛を教えてくれた貴女に、私はこの生涯を捧げたい」
ジル 「私の想い、受け取っていただけますか?」
まっすぐな眼差しから伝わる、真摯な想いに胸が締め付けられる。
(ジルは、私の小さな不安にも気づいてくれていたんだ)
私の不安を拭うため、変わろうとしてくれているジルに涙が一筋こぼれ落ちた。
吉琳 「……はい」
吉琳 「ジルの想い、しっかりと受け取りました」
潤む瞳で頷く私を、ジルが優しく抱き寄せる。
ジル 「……愛しています、吉琳」
涙を拭うように、ジルが私の目元に唇を添えた。
ゆっくりと唇を離したジルは、心から幸せそうな笑みを浮かべていた…―
=====
幸せな気持ちで満たされる中、結婚式は順調に進み……
神父が、私とジルの前に立つ。
ジルが誓いの言葉を口にした後、神父は私に向き直った。
神父 「病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も」
神父 「新郎ジルを夫として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
目を伏せ、その重みを胸に刻み込む。
(私はどんな時も、ジルの妻として、ジルを愛していく)
吉琳 「……はい、誓います」
神父 「では、誓いのキスを」
愛しげに瞳を細めたジルが、ゆっくりと顔を寄せる。
瞼の裏に幸せな未来を描きながら目を閉じると、唇に口づけが落とされた。
温もりが伝わり、胸が高鳴る。
やがて唇が離れ、互いに見つめ合うと、歓声と拍手に包まれた。
ユーリ 「おめでとう、吉琳様!」
ロベール 「ジル様もおめでとうございます」
アラン 「二人とも、幸せにな」
会場に響く、大好きな人たちの声が聞こえる。
ジルに肩を抱かれながら、私は集まってくれた皆に笑顔を返した…―
***
世界中の誰より幸福だと思える一日を過ごした、その夜…―
結婚式を無事に終えた私とジルは、寄り添いながら今日一日を振り返っていた。
吉琳 「本当に……素敵な結婚式をありがとうございました」
吉琳 「今もまだ、夢だったんじゃないかと思うくらい……幸せでした」
心からの想いを伝え、ジルを見つめる。
吉琳 「ジルは手伝ってもらったと言いましたが……きっと大変だったと思います」
吉琳 「今日はゆっくり休んでください」
改めてお礼を言う私に、ジルは笑顔で頭を振りつつも小さく息を吐く。
ジル 「夢のような時間でしたが……さすがに少し疲れましたね」
吉琳 「大丈夫ですか? ハーブティーか何かを……」
立ち上がりかけた私の腕を、ジルが掴んだ。
私を見つめるジルの瞳に、艶めいた光が宿る。
ジル 「側にいてください、吉琳」
ジル 「疲れているからこそ、貴女に癒されたいのです」
吉琳 「あ……っ」
不意に腕が引かれ、私の身体がベッドに横たわる。
顔のすぐ脇に手をついたジルが、耳元に唇を寄せた。
ジル 「私のこと……癒してくださいますね?」
低い囁きに耳朶をくすぐられ、身体が灯をともしたように熱くなる。
返事を返す間もなく、弧を描いたジルの唇が私の言葉を奪い取っていった…―
fin.
第3話-スウィート(Sweet)END:
窓辺に立ち、雲一つない青空に目を細める。
(いよいよジルと結婚するんだ……)
結婚式当日を迎え、私は朝から落ち着かない気持ちで過ごしていた。
喜びと緊張がないまぜになる中、部屋のドアがノックされ、ジルとユーリが顔をのぞかせる。
二人に向けた笑顔が、少しだけ固くなってしまった。
ジル 「随分緊張されているようですが、大丈夫ですか」
吉琳 「はい……なんだかそわそわしてしまって」
ユーリ 「大切な日だから仕方ないよ」
ユーリ 「でも、ジル様からのプレゼントを見たら」
ユーリ 「そんな緊張も吹き飛んじゃうと思うな」
吉琳 「え……?」
ユーリの朗らかな笑顔に瞬いていると、ジルが抱えていた箱を手渡してくれる。
そっと蓋を開くと、中には純白のウェディングドレスが納められていた。
吉琳 「素敵なドレス……」
(これも、ジルが準備してくれたんだ……)
忙しい合間を縫って、私の為に用意してくれたのだと思うと
喜びと感謝で、胸がいっぱいになる。
吉琳 「嬉しいです……ありがとうございます」
お礼を言うと、ジルが柔らかな笑みを返してくれる。
ジル 「このドレスに身を包んだ貴女と、共に式場に立つことを楽しみにしています」
吉琳 「……はい」
ジル 「では、式場でお待ちしていますね」
頷く私に笑みを残し、ジルが自身の支度のために部屋を出て行く。
その場に残ったユーリが、丁寧にウェディングドレスを箱から出してくれた。
ユーリ 「準備を始めようか。今、メイドを呼ぶから」
吉琳 「……うん」
ジルが出て行ったドアを、そっと見つめる。
今までは勿論、式当日まで私のために時間を割いてくれるジルが少し気がかりだった。
吉琳 「私のために、色々用意してくれて……ジル、無理してないかな」
思わずこぼれ落ちた私の不安を拭うように、ユーリが口元に笑みを浮かべる。
ユーリ 「ジル様、少し変わったよ」
=====
ユーリ 「ジル様、少し変わったよ」
吉琳 「え……?」
思いがけない言葉を受けて、ユーリに視線を向ける。
私の視線を受け止めたユーリが、柔らかく続けた。
ユーリ 「この間、ジル様に仕事を手伝ってほしいって頼まれたんだ」
ユーリ 「前までは、仕事を誰かに任すことをどこか嫌ってる感じがあったんだけど……」
ユーリ 「きっと今は、自分自身を大切にしているんじゃないかな」
ユーリ 「大好きな吉琳様のためにね」
吉琳 「……!」
ユーリから語られるジルの姿は思いがけないもので、私は目を瞬く。
けれど、周りの人を頼ったというその話からは、ジルの想いを感じることができた。
(ジル……)
私のために変わろうとしてくれるジルの想いに、胸が甘く締めつけられる。
ユーリ 「だから、吉琳様は安心しておめかししようね」
ユーリの言葉に促され、今日という素晴らしい日のために、
私は身支度を始めたのだった…―
結婚式の会場は、私とジルが出会った中庭に決めていた。
庭のあちこちに色とりどりの花が飾られ、リボンが華やぎを添えている。
皆が見守ってくれる中、私はジルと向かい合った。
ジル 「やはり、私の目に狂いはありませんでしたね」
ジル 「とても美しいですよ、吉琳」
甘い囁きが鼓膜を揺らし、胸をくすぐる。
まつ毛を揺らす私に、ジルは笑みを深めた。
ジル 「最後に……これを受け取っていただけますか」
そう言ってジルが差し出したのは…―
=====
ジル 「最後に……これを受け取っていただけますか」
ジルが差し出したのは、愛らしいブーケだった。
吉琳 「可愛い……!」
受け取ったブーケからはほのかに甘い香りがして、私は笑顔でジルを見上げた。
吉琳 「これもジルが用意してくれたんですか?」
ジル 「ロベール殿に教えていただいて作りました」
答えるジルが、微笑みを浮かべる。
ジル 「このブーケにはスターチスという花が使われています」
吉琳 「スターチス……?」
繰り返す私に教えるように、ジルが花びらに触れる。
綺麗な指先が、愛でるように花弁を撫でた。
ジル 「スターチスの花言葉は永遠の愛」
ジル 「貴女と永遠に共にありたい……そう願いを込めました」
吉琳 「……っ」
紡がれる言葉には愛が溢れ、私の胸を震わせる。
こぼれ落ちそうになる幸せの涙を瞬きで閉じ込め、私はジルを見つめ返した。
ジル 「貴女と出会い、私は変わりました」
ジル 「誰かを愛することは、同時に自分を大切にすることだと吉琳が教えてくれたのです」
ジル 「愛を教えてくれた貴女に、私はこの生涯を捧げたい」
澄んだ眼差しが、まっすぐに私の心を射貫く。
(ジルには、教わってばかりだと思ってた)
(こんな風に言ってもらえる日が来るなんて……すごく嬉しい)
プリンセスになってから、ジルと共に歩んだ毎日が、胸を巡った。
(でも、変わったのはジルだけじゃない)
私は贈られたブーケを強く胸に抱いて、ジルを見つめる。
吉琳 「私もジルに出会って変わりました」
=====
吉琳 「私もジルに出会って変わりました」
永遠の愛を意味するスターチスの花を抱き締めながら、私は言葉を続ける。
吉琳 「プリンセスになって右も左も分からない私に、ジルはいつでも寄り添ってくれました」
吉琳 「時には辛いこともあったけど……ジルが支えてくれたから、乗り越えることができた」
吉琳 「私をプリンセスにしてくれたのはジル、あなたです」
ジル 「……吉琳」
愛しげに細められた瞳に捉えられ、幸せが胸を満たしていく。
おもむろに伸ばされた手が、そっと私の頬に触れた。
ジル 「貴女に出会えて本当に良かった」
ジル 「心から貴女を愛しています」
吉琳 「……私もジルを愛しています」
今日という日のために彩られた中庭で、
私たちはお互いを想い、微笑み合った…―
***
そして式が始まり、誓いの言葉を交わす時を迎えた。
神父 「病める時も、健やかなるときも」
神父 「富める時も、貧しき時も、互いを愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
彼の存在をすぐ隣に感じながら、紡がれる言葉に耳を傾ける。
(何があっても、ジルを愛する気持ちは変わらない)
(この先もずっと……私はジルだけを愛してる)
吉琳・ジル 「……はい、誓います」
神父 「では誓いのキスを」
ジルが私の肩にそっと手を置く。
瞳に微笑みをにじませた彼が視界いっぱいに映り、柔らかな感触が唇に触れる。
ジル 「吉琳……永遠に、貴女と共に」
熱い吐息を共に囁かれた声は、湧き上がる歓声と拍手のなかで、
私の胸にだけそっと届いた…―
=====
結婚式を無事に終えた私とジルは、参列者と挨拶を交わしながらパレードへと向かう。
互いにそれぞれ親しい人に声を掛けていると、
拍手を送ってくれる人たちの中にロベールさんの姿を見つけ、私は歩み寄った。
吉琳 「ロベールさん! 今日は、来てくれてありがとうございます」
吉琳 「ブーケも……ジルから聞きました」
お礼を言う私に、ロベールさんが微笑みながら首を横に振る。
ロベール 「俺は何もしてないよ」
ロベール 「色彩について少し口にしたぐらいで、後はジル様が自身の手で作られた」
吉琳 「そうだったんですね……」
私が持っているブーケに、ロベールさんが温かな視線を向けた。
ロベール 「ブーケを作るジル様はとても優しい目をしていたよ」
ロベール 「愛されてるね、吉琳ちゃん」
吉琳 「……っ」
ロベールさんの言葉に、頬がにわかに熱を持つ。
そこに、挨拶をしていたジルが戻って来た。
ロベールさんと微笑みを交わすと、ジルは私に手を差し伸べる。
ジル 「行きましょうか、吉琳」
吉琳 「はい」
ロベール 「二人ともお幸せに」
ロベールさんの笑顔に見送られ、私とジルは馬車に乗り込んだ。
集まってくれた人たちに笑顔を返し、私はジルを振り返った。
吉琳 「今日は、本当にありがとうございます」
吉琳 「ジルのおかげで……最高の一日を過ごすことができました」
並んで座るジルを見上げると、唇が綺麗な弧を描く。
ジル 「お礼など必要ありません」
ジル 「言ったでしょう? 貴女に尽くすことが私の喜びなのだと」
そう囁き、微笑むジルはとても幸せそうで……
そんなジルの笑顔を見つめるだけで、
どうしようもないほど愛しさが込み上げてきた。
吉琳 「これから、末永く……よろしくお願いします」
心を込めて伝えた私の言葉に、ジルが優しく頷きを返してくれる。
ジル 「ええ。これからもずっと……あなたの側にいさせてください」
ジル 「それが私の、たったひとつの望みです」
甘い囁きが落とされた直後、唇が奪われる。
(お互いを大切にしながら、これからの人生を歩んでいく)
(ジルと二人で……ずっと)
口づけたまま、膝に置いていた私の手にジルの手が重なる。
溢れる想いを少しでも伝えたくて、私はジルの手をそっと握り返した…―
fin.
エピローグEpilogue:
とびきり素敵な結婚式を終え、愛を誓い合った先に待つのは
夫婦となったふたりの、甘く幸せな結婚初夜で……
………
ジル 「今夜はどうやって私を癒してくれますか?」
彼のとろけるような優しい熱に抱かれて…―
ジル 「貴女を前にすると、私はどこまでも欲深くなってしまう」
………
身も心も深く繋がり、互いの愛を確かめ合っていく…―